第3章 資金調達と魔導具試作

第11話「何はなくとも、まずお金(1)」


 私とヴィッテとスライはそれから数日かけて、スライムを隠すための魔導具『スラピュータ(=スライム・コンピュータ)』をどんな形で作り上げるか一生懸命アイデアを出し合った。大きさ、見た目、内部構造などなど。石窯亭での仕事中も暇さえあればスラピュータのことを考えていた。


 その結果、私たちは1つの結論に達した。




 ――   が 無 い !




 調べてみたら、魔導具の製作はけっこうお金かかるっぽいんだよね。


 今の私は日々の生活費を稼ぐだけで精一杯。しかもここ最近はヴィッテの食費とかで出費が増えた。それだけならまだ可愛いもんだけど、さすがに魔導具試作に割けるほどの余剰資金はない。


「いい感じのアイデアだけはまとまったんだけどなぁ……肝心の起業資金が無いんじゃ動きようがないって……」


 致命的な問題に私は思わず頭を抱えてしまう。




「あら、ないなら うばえば いいじゃない」

「いやいやヴィッテちゃん、平然と物騒なこと言わないでよ! 一方的に奪うのはダメ。欲しいものがあったら、お金とか物とかと交換するのが社会の基本だからね⁈」

「ふ~ん。ヒトの しゃかいって 面倒めんどーなのねぇ」


 返事とは裏腹に釈然としない表情のヴィッテ。

 ……君、納得してないでしょ?



「ねぇちょっと教育係スライ。お宅のオヒメサマの教育どうなってんのよ?」


・・・・

>仕方のない事です。ヴィテッロ様はこれまで金銭という物に触れた経験がありません。

・・・・


「そりゃ王女は買い物とかしなくてよかっただろうけど、そこは教育係であるスライが教えなきゃいけないとこでしょ?」


・・・・

>ヒトの金銭に関して魔物スライムの私が教育を行う事は不可能です。

>かつて住処を追放された我々は事実上 “無一文” 。

>その後、魔物である私がどのような手段で金銭の獲得・金銭による購入・金銭に関する教育を行う事が可能だと言うのでしょうか?

・・・・


「なるほど、そこに繋がるのかぁ。そりゃ難しいよね……」




 ヴィッテとスライが我が家に泊まりはじめてから、色々と話をする機会があった。だけど個人的なことを詮索するのもどうかと思うし、あんまり突っ込んだ質問はしてこなかった。

 とはいえ「たぶんヴィッテたちはお金が無いんだろうな」というのは薄々感じていた。初対面から私のお菓子マフィン強奪してたし。


 そして今のスライの発言で、色んな出来事が繋がった気がする。


 人間達が魔物に向ける敵意をふまえると。

 確かに魔物が働いてお金を稼いだり、お店で買い物したりなんかできるわけないし、お金について教えるってのも無理だと思う。なんでスライムに教育係をまかせたんだ??



 まぁとにかく、このままだと子供ヴィッテの教育上よろしくない!



「ヴィッテちゃんには私が教えるしかないな」


 そう決意した私は、急きょ “こどもお金教室” を開催することにしたのだった。





 ***





「ヴィッテちゃん、これが “お金” っていうもんだよ」

「わぁ! きらきらしてて きれい!」


 私がテーブルの上に並べた硬貨を手に取ったヴィッテは、角度を変えたり、明かりに照らしたりしては目を輝かせてながめている。




 この街に来てから紙幣紙のお金を見たことが無い。

 あるのは金貨や銀貨や銅貨といった硬貨金属のお金だけ。


 金属のお金って持ち運びが不便なんだよね。かさばるし、じゃらじゃらうるさいし、ちょっと量があるとすぐ重くなるし。紙のお金って便利だったんだなって今になって実感する。




 さてヴィッテはお金に興味を持ってくれたっぽいね。そろそろ説明をはじめるかな。


「あのね、街の中には物を売ってる『お店』っていうのがあるんだ。そこで欲しい物がある場合、この『お金』と交換すると手に入れることができるんだよ。これが “物を買う” ってことなんだ」

「そっか。じゃあ ほしいものが あったら、お金を うばえば かいけつね!」

「奪っちゃダメッ! それただの強盗だから!!」


 なんでそうなる……考え方の根本に『奪う』が根付き過ぎじゃない?


「えぇっとね。お金を手に入れる時にも、何かと交換しなきゃいけないんだ」

「ん?? それじゃ お金を てにいれるために 交換こーかんするモノは、どうやって てにいれればいいの?」


「いい質問だね! 物じゃなくて、『相手が必要としていることを行う』っていう行動でも、その対価としてお金を手に入れることができるんだ。これが『働く』とか『お仕事をする』とかってこと。ほら、私が朝からお外に出かける日があるでしょ? あれは働いて、そのぶんのお金をもらって、毎日のごはんやおやつの材料を買ってるんだよ」

「へ~、あたしも はたらいてみたいわ! どうすれば はたらけるの?」

「私の場合は得意なお菓子作りを活かして働いてる。ヴィッテちゃんは得意なことあるかな? もし何かあれば、それを活かせるお仕事をするのがいいと思うよ」


 ヴィッテは「そうねぇ……」と考え始める。


 まぁ彼女の場合は幼いから雇ってくれる職場はないと思うけど……最初は家の中で得意なことを活かしたお手伝いをやってもらって、私がささやかなお小遣いをあげる形で『お金』について知ってもらえばいいだろう。




 しばらくうんうん悩んでいたヴィッテだったが、どうやら思い当たるものがなかったらしく、隣のスライのほうを向いた。


「ねぇ スライ、あたしが とくいなことって なにかしら?」


・・・・

>通常のヒトを基準に比較した場合、ヴィテッロ様の特性は、“卓越した身体能力” にあるでしょう。

・・・・


「え、待って。卓越した身体能力ってどういうこと?」


 予想外の答えに私は身を乗り出した。


・・・・

>ヴィテッロ様の攻撃力や防御力は、一般的なヒトの能力よりも非常に高く優れています。一般的な魔物と比較しても、相当高い水準ではないでしょうか。

・・・・


 攻撃力とか防御力とかってゲームみたいな表現だな。


「ってか人間はともかく、なんで魔物と比べるの? まさかヴィッテちゃんが魔物と戦っても勝てるってこと? そんなことあるわけ――」


・・・・

>その通りです。

>この近隣に限定した場合、戦闘においてヴィテッロ様に勝利できる魔物は存在しません。

・・・・



「……は?」


 理解を超えた情報に、私の思考回路がフリーズした。

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