第25話「冒険者への、市場調査(1)」


 計画調整から2日後。石窯亭勤務を終えて帰宅した私は、夕方になるのを待ってから、再びエイバスの中心街へと出かけることにした。


 目的は、冒険者ギルド周辺での “街頭調査” 。

 私が知ってる一般的な市場調査リサーチ方法を説明した上で、スライやヴィッテと相談した結果、「まず試しに街を歩く冒険者たちに街頭調査してみよう!」って結論になったんだ。





「あの辺とか、たぶんみんな冒険者っぽいよな……夕方選んで正解だった」


 夕暮れ時のオレンジ色に染まるギルド周辺は、見るからに冒険者な人々であふれていた。


 調査時間帯の決め手は、ギルドスタッフのステファニーに “ギルドが混むのは朝と夕方” と教えてもらったこと。「これから依頼クエストに向かう朝よりは、依頼クエスト帰りの夕方を狙ったほうがいいだろう」ってことで夕方を選択。


「とりあえず声かけなきゃだけど……う~ん……」




 ギルドから出てくるのは、思い思いの武器や鎧を装備した冒険者たち。


 誰かに調査協力をお願いしなきゃいけないのは分かってる。

 だけど明らかに強そうなオーラに包まれた人ばかりで、どことなく近寄りがたいんだよなぁ……。




「おや?」


 行き交う冒険者を観察するうち、ある4人組が目に止まった。


 冒険者は大半が男性だけ、もしくは男女混合のパーティだ。

 対してその4人パーティは珍しく全員が女性な上、「今日は夕飯に何を食べるか」という話題で笑い合っていて、すごく話しかけやすそうな気がする。


 ……よし。

 あの人たちにしよう。





「すいません、少しお時間いいですか――」

「あ゛ン⁈⁈」


 意を決して声をかけると、斧に鎧な女戦士に凄まれた。

 さっきまでの穏やかな雰囲気はどこへやら、残り3人も険しい顔へと豹変。


 思わず「ヒッ」と声が出るが、笑顔だけはどうにかキープ。


「あ、あのですね。ちょっとした調査にご協力いただけないでしょうか?」

「なんでだよ! そんな義理ねぇだろッ」


 そりゃ初対面でいきなりお願いされても、いい気分はしないよね。




 ……当然、こういう事態も事前に予測済。


 気持ちよく調査協力してもらえるよう、ちゃんと謝礼を用意しておいた。

 日本の街頭調査でも、『図〇カード』とか『QU〇カード』とかを謝礼として渡したほうが喜ばれるよね!




 作り笑顔を貼り付け直してから、改めて言葉を続ける。


「もし調査にご協力いただけるようでしたら、謝礼はお支払いしますので――」

「おいコラいい度胸だな! うちらを馬鹿にしてんのか?」

「ふへ⁈ 別にバカにしてるわけでは――」

「おいふざけてんのかッ! どう考えても馬鹿にしてんだろッ!!」

「そ、そんなこと言われましても……」


「待ちなよ」


 と、見かねたらしい女性冒険者が、私と戦士の間に入った。

 4人組の別の1人で、羽織る厚手ローブは魔法使いっぽい雰囲気だ。



 彼女は激昂する戦士を軽くなだめ、私のほうへと向き直る。


「……あんたさぁ、冒険者に頼み事するの初めてなんだろ?」

「はい」

「だよね。でなかったら、を堂々と街中でするわけないし」

「え……? ど、どういうことですか?」


 やや呆れ顔になりながらも、女魔法使いは話を続けた。


「……冒険者ギルドに登録してる冒険者ってのは、よっぽどの理由が無い限りギルドを通してじゃないと依頼を受けないもんなんだ。ギルドを通さず依頼主から直接依頼を受ける事を『』と呼ぶんだけど、そういう仕事をする冒険者ってあんまり良い顔されないよね……あ、直依頼自体は別に禁止じゃないよ? でも『あいつら直依頼で仕事してるんだぜ』みたいに言われるのは、一般の冒険者にとってなわけ」


「あ、それじゃさっきの私のお願いは――」


「平たく言えば『直依頼しろ』と言ってるようなもんだろ? ちょいっとまずかったね……あんな話を持ち掛けられたら、普通の冒険者は女戦士アイツと同じ反応になるはずだよ」



 そういえば以前ギルドで話を聞いた時にステファニーが言っていた。

 「冒険者は基本的にプライドが高いため、話しかける時は注意が必要ですよ」と。


 こういうことだったのか……。




「……大変失礼いたしました」


 私は深々と頭を下げ続けることしかできなかった。





 女冒険者たちは事情を汲み取ってくれたらしく、それ以上は追及してこなかった。

 っていうかむしろ「失敗は誰にでもあるさ」と口々に励ましてくれた。


 一歩間違えば大きなトラブルに繋がってたんだろうなぁ……ほんと危なかった。

 “話しかけたのが彼女たちだった” ってのは、せめてもの救いだったかも。





 ***





 すっかり疲れてしまった私は、寄り道せず帰宅。

 ひとまずは出迎えてくれたスライにだけ事情を説明する。



・・・・

>成る程。

>聞き取り調査は実行不可でしたか。

・・・・


 全てを聞き終えたスライは、興味深そうにうなずいた。



「そうなんだよねぇ……はァ……」


 特大のため息が自然と漏れ出る。




・・・・

>マキリ、気を落とす必要はありません。

>“冒険者のプライド” という新たな課題を発見できた点では収穫です。

・・・・


「ていうかさ、スライは冒険者のそういう事情知らなかったの?」


・・・・

>魔物である私が、ヒトに関する詳細知識を所持する方が不自然では?

