第28話「神様のお告げと、原初の神殿(1)」
冒険者タクトは自分から質問したくせに、こちらの答えも聞かないまま走り去ってしまった。
しばし呆然とした後。
取り残された私は、ぽつりとつぶやいた。
「
魔導具とは、魔石――魔術の術式を閉じ込めた石――を使った道具のこと。
そして魔石の属性は、それぞれ火とか水とかみたいに “閉じ込めてある各魔術術式の属性” により決まるらしい。
確かにスラピュータは表向きは “魔導具” だから、「使ってるのは
わざわざ戻ってまで聞いてきたってことは、彼にとって “魔石の属性” はそんなに重要だったのかな?
「……っていうかそもそもスラピュータは
スラピュータのケース部分は確かに魔導具だけど、構造でいえばシンプルな鍵付きの薄い箱。ただの隠れ蓑でしかない。
実際に通信や文字記憶を行う “本体” は
だけど魔物が隠れてるなんて普通の人に言えるわけがない。
もしあれ以上詰め寄られていたとしたら、スライと打ち合わせてた通り「そういうのは企業秘密なので!」とやり過ごすしか無かったと思う。
「とはいえ、命の恩人をごまかすってのもなんだかなぁ……」
タクトとテオは異世界に来た直後の私を助けてくれた恩人だ。
他の冒険者ならともかく、そんな彼らを欺くのはちょっとばかり心苦しい……。
……そう考えると。
彼が走って逃げてくれて、逆によかったのかも!
「さて13時過ぎかぁ……せっかく紹介状も貰ったし、『原初の神殿』に行ってみよっかな」
紹介状を書いてくれたテオによると、神殿はエイバスの街の外にあるらしい。
街から神殿までは歩いて数十分の単純な一本道だけど、私1人徒歩で向かうのは止めたほうがいいとのこと。
理由は、道中に魔物が出現するから。
まぁ街道沿いを歩けば魔物出現率は低いらしいけど……万が一を考えると、わざわざ危険に飛び込む必要もないよね?
というわけですすめられたのが、『馬車』のレンタル。
バスも電車も自転車も無いこの世界では、遠出は馬車に乗るのが基本。
魔物を気にせず楽に移動できる上、割と安く借りられるんだって。
冒険者たちに教えてもらった『貸馬屋』に行き、教えてもらった通り “1番安いプランで神殿まで往復の馬車をレンタルしたい” と伝えると手続きはすぐに終わった。
貸馬車に乗って、20分後には神殿に到着。
初めての馬車の乗り心地は、多少揺れる程度で悪くなかった。
移動中にはゆったり景色も楽しめるし、格安タクシー感覚で手軽に安全に移動できるとなれば、そりゃみんなが利用するわけだ!
***
森の奥深くにひっそりと佇む『原初の神殿』。
“辺りを埋め尽くす緑の木々” と “白い石造りの巨大な建物” という組み合わせはどこか神秘的で、アニメやゲームに出てきても違和感なさそうだ。
「ええっと、テオさんは『正面入口から勝手に入ってOK』って言ってたな」
歴史を感じる建物は、
正面入口は開きっぱなしとはいえ、どう見ても気軽に入れる雰囲気じゃないんだけど……私よりも遥かに事情通っぽい彼がそう言うなら、たぶん大丈夫なんだろう。
おそるおそる、足を踏み入れてみる。
外と同じく静かで厳かな空気の神殿内部。
やたらに天井が高く、壁も柱も見渡す限り白が基調。
きょろきょろしながら歩き出して間もなく、広い廊下の向こう側に掃除中の少年の姿を見つけた。今にも儀式を始めそうな服装からしても神殿関係者に違いない。
「こんにちは」
まず私から挨拶する。
「あ、こんにちは!」
あどけない笑顔で少年が振り向く。
見るからに人懐っこい弟系。たぶん中学生ぐらいかな。
「えっと、あまりお見かけしない方ですね?」
「神殿に来たのは初めてなので」
「そうでしたか。どのような御用向きでしょう?」
「ちょっとお話を聞きたくてですね……これが紹介状です」
冒険者からの紹介状入りの封筒を渡したところ、彼は驚きの声を上げた。
「あっ、テオ様とタクト様のお知り合いの方でしたか! 立ち話もなんですから、応接室へどうぞ!」
廊下の奥へと歩き始める少年。
私は後についていくことにした。
***
案内の道中、少年は楽しそうに喋っていた。
名前は『イアン』。こう見えてれっきとした一人前の神官……といっても最近 “見習い” を卒業したばかりでまだまだ新米扱いらしい。
テオとタクトはこの神殿を定期的に仕事で訪れる数少ない冒険者であり、イアン含め神殿の人たちとも顔なじみなんだとか。
数分歩いて応接室に到着。
白で統一された広い室内に置かれているのは、来客用のテーブルと椅子のみ。
だけどさみしく見えないのは、品の良いステンドグラス窓のおかげだろう。
ステンドグラス越しの光で淡く彩られた部屋は、それ自体が芸術品で……なんとも優美な空間の使い方だ。
