第27話「冒険者への、市場調査(3)」


 金髪の男は『テオ』と名乗った。

 意外だったのは、彼が自称 “旅の吟遊詩人” だったこと。冒険者として各地を巡って依頼クエストをこなしつつ、色んな国や街で歌ってるんだって。


 ゲームの吟遊詩人系ジョブといえば、後方サポートや遠距離攻撃が得意、もしくは非戦闘員ってのが定番。

 だけど忘れもしない初対面の日、街まで私を送ってくれた時のこと。彼は率先して魔物に突っ込んでは剣や魔法の近距離攻撃をガンガン仕掛けまくってて……どう見ても “吟遊詩人の戦闘スタイル” っぽい要素は皆無だったよ?


 とはいえ吟遊詩人は本来、音楽を弾き語るアーティスト的な存在のはず。

 彼のアイドル顔負けな容姿や言動を考えると、案外天職なのかもしれない。




 黒髪の男は『タクト』と名乗った。

 テオとパーティを組んで旅をしてきた剣士の冒険者なんだとか。

 いかにも剣士っぽい鎧とマントをつけてる上、初対面の日も腰から下げた片手剣を抜いて戦ってたから、こちらは見たまんまのイメージ通りという印象。


 戦いでの立ち回りも地味だったけど、剣1本で危なげなく魔物を葬っていたあたり、相当な実力者だと思う。無駄を削ぎ落して安定に振り切った感じの戦い方は、パフォーマンスみたいなテオのそれとは対照的だったなぁ。


 黒目黒髪で、名前も雰囲気も日本人風な点は気になった。

 ただまぁこっちの世界の人に『日本』って言っても通じ無さそう……ってことで、特に何も聞かなかったけど!





 自己紹介が終わった段階で本題に入る。

 ここでテオが取り出したのは、冒険者ギルドから預かってきたという依頼クエスト詳細が書かれた書類。


「じゃー確認するよっ。依頼クエスト内容は、『これまでにない、全く新しい魔導具が完成した。近日、エイバスの冒険者達に向けて大々的に売り出す予定だ。発売開始に先駆けて新作魔導具を試し、率直な感想や意見を聞かせてほしい』ってことでOK?」

「はい、間違いありません」


 今日お願いするのは、いわゆる “座談会モニター” ってやつ。

 数人を指定の場所へ集めて、対象の商品やサービスについて話し合ってもらうという、定番の市場調査形式の1つだね。




「今回試してもらう新作魔導具の『スラピュータ』がこちらです」


 まずは2人にそれぞれ1台ずつスマホ型スラピュータを差し出した。


「こ、これは……!」

「初めて見るデザインだなぁ~♪」


 さっそく手に取って観察し始める男たち。

 おそるおそる警戒気味なタクトに、わくわく無邪気なテオ。

 反応の個人差こそあるものの、ともに興味は持ってもらえてるっぽいあたり最初の感触としては悪くない。




「……それで、こちらはどういった魔導具なんでしょうか?」

「わざわざ “これまでにない新作” っていうからには期待していいんだろ?」


 ひと通り眺めまわしたところで質問が飛んできた。

 そりゃ見ただけじゃ分からないよねぇ。

 ここからは説明も交えつつ、実際に使ってもらうことにしよう!


「スラピュータはですね、文字の表示や記憶機能に加え、これまでの魔導具には無かったを兼ね備えた情報機器でして――」




 ――ガタッ!!!


?!」


 唐突に響き渡る、タクトの絶叫。


 同時に彼の椅子が吹っ飛んだ。

 跳ねるように立ち上がったはずみに巻き込まれてしまったのだ。






「あっ……す、すみません……」


 すぐに我に返ったタクトが、決まり悪そうに転がった椅子を拾いに行く。




「……どうしたんですか?」

「急にでかい声とかびっくりするじゃん?」


 呆気に取られていた私とテオが口々にたずねる。

 困った顔のまま、タクトは笑った。


「その、ですね…………少々驚いただけなので気にしないで続けてください。つ、通信魔導具とは、凄いですね。アハハ……」



 えっと、“少々” って驚き方じゃなかったよね?

 椅子、後方1mは吹っ飛んだよ……?


 ……まぁでも本人が「気にするな」って言ってるし、お言葉に甘えて説明を続けることにしよう。





 ***





 ――ガタッ!!!


?!」


 唐突に響き渡る、テオの絶叫。


 同時に彼の椅子が吹っ飛んだ。

 跳ねるように立ち上がったはずみに巻き込まれてしまったのだ。






「……なぁテオ、通信魔導具ってだろ?」

「だなっ。そりゃタクトがあんだけ驚くわけだぜッ!」


 ようやく共感できたらしい冒険者2人が、楽しそうに笑い合う。




 スラピュータの機能を軽く説明したあと、実際に彼らにも通信を体験してもらったところ、なんと今度はテオが驚きの声を上げた。


 時間差で全く同じリアクションとか、お前らどんだけ気が合うんだよ……?





