第41話「判明した、さらなる事実(5)」
引き続き我が家の1階。
難しい顔で向かい合うのは、私とスライ。
「……もしかしてだけどさ。1人目のおやつ係の方と、ヴィッテちゃんの間に何かあった? ええっと、例えば……ヴィッテちゃんの
使う言葉は選びながら、だけどあえて直球にぶつけてみたところ。
スライは少しびっくりして、それから少し遠くを仰いだ。
・・・・
>…………その通り、です。
>
>
>話は、おやつ係と我々との遭遇前に
>
>
>「真の姿を隠蔽し、常にヒトの姿を保て。決して真の姿を開示するな。いずれはヒトに紛れての生活を可能にしろ」と。
>
>同時に私は教育係に任命され、ヴィテッロ様がヒトに擬態する為の教育を担当することとなりました。
・・・・
あ、前にちらっと聞いたな。
ヴィッテのお父さんはスライよりもすごく強くて、それでスライが仕えるようになったって……。
…………うん。
お父さん、ものすごく苦労したんだろうなぁ。
とても大きなお城に住む王様で、娘は実は
こっちに来てからそんなに経ってない私でも分かるぐらいだから、「こっちの世界では、人間と魔物は相容れないものだ!」っていう常識の壁は高いと思う。
娘が魔物だともなれば、普通の人間には教育任せられないだろうし……そりゃスライムを教育係に任命するって流れになってもおかしくないかも。
苦労したといえば当事者のヴィッテもだよね。
あんなに小さいのに、周りにずっと気を使って過ごさなきゃいけないなんて……。
「……ドラゴンが人間に紛れるって、たぶん、すっごく大変だったよねぇ」
スライは静かにうなずき、そして言葉を続けた。
・・・・
>ヴィテッロ様は血の滲むような努力を重ねに重ねた結果、ヒトの姿での生活を習得しました。
>その苦労は、恐らくマキリの想像を遥かに超える程の内容と考えます。
>
>
>我らが王には、何らかの深き考えが存在したと推測します。
>その真意は不明ですが、我々下位の者には推し量れぬ壮大な計画に相違ありません……。
>
>……王が崩御なされた現在となっては、計画の全貌把握は不可能と考えます。
・・・・
小さく溜息をつくスライ。
その姿には、どことなく寂しげな空気が漂っている。
・・・・
>我らが王の居城に “1名のヒト” が迷い込んできたのは、ヴィテッロ様が苦労を重ね、ようやくヒトの姿での生活に慣れた頃でした。
>
>その迷えし者は一見、何の変哲もないヒトでした。
>しかしそのヒトは、スライムである私を見ても臆することなく、殲滅を目指すでもなく……空腹状態のヴィテッロ様に、“おやつ” と称して生成した食物を渡しました。
>
>食物の味に感銘を受けたヴィテッロ様は、その場で彼女を『おやつ係』に任命。
>我々の日常におやつ係が参入しました。
>その後もヴィテッロ様がヒトへ擬態する日々は続行されました。
>
>
>…………
・・・・
「――あの悲劇って、ヴィッテちゃんのお父さんの……!」
・・・・
>……はい。
>ヴィテッロ様の父上であり、我らが王である偉大な存在が殺害され……直後に我々が生活する居城が崩壊した、あの忘れもせぬ午後のことです。
>
>
>ヴィテッロ様は目撃しました。
>父上が、あの黒髪剣士に刺殺される瞬間を。
>動転したヴィテッロ様は、ヒトの姿から、本来の御姿であるドラゴンへと回帰し、興奮冷めやらぬままに黒髪剣士へ襲い掛かからんとしました。
>
>しかし直後に居城が崩壊。