・・・・


「あぁ、そのパターンか……」



 基本は物知りなスライ。

 だけど肝心な情報が抜けてることが割と多い。


 ま、私も知らなかったわけだし、責める資格は無いんだけどね!





・・・・

>とはいえこの程度ならば想定の範囲内です。

・・・・


「そうなの?」


・・・・

>聞き取り調査を提案した最大の目的は、冒険者の需要を知るため。

>あわせて冒険者特有の事情が存在する可能性も考慮し、その視認化も目的の1つでした。

>私の想定通り、本日のマキリの活動により新たな課題が判明。

>『冒険者のプライドを考慮すべき』との課題の認識は、今後の稼働に多大な意味を持つでしょう。

計画プロジェクトは確実に前進したと考えます。

・・・・


「でもさ、街頭調査っていう手が使えない以上、市場調査リサーチは振り出しだよ? 肝心の冒険者のニーズも全然わかってないし……」


・・・・

>その点は心配不要です。

>既に解決策は考案しました。

・・・・


「え⁈ どうするつもり??」


・・・・

>冒険者の特有の事情によれば、先の手法は邪道かつプライド損傷行為であるとの事。

>ならば “冒険者の慣習に従う方法” による調査依頼の実行が正解と考えます。

・・・・




 冒険者の慣習に従う?


 ってことはつまり。

 正々堂々、正面から王道のやり方でお願いするってことだよな……。




「……そっか! ギルドを通して依頼クエストを出せばいいんだ!」


・・・・

>その通りです。

>正規手段の選択により問題は解決するでしょう。

・・・・


 冒険者ギルドの主なサービスは冒険者と依頼主との仲介であり、むしろこういう時のためにあると言っても過言じゃない。

 まさに灯台下暗しだね!




「あ、だったら今度は座談会形式の調査にして、スラピュータ関連の需要調査のついでに、今回の “直依頼” みたいに『冒険者の諸事情』的な話も聞けるといいんじゃないかな?」


・・・・

>同意。

>その方向にて調整を進めましょう。

・・・・




 諸々準備し、翌日には無事に冒険者ギルドに依頼クエストを受理してもらえた。

 初依頼ってことで手続きに戸惑ったけど、ついでに報酬の相場や依頼の条件など詳しく教えてもらったので、次回以降はもっとスムーズにいける気がする!





 ***





 そして最初の依頼クエスト指定日。


 まもなく約束の午前11時。

 冒険者ギルドで紹介してもらった喫茶店。




「うわぁ……やっぱ緊張するなぁ……」


 先に個室で待つ私は、1人そわそわが止まらない。



 さっきギルドで聞いたところによると、今回1組目として引き受けてくれた冒険者パーティはステファニーの紹介なんだとか。


 聞いた話だと、冒険者には気性が荒い人が多いらしい。

 先日話しかけた女4人パーティもなかなか激しめだったしね。


 そんな私の状況と希望を聞いた彼女が「最初に話すなら、なるべく人当たりの良さそうなパーティがいいでしょうから」と、気をきかせて知り合いを手配してくれたんだ。正直とてもありがたい。





「とはいえ、初対面には変わりないんだよなぁ……」


 テーブルの上には、テスト用スラピュータと、みんなでまとめた資料だけ。



 手持無沙汰で何気なく資料をめくったところ。

 挟まっていたらしいが、はらりと落ちる。



「ん? なんだこれ??」


 見覚えの無い紙切れを拾い上げると、飛び込んできたのは「マキリなら できるわ! ヴィッテより」という文字、そして人間2人とスライムの絵。

 たぶん大きい人が私で、小さい人がヴィッテだろう。


 絵の中の私たちは楽しそうに笑って踊っていた。



「ヴィッテちゃん……」


 思わずくすっと笑みがこぼれる。




「…………そうだね。私ならできる!」


 こうして私は、ようやく落ち着きを取り戻すことができたのだった。





 ――コンコン


 扉が叩かれる音。

 私が「どうぞ」と答えると、個室のドアがゆっくりと開く。




「「「あ……」」」


 その瞬間。

 全員が、口を開いたまま、固まってしまう。



 ドアの向こうのは、異世界初日に私を助けてくれた冒険者の男たちだったのだ。

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