第46話「雨が降り、地は固まった」


 魔物の集団暴走スタンピードの犠牲者は、なんと誰もいなかったらしい。




 後にダガルガギルドマスターは語った。


 仮に何か1つでも遅れていたら、絶対に実現できなかった。

 皆が全力で粘ったからこそ起こせただったと。

 そのきっかけは他でもないマキリであり、私の情報が無ければダガルガや元冒険者の参戦は確実に間に合わなかったと。


 彼の言葉が翌朝の新聞の片隅に載ったことで、石窯亭勤務中に同僚やお客さんから温かい声をかけられまくり、人見知り気質の私は照れくさいやら嬉しいやら。



 でも犠牲者0の最大の功労者は、間違いなくヴィッテだ!

 遅れて登場した彼女はまさにヒーローそのもの。鮮烈な活躍は人々の脳裏に刻まれ、瞬く間に街中に広まり、彼女は文字通り “エイバスの生ける伝説” になった。


 その可愛らしい容姿もあって街を歩けば皆が振り返るし、おやつを買えばおまけがついてくるし、すっかり街の有名人というかアイドルである。




 正直に言えば魔物暴走の原因は私やヴィッテにもあるし、賞賛されていいのかなって複雑な気分。だけど釈明ってなると、ヴィッテの正体ドラゴンも説明する必要があるわけで…………うん、無理だな。





 ***





 2週間後。私はギルドのステファニーらと一緒にの家を訪れた。




「――お前ら、揃いも揃って何の用だ?」


 警戒気味に聞いてきたのは家主、つまり『エイバス中心街 商店連合会』会長だ。

 後ろには会長の部下3人組あの時の元冒険者たちが控えてるけど、私を誘拐した時と違って全員無言で震えあがっている。



 ……無理もない。


 ステファニーの横にはダガルガ熊みたいな大男が、私の横にはヴィッテオーク瞬殺幼女が、目をぎらつかせ仁王立ちでにらんでいるのだ。

 魔物の集団暴走スタンピードで実際にヴィッテの一方的な殲滅祭りを目の当たりにした3人の気持ちを考えると、むしろ気の毒になってくるよね。



 ひと呼吸おいて、私は切り出す。


「私たちは争いに来たわけじゃありません」

「なら何だってんだ?」

です! まずはこちらを見てください。これは私たちが、中心街の皆さんと共に事業展開をしたいと考える、端末スラピュータです」


 差し出したのは新たな端末スラピュータの企画書。ヴィッテとスライと私が必死に企画し、魂を込めて仕上げた渾身の資料だ。

 ちなみに先週スライムの住処――スライム大量出現で有名な『スラニ湿原』――を訪れ29体を仲間にしたから増産体制は既に万全だよ!


「おい待てッ! 俺の要求はスラピュータの回収だぞ?」

「それは無理ですよ」

「はぁ⁈ あんな害悪魔導具なぞ、街から駆逐する他なかろうがッ!」



 黙っていたステファニーが笑顔で口を開いた。


「あら聞き捨てなりませんね。スラピュータは冒険者の皆様に『もうこんな便利な魔導具手放せないっ』と大好評です」

「んなもん知るかッ、エイバスには必要ない物だ!」

「ですが先日の魔物の集団暴走スタンピードにて早急に緊急討伐依頼クエストを発動できたのは、実はスラピュータのおかげでして」

「嘘に決まっとる!」

「いえ、周知の事実です。噂を聞きつけた新聞で大々的に組まれたスラピュータ特集でも皆が大絶賛の嵐でしたし、文字を読める新聞愛読者からも非常に話題でして……?」


 ステファニーが見つめるのは、会長の後ろの3人組。

 彼らが気まずそうに「確かに」「あれは話題だよな」などと同意すると、会長は口をあんぐり開けてしまった。


「……スラピュータは魔物の集団暴走スタンピードからエイバスを守護した魔導具ですよ。これの   が ですって?」

「だ……だからなんだ! 中心街の売上が軒並み下落し、俺達の生活も伝統も失われんとしとるんだぞ⁈」

「ですから私達は中心街の問題も解決しつつ、共に得するためのご提案をしたいんですよね、マキリさん?」


「はい! 資料3Pページ目をご覧ください……こちら一般向け端末スラピュータの普及をお手伝いいただくことで毎月一定の売上を中心街の皆様に還元し、さらにスラピュータとの連動宣伝の実施で商店への来客増加に繋げようという計画プロジェクトです」

「馬鹿かッ⁈ なんでお前らなぞと協力せんといかんのだ!」


 と資料を力の限り破る会長。

 やばっ、ステファニーが静かに切れた!


「……まぁ! 会長はこのまま先細りたいんですか? ご先祖から代々受け継ぐ大切た~いせつなお店、貴方の代で無くなってしまうかもしれないのに?」

「そ、それは――」

「私達は中心街の皆様を応援したいのです。その気持ちに嘘偽りはございませんし、ご提案にお乗りいただくのが最善では?」

「ぐぬぬぬゥ……」


 真っ赤な顔で歯を食いしばる会長の血管は、今にも切れそうなピキピキ状態。

 黒オーラ全開のステファニーに口喧嘩で勝つの、たぶん無理じゃないかなぁ……。




 部下の説得もあり、会長は渋々提案を受け入れた。

 あとスライ2号も返してくれた。


 会長、これからは良い関係が築けそうな予感がするよ!





 ***





 ギルドの皆さんと別れて、我が家へと歩く私たち2名+1体。のんびり街を眺めていると、ある変化に気づいた。


「お! 石塀の修復工事やっと始まったんだ」


 街を長年守ってきた歴史ある石塀は、魔物の集団暴走スタンピードで一部崩れてしまった。しばらく放置され寂しそうにしてたけど、ようやく修復されるんだね。


「どれぐらいで終わるんだろ?」


・・・・

>修復工事は3日で完了予定です。

・・・・


 私のつぶやきにすかさず情報を補足してくれる2号。助かるぜ!



 先日の暴走で唯一崩壊したのが石壁だ。あの修復が終わればようやく元通りのエイバスの街並みに戻るわけで……ほんとに良かった。






 ――きゅるぅ……



「「あっ」」


 せつない音をたてたのはヴィッテのおなか。

 慌てておなかを押さえたその顔は、真っ赤に染まっている。



「……そろそろおやつの時間だなぁ」

「え、ええ。そういえば そうね」


 懸命に強がり何でもない風を装う姿、いつ見てもかわいいよね。



・・・・

>マキリ。本日のおやつは何ですか?

・・・・


 ヴィッテの端末スライがたずねてくる。



「昨夜パイ生地を仕込んでおいたし、今日は旨みがたっぷり詰まったリンゴを買えたしってことで、大きな大きなアップルパイを焼く予定だよ」

「アップルパイ⁈ 最高さいこーだわ! さすが あたしの おやつ係ねっ♪♪」


 笑顔の花を咲かせたヴィッテはその場でくるくる踊ってから、「さぁ おうちに いそぐわよ!」と端末スライを抱えて走り出した。



 私は小さく笑ってから、彼女の後を追いかけ始めた。


 今日も明日も、そして明後日も。

 お互い笑い合える日々が続きますように。

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黎明のスラピュータ ~スマホもPCもなし?そんなの絶対楽しくないので、異世界幼女のおやつ係は「スライムなインターネット構築計画」を始動することにしました 鳴海なのか @nano73

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