第42話「正攻法で、行くしかない?」
エイバスが誇る『中心街』は、この近隣で最も活気あふれる商店街だ。
だけど大通りから脇道に足を踏み入れた途端、その雰囲気は一変する。同じ街とは思えないほど人通りも一気に減って、替わりに看板も飾り気も無い建物ばかりが急増。知る人ぞ知る隠れ家っぽい店が、ところどころにあるぐらい。
さらに入り組んだ道を進むと辿り着くのが路地裏区画。
私が今歩いている、細道だらけの一帯だ。
「……本音をいえば、やっぱ気は進まないよなぁ。ほんとに
この後のことを考えると、自然と溜息が漏れてくる。
正直、さっきのスライはかっこよかった!
ヴィッテを誤解させたのに気づいて慌てる私を静かになだめ、さらに「有効な対処法を伝授する」ときっぱり断言。
動じぬ姿があまりに頼もしすぎて、ちょっと泣きそうになったよね!
しかもいつものスライなら “まずこうしてああやって、ああいう場合はこうやって――” って感じで緻密に計算した作戦を提案してくる。作戦通り動けば大体うまくいくってことで、スライの提案には一定の安心感があるんだ。
で、今回のスライはいつも以上に自信たっぷりだったから、私としては最高潮に期待が上がりまくってたわけで……!
「それがまさか肝心の対処法が
スライの提案はこうだった。
――
――
なんでも「ヴィテッロ様は鋭くて繊細だから、こういう時は下手に小細工せず、マキリが1対1で正々堂々と話すべき。自分は顔を合わせず、後方支援を担当する」ってのがスライの言い分だ。
……うん。
ま、分からなくはないよ?
私だって割と長くヴィッテと暮らしてきたわけだし。
それにスライが居場所を把握してるからヴィッテを探す手間が省けたり、誘拐犯に出くわさないよう屋根伝いで周囲を見張ってくれたりとサポート手厚めなあたりも、すっごくありがたいとは思う!
「だけどさ~、あんだけもったいぶってたくせに肝心の作戦がシンプル過ぎだってば! なんか拍子抜けしちゃったっていうか、もう不安しかないよ……」
なぜこんなにも私が不安なのか。
実はこれまで私とヴィッテが喧嘩らしい喧嘩をした経験がない、ってのが1番の理由だと思う。スライとは何度も言い争ってる気がするけど、ヴィッテ相手だと不思議とそういう空気にならないんだよな。
そもそもヴィッテは
何かにつけてお行儀がいいし、お片付けもちゃんとするし、面倒なワガママをぶつけてもこないから、私がストレスを溜めこむなんてこともなく、むしろ褒めたくなっちゃうぐらい!
もちろん価値観の違いとかで、多少説明に困っちゃうことはある。だけどそういう時はだいたい「たぶん彼女に悪意はないんだよな」って何となく分かるから、別に嫌な気はしないし。
「だから……だからこそ、かな。こんな風にヴィッテとの関係がこじれたのって、何気に初めてなんだよねぇ……」
――仲直りしたい!
それだけは私の中で揺るがぬ事実。
だけど
ふと浮かぶのは、別れ際に見た
基本は笑顔を絶やさない彼女があんな顔を見せたのは、覚えている限り2回目だ。
1回目は初めて会ったあの日。
私が「お父さんやお母さんはおうちにいるかな?」って聞いた時のこと。
一瞬にして曇ったヴィッテのあの顔を、私は忘れることはないだろう……事情を知らなかったとはいえあれは完全に私が悪い。無神経の極みすぎて、あの日の自分を殴り飛ばしてしまいたくなる!
かつての
つまりヴィッテにとって、今日の私の態度は
そんな状態の誤解を、どうやって解けばいいんだろう。
ていうか不器用で口下手な私が中途半端に喋りかけようもんなら、逆に関係がこじれる可能性まであるよね??
