第10話「初めての、通信検証(3)」
自宅へ帰ってきた私の「無事だったんだ……」という安堵の言葉に答え、スライが体に文字を表示する。
・・・・
>……無事も何も、私は一切危険に遭遇していませんが?
・・・・
「だって! 2号が――」
「やられたんでしょ?」
「ヴィッテちゃん、なんで知ってるの⁈」
・・・・
>私が報告しました。
>
>分裂体の知識や記憶は常時
>ですから先程、剣士の男に斬られるその瞬間まで、私は2号の記憶を所持しています。
・・・・
知識や記憶の共有……2号も昨日、そんなこと言ってたな。
「……ごめん。私、2号が殺される瞬間に何もできなくて……しかもそのまま逃げちゃって」
「べつに 怒ってないわ。スライに “おそらく そうなる” って きいてたとおりだったもの」
「え?」
・・・・
>全ては想定の範囲内です。
>ですからマキリには事前に
・・・・
「あ、まさか『
・・・・
>はい。マキリの行動を予測した結果、おそらくあの場面で余計な事を口走ると判断。状況に適した格言を事前に伝達することで危険性を低下できると考えました。
・・・・
「急に脈略なく格言とか言われても……アドバイスしてくれるなら、もっと分かりやすくしてくれてもよかったんじゃ――」
・・・・
>私は理解しています。ヒトは自らの知識に無い助言を一度に大量に聞いた場合、かえって混乱する傾向にあるという事を。
>そしてヒトは聞いただけの知識を理解するのは難しく、実際に体験しなければ自らのものにするのが難しいという事を。
>
>さらに前提として、異なる世界より来訪したマキリには、この世界のヒトとして有すべき知識が不足し過ぎています。
>それは『インターネット』の普及において、非常に重大な障害となる懸念要素です。
>
>総合的に判断した結果、先の形での伝達が、長い目で見れば最も目的達成に効果的だと判断しました。
>あわせて万が一マキリが想定外の行動をとった場合にも備えて、さらに何重もの安全策を講じる形での計画を用意し、ヴィテッロ様に許諾を得た次第です。
・・・・
「そーゆーこと。スライの
と自信たっぷりに笑うヴィッテ。
「えぇと、話があまり見えないんだけど……つまり『どうせ私には分からないだろうと思った』ってこと? 私だってちゃんと説明してくれれば、それなりには――」
・・・・
>では質問します。第2段階テストを実施するにあたり、マキリが移動経路として先程の道を選択した理由は何ですか?
・・・・
「テストついでに買い物に行くつもりだったから。いつもの雑貨屋に行くなら、あの道が1番近いと思って」
・・・・
>やはりマキリは理解していませんね……。
・・・・
見るからに人を小馬鹿にするオーバーなリアクションで溜息をつくスライ。
「じゃあ! 私はどのルートを選べばよかったの?」
少しムカついた私が食って掛かると、ヴィッテが即答した。
「ひとめに つかない ルートよ」
・・・・
>ヴィテッロ様、正解です。
>もしくは『視認されても問題ない形の対策をした上で行動する』という回答もよいでしょう。
・・・・
「ただ移動するだけなのに、なんで見られちゃいけないの?」
「2号と いっしょだったからよ。ヒトは 魔物を こわがるものだから、どう見ても
「でもスライも2号も悪い魔物じゃないよね? ヴィッテのこと守ってくれてるわけだし」
・・・・
>そのような弁解を、ヒトに理解させるのは困難です。
>我々の攻撃の意思の有無を問わず、“魔物” という枠で一括りに考える、それこそがヒトの常識。彼らにとって魔物は全て “排除すべき存在” なのです。
>対話により相互理解を目指す解決方法など不可能。衝突を避けるには、事前に回避の道を選択するより他ありません。
・・・・
「だけどスライだって、私と初めて会った時、普通に道に現れたじゃない!」
・・・・
>逃げ切れる算段があったからです。
・・・・
「え、逃げ切れてなかったよね?」
・・・・
>菓子の匂いを嗅ぎつける
>
>そして私も逃走に失敗したという事実は、どちらかと言えば『危険回避のために魔物は視認されてはならない』との私の主張が正解である事の裏付けになるのではないでしょうか。
・・・・
「それは……確かにそうかもだけど……」
・・・・
>やはりマキリが2号の消滅を望まないのであれば、本来ならまず安全確保を考慮し、2号の姿を隠蔽可能な移動手段を模索すべきでした。
>
>そしてマキリも分類はヒトですから、本来は魔物を忌み嫌う存在のはず。それにも関わらず魔物である我々と共に行動している時点で、ヒトとして非常に不自然だと言えるでしょう。
