第20話「プロトタイプを、テストする(2)」


 初めての試作版スラピュータが完成。

 早速みんなで検証を行ったところ、色々と問題点が浮かび上がる。中でも困ったのが “画面に表示された文字が読みづらい” という点だった。



 Webサイトというのは、ある程度は自由に作れる。

 だけど「多くの人に使ってもらおう」「情報が伝わりやすくしよう」とすると、必然的に押さえなきゃいけない王道のポイントがいくつもある。


 特に原則 “文字を読みやすいサイトデザイン” にするっていうのは重要だ。


 今回作る『スラピュータ』は、Webサイトや受信情報などを表示する魔導具。

 この画面が表示の基本となるわけだから、色んなWebサイトを想定した仕様として作り上げなきゃいけない。文字が読みにくいなんてもってのほかだよね。





 いったんスライにも専用機の外に出てきてもらい、私が状況と自分の見解を簡単に説明すると、ヴィッテもスライも「改善が必要」という方向性には賛成してくれた。



「う~ん、どうすれば いいのかしら……?」


 スマホ型の試作品を手に取り、色んな角度から眺めつつ1人考え始めるヴィッテ。



・・・・

>質問です。

>マキリの世界では同種の問題をどのように解決しましたか?

・・・・

 

 スライが聞いてくる。


「えっと私の場合、端末コンピュータ自体の設計は専門外だから……そういうの、よく分かんなくてさ」


 あくまで私の主な仕事は、ごくごく一般的なWebサイトの作成や運営だった。

 毎日のように使ってたスマホやパソコンは既に “使いやすく設計された完成品” 状態の物だったし、どんな仕組みで動いてるかなんて詳しく知らない。


 もっと踏み込んで勉強しとけばよかったなぁ……。



 ……こんな時こそ、ネットで検索したくなっちゃうよね。



・・・・

>私は提案します。

>最優先に実行すべきは、現時点で選択可能だと考えられる事項の可視化です。

>この実行により改善点が明確になる確率が高まると考えます。

・・・・


「できることの洗い出し……確かに何かヒントが見つかりそうかも。思いつく限りの選択肢を書き出してみるか!」






 この文字の読みづらさの要因は、何といっても色にある。


 例えば試作品の1つを例に取ってみると。

 現在の『文字色』はスライム表示文字のデフォルト色――白っぽい青――。

 そして『背景色』は容器の金属が透けた色――白っぽい灰色――。

 微妙に色味は違うけど、どっちも白っぽいからほぼほぼ同化状態。


 だからどうにかして『配色』を変えるというのが正攻法な気がする。




「ちなみにスライ、体の色とか、体に表示する文字の色って変えられる?」


・・・・

>現状のスキルではどちらも不可能です。

>ただし文字の表示を薄めることで、結果として文字色変更のみは可能です。

・・・・


「う、薄くしたら、余計に読みにくくなっちゃうなぁ……」


 ……この手は無理そうだね。




「じゃあやっぱり “スラピュータの内側の色を変える” のが現実的かな」


 スライムの体はデフォルトのかたまり状態だとほぼ青に近い半透明だ。

 そしてスマホサイズに薄くすると、青の存在感が無くなって透明クリアファイルみたいになる。つまり『スラピュータの内側の色=ほぼ画面の色』というわけ。


・・・・

>該当箇所の色を変更する為の選択肢としては、『使用金属素材の変更』や『該当箇所への塗装』が考えられるでしょう。

>ただしスライムの肉体を透過する関係上、実際に製作した状態で視認しなければ、結論への到達は不可能です。

・・・・


「だね。やってみないことには何ともいえないや」


 白文字をWebサイトに配置する時のセオリーでいうと、デフォルト背景は濃い色が無難だと思う。あと長時間見ても疲れないかどうかってのも大事な基準だね。


 そういえば魔導具工房では、今回使った以外にも色んな金属を見せてもらったし、色を塗る的な加工もできるって聞いたなぁ。今度相談してみよう。





「そうだわッ!!  に すれば いいのよ!」


 ヴィッテが急に立ち上がった。



「ねぇヴィッテちゃん。スライと同じって、何の話?」

「もちろん 文字を よみやすくする方法ほーほーに きまってるわ。もともと スライが見せてくれる文字は よみやすかったもの。だから スラピュータの画面を スライそっくりにすれば かいけつするはずよ!」


 なるほど、いわゆるスケルトン液晶ってわけね!

