第30話「教育係は、“あの日” を語る」


 引き続き我が家の1階キッチン。

 衝撃告白からややあって、放心していた私も気を取り直した。




 ふと湧き上がる、激しい “” 。


 私が知ってるテオとタクトは、率先して他人を助けられる人たちだ。

 石窯亭や冒険者ギルドや神殿の人々からも信頼が厚くて、冒険者の割には穏やかで親切で……平気な顔で人を殺せてしまう外道とは、到底思えないんだよ!



「その……もし良かったら、なんだけど……状況を詳しく教えてくれないかな?」



 ――彼らがやった証拠はあるのか?

 ――人違いじゃないのか?

 ――百歩譲って、止むを得ない事情があったとか?


 細かく聞くことで、新たな事実が判明する可能性もあるだろう。

 その逆だって十分ありうるわけだけど……。





 スライはちょっと考えてから、ぽつりぽつりと説明し始めた。


・・・・

>…………承知、しました。

>あれは午後の出来事……城内は至って平穏。

>ヴィテッロ様の自室に存在したのは『ヴィテッロ様』『教育係である私』『おやつ係』の3名です。

・・・・



「お城で一緒にいた『おやつ係』ってのは、噂の1人目の方だよね?」


 スライは「その通りです」と答えてから話を続ける。



・・・・

>平常通りの昼食後。

>静寂な城内に……爆発音が轟きました。

>即座にヴィテッロ様が駆け出し、おやつ係と私も追尾。

>間もなく『玉座の間』へ到着。

>我々が目撃したのは、あの冒険者2人組でした。

>次の瞬間。

>ヴィテッロ様の父上を、黒髪剣士が刺殺。

>直後に居城が崩壊。

>私に可能だったのは、ヴィテッロ様を輸送しての決死の逃走のみ……。

>……安全地帯への避難には成功しましたが、おやつ係の姿は確認できず……以後はヴィテッロ様と共に世界を彷徨し、行方知れずのおやつ係と新たな居城とを捜索していました。

・・・・



 以前ヴィッテが話していた。

 父は自分の前で殺され、その時に家が壊れて無くなり、おやつ係も消えたのだと。


 そしてスライの証言によれば。

 現場にいたのはテオとタクトであり、ヴィッテの父を刺殺したのは黒髪剣士……つまりタクトだったと。



「……ねぇ! それって本当に今日の冒険者たちテオさんとタクトさんだったの? 例えば『実はよく似た別人だった』とか……そういう可能性は無いのかな?」


・・・・

>私はしています。

>玉座を侵略せしを。

>ヴィテッロ様の父上を絶命させしを……。

>……

・・・・


 いつになく力強いスライの言葉。



 私はそれ以上、言葉を続けられなかった。

 何も言っちゃいけない気がした……。






 ……だけど。


 1つだけ、どうしても確認しておきたかった。






「あのさスライ……これから、つもりなの?」

 


 ――冒険者たちテオとタクトは “ヴィッテの父を殺した” 。


 これはスライにとっての揺らがぬ真実。

 自身が決定的瞬間を目撃したと信じているのだろう。


 その力強い言葉には、何らかのが含まれているようだった。





 スライはただ静かに答えた。


・・・・

>別にが。

・・・・



 ……そっか。

 どうもしないのか――。




「って、どうもしないのォッ⁈⁈」


・・・・

>はい。

・・・・


「いやいやいやッ! さっきのスライの発言、どう見ても何かしそうな空気だったよッ?」


・・・・

>“何か” とは?

