黎明のスラピュータ ~スマホもPCもなし?そんなの絶対楽しくないので、異世界幼女のおやつ係は「スライムなインターネット構築計画」を始動することにしました

鳴海なのか

第1章 プロローグ

第1話「気がつけば、森の中」


「…………ヘ?」


 我ながらなんて間抜けな声だろう。

 ポカンと漫画みたいに口を開けたまま、とりあえず周囲を見渡してみる。



 あっちに “木”。こっちに “木”。そっちにも “木”。

 木、木、木、木、木、木……。



「ここは……も、森の中、だよね??」


 360度ずっと向こうまで緑の木々で埋め尽くされた空間。

 答えは『森』しかありえない。


 すぅっと息を吸えば、体いっぱいに爽やかな木の香り。

 なんか不思議とリラックスする……これがマイナスイオンってやつ?


 でもそんな事はありえない。

 だって私、さっきまで『会社』にいたはずだもの。





「……ちょっと整理しよう」


 これは元々、会社の先輩の口癖だった。


 うちの会社はいつも人が足りなくて、それなのに仕事は次から次へと湧いてきて。

 そんな職場を支えていたのが先輩だった。

 先輩はトラブルのたび「ちょっと整理しよう」と声をかけ、慌てる私達を落ち着かせては的確な指示で事を収めてくれた。

 何度も修羅場を体験するうち、いつしか私自身の口癖にもなってたんだよねぇ……。




 うん、脱線したな。

 気を取り直して今度こそ状況を整理しよう。



 私は 九隅 真霧クズミ マキリ、22歳。

 Web制作会社で働き始めて5年、今じゃすっかり中堅社員。


 今日も納期ギリギリの案件を何とか仕上げて、終電間際に会社を飛び出して、駅までの道を必死に早歩きして……。



 ……おや?


 そっから先の記憶が、何も無い、だと……?




「なるほど、夢か!」


 それ以外ありえない。たぶん終電に滑り込んで、家に帰って倒れるように寝たんだろう。きっと疲れすぎてて思い出せないだけ。


 服装は会社を出た時と同じ無難なオフィスカジュアル。

 “私の相棒メガネ” も、もちろん健在。悩みに悩んで試着しまくって選んだ細フレームの度無しメガネで、今や私の本体だ。


「あれ? バッグが見当たらない」


 それに財布もスマホも無くて、完全に手ぶら状態だよ……まぁ夢だし、荷物なんていらないか。




 夢と分かれば、選択肢はひとつ。


「頭をからっぽにして、ただひたすらに楽しむべしッ!」


 これは実家の祖母ばあちゃんの教えでもある。「人間はねぇ楽しめるうちが花なんだ……楽しめるうちに楽しみな。それが後悔しない唯一のコツだよ」ってよく言ってた。


 私が大尊敬する二大巨頭。

 それこそが、うちの祖母ちゃんと先輩なんだ!





 ――ガサガサ……




「なんだろ?」


 前触れもなく背後から聞こえたのは、草木がこすれるような音。

 好奇心の向くまま、音へと近づいてみる。


「あっ、ウサギだ」


 木の根元にちょこんといたのは薄茶色のウサギで、モコモコおしりがとってもかわいい。見てるだけでも癒されるけど、せっかくなら触りたいなぁ。


「……いいよね、夢だし!」


 頬を緩ませつつ「ウサギちゃん! こっちおいで~」と近寄ってみる。

 くるっとウサギが振り返り、つぶらな黒目が私を見たと思ったら――。




 牙を向いて飛び掛かってきた?!




「ひィッ?!」


 恐怖で動けない。

 凄い勢いの鋭い牙が刺さる寸前、全身に寒気が走った。




 ――ズサッ!