 『本体やカバーがスケルトンなスマホ』とか『スケルトン液晶なデジタル時計』とかってのは見たことあるけど、『液晶が透過するスマホ』って発想は無かったなぁ。




「ん? 透過する液晶?」


 つい最近、そういうの見たような気がするんだけど……。




「……そっか! ステータス画面だ!!」


 ステータス画面は空中に浮かぶ青い半透明背景&白文字表記で構成されていた。

 質感こそスライムと全く違うものの、色味だけならそっくりだ。


・・・・

>ヒトにとってステータス画面は、文字を表示する媒体としては比較的馴染み深いと考えます。

>それに近づけた仕様にする事で、可読性は勿論の事、親近感を高める効果も期待できるでしょう。

・・・・


「確かに『全く知らないアイテム』よりも、『知ってるものに近いアイテム』のほうが安心感はあって選びやすいかも……じゃ、その方向で進めてみよっか!」





 ***





 検証をふまえ再び魔導具工房へ相談した結果。

 その3日後には改良版である試作スラピュータ第2弾が完成。

 改めて第2弾の検証を終えた頃には、すっかり不安も消え去っていた。


 念のためスライにも意見を聞いてみる。


「……これ、もう完成でいいんじゃないかな? 問題点が見当たらないんだけど」


・・・・

>現段階での端末としての問題点が一旦解決された、という点については同意します。

・・・・



 第2弾の試作品はひとまずスマホサイズのみ。

 なんといっても第1弾に比べ、圧倒的に文字が読みやすいのだ。

 追加してもらった通知音機能もとてもいい。


 そして第1弾に比べて見た目が大幅にグレードアップした気がする。

 ひとことで表すと『金属枠や魔石が付いた、スマホサイズの青ガラス』。画面部分に光が差し込めばステンドグラスのようなおもむきで、アート作品と言っても差し支えないぐらい完成度が高くて……これはうれしい誤算!




「じゃあちょっと試しに、明日職場石窯亭に持っていってもいいかな? できたら職場のみんなに見てもらって意見を聞きたいんだ」



 スライはちょっと考え、それから答えた。


・・・・

>……異論は存在しません。

・・・・





 ***





 翌日、赤の石窯亭。いつもどおりの忙しいランチタイム営業を終えたところで、まったりと帰り支度中の店長に声をかける。


「あのぉ店長、ちょっと個人的に見てもらいたい物があるんですが――」

「おッ! 新作の菓子レシピかい!」

「すいません違います」

「なぁんだ……」



 明らかにテンションが下がる店長。

 どうやら無駄に期待させちゃったみたいだね。



「……新作のお菓子は改めて今週どこかで作りますね」

「そうかい、楽しみにしてるよ! で、見てほしい物ってのは?」

「これです」

「おや、始めて見るね。何だいコレは?」

「スラピュータっていう魔導具です」

「魔導具ねぇ……いったい何に使う物なんだい?」



 ここで私が試作機へ向けて「スラピュータ、サンプルテキスト表示」と声をかけると、画面に文章が表示された。うん、事前の打ち合わせ通りうまくいったね!



「スラピュータの機能1つめが、こうやって声にあわせて文字を表示するっていうもので――」

「ちょいと待っておくれ! あたしゃ力になれそうもないよ!」


 慌てて私の説明をさえぎった店長は、困った顔で言葉を続けた。


「悪いがねぇ……生まれてこの方、あたしゃんだよ」


「……へ?」



 思考が固まる私をよそに、店長が他の店員数名へと声をかける。


「あのさぁ! この中に誰か “文字を読める奴” っているかい?」




 顔を見合わせる店員達。




「いや、読めないっす」

「同じく」

「私もムリだよ」

「無理無理ッ」


 口々に返ってきたのは、ただただ否定の言葉のみ。

 店長は「だよねぇ」とつぶやいてから、私のほうへと向き直った。


「てなわけでマキリちゃん。出来れば協力してあげたいけどさ、こればかりは難しいみたいだねぇ」

「えっと、普通は文字って読めないものなんですか?」



 首をかしげる店長。



「……そういやマキリちゃんは異国出身だったっけね! その通りだよ。文字を読める人ってのは限られた一握りでねぇ……このエイバスの街で普通に暮らしていく分にはさぁ、別に文字の読み書きが出来なくたって困りゃしないのよ! マキリちゃんだってこれまで石窯亭で働いて来た中で、誰かが文字を使ってるとこなんざ見たことないだろ?」



 言われてみれば、確かにそうだ。


 厨房にはマニュアルもレシピも存在しなくて、やり取りは全て口頭だった。

 客席だって例外じゃない。赤の石窯亭には日本の飲食店みたいにメニュー表なんか存在しないし、お客さんからの注文を伝票に書くことも無ければ、会計時に領収書を発行することも無かった。



 石窯亭での出来事に加え、この世界に来てからの色々を思い出してみても、街中で文字を読んでる人って数えるほどしか会ったことがないような……。



「……あっ、もしかしてこの街に本屋が無いのって――」


「そりゃ文字を読めない奴にとっちゃ、本なんざ微塵みじんも必要無いからねぇ。あたしが本に触れたのも、子供の頃に近所のジジイに昔話の絵本を読んで貰った時が最初で最後ぐらいさ!」

「そ、そんな……」




 ――異世界に「インターネット」を広める!


 そのハードルが想像以上に高いという事実に、私はようやく気付いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る