第45話「大切なもの、守りたいもの(3)」


 路地裏から正門へと走る道中、スライが提案してきた対処法は「スライが指定した内容をダガルガに伝えること」と「できる範囲でダガルガの指示に従うこと」、この2点だった。


「……え? それだけでいいの?」


 私が首をかしげると、端末スラピュータ越しに「あの男なら当情報の意味を理解するはずですから」とスライは答えた。






 正門に到着した私は、スライに教わった情報を『 “知り合い” の体験談』として伝えた。半年ほど前、異国に銀色の特大ドラゴンが現れ、その夜に魔物の集団暴走スタンピードが発生したこと。その暴走規模は異常で、ありえないほど大群の魔物が押し寄せたために大きな被害に繋がったこと。


 ざっと聞き終えたところで、ダガルガは困ったようにポツリと言った。


「……少なくともよ。あの西方の国で半年前に異常な規模の魔物の集団暴走スタンピードが発生した、ってのだけは事実のはずだ」

「ご存じだったんですか?」

「あぁ! 各国の冒険者ギルド同士ってのは、お互いのために日頃からある程度は情報を共有してるからな。特にあの半年前の魔物の集団暴走スタンピードは、これまで観測された暴走と比べても異様に魔物数が多かったってことで、嫌でも耳に入ってきたぜ! ただ『事前に銀色のドラゴンが観測されてた』なんて話は聞いてねぇぞ」


「だけど本当らしいんです! 昼間のドラゴンは銀色で大きくて、まさにその知り合いに聞いた特徴そのままでして」

「あのドラゴンは俺も見かけたが、お前の言う通り、遠くからでも分かるぐらい銀色にピカピカ光ってやがったなぁ……そもそも魔物の集団暴走スタンピードとドラゴン出現は両方珍しい現象で、こんなにポンポン発生するもんでもねぇからよ。畜生ちくしょう、偶然の一致にしちゃ出来過ぎてるぜっ」

「で、ですよねぇ……」


 まぁ実際は「どっちの魔物の集団暴走スタンピードも発生原因がヴィッテだ」ってのが正解なんだよな。さすがにそこまでは教えられないけどさ!




「…………なぁ、マキリ」


 頭を抱えていたダガルガの顔が真剣に変わり、そしてまっすぐ私を見つめた。

 思わず身構えつつも、私はなるべく冷静を装って答える。


「……何ですか?」

「一応聞くけどよ、その知り合いから聞いたって話は信じていいんだよな?」

「もちろんです! から聞きました」


「まさかまさかだけどよォ、“お前の嘘” ってこたねぇよな? 今ならタチの悪い冗談ってことで笑い飛ばして終われんだぞ?」

「こんな緊急事態に嘘なんてついてる場合じゃないですって!!」

「だよなぁ。お前いつもバカみたいに真面目だし、嘘つくわけねぇよなぁ……俺としては嘘であってほしかったんだが、そううまくもいかねぇかァ~……」





「……よっしゃ、こうなりゃやってやるしかねぇな!」


 ダガルガが、バシッと自分の両頬を叩いて気合いを入れ直す。

 そして大声で宣言した。


「おい皆! 作戦変更だッ!! これより防衛体制を、最大レベルの『緊急防衛プラン5』まで引き上げるぞッ!!」


「「「??」」」



 正門あたりを小走りに移動していた冒険者ギルド職員たちが足を止め、そして困惑の表情を浮かべる。

 互いに顔を見合わせてから、代表するようにステファニーがたずねた。



「……ですがギルド長。先程、この規模の魔物の集団暴走スタンピードなら『緊急防衛プラン3』、つまり現役冒険者への緊急依頼クエストの即時発令で十分だとおっしゃったのは、他でもないギルド長ご自身ですよ?」

「うるせェ、状況が変わったんだよ状況がっ!」

「何がどのように変わったんですか? 『緊急防衛プラン5』は現役冒険者に加え、引退した冒険者やその他戦闘経験者も招集し、当エイバスの総力を持って防衛に当たる体制です。こちらは余程よほどの緊急事態にしか発令できないはずでは?」

「だからな、が起きるかもしんねぇってことだよ!」

「え? どういう事ですか――」


「説明する暇はねぇッ!! 全責任は俺が取るし、後でだったらいくらでも説明してやる! だから今は一刻も早く『緊急防衛プラン5』で動きやがれッ!!!」


「「「は、はい!」」」


 有無を言わさぬダガルガの圧。

 ギルド職員10数名はシャキッと背筋を伸ばし、そして散り散りに駆けていった。




 彼らを軽く見送ってから、ダガルガは再び私のほうへ向き直る。


「おいマキリ、半年前の魔物の集団暴走スタンピードについて他に情報はあるか? 何でもいいからその知り合いとやらに聞いた内容を教えてくれや!」

「へ? ええっと、ですね……」


 回答に困った私が手元の端末スラピュータを見ると、すうっと画面上に文章が表示された。スライ、カンペほんと助かるよ……!