 刺さった。だけど痛みは無い。

 貫かれたのは私じゃなく、目の前のウサギだったから。


 襲われると思った瞬間。

 ウサギを横から貫いたのは、白く輝く

 地面に落ちたウサギはキラキラ光る粒子へ変化し、静かに空気へ溶けていった。


 足の力が抜け、へなへな地面に座り込む。





「お~い! そこの君、だいじょーぶ?」


 声と共に走ってきたのは1人の男。



「あ、はい。だいじょ……」


 途中で言葉が出なくなる。

 木々の間からひょこっと顔を出した彼が、あまりに美しかったのだ。



 惹き込まれそうなみどりの瞳に、清潔感があふれる金髪。

 どっかのアイドルか俳優さん、そう言われても納得するぐらい全てが綺麗に整っていた。



「もしかしてどっかケガとか――」

「イ、いえ! すごく元気ですッ!」


 素っ頓狂な返事に「ならよかった」と微笑んだ彼は、私のほうへと手を差し出し、そして優しく立ち上がらせてくれた。童話に出てくる白馬の王子様って、きっとこういう人なんだろうなぁ……馬には乗ってないけどね。





「あのぅ、質問してもよろしいでしょうか?」


 不意に聞こえたのは、




 ……も、もう1人いたのか。今の今まで気付かなかった。


 何ともすこぶる素朴な黒髪の彼は特徴も存在感も無さ過ぎる。しかも黙って立ってたから森の木々と同化してたし。


 2人とも初めて会うはずなのに、なぜか初対面な気がしないのはどうしてだろう。





 私がうなずいたのを確認してから、黒髪の男が言った。


「えっと……これからどうします?」

「と言いますと?」

「例えば何かしたいことがあるとか、何かしなきゃいけないことがあるとか」

「そうですねぇ……」



 気がつけば、森の中。

 かわいかったはずの化け物ウサギに襲われ、王子様イケメンに助けられた。

 目の前の男達は2人とも腰に剣を差していて、そしてさっきの魔法攻撃光の矢


 ……ほほう。

 今日の夢は【剣と魔法の世界】というわけね。

 ならばまずは心ゆくまでを楽しむしかないでしょう!



 くいっとメガネと顎を上げ、もったいぶってニヤリと笑う。


「ふむ……状況を見るに、どうやら私はとして異世界へと召喚されてしまったようですねぇ……選ばれたからには仕方ありません。その運命さだめに従い、この世界を救おうではありませんか。さぁいざかん、魔王を倒す遥かなる旅路へ!」



「「…………」」


 文字通り無言で固まり、そして顔を見合わせ合う2人の男。

 金髪の男が、ためらいがちに口を開いた。


「……魔王なら、もういないよ」

「嘘!」

「ウソじゃないって。2年前に “” が討伐してくれたんだから……だよな?」

「あ、ああ……」


 うなずき合う男達。



「う~ん、勇者じゃないのかぁ…………あっ! じゃあ実は私に『ものすんごぉおぉ~い隠されし能力ちから』とかが有って、ハンターとか戦士とか魔法使いとかになってこの世の悪という悪をバッタバッタとなぎ倒しまくれというわけですね――」


「ありえねぇッ」

「即答?!」


「正直言って、あなたに戦闘バトルのセンスは皆無かいむだと思います」

「まさかぁ~冗談キツいですって! せっかく剣と魔法の世界に来たのに、戦わないでどーすんですか~」

「冗談じゃありません」

「いやいやそんな――」


「君さぁ、死にたいの?」

「え? いや、別に、そんなわけじゃないですけど……」

「悪い事は言いませんから、戦闘職だけは止めたほうがいいんじゃないかと」

「どう考えても自殺行為だよっ!」


 彼らの顔も声も真剣そのもの。

 本心からの言葉っぽい。




 夢とはいえ、死んだらきっと痛いんだろうな。


 それに何より夢の中ぐらい楽しく笑って過ごしていたい。

 苦労するのは、現実だけで充分だもの。




「……分かりました」


 そう答えると、男達は安心したような表情を見せた。


「ならとりあえず『エイバスの街』までは送るよ!」

「エイバスというのは?」

「ここから1番近い街です。この世界には『魔物が出やすい地域』と『魔物が出にくい地域』というのが存在していて、人々の多くは『魔物が出にくい地域』に国や街を作って住んでいます。だから安全に暮らしたいなら街に行くのが確実なんですよ」

「なるほど……」


「じゃ、エイバス行きってことでいいよね?」

「よろしくお願いします!」






 男達に連れられ、森の中を進んでいく。


 しばらく歩くと広い石畳の道に出た。これは『街道』と呼ばれる道だそうだ。『冒険者』として各地を旅して回っているという彼らは、他にも雑談がてら色々なことを教えてくれた。

 さっきのウサギみたいな化け物のことは『魔物』と呼ぶらしい。この世界にはああいう魔物がいっぱいいて、彼らみたいな冒険者には日常的に魔物討伐をして生計を立てている人が多いとのこと。



「ところでさー。君はなんか特技とかある?」

「へ、特技?」


 脈絡も無くいきなり特技を聞いてくるとか、まさか一発芸でもやらせるつもり?