>ヴィテッロ様は卒倒。私に可能であったのは、ドラゴン状態のヴィテッロ様を輸送しての決死の逃走のみ。
>崩れ行く居城から離脱し安全確保に成功した時には、黒髪剣士達の姿もおやつ係の姿も確認は不可能でした。
・・・・
以前もスライは話していた。
ヴィッテの父は刺し殺されてしまったと。
そして犯人は私を助けてくれた
だけど “実はヴィッテが
「……もしかして、だけどさ。前にスライが『
・・・・
>その通りです。
>ヴィテッロ様は未だ幼く経験も浅く、相手の力量を見極める事が不可能です。
>父上の仇の存在を知れば、思考を挟む事なく殺害へと走るのは確実。
>よってあのヒト共の存在を知る事は、高確率で彼女を危険に晒すと考えます。
・・・・
「でもヴィッテちゃんって相当強いよね? ちょっと前には大型の
・・・・
>魔物においてはヴィテッロ様も十分なる強者と言えます。
>しかし現在の彼女の強さは父上の足元にも達しません。
>
>それは仕方のない事実です。
>ヴィテッロ様の父上は、全ての魔物を
・・・・
「ぶァッ⁈⁈ …………ま、
・・・・
>マキリの言う『あの』が何を意味するかは理解できませんが……少なくとも我々が “魔王” と称すのは、我らが偉大な王のみ。
>それ以外を称す事は有り得ないと言えます。
・・・・
お父さんも魔物だったか~。
私てっきり、普通の人間だとばかり思ってたよ!
「……ま、待って? じゃあその魔王を倒したタクトさんってまさか――」
・・・・
>恐らく “
>
>この世界で魔王を殺害可能な唯一の存在。それは魔王と対極にあり、【光魔術】の使い手である勇者をおいて、他に存在しないのですから。
・・・・
そりゃ魔王が実在するなら勇者ぐらい実在するよね。
この世界はいかにも剣と魔法のファンタジーって感じだし、勇者と魔王の絵本もあったし……あのやたら地味な
彼が勇者なら魔王を倒して当然なんだよなぁ。
ってことは『
……よかった。
やっぱり彼ら、悪い人じゃなかったんだ。
まぁそういう事情なら、逆に
で、ヴィッテのお父さんは魔王なわけでしょ。
スライも「全ての魔物を統べる王」とか言ってたし、そりゃ
――ん?
ヴィッテのお父さんが 魔 王 だと……?
「えッ⁈ ヴィッテちゃんってば魔王の娘なのォッ⁈ そしたら住んでたお城は魔王城的な場所ってやつッ⁈⁈」
・・・・
>はい。
>ヴィテッロ様は、我らが王の唯一の御息女です。
>そして居城は “魔王城” と称される場所でありました。
・・・・
まぁそりゃ住んでたのが魔王城となると、同じような新居を探し回っても見つかるわけないよね? 魔王城クラスの空き物件がゴロゴロあったら逆に恐すぎるからっ!
・・・・
>念の為に補足すると、魔物における “娘” という概念と、ヒトを含む生き物における “娘” という概念は大きく異なるため、ヒトであるマキリには即時の理解が困難でしょう。
>ですが「我らが王にとって、魔物の中でもヴィテッロ様が特別な存在である」という点は、恐らく事実であろうと考えます。
・・・・
またなんか小難しそうな話が出てきたけど、とりあえず今はスルーしとこう。
詳しく聞くと余計ややこしくなりそうな気がする。
・・・・
>……前置きが長くなりました。
>ここからが、先のマキリの疑問への回答……つまり「
・・・・
おっと、こっから本題ってわけか。
あまりに情報量が多過ぎて忘れかけてたけど!