・・・・


「たっ、例えば『ヴィッテちゃんのお父さんの仇討ち的な復讐してやるッ!』とか! あとは私が仇と仲良くしてたことが気に入らなくて『お前なんか知らん! この家を出ていくぞッ!』とか! もしくは『あんな奴らに紹介してもらった石窯亭なんかやめちまえッ!』とか――」


・・・・

>マキリの推測、理解不能。

・・・・


「へ? だってスライは2人を犯人だと思ってるでしょ!! 何の因果か再会した憎き宿敵への強い決意……ときたら “復讐の殺意” が定番だよね? そこまでじゃなかったとしても、少なくとも犯人と関わる人を良しとしないとは思うし……」


・・・・

>それがヒトの思考ですか?

・・・・


「ええっと、その辺りは人によるから一概には言えないけどさ……恨む相手に復讐したい人は一定数いて、その気持ちが分かっちゃう人も少なからずいるのは確かだよ。一般的に復讐は良くないことだから『復讐はダメだよ!』って止めるのが一応正解なんだけど……場合によってはただの綺麗事扱いされるというか、それが必ずしも正解にならないこともあるというか…………まぁ、その……いろいろ複雑なんだよね」


・・・・

>実に非論理的です。

>これだからヒトという存在は――。

・・・・


 スライが鼻で笑った。




 ……なんか、ムカつく。




「だったら魔物はどうなのよ! 人が非論理的っていうからには、魔物は論理的に考えるとでも言いたいわけ?」


・・・・ 

>魔物は単純明快です。

>如何なる場面においても強者こそが至高で正義。

>仮にヴィテッロ様の父上が他を圧倒する強者であったなら、あのヒト共を返り討ちにできたでしょう……彼の殺害は弱者であったが為に発生したに過ぎず、それ以上でもそれ以下でも有り得ないと私は考えます。

・・・・


 な、なるほど。

 いわゆる “弱肉強食な倫理観” ってわけか。


 そういやヴィッテちゃんも初対面で似たようなこと言ってたな。

 まぁ教育係がスライだし、魔物流に教育したんだろう。


「じゃあ、一応、確認するけど……スライはあの冒険者たちへの復讐は考えてない、ってことでいいんだよね?」


 私にとっての命の恩人テオ&タクト大切な仲間スライ&ヴィッテ

 事情を知った上で「仲良くして」なんて天地がひっくり返っても言えるわきゃない。

 だけど対立しないで済むなら……それに越したことはない。




 一瞬ぽかんとしてから、スライは遠くに視線をやった。


・・・・

>……そもそも前提として。

>あのヒト共の殺害は、私には不可能です。

・・・・


「なんで?」


・・・・

>ヴィテッロ様の父上は私よりも遥かに強者。

>だからこそ私は彼に仕え、その命によりヴィテッロ様の教育係を務める事になりました。

>その強者を殺害した黒髪剣士……私の勝利は不可能です。

・・・・


「ちょ、ちょっと待って! タクトさんってそんな強いの?」


 脳裏によぎるのは、あの冒険者たちが戦っていた姿。

 そりゃ確かに2人とも危なげなく魔物を倒してはいたものの、そこまで強い感じはしなかったんだよねぇ……タクトにいたっては戦う姿より、むしろ先程のかっこ悪い去り際のほうが印象的なんだけど。


・・・・

>私の知識には、あの黒髪剣士に勝利可能な魔物は存在しません。

・・・・


「うわぉッ! 物知りなスライが “勝てる魔物を知らない” って、“とにかくものすんごく強い” ってことだよね!!」



 ……もしかして “能ある鷹は爪を隠す” ってやつだったんだろうか?



・・・・

>マキリ。私から要望が1点存在します。

>あのヒト共との遭遇を、ヴィテッロ様には内密にしてください。

・・・・


「内緒にするのはいいけど……一応、理由聞いてもいいかな?」


・・・・

>理由はヴィテッロ様がまだ幼い事にあります。

>彼女にとって、あの冒険者2人組は父上の仇です。

>奴らの存在を認識すれば、多大な混乱を招くに違いありません。

・・・・


 そういえばヴィッテは初対面で家族の話をした時、すごく辛そうな顔してたもんなぁ……そりゃわざわざ「お父さんの仇がいたよ!」って伝える必要はないかもね。





・・・・

>……では、話題を転換しましょう。

>本日の市場調査は収穫が豊富でしたね。

・・・・


「え? うん、まぁ……そうだね」


 スライの話題切り替え、ちょっと唐突過ぎない?