「ほら、君は着の身着のままみたいだし、生活のためにも街についたら仕事を探さなきゃだろ。何か特技があるなら君に合う仕事を紹介できるかもなーと思ってさ」

……ですか……」



 急にに引き戻さないでくれ。

 せっかくの夢なんだから……。


 ……まぁここまで来たら合わせるけどさ。

 目が覚めるまで、とことん楽しみつくしてやろうじゃない!!



「もしエイバスという街で働くとして、どんな特技だったら仕事に活かせますか?」

「例えば接客とか、農業とか、洋服作りとか、料理とか――」

「あ、お菓子作りなら得意です!」


 仕事に使える特技なら、ほんとは真っ先に『Webサイトの制作・運営』って答えるとこだと思う。でも剣と魔法のファンタジーで、それは野暮やぼってもんでしょ?


「お菓子作りか……なら心当たりが1件あるから、街についたら紹介するよ!」





 ***





 エイバスの街についたところで、そのままの服――オフィスカジュアル――だと目立つからと、街娘っぽい洋服を買ってもらった。

 さっそく着替えて鏡を見て、ようやくファンタジーの住人になったみたいでテンションが上がる。やっぱり形からって大事だね。


 それから美味しいサンドウィッチとジュースをおごってもらって、『お菓子作りをいかせる仕事』に『当面住める貸家』まで紹介してもらっちゃった!




 そして夕暮れ時。

 今から出発するという彼らを、街の門の前で見送る。


 本来なら既に1度出発してたんだけど、私のことがあったからいったん引き返して再度出発することにしたんだとか。



「……あの、何から何までありがとうございます」


 深々と頭を下げる。

 夢の中で他人にここまで親切にしてもらうなんて、生まれて初めてかもしれない。



「いいっていいってー。そうだ、これもとっといてよ」


 金髪の男が腰に付けた袋から小さな革袋を取り出して、私の手の中に押し付けてくる。


「これは?」

「当面の生活費。たぶんしばらくはいろいろ物入りだろ? これだけあれば生活用品をひと通り揃えてもお釣りはくるはずさ」

「え!? それはさすがに申し訳ないです!」

「気にしないで! 俺達こー見えて割と稼いでるし、そんなたいした金額じゃないから」

「でも――」

「いーからいーから♪ 困った時はお互い様っていうだろ? じゃあね」


 そう言い残すと金髪の男は門から旅立った。

 最後の最後までかっこいいとか、どこの完璧超人だよ!



「その、色々と大変だとは思いますが……頑張って生きてくださいね」


 少し遅れて黒髪の男も去っていく。あの人も良い人だったなぁ。





 2人の姿を見送ったけれど、妙にリアルな夢はまだ終わらない。


 半日近く歩きまくったせいで足が棒みたいだ。まぁ夢の出来事だし気にしなくて大丈夫だろうと思いつつも、疲れもピークに達してるっぽい。


「……寝るか」


 特にすることもないし、紹介してもらった貸家に行って寝てしまおう。





 中心街から離れた小さな1軒家。寝室は2階。

 荷物はその辺に置いといて、一直線にベッドへ飛び込む。


 着替え? お風呂? メイク落とし?

 ぜんぶまとめてくそくらえ。今は思いっきり寝たいんだ。



 なんだかんだとても盛りだくさんな楽しい夢だった。

 明日は良い日になりそうだ……。





 ***





「…………?」




 起きた私が目にしたのは、貸家の寝室。



 両脚は、筋肉痛。

 服装は、街娘。


 窓の外は、ファンタジー。




「ど、どういう……こと……?」





 それが異世界での私の日常の幕開けだった。


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