第44話「大切なもの、守りたいもの(2)」


 振り返ったスライが、不思議そうに首を傾げる。


・・・・

>マキリが声を荒げるとは珍しいですね。

>一体、何が嫌なのでしょうか?

・・・・


「だって緊急事態だよ⁈ このまま『はいそうですか』って知らん顔で家に帰れるわけないよッ」


・・・・

>仮に帰宅せず当地点に残留したとして、マキリは何を実行するつもりですか?

・・・・


「決まってるでしょ! 街のみんなを助けに行くのッ!!」


・・・・

>助ける……?

>マキリが奴らを救出する理由、つまり救出を行う利点は何でしょうか?

・・・・


「利点とかメリットとか、助けるってそういうもんだけじゃないよ! そりゃ何でもかんでも見返りなしに全部助けるのは正解じゃないかもだけどさ……でも今は緊急事態で『このまま放っといたら確実に沢山の人が死ぬ』って分かってるんだよ? 助けられるもんなら助けたいに決まってるでしょッ⁈」


・・・・

>エイバスには多くのヒト共が生活しています。

>しかし直接マキリが関わるヒトはごく僅かにすぎず、大半のヒトはマキリの存在すら認知していません。

>言うなれば、マキリにとって街の住民の大半は、“えん所縁ゆかりもない赤の他人” に過ぎないにも関わらず、救出を希望するのですか?

・・・・


「そうだよ!! 少なくとも何か縁があってこの世界に飛ばされて、テオさんとタクトさんにエイバスに連れて来てもらって、石窯亭とか街のみなさんにお世話になったのは、紛れも無い事実だもの! それにスラピュータを作り始めてからは冒険者ギルドや色んな冒険者さんにもいっぱい、いっぱいお世話になったし……エイバスの冒険者のみなさんが、このまま魔物に襲われるのを黙って見てるなんてできるわけないじゃない!!」


・・・・

>マキリの思考、私には理解不能です。

・・・・


「別に分かってくれなくていいよッ! 私1人で助けに行くから!!」


・・・・

>ところで根本的な疑問です。

>先程から「助ける」との意思のみが先行中ですが、マキリ1人がゃ魔物の集団暴走スタンピードの現場に出向いたとして、一体何が出来るのですか?

>戦闘能力スキル皆無なマキリが魔物討伐の最前線に加勢しても、逆に邪魔なだけでは?

・・・・




 ……あ。


 すっかり忘れてたけど、そういや私「ステータスがあまりに低すぎる」とかで、全く持ってんだった!!




「そ、そりゃまぁ確かに戦力にはならないかもだけどさ……ほらっ! 実際行ってみれば “戦う” 以外にも、手伝えることがあるかもしれないし――」


・・・・・

>例えば?

・・・・・


「ええっと、た、たとえ、ば……?」






 ……。




 ………………。






・・・・

>何も思い付かないのですか?

・・・・



 うっ……返す言葉が浮かばねェ……。






「……とにかくッ!! 私は家に帰んないからッ! このまま正門行くんでヴィッテちゃんはスライに任せるからね――」


・・・・

>では予備端末を持参してください。

>この状況なら、遠隔通信が出来るに越した事はありませんから。

・・・・


「へ?」


 私が抱き上げていたヴィッテを預けようとしたところ、スライは体内から端末スラピュータを取り出した。と同時に分裂体を1体増やして、予備端末の中に滑り込ませながら、素早く私の手に押し付ける。




「……あれ? スライって私が助けに行くの反対してたんじゃ?」


・・・・

>賛成は不可能です。同時に反対も不可能です。

>私はこの街のヒト共に関心を持ちません。ですが「奴らはマキリにとって守りたいものだ」と理解した以上、私がマキリを引き留める事は不可能と考えます。

>ただしこのまま黙ってマキリを行かせれば、ヒト共を助けるどころか「」と断言します。

・・・・


 おぅ、はっきり言うねぇ……!


・・・・

>マキリの死亡は、ヴィテッロ様の本位では無いと推測。

>ヴィテッロ様の御希望を叶えるためには、マキリを死亡させない事が優先であり、その為には冒険者を多く生存させるが賢明と私は判断しました。冒険者が多く生存すれば、それだけマキリの生存率も上昇するはずです。

・・・・


「え? ってことはもしかして、協力してくれるの?」


・・・・

>結果として、その通りです。

>これより私は提案します。

>現状を加味した上で、マキリの生存率が最大限に高まると考えられる最善の対処法を。

・・・・


「スライ……!」




 ちょっと泣きそうになるのをこらえつつ、何とか「……ありがと」と小声を絞り出す。スライは無言でぷいっと明後日のほうを向き、そして文字を表示した。


・・・・

>……無駄話は終了です。

>マキリの生存率を上昇するには1分1秒が貴重ですから。

>詳しくは端末を通じ伝授しますので、マキリは正門へ急行する事を推奨します。

・・・・


「あ、うん! じゃあヴィッテちゃんをよろしくねっ」


 私はスラピュータだけを握りしめると、慌てて正門方面へと走り出した。





 ***





 今夜のエイバスは、妙にざわめいていた。

 普段の夜ならほとんど人が通ってないはずの住宅街の道にも人がいっぱいで、大人も子供も不安そうに言葉を交わしつつ、塀の向こうを見つめている……。


 ……しょうがないよね。

 じゃおちおちご飯も食べてらんないだろうし。




 街を囲む高い石塀に近づくにつれ、先ほどまでのゴゴゴという地響き――スライによれば、大量の魔物が大地を駆け押し寄せてくる足音らしい――に加え、遠くからでもうっすら聞こえ始めていた雄叫びや金属が打ち合うような音が大きくなってきた。


 うっわ、正門前が野次馬だらけだよ!

 あの人たちどう見ても冒険者じゃないよなぁ。緊急事態にこういう人たちが集まっちゃうって世界が変わっても共通なのね。




・・・・

>マキリ、当地点からは危険地帯です。

>“油断は命取り” となる事から、より一層の警戒が必要でしょう。

・・・・


「OK。ええっと……」



 エイバスの街の外と中とを繋ぐ出入口である正門の先は、既に戦場と化していた。

遠くのほうでは武器や鎧でがっつり武装した冒険者たちが、押し寄せてくる魔物たちを裁いているのが小さく見える。


 きょろきょろと辺りを見回すと、お目当ての人物はすぐに見つかった。

 正門手前の道のど真ん中でひときわ目立つ大男。書類束を片手にせわしなく人々に指示を出す彼こそが、エイバス冒険者ギルドのギルドマスターのダガルガである。



「……いた。ダガルガさんっ!」


 私が呼びかけながら駆け寄ると、彼は「おうッ」と手を上げて苦笑いした。


「悪いがマキリ、見ての通りちょいとばかり取り込み中でなァ……用事は全部後回しにさせてくれや」

「そうはいきません。ダガルガさんに一刻も早くお伝えしなきゃいけない重大事項があるんです!」


「あのなァ……今は魔物の集団暴走スタンピード真っ最中だぞ? それ以上に大事なことなんかあるわけ――」

「ですからまさにこの魔物の集団暴走スタンピードに関することなんです! 今ダガルガさんにお伝えできなければになるかもしれません! お時間取らせませんのでどうか――」

「分かった分かった、手短に頼むぞ?」

「ありがとうございます! 実はですね……」


 若干いぶかしげながらも耳を傾けてくれたダガルガに、私は慌ててスライから教えてもらった内容を説明し始めたのだった。


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