第17話「職人街・袋小路の錠前屋(1)」


 翌日の石窯亭の仕事帰り。スライに教えてもらって描いた地図を片手に、私は1人で魔導具工房へと向かった。

 目指すはエイバスの街の南側にある『職人街』という商店街。スライの情報では色んなアイテムを作ってくれる職人さんの工房が並んでるんだって。




「えぇっと……あ、看板発見。あの道を曲がったら『職人街』か……」


 職人街へ初めて足を踏み入れた私を出迎えたのは、想像してたよりずっとにぎやかな光景だった。



 大きな通りの両側には工房がずらり。

 笑顔で買い物中のお客さんもたくさんで、エリア全体が活気でいっぱいだ。


 派手なパフォーマンスで実演販売してるお店も多い。ある工房の店頭ではスキルを使って空中で木の椅子を製作中、また別の店頭では水魔術を使って布を鮮やかな色に染め上げている。


「あのターコイズブルーの布、いい色だなぁ」


 こういう綺麗な布でちょっとした小物がお手頃価格で売ってたら買っちゃうかも。素材感も手触りも良さそうだから、シンプルなポーチやクッションカバーにしても良さそうだし……。





「……おっと危ない。思わず見入っちゃうとこだった!」


 今日は行かなきゃいけないお店がある。エイバスのお店は全体的に閉店時間が早い。17時か18時には飲食店以外ほぼ全部閉まっちゃうから、寄り道してる時間は無いんだよね。





「それにしても、工房の数がすごいね。全部で何店いくつぐらいあるんだろ?」


 職人街というだけあって、見渡す限り工房だらけ。


 それもあってか、通り沿いの道の工房はどこも主張が強めだった。店頭での実演販売に呼び込み、魅せるディスプレイ……どの店も行き交うお客さんの足を止めようと色んな工夫を凝らしている。


 看板は目立つイラストやレリーフになっているお店がほとんどだ。

 『武器工房』なら剣を構えた戦士、『帽子工房』なら羽根付きハットを被った人の横顔、といったようにそれぞれの店の特徴が出ている看板ばかりだから、そういうのをぐるっと眺めるだけでも取り扱いアイテムの豊富さが分かる気がする。



「こんなにたくさんお店があるのに、いい魔導具工房を初見で手掛かりなしで探すとかってなっても無理だよなぁ……今回はスライが調べてくれててほんと助かったよ」


 新たな魔導具『スラピュータ』を注文するにあたって、あらかじめスライが調べて候補のお店をピックアップしてくれたんだよね。


 これだけ工房が多いと、もし何も調べず普通に来てたら、たぶんお店を決められなかったと思う……この世界にはインターネットが無いから条件で絞り込んでの検索もできないし、行きたいお店をどう決めていいか検討もつかないもの。


 あ~あ、やっぱ早くネットを広めたいなぁ。





 ***





 地図を見ながら小道に入り、しばらく歩いた辺りでお目当ての工房を見つけた。


 店名は『魔導具工房 袋小路の錠前屋』。

 スライによればその名の通り魔導具の中でも “鍵” に関するものを専門に扱う魔導具工房とのことで、看板も鍵が彫り込まれた小さなレリーフになっている。




 店の中は6畳ぐらいとかなり狭め。

 テーブルが1つと椅子が2つおいてあるだけで、それ以外に大きな家具は無い。


「……いらッしゃイ」


 すぐに部屋奥の扉が開き、獣人の男店員が独特の喋りと共に現れた。

 顔は猫だし猫の耳もヒゲも生えているけど、体の骨格は大人の人間の男そのもので、歩き方も二足歩行だ。



 エイバスでは彼みたいに “人間じゃない人” も “人間” と同じように暮らしている。ただし数はそんなに多くないみたいで、めったに見かけることはない。

 石窯亭で働き出した頃は常連さんに獣人もいてびっくりしたけど、みんなが普通に接しているから「そういうもんか、異世界だし!」と思ってすぐに慣れたんだよね。



 獣人店員は不機嫌な顔で乱暴に椅子に座ると、私をじろじろ見ながらたずねた。


「見ない顔だナ……いッたい誰の紹介だイ?」

「いえ、そういうんじゃないです」

「じゃ何でウチに来タ訳? 紹介でもない限リ、こんな辺鄙へんぴな所に来ないだロ」




 確かにさっきまでの大通りと違って、錠前屋の周辺は人が誰もいなかった。

 外の看板のサイズも控えめで外装も地味だし、場所も文字通り細い路地の袋小路行き止まりで分かりづらいから、事前にスライに聞いてなかったらたぶん来ることも無かっただろう。



 だけど「に聞いて来ました」なんて言えるわけないって……。




「な、なんとなく入りました、なんかよさげな気がしたので。ははは……」

「ふゥン、物好きだナ…………まァいいヤ」


 私が適当に笑ってごまかすと、それ以上は聞かれなかった。

 どうやら深い意味は無かったみたいだね。


「要件ハ? まさか『入ッてみただケ』とか言わないよナ?」

「いえ、魔導具作りをお願いしたくて――」

「ならだネ! ウチは初めてでも歓迎だから安心していいヨ。さァ座ッテ座ッテ!」

「あ、はい……」


 あからさまに物腰が柔らかくなった獣人店員にうながされるまま、私は向かいの椅子に座った。

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