 ***





 その後の座談会調査は滞りなく進んでいった。

 特に「なるほど!」と思ったのは、冒険者特有の悩みについて。


 冒険者ってのは “フリーランスの専門職” みたいな仕事だ。

 人気の依頼クエストは競争率が激しく、実力不足や情報不足は危険に直結。

 成功すれば大儲けできる反面、失敗すれば命を落とす可能性も。


 働き方に個人差はあるけど、効率よく稼ぐならだいたい似たようなローテーションになるので、悩みもだいたい似てくるんだって。




「……現状を見る限り、冒険者達の労働環境はまだまだ改善の余地があると思います。スラピュータが入り込める隙間も十分にあるかと」

「俺もそう思う! 通信機能も記憶機能もすっごく便利だし、いろいろできそうだよね♪」

「ですが……」


 和気あいあいと意見交換が進む中、不意にタクトの顔が曇った。


「……例え冒険者向けにシステムをアレンジできたとしても、このままだと大半の冒険者には見向きもされないと思います」

「それは言えてる」

「えっ! どうしてですか?」


 私がたずねると、彼らは顔を見合わせた。


 いったい何が問題だというんだろう。

 さっきまでは受け入れムード一色だったのに……。




 少し考えてから、まずはタクトが口を開いた。


「……まず前提として、スラピュータ自体は素晴らしい魔導具だと思います。俺達も様々な魔導具を見てきましたが、通信機能を持った魔導具というのは初めてでした」

「ありがとうございます……だけど『見向きもされない』っておっしゃるからには、何か問題があるんですよね?」

「ええ。言葉を選ばずに言うと、問題があるのはです」

「販売者が問題……つまり、、ですか」

「違いますッ! いや違わないけど、違うんですッッ!!」

「??」


 焦るタクト。

 飲み込めない私。




 様子を見ていたテオが苦笑した。


「あのさー。そもそも冒険者にとっては『知らないヤツはまず疑え』ってのが常識なんだよね。だから、初めて会うヤツを相手にする場合は警戒から入るのがフツーなんだぜ!」


 そういえば数日前に街で女冒険者パーティに声をかけた時、むちゃくちゃ警戒されたな……今になって思えば、あれも冒険者にとっては当たり前だったってことなのかも。


「ん? でもお2人は初対面の時、私のこと警戒してなかったような――」

「あれは例外! 神様のお告げがあったからさっ」

「俺達も普段はかなり用心しますよ。知らない人達と下手に絡んでトラブルになった事例も珍しくありませんから……“相手が信用できるかどうかを見極める” というのは冒険者にとって死活問題になりますし、『紹介状』というシステムが広く普及している理由もここにあると言えるでしょう」


 なるほど!

 “信頼できる人からの紹介状を持っている=信用できる人物” ってことね!


「じゃあスラピュータを売り込むためには、スラピュータのシステム開発とあわせて、エイバスの冒険者の皆さんの信頼を勝ち取っていかないとってことですね……!」



 ――信頼を勝ち取る。


 口で言うのは簡単だけど、実行するとなるとすごく大変そうだな。

 帰ったらスライたちにも相談してみよう。





 ***





 調査を無事に終え、喫茶店前で冒険者たちを見送ったところで、ふぅと一息。


 テオもタクトも文字を読める上、冒険者としての経験も豊富ということもあって、とても参考になる見解をたくさん聞くことができた。

 2人はもちろん、彼らを紹介してくれたギルドのステファニーにも感謝だね。



「……さて、このあとどうしよっかな?」


 時刻はまだまだ13時過ぎ。

 早めに帰ってもいいし、ふらっと買い物に行くのもあり。

 あ、『原初の神殿』へ行くのもいいかも!

 せっかくテオに紹介状をかいてもらったことだしね。



 そんなことを考えつつ歩き出そうとした瞬間、背中のほうから呼び止められた。


「待ってください、マキリさんッ!!」

「え……?」


 振り返った先にいたのは、さっき別れたはずのタクト。

 忘れ物でもしたんだろうか。


「どうしたんですか?」

「ちょっとですね、気になることがあって……」


 わざわざ戻ってくるってことはよっぽどだよね?




「……いったい何が気になるんですか?」


 一瞬、迷いを見せるタクト。

 それから意を決したように私を真っすぐ見据えた。


「スラピュータは “魔導具” ということですが……もしかして使ってるのはの魔石ですか?」

って?」

「そ、それは……そのですね……」




 タクトの目が、左右に泳ぐ。




「……やっぱり何でもないです!! 呼び止めてしまってすみませんでしたッ!!!」

「へ? ちょっと待っ――」



 彼はくるっと回れ右するや否や、陸上選手顔負けの見事な全力ダッシュで走り去って行ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る