・・・・
>ヴィテッロ様はおやつ係に対して
>彼女は父上の命を遵守したのです。
>
>しかしあの悲劇の日。
>我を忘却したヴィテッロ様は、父上の命を破り、真の御姿へと回帰。
>事態が安定し意識を取り戻した時には、おやつ係が行方知れずとなっていました……。
>
>
>……ヴィテッロ様は深く後悔しました。
>父上の命に背き、ヒトの身であるおやつ係に、真の御姿を開示した事を。
>何故ならヴィテッロ様は「おやつ係が失踪した理由は、自らの真の御姿を知られたからだ」と考えたからです。
・・・・
「えっ、極論すぎでしょ! 必ずしもそうとは限らなくない?」
・・・・
>その点は私もマキリに賛成です。
>当時の状況を鑑みれば、『ヴィテッロ様の真の御姿の開示』と『おやつ係の失踪』とに因果関係があると断言するのは不可能でしょう。
>
>ただし私は熟慮した結果、ヴィテッロ様の結論を否定する利点は無いと考えました。
>
>仮に彼女の結論を否定すれば、私は代替に他の見解を提示せねばなりません。
>ですが私が考え得る他の見解は唯一つであり……それはヴィテッロ様にとって
・・・・
――
どうやら私とスライの考えは同じだったらしい。
『1人目のおやつ係』は普通の人間だったとか。
人間がお城の崩壊に巻き込まれたら……常識的に考えて、
縁起でもないし口にこそ出せはしなかった。
だけど最初にこの話を聞いた時から、その可能性だけは頭の中によぎってた。
同じく巻き込まれたはずの人間のタクトやテオは無事だとはいえ、あの人たちは何てったって “勇者様とその仲間” 。
普通の人間と同じ基準で考えちゃいけない特例中の特例と扱うべきだよねぇ……。
ずっしり重苦しい沈黙を破ったのはスライ。
・・・・
>……話題を進めましょう。
>
>
>居城の崩壊後は、ヴィテッロ様の御希望に従い、行方知れずのおやつ係と新たな居城を捜索すべく、ヒトの街を複数渡り歩きました。
>そして我々は『
>
>マキリを『おやつ係』に任命後、ヴィテッロ様は即座に私へ命じました。
>彼女の真の御姿をマキリに知られぬよう行動せよ、と。
>
>
>ヴィテッロ様は恐れていました。
>マキリが、もう1名のおやつ係と
>それを防ぐためには、ヴィテッロ様自身がかつてと
・・・・
「えっと……ヴィッテちゃんは、『もし
・・・・
>はい。
>しかしマキリの危機を知ったヴィテッロ様は、
>結果、無事にマキリは救出されましたが……。
>
>……ヴィテッロ様の恐れは、
・・・・
「ん? それどういう意味? 私、別に失踪なんかしてないし、ちゃんと家に帰ってきたけど――
――瞬間、脳裏に浮かんだのは。
「やばッ、あれ絶対誤解させちゃったよ!! ……そりゃまぁ確かに、あの時の私は無茶苦茶おびえてたけど、それは『急にドラゴンが現れた!』ってパニックになったからなだけで、もし正体がヴィッテちゃんだって知ってたら、あんな反応しなかったのに……ど、どうしようッ!!」
・・・・
>……マキリ。
>落ち着いてください。
・・・・
「そんなこと言ったってさ!! この状況で落ち着けるわけ――」
・・・・
>私に任せてください。
>まだ十分に対策可能な範囲であり、有効な対処法が存在します。
>
>私は事前にこの事態を予測しており、かつ現在も複数の分裂体を通じて最新状況の把握に努めています。
>そして私は現在のヴィテッロ様の位置および現状も把握しています。
>
>
>ここでマキリに質問です。
>本来ならば私は真っ先にヴィテッロ様の傍へ駆け付けるべきと考えます。
>それにも関わらず、こうやってマキリの元に直行したのは何故だと考えますか?
・・・・
「あっ、言われてみれば……」
私が知る限り、スライはヴィッテとほぼずっと一緒だった。
ヴィッテを放置するなど “らしくない” のだ。
だけどスライの行動は一見意味不明でも、だいたい理由がある。
その時は分からなくても、後で聞くと「なるほど!」って何度も感心したよね。
ってことは今、私の元に来たことにも何か理由があるはずで……。
「……えっと、今は私と話すほうが先決だと思ったから、ってこと?」
・・・・
>名答。
>ではマキリに、私が考える対処法を伝授しましょう……。
・・・・
語り始めるスライは不思議と自信に満ちていて、何だかとっても頼もしかった。
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