 さっきまで結構重めの話をしてたはずなんだけどなぁ……まぁいいけど。


「冒険者特有の悩みも具体的に色々聞けたし、システム改善の方向性としての収穫はあったよ。でも、大きなにぶつかっちゃったよね」



 警戒心が強い冒険者たちは、知らない人間を疑ってかかるのが常識らしい。

 どんなに良いシステムを作り上げたとしても、私たちが売り込むのは難しい。

 多くの冒険者にとって、私たちは “信用できるか分からない存在” だから。


 よってスラピュータを売り込むためには、スラピュータのシステムをさらに改善するのとあわせて、冒険者たちの信頼を勝ち取らなきゃいけないだろうと。



「信用されるってなかなか難しいんだよなぁ。しかも相手は冒険者だし……」


・・・・

>私は逆に、相手が冒険者だからこそ信用を得るのは容易いと考えます。

・・・・


「だけど冒険者は警戒心が強いんだよ? 信じてもらうの厳しくない?」


・・・・

>警戒心が強いという事は即ち、信用する対象が限られるという事です。

>加えて冒険者は、信用する人物からの紹介であれば受容する傾向にある事は、『紹介状』と呼ばれる仕組みの浸透からも明白。

>ならば、まずは “冒険者が信用する対象” の信頼を獲得し、その対象にスラピュータの販売を委任すればよいと考えます。

・・・・


 あ~、第三者に販売を任せちゃうってわけか!




「私たちはインターネットを広めたいだけで、別に直接販売にこだわってるわけじゃないから、その選択肢はありかも……そのほうが横展開もしやすそうだし!」


・・・・

>『横展開』とは?

・・・・


「簡単にいうと “広げていく” 的な意味だよ。スラピュータ計画プロジェクトの場合だと、『私たちだけで開発から販売やアフターフォローまで全部やろうとするんじゃなく、他の人たちもいっぱい巻き込んで手伝ってもらって、どんどんインターネットの普及を進めていこう!』的な感じになると思う」


・・・・

>成る程。

>インターネットは特性上、より多くのヒトが使えば使うほど詳細な情報が集合します。

>これにより、おやつ係と新居城の発見というヴィテッロ様の願望も達成しやすくなる可能性が存在すると考えます。

・・・・


「そうだね。まぁ関わる人が増えたら、そのぶん色々大変にはなると思うけど」


・・・・

>ですがインターネット普及を目指す上で、どのみちいつかは越えるべき壁なのでは?

・・・・


 確かに……!

 思ったより壁を越えるのが早くなったってだけかも。




「……なら問題は、スラピュータの販売とかを任せる “冒険者が信用する対象” をどうやって探すかってことだよねぇ」


・・・・

>新たに考えるまでもありません。

>最適な回答は1点しか存在しないのですから。

・・・・


「へ⁈ ど、どういうこと?」


・・・・

>マキリに質問です。

>エイバスの街において、最も多数の冒険者が通う施設は何処ですか?

・・・・


「1番たくさん冒険者が通う施設…………あ! 冒険者ギルドか!」


・・・・

>名答。

>冒険者ギルドの信頼を獲得し、販売を委任する事で、課題は解決すると考えます。

>加えてマキリは、冒険者ギルドより既に特別扱いを受ける人物。

>さらなる信頼の獲得も、比較的容易だといえるでしょう。

・・・・



 そういえば冒険者ギルドのステファニーには、別室での買取は特例だって言われたな。「また大量にアイテムを売却したい時は私を呼んでくださいね」とも……。



 ……なんだか、光が見えてきたぞ!

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