>マキリは『自らが少数派である』という事実を認識しなければなりません。
・・・・
私は何も反論できなかった。
たかが街の中を歩くだけ。それなのに『どうやったら安全に移動できるか』を考えなきゃいけない。
どこをどう見ても悪意が無い。そんな相手であっても、
私が飛ばされたのは、そういう世界なんだ……。
「……待って」
価値観の違いについて考えていた私は、
「もしかして、そんな世界に『
・・・・
>困難である事は事実です。
>私は最初にマキリが提案した時点から、世界の諸事情を鑑みて総合的に判断した結果、ヒトの社会への普及は困難だと主張していました。
・・・・
「そういえばそんなこと言ってたな……でもあの時は『できる』的なことも言ってなかったっけ?」
・・・・
>はい。私の優れた頭脳をもってすれば、ヒトの社会へインターネットを普及する事は可能です。
>
>ヴィテッロ様の指示を受け、既にあらゆる可能性を考慮した思考実験を実行済。その結果、目的遂行における最大の障害は “マキリの知識不足” であると判断。
>それをマキリに理解させるべく、先の検証の第2段階を利用しました。
>
>計画は成功です。実際に『ヒトが魔物へ向ける殺意』を間近で確認した事で、マキリはヒトへの理解を深めました。実体験にまさる勉強は存在しません。
・・・・
「そんなッ!!」
突き放すように淡々と紡がれる言葉に、2号が消滅する瞬間が重なる。
呆気なく殺された2号。何も出来なかった自分。無力さへの無念。色んな気持ちが重なっては、連鎖のように爆発していく。
「じゃあスライは私に教えるために、わざと2号を犠牲に……殺されるようにしむけたって言うの⁈ ひどいよ! そこまでしなくても――」
・・・・
>マキリは誤解をしています。
・・・・
「誤解?」
・・・・
>念のために補足しますが、我々スライム族の魔物にとって多くの場合、分裂体の消滅は大した意味を持ちません。
>分裂体が消滅したところで何も影響が無く、何の感情も動かない事態が大半です。
・・・・
「……どういう、こと?」
・・・・
>スライム本体にとって、分裂体は “只の
>
>ヴィテッロ様。【分裂】を行い、業務の引継ぎを行ってもよいでしょうか?
・・・・
「いいわ、スライに まかせる!」
――ぽい~ん
ヴィッテの言葉を受け、2匹に分かれるスライ。
昨日と同じく、私に向かってジャンプしてきたほうの個体を反射的に受け止める。
……ちょっと待て。
こちらは気持ちの整理が追いつかないんだけど。
・・・・
>今回の件でマキリも知識の重要性を理解したはずです。
>新たな2号には引き続きマキリの教育係を担当させますので、インターネット普及のためにも知識の習得に励むことを推奨します。
・・・・
「いやあの、インターネット普及のためにって言われても、もうちょっと具体的に
・・・・
>計画の方向性ならば、既に考案しています。
・・・・
「そうなの⁈」
・・・・
>ただし私も世界の全てを理解しているわけではないため、現状の計画は不完全です。
>今後新たに判明する事実および発生する事態に応じて、実際の計画内容は都度修正を行う必要があります。
・・・・
「えっと……まだざっくりした思い付きの段階で、完成形の計画じゃないってことね。それでもいいから教えてよ」
・・・・
>スライムの
>そこで私は『スライムを “スライム” だと気付かせない形』での計画遂行が必須だと考えました。
・・・・
「スライムを “スライム” だと気づかせない……なんかすごく難しそうだけど、どうするの?」
「ふふん♪ こーするの!」
ヴィッテが得意げにテーブルに広げたのは、1枚の紙。
「これ、私が昨日描いた
昨日インターネットについてヴィッテたちに説明する時、絵があったほうが分かりやすいだろうと思って、パソコンとかスマホとかタブレットとか思い出せる限り色んな端末のイラストを描いたんだよね。
・・・・
>私はスライムを魔導具の中に隠す形を提案します。
>その完成形は、マキリの世界に存在している
・・・・
「なるほど。確かにそれならスライムがそのままネットを繋ぐより、受け入れてもらいやすそうな気はするかも」
・・・・
>現状は『スライム・コンピュータ』とでも形容しましょうか。あくまで仮称ですが。
・・・・
「『スライム・コンピュータ
「いいなまえだわ!」
・・・・
>ヴィテッロ様の賛同があれば私に異存はありません。また私の知る限り、同一の名称は存在しません。
・・・・
「じゃあ決まり。『スラピュータ
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