「……最初は、街に近いエリアに住む弱めの魔物が大量に襲ってきたらしいです。だから割と楽勝だったって。だけど時間が経つとだんだん遠くの魔物が姿を見せるようになって、最終的にはかなり遠いエリアの強力な魔物まで加わったもんだから、徐々に苦戦するようになっちゃったみたいで」


 私が端末画面を横目で確認しながら説明すると、正門の向こう側へ視線をやったダガルガが眉をひそめる。


「そういや当時もそんな情報があったなァ。こっちのほうも現在進行形で魔物共が強くなってやがるみてぇだし……」


 確かに街の外のフィールドでの戦いは、私が到着してからの僅かな間にも激しさを増していた。魔物とか戦闘とかに詳しくない私にすら違いが分かるぐらいだから相当だ。


 さっきまでは小型の魔物ばかりだったはずが、明らかに中型・大型の魔物が混じり始めている。迎え撃つ冒険者たちの表情も険しくなってるし、心なしか派手で強そうな攻撃魔法の発動が増えた気がするな。



「……半年前の場合、魔物の大群はどれぐらいのペースで強化されたんだ?」

「えっと…………魔物が現れてから1時間ぐらい経つ頃には、最初とは比べ物にならないぐらい強力な魔物がドカドカ現れて戦況が一変したらしいです」

「1時間だとッ⁈」


 目を見開くダガルガ。


「やべェ時間がねぇぞ……こうしちゃいらんねぇ! マキリ、他に目ぼしい情報はあるか?」

「いえ、とりあえず以上です」

「なら話は終わりだ。俺はこのまま前線に加勢するからよ」

「分かりました! 何か私にお手伝いできることはありますか?」

「まずは自分の身を守れ。間違っても絶対に門の外に出るんじゃねぇぞ? 基本はよっぽどのことが無い限り、魔物は街の敷地内に入ってこねぇはずだ!」

「はいっ」

「後はステファニーを手伝ってやってくれ。今のあいつは猫の手も借りてぇはずだからな! じゃ頼んだぞッ!」


 とダガルガは背中の大剣に手をかけ、豪快に引き抜く。そしてガハハと大きく笑いながら、戦場目掛けてすごい勢いで突進していったのだった。





 ***





 この世界の冒険者ギルドは、いわゆる自警団――緊急時における自衛も担う組織――としての側面もあるんだって。

 だから緊急時の決定権を持つダガルガギルドマスターに情報を伝えることでギルド側の采配が変われば、風向きが変化するだろうっていうのがスライの意見だった。


 結果として、それは見事に的中した!


 まずダガルガの参戦で、戦場の士気が一気に高まった。

 魔物が強くなっても勢いは収まることがなく、目に見えて戦況が有利になったっぽい。




 そして私はステファニーの指示を受けて、正門近辺の誘導を手伝うことになった。


 特に困りものだったのが、集まった野次馬たち。正門近くの主要な道は彼らが埋めてしまっており、肝心の戦闘参加者や後方支援担当者が通りづらくなってしまっていたのだ。


 文句を言われつつも注意喚起したり、道の端のほうに誘導したりしても、ひっきりなしに新たな野次馬が現れるもんだから大変だったけど……高校生の時に短期でやってたイベント警備バイトの経験、しっかり活きたと思う!



 しばらく経つと街のほうから武装した元冒険者たち戦闘経験者も現れ、人間側の戦力が膨れ上がり始めた。

 スライ情報ではエイバスって引退後の冒険者の住処として割と人気のエリアらしくて、彼らを狩り出せた段階で相当戦力アップしたんじゃないかとのこと。


 驚いたのは、私がよく本を買いにいく雑貨屋のおじいちゃんや、赤の石窯亭の店長夫婦の姿も混じっていたこと。

 ってか奥さん店長ってば斧使いだったのか! 灼熱色に輝く両手斧で魔物を吹っ飛ばすとか格好よすぎでしょ……ただのつまみ食い&お喋り好きな気の良いおばさまじゃなかったんだなぁ。


 あ、それとさっき私を誘拐した3人組もいたよ。

 確かに “元冒険者” って言ってたもんな。目が合った時は睨まれたし、こっちとしても思うとこはあるけど、お互いひとまずスルー。まぁそれどころじゃないからね!