「……まぁでも、向かうしかないんだけど」
時間的にはそろそろ日が落ち始める頃。
早くしないと、暗く肌寒い路地裏に幼女を1人放置することになってしまう。
まぁたぶんスライがこっそり見守ってるだろうけど、それでもできれば早く連れて帰って暖かい部屋でゆっくり休ませてあげたいところ。
となるとぐだぐだ悩んでる余裕は全くもって存在しないわけで……。
……なんだかんだ言いつつも。他に良い解決策が浮かばない以上、「スライの提案に乗っかる」以外の選択肢がないんだよな。
「ええっと、この近くだったよね。ヴィッテちゃんと初めて会ったの」
異世界に来てからしばらく経った頃、焼き立て木苺マフィンを奪ったスライを追いかけていくうちに辿り着いた場所。
人通りはほとんど無いけど、建物だけは所狭しと並んでいる。
日当たりがすこぶる悪く、空気もひんやりじめっとしていて長居したいとは思えないし、普段の私なら足を運ぶことすら無いエリア。
「あっ、あの建物の落書き……!」
壁一面に緑と黄色の塗料でベタッと大胆に描かれた草木っぽい落書き。スライを追いかけてる途中に見かけたな。
ってことは “この辺” で間違いなさそう。
あの角を曲がれば、おそらく彼女がいるはずだ。
意を決して見覚えのある角を曲がると――。
――うつむいて座る
きらめく銀髪に目が奪われる。
見間違えるはずもない、うっすらピンクに
確かにあのドラゴンの
……なんで気付かなかったんだろう。
あのドラゴンはどう見たって
「ヴィッテちゃんッ!」
気づけば自然と彼女の名前を呼んでいた。
「!」
バッと顔を上げるヴィッテ。
驚きで塗りつぶされた青い瞳と目が合った瞬間、私の頭は真っ白になる。
何か言わなきゃいけないってのは分かってる。
だけど喉が嫌な感じに固まって、どうにもうまく声が出ない。
「あ、あの……私、さっきはほんとに――」
「うわぁぁああぁああッッ!!!」
無理やり絞り出した私の言葉を、かき消すかのごとく響き渡るヴィッテの叫び。
バッと立ち上がるや否や、彼女がこちらへ駆けてくる。
勢いのまま私に抱きついたかと思うと、水道管が破裂したみたいにわんわん泣き出したのだった。
***
あれからヴィッテは泣き続けた。
泣いて泣いて、泣き続けて、泣いて……。
…………気が付けば、すっかり夜になっていた。
だけど向こうの通りの街灯がついたおかげで、多少は辺りが見えている。
そして私はヴィッテをキュッと抱きしめていて、ヴィッテはというと私の腕の中でスヤスヤ静かに眠っていた。
「ヴィッテちゃん、なんかうれしそうだなぁ……」
彼女の顔は涙やら何やらでぐちゃぐちゃだった。
そりゃあれだけ泣いた後だもの、当然だ。
だけどすごく晴れやかだった。
憑き物が落ちたみたいに笑ってて、こちらまで思わず笑顔になっちゃうよねぇ。
とりあえず「このままにしておくの、よろしくない!」ってことで、起こさないよう気を付けながら、ポケットから出したハンカチでそっとゆっくりヴィッテの顔を拭いて綺麗にしていると。
上空からポインッとスライが飛び降りてきた。
そういや、ずっと屋根の上から周囲を見張ってくれてたんだよな。
・・・・
>現在の状況を分析した結果、事態は収束したと私は考えます。
・・・・
うん。
まぁいい感じにまとまったっぽいよね。
正直に言えば、何がどうしてこうなったのか、いまいちよく分かってない。だけどヴィッテの幸せそうな寝顔を見る限り、たぶん選んだ道は正解だったはずだ。
丸く収まったこと自体はほんと良かったと思う。
たださ、1点だけ
「……ねぇスライ。妙に落ち着いてるけどさ、もしかして
・・・・
>当然です。
>教育係である私は、ヴィテッロ様の最大の理解者でもありますから。
・・・・
「やっぱり! なら先に言ってくれればよかったのに」
・・・・
>不服。
>私はマキリへ対処法を伝授しました。
・・・・
「それはそうなんだけどさ~。『そこまで事前に結果が見えてたなら、対処法をアドバイスするついでに説明してくれてもよかったんじゃないか』ってこと。そしたら私、あんなに悩まなくてすんだのに……ここに来るまでの道中、すっごく不安だったんだよ?」
・・・・
>仮に私が出発前に時を回帰したとしても、現在と同じ選択を行ったでしょう。
>
>結果としては事態は無事に収束。
>私の判断は正当だったと考えます。
・・・・
「だけど元はと言えば、今回の件ってスライたちが原因なわけだし、もうちょっと分かりやすく説明してくれてもよくない?」
・・・・
> “我々が原因”と語る根拠は?
・・・・
「だって最初からスライたちが嘘なんかつかないで、正直に話してくれてたらさ、こんな風にこじれることも無かったんじゃない?」
・・・・
>訂正します。
>私が世界で最も嫌悪するもの、それは “虚偽” です。
>
>よって、虚偽と判断した情報は一切伝達していないと宣言します。
・・・・
「へ? でも『ヴィッテちゃんは人間だ』ってずっと嘘ついてたよね?」
・・・・
>私が伝達したのは真実と判断した情報のみ。
>虚偽と判断した情報の伝達は実行していません。
>
>
>そして私は何より、ヴィテッロ様の意向を尊重しています。
>
>ヴィテッロ様は命じました。
>彼女の真の御姿をマキリに知られぬよう行動せよ、と。
>
>よって私は決意しました。
>マキリへは真実のみを伝達しつつも、 “ヴィテッロ様の真の御姿に繋がる情報” の伝達は出来得る限り回避する事で、ヴィテッロ様の御希望を実現すると。
・・・・
なるほど。
スライは嘘こそついていない。
だけど私にホントのことを言わない形で、あえて
・・・・
>さてマキリ。事態が収束した以上、当地点への長居は無用です。
>よって早急なる帰宅を推奨します。
・・・・
「そうだね、そろそろ帰ったほうがいいかもしんない。すっかり夜になっちゃったし……ヴィッテちゃんは私が抱っこして帰るってことでいいよね?」
・・・・
>現状を踏まえると、最善の選択肢です。
>
>ヴィテッロ様は1度睡眠を開始すると滅多な事では起床しない傾向にあります。
>特に現在は様々な疲労が蓄積している事から、起床はかなり先であると考えます。
・・・・
「了解。じゃ帰ろっか!」
すぅすぅ寝息を立てるヴィッテをそっと抱き上げ、歩き出そうとした瞬間だった。
――……ゴゴゴゴゴゴォッ
遠くから地鳴りのような音が響き始めた。
しかも段々音が大きくなってきてる気がするんだけど?!
「なッ、何この音⁈」
慌てふためく私に向け、スライは「ようやく始まりましたね」と涼し気な顔で文字を表示してきたのだった。
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