「では上に確認してまいります!」
「確認と言いますと?」
「僕の立場上、理由なく勝手に紹介状を開封すると怒られちゃうんですよ……こういう場合、お客様をこの応接室にご案内してから、先輩に紹介状の内容を確認してもらって指示を仰ぐのが決まりなんです」
なるほど。
新米扱いだと権限が無いってのはどの世界でも共通だね。
「少し時間がかかっちゃうかもですが……なるべく早く終わらせますので、お菓子でも食べながらお待ちください」
礼儀正しくお辞儀をすると、イアンは部屋を出て行った。
……。
…………。
「……じゃあお言葉に甘えて、頂きますか!」
テーブルにはイアンが用意してくれたクッキーと紅茶。
紅茶はカップだけじゃなくポットにもたっぷり入ってるし、クッキーは直径10cmぐらいの分厚めタイプが3枚も。
実はさっきから、素敵な香りが鼻をくすぐりまくってたんだよねぇ♪
まずは、湯気も立ち昇る紅茶から。
薄く華奢なティーカップには美しい花が描かれていて、部屋の雰囲気にもよく合ってる。
そっとカップを持ち上げると、淹れたてならではの香りがふわっと漂う。
この香りは……薔薇っぽいね。
もちろんこの世界に薔薇の花があるかどうかは分からないけど、何かの花びらと茶葉とをブレンドしてるのは間違いない。
ひと口飲めば気分はどこかのお姫様。
あえて砂糖は入れず、薔薇特有の華やかさをストレートに楽しむ……。
……んん~~♪ なんたる贅沢!
お次はクッキー。
ザクザクした見た目と黄金色の焼き目が食欲をそそる一品だ。
かじってみると、思ったより奥が深い。
しっかり詰まった分厚い硬さとともに、一筋縄じゃいかない甘さ&香ばしさ&食感が主張してきて物凄くおいしい! これはクセになる味だよっ!!!
ここで、まだ温かい紅茶をひと口。
口の中がリセットされていく……さっき砂糖を入れなくて正解だったね!
「それにしてもこのクッキー、どうやって作ったんだろ?」
ふとレシピが気になってきてしまった。
まぁ美味しすぎるお菓子に出会った時のクセみたいなもんだ。
せっかくなので紙とペンを取り出し、気づいたことを書き出していく。
まずナッツは確定だ。
殻をむいたのを荒く砕いて、大きい塊と小さい塊が入り混じり、不揃いな食感を楽しめるようにしてある。
生地はたぶん、バターと卵と砂糖と小麦粉は使ってる。
だけどそれだけじゃない。それだけじゃこの深い味わいにはならないはず。
少なくともあと1つ、何かが足らない……。
「……そうか!
独特のコクを含む甘さは蜂蜜以外考えられない!
この世界に蜂蜜があるのは確認済み。砂糖は無し、もしくは少なめにして、代わりに蜂蜜を多めに使ってるんじゃないかな?
生地の中に隠れてるキャラメル風味。
これは蜂蜜の一部をほんのり加熱して出してると思う。
蜂蜜はすぐ焦げるから、うまく香ばしさだけを残すのはコツがいるんだよねぇ。
焼きと言えば、クッキー自体の焼きも最適すぎる。
これ以上焼いても焼かなくても物足りない、ちょうどぴったりな焼き加減はまさに達人技ッ!
―― “ナッツ” + “蜂蜜” + “キャラメル”
定番の組み合わせをここまで複雑で奥深い味わいに落とし込めるとは……このレシピを考えた人は相当すごいパティシエに違いない……!
「……はッ。そういえば私、神殿に神様の話を聞きに来てたんだった!」
花の紅茶と交互に楽しみつつ、夢中になってナッツクッキー1枚目を食べきったところで、ようやく私は “用事” の存在を思い出した。
紹介状を持って行ったままイアンは戻ってこない。
こっそり部屋のドアを開け、廊下の様子を伺ってみる。
神殿内部はとても静かで人がいそうな気配すら無い。
少し考え、私は決めた。
「…………2枚目、いっちゃおうかな」
なかなか大きめのクッキーは1枚でも食べ応え十分だった。
用意されてたとはいえ、さすがに1人で3枚は誰がどう見ても食べ過ぎであり、いい大人としてあり得ない。
だけど、とてもおいしかったんだよね。
できたらもっと食べたいなぁ……。
誘惑に勝てなかった私は「2枚までならセーフ!」と自分に言い聞かせることにした。
***
イアンはしばらく姿を見せなかった。
私は悩みに悩んだ末。
クッキーも紅茶も
罪悪感を丸めてポイッと捨て去ったあと、心ゆくまで優雅なティータイムを満喫しまくってやったんだ!!
ややあって戻ってきたイアンに完食したことを伝えると、驚いた顔はされたものの、特に何も言われなかった。
何か言いたそうだった気もしなくもないけど……。
……
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