 数十分は良い流れが続いて、「これは勝てる!」って誰もが信じて疑わなかったはずだったけど……さすがにそこまでうまくはいかなかったんだ。



 ――メリッバキッメリメリッ!

 ――ベキッメリッドカッバキッ!!


 明らかに異質な轟音とともに、高速ブルドーザーみたいな勢いで森の木々をなぎ倒しながら現れたのは――。



「オークの大群だとォッ⁈⁈」

 

 本来ならこの辺りにいないはずの大型魔物オークたち

 その凶悪なまでの恐ろしさは、これまでの魔物たちが可愛く見えるほど。



 ――グガアアァァッ!!


 中でも一回り大きな個体がこれでもかとばかりに特大の咆哮ほうこうを上げたのを皮切りに、オーク集団は冒険者たちへと襲い掛かってきた!





「こんな激しいの初めて見たわ!」

「奴らってここいらだと『オークの集落』だけしか出現しないんじゃ?」

ちげぇねぇ、あんな遠くから襲来したのかよっ!」

「すげー!!!」


 ついさっきまでの楽勝モードはどこへやら。

 急変した戦場の空気に興奮して、我も我もと正門へ押し寄せ始める野次馬たち。


「……ちょ……ちょっとみなさん危ないですよっ! 門から離れてください!!」

「何言ってんだよ! 門の内側までなら安全に決まってんじゃん」

「こんな凄いの見逃すわけにいかないだろ!」

「お前らどけッ 邪魔だ!!」


 私たち誘導担当は、野次馬を門から遠ざけようと必死に頑張った。

 だけど逆に彼らはどんどん正門に近づいていき、私たちはぐいぐいと追いやられ……あと数歩で門に差し掛かるギリギリのところまで来てしまった。


「ですからっ! 危険ですってば――」




 ――ドガァンッ


 上空でが響いた。




「やべ、魔術の流れ弾がぶつかったぞ!」


 どこからともなく聞こえてきた叫び声に、バッと頭上を見上げると――。




 


 街をぐるっと取り囲む分厚く頑丈なはずの壁。それが爆発によってあっけなく割れ、グラグラ揺れたかと思うと、壁から外れた大きな欠片が降ってきた。



 ――逃げなきゃ!


 全てがスローモーションに見えたところで、直感的にその場を離れようとする。


 だけどそれは不可能だった。

 同じく逃げようとパニックに陥った群衆に押され転んだ私は、よりにもよって落下する石壁の欠片の真下に1人取り残されてしまったのだ。




うそッ……!」


 周囲からは悲鳴みたいな叫び声。

 咄嗟とっさに動いてくれない体。

 頭上に近づいてくる巨大な石。


 思わずぎゅっと目をつぶる。





 次の瞬間――。













 ……ん?





 、だと……??









 恐る恐ると目を開ける。


 そこにいたのは――。





「マキリ! ケガは ないかしら?」


 太陽みたいにまぶしい笑顔のヴィッテ。

 彼女は片手で、落下してきた石壁を軽々と受け止めている。


 私がゆっくりうなずくと、ヴィッテは「よかったわ!」と顔をほころばせた。



「えッまじか⁈」

「今持ってる石壁って5m四方はあるんじゃね?」

「あんなでかいの受け止めるとか何もんだよ、この子供……」


 遠巻きにどよめき始める群衆たち。

 彼らの声を背中に感じつつ、私はたずねた。


「……っていうかヴィッテちゃん、疲れて寝てたんじゃ」

「起きたわ。おなかが すいて 目がさめたの」

「へ? お腹が空いたって――」

「というわけでマキリ! かえったら、おやつも ばんごはんも いっぱい 食べるわよっ♪」


 そう言い残すと、ヴィッテは石壁の破片を抱えたまま、魔物たちのほうへ楽しそうにスキップしていった。





 それから5分後。

 押し寄せていた魔物の群れは、彼女によって殲滅されることとなる。


 冒険者たちが苦戦していたオークの大群も、当然ながらほぼ全て笑ってワンパンで瞬殺していくヴィッテの姿は、やっぱ何度見てもすごかった。

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