第35話「リリース、一変、その影響(2)」


 不意に、乱暴な清涼感が鼻を殴りつけてきた。




「――ッ⁈」


 黒く濁った脳内が、一瞬でクリアになる。




 目に飛び込んできたのは、毒々しい紫色をした小瓶。

 どうやらこいつが刺激の元凶っぽいな!


 この爽やかベースな香りは、ミント系香料に違いない。


 だけどあまりに濃すぎるせいで、眼球にチクチク刺さっちゃうぐらい攻撃的で強烈なニオイに仕上がってるよ…………どっかの魔女が三日三晩狂ったように笑いながら煮詰めて濃縮しまくった “呪いの原液” でも入ってんのか??






「……ふん。起きたか」


 聞き覚えのある低い声。

 小瓶刺激臭に気を取られていた私は、ここでようやく “他人の存在” と “自分が椅子にグルグル巻きに縛り付けられてる事実” を理解する。



 ――え、これ、やばくない?


 明らかにに気づいた瞬間、動悸が嫌な激しさを刻み出す。

 私は慌てて状況を整理し始めた。

 



 8畳ほどの薄暗い部屋。

 こちらを囲むのは全部で4人で、全員男性。


 今の低い声の主で、金属鎧を着た男。

 顔をしかめつつ私に小瓶を近づけてるローブの男。

 その横で様子を伺うのは革鎧の男。

 この3人は、いかにも冒険者って感じの風貌だな。


 最後の1人で遠巻きに睨みつけてくる男は、ふんぞり返って座る年配の老人だ。



 小瓶を持つ男が蓋を締める。

 と同時に、辺りを覆う刺激臭がスッと消えた。


 ……おやおや?

 この人含め手前の3人組。

 どっかで見たことあるような気が――。




「あッ さっき道で会った怪しい奴らッ⁈⁈」

「誰が怪しい奴だよっ! …………まっ、お前にとっちゃそうとも言えるか。初対面で会うなりスキルで眠らせて、こうやって誘拐しちまってるわけだしなぁ」


 お、おぅ……ローブの兄さん、丁寧な状況説明ありがとう。

 確か最初に道で声をかけてきたのが革鎧の男で、次に質問してきたのが金属鎧の男。一緒にいたのがこのローブの男だったんだよね。




 ……ん??

 スキルで眠らせた、だと?


 そういえば私が意識を失ったの、ローブの男がなんかボソボソ唱えた直後だったんだよな。スキルってそういうこともできるのか。

 で、さっきの小瓶は気付け薬的なやつってわけね。




「おい女ァ、随分余裕だな……?」


 金属鎧の男のドスを利かせた笑み。

 思わず上げそうになった悲鳴をこらえ、震えを悟らせぬよう言葉を返す。


「……とんでもない。こんな状況で落ち着けるわけないですから」

「そうか? その割には表情が穏やかに見えるがな」

「いやいや気のせいですよ……」




 あくまで私の経験だけど、こういう場面で必要以上に怖がると、相手をヒートアップさせちゃう可能性があるっぽい。


 かといって挑発なんて持っての他だ!

 相手を刺激していいのは、そのあとで完膚無きまで叩き潰すか、丸め込めるだけの絶対的な自信がある場合のみ。戦闘力皆無の私には向いてないよね。



 怒り出す理由は人によって違う。

 例えこちらに挑発したつもりがなくても、無言の時間がちょっと長かったり、場を和ませようと笑ったりなんてのがトリガーきっかけでブチ切れる奴もいるぐらいだもの。


 相手の考えが読めない以上、中途半端に怒らせても事態はさらに混乱するだけ。

 まずはできる限り相手を刺激しないように時間を稼ぎつつ、状況把握に努めるのが無難だと思うんだよね。




 というわけで感情を押し殺し、丁重を心掛けつつ聞いてみる。


「……質問してもよいですか?」

「なんだ?」

「どうして私は誘拐されたんでしょうか?」



「「「「……は?」」」」


 4人の男がシンクロした。

 揃いも揃って “信じられない” って顔なんですけど……。




「……私の質問ってそんなにおかしかったですかね――」

「お前馬鹿にしておるのかッ! 俺を誰だと思ってやがる!!」


 急に怒りだしたのは、後方で様子を見ていた老人。

 いったい何が気にさわったんだよ?


「申し訳ありませんが存じ上げないです――」

「嘘つけェッ! 俺を知らぬわけなかろうがッ! 俺だぞ俺! 俺俺俺俺ッ!!!」


 そんなオレオレ連呼されまくったって、知らないもんは知らないんだが。




「……あのぅ、どなたでしょうか?」

「この後に及んでよくも抜けしゃあしゃあと! エイバスに住んでおるくせに『俺を知らん』など、冗談にも程があるわッ!!」

「そんなことおっしゃられても、私がこの街に住み始めたのって割と最近のことですし――」

「最近⁈ お、お、お前、エイバスの人間じゃないのか?」

「はい。出身はです。だからエイバスの街の存在自体、知ったのは最近こっちに来てからですね」

「なっ……何ぃぃいぃッ⁈⁈⁈」


 真っ赤な怒りに染まっていた老人の表情は、一転、困惑へと変わったのだった。





 ***





 それから始まったのは、老人による “説明” という名の独演会。

 私はひたすら愛想笑いで相槌を打ち続けた。


 椅子にグルグル巻きにされたまま忍耐強く話を聞いているうち、延々続いた演説が終わる。私はすかさず話しかけてみることにした。


「……ええっと話をまとめますと、エイバスの街の中でも最も大きい商店街こそが『エイバス中心街』であり――」

「違うッ! 中心街はエイバスで最も大きいのみに留まらず、最も賑わい続けており、そして最も美しく最も歴史ある商店街だぞッ」

「あっはい…………で、あなたは中心街の会長さんなんですよね?」

「正確には『エイバス中心街 商店連合会』の『会長』を 連合会員満場一致の総意で41年もの長~~きに渡り務め上げておる、であるゥッ!!! たった今しがた聞いたばかりでこんな事も覚えられぬとは……はァ、お前の記憶力はどうなっておるんだ?」

「あはは……」



 うっわぁ……この会長おじいちゃんむちゃくちゃめんどくさいタイプだ。

 やたらプライドが高くて、自分の自慢ばっかり得意げに話す上、ナチュラルに人を見下してくるというかなんというか……。



 ……あ。

 そういえば、前に仕事でホームページ作った会社の社長もこんな感じだったな。


 こっちの会長も下手なこと言うと余計めんどくさくなりそうだし、適当に流しつつ、無難な感じで受け答えしておくのが良さげな気がする。

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