第36話「リリース、一変、その影響(3)」
引き続き、無理やり誘拐されて連れて来られた薄暗い部屋の中。
椅子にグルグル巻きにされた私を取り囲むのは、冒険者風の男3人と、『エイバス中心街 商店連合会』の会長である老人の計4人。
「そのぅ、確認なんですが、私が会長を存じ上げなかった理由というのはご理解いただけたんですよね?」
「……お前ら、どう思う?」
私の質問に答えることなく、会長は手前の3人組へ話をふった。
ちなみに彼らは “
元々は中堅どころの冒険者だったけど、数年前に引退。
現在は会長の下で働く雇われ部下なんだって。
3人で軽く目配せし合ったところで、まず金属鎧の男が口を開いた。
たぶん3人組の中では彼がリーダーなんだろう。
「……おそらく事実ではないかと」
会長は極太眉毛をピクッと動かしてから、再び尋ねた。
「理由は何だ?」
「エイバスと他国では状況が異なるからだ。この女の言う通り、遠い異国ともなれば、会長どころかエイバスの街の存在を知らない人間も少なくない」
「ふむふむ……エイバスも知らぬ
「田舎者は総じて野蛮で不勉強だからな……」
金属鎧男の言葉に、うんうんうなずきまくる後の部下2人。
出会いざまに誘拐してくるアンタらのほうがよっぽど野蛮だよっ!
まぁ言い返すだけ無駄だし、口には出さないけどさ……。
「……じゃ誤解は解けたってことで、そろそろ縄も解いてもらえると有難いんですが――」
「いやまだだ! 肝心の問題は解決しておらぬからな」
「えっと……“肝心の問題” って何でしょう?」
「はぁ⁈ お前が作ったこのスラピュータとかいう
怒鳴りつける会長の手に握られているのは、1台のスラピュータ。
「あッそれ
「どの口がほざくか! 中心街の商店は皆、コレのせいで非常に迷惑しておるんだぞ」
「なんでですか? スラピュータは全く新しい魔導具ですから、既存のアイテムとは競合しないはずですけど――」
「そんな問題ではないわッ!! …………いいかよく聞け。冒険者ギルドというのはな、“中心街の中央部” という非常に立地の良い地区の一角を陣取っており、その周辺には冒険者向けの商店が軒を連ねておるのである。だがスラピュータが広まり始めてからというもの、辺り一帯の商店の売り上げが軒並み下がっておるのだぞ!」
「どうしてですか?」
「馬鹿者ッ! 冒険者共がギルドへ足を運ぶ頻度が減れば、そのぶん周辺商店での買い物頻度が減少するのも当然だろうが!!!」
「あ……」
冒険者ギルドのステファニーによれば、オンラインサービス導入後は朝の混雑が解消したと。
スラピュータを使えばわざわざギルドに足を運ばなくても、自宅や宿の自室で
だがそれはつまり、直接ギルドを訪れる人も大幅に減ったということ。ギルドスタッフにとっては有難くとも、周辺商店にとってはたまったものじゃないだろう。
「特にこれまで冒険者向け商店の収入の大半を担っておった午前の時間帯はな、スラピュータが始動してからというもの、客である冒険者共の姿自体見えなくなってしまった。俺が代々伝統を受け継いで経営しておる
「えっ1割以下⁈⁈」
「俺の店だけではないぞ。周辺の冒険者向け商店も、軒並み似たような状況で頭を抱えておる。言うなればエイバス中心街始まって以来の由々しき事態なのだぞッ!」
「そ、そこまで深刻な影響が……それについては申し訳ないです」
私は椅子に縛られながらも、精一杯の角度で頭を下げる。
こちらに悪気はないとはいえ、謝罪のひとつは入れるべきだろうと思ったから。
「分かってくれたか! 俺としても、出来るなら事を荒げたくは無いからな……」
「そうしていただけると非常にありがたいです……」
うんうん。
平和に済むのはありがたいよね。
そりゃ誘拐されたって分かった瞬間はびっくりしたよ。
だけどこの
何にせよ、これで一件落着っぽいね。
丸く収まりそうでほんと良かった……。
「では気が変わらぬうちに聞いておこう!
「…………へ?」
会長から飛んできた発言は、完全に
「ちょ、ちょっと待ってください! 私は回収なんか約束してませんよ⁈」
「はぁ⁈ どう見たってそういう空気だったろうが! あんな害悪にしかならん魔導具、とっとと取り下げて回収するのが筋に決まっとる!」
前言撤回!
コイツ、
「違いますッ。なんで勝手に決めてるんですか?」
「会長の俺がそう判断したのだぞ。正しいに決まっておるわッ!」
「いやいや困りますって――」
ここで私が折れるわけにはいかない。
今までの苦労を水の泡にしてたまるもんか!
どうにか必死に食い下がり続けていると、会長が溜息をついた。
「…………やれやれ。仕方ないな」
「おっ、もしかして折れてくださるんですか?」
私が淡い期待を抱いた直後。
会長が無言で手を上げる。
それが合図だったのだろう。
革鎧の男が、腰に差した剣を抜いたかと思うと――。
――カチャ……
すぐには
革鎧男の流れるような動きが、あまりに静かであまりに素早かったから、というのもあるかもしれない。
理解と共に漏れ出たのは、声にならない恐怖の悲鳴。
落ち着いてたはずの動悸も再び激しく騒ぎ出す。
「俺はとォ~っても優しいからな、もう1度だけチャンスをやろう……
会長がニヤリと余裕の笑みを浮かべた。
その右手には、私のスラピュータ。
何とかしなきゃと気持ちは焦る。
だけど至近距離には鈍く光る金属の刃。
ほんのわずかで ”喉にグサリ” 間違いなしな上、革鎧男の刃物みたいに切れ長な目もこちらをしっかり捉えている。
私の胴体はといえば、変わらず厳重なロープで椅子へと縛り付けられたまま。
たった1つの部屋の扉は男4人の向こう側。
無傷で逃走なんてまず無理だ。
そんな身動きひとつ取れない状態で、うまく頭が回るはずもなく……。
「さぁ……どうなんだ?」
返事を促してくる会長。
やたらとギラつくその目は『Yes以外は認めんぞ』と主張している。
……こんな状況で、小細工なんか通用するわけがない。
万策尽きて観念した私が、男たちの望む返答を渋々ながら口にしようとした時だった。
――ボガガァンッッ!!
慌てた男たちと私が目にしたのは――。
「ど……ドラゴンッ⁈⁈」
壁と屋根が消し飛ぶと同時に、爽やかな青空を背景に現れたのは1体のドラゴン。
サイズは軽く3階建て住宅ほどはあるだろう。
うっすらピンクを帯びた銀色の
だけど、見とれていられたのは一瞬だけ。
こちらを囲んでいたはずの男4人が我先にと逃げ出したのだ。
ヤバい、私だけ取り残された!
そう気づくや否やドラゴンと
「ひッ――」
絶望が全身を突き抜ける。
――もう、だめだ……
私が “死” を覚悟した瞬間だった。
ドラゴンの青い瞳が
……その巨大な翼をはためかせ、そのままどこかへ飛んで行ってしまった。
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