第4章 市場調査と販路開拓
第22話「気分転換、街歩き」
それから数日かけて、私なりに「エイバスの街の文字普及事情」を調べてみた。
仕事の合間に、赤の石窯亭の同僚に聞いてみたり。
食材の買い物ついでに、店員にたずねてみたり。
いつもの雑貨屋で、関連書籍を探してみたり。
だけどそれで分かったのは、例えば「隣の●●さんは文字を読めるよ」とか「当店の看板の文字は○○さんに書いて貰った」とかみたいに断片的な情報のみ。
「う~~ん、これっぽっちじゃ弱すぎるんだよなぁ……」
先輩に聞いたことがある。
――商売の基本は『何』を『誰』に『どうやって』売るか。
――これは色んな分野で共通なんだよ、と。
今はまだ『何』がふわっと見えてるだけ。
進めてる調査は『誰』を固めるためのもの。
だけどいまいち決め手にかける。
調べても調べても手ごたえが無く、肝心な情報の気配がしない。
このままじゃ今後の
もっとこう「文字を読み書きできるのは、こういう分類の人達!」みたいな感じの大まかな傾向を知りたいんだけどなぁ。
そういうデータって、いったいどこに転がってるんだ……??
***
次の石窯亭休みの昼過ぎ。
調査にすっかり行き詰まってしまった私は気分転換がてら出かけることに。せっかくだからと誘ってみたところ、ヴィッテからは即答で「いくわ!」との答えが返ってきたのだった。
雲ひとつない爽やかな空。まさにお出かけ日和!
というかエイバスに来てからは雨なんて数えるほどしか降ってないし、だいたい毎日こんな天気なんだけどね。
「おっでかけ~♪ おっでかけ~♪♪」
外に出た途端、ごきげん笑顔で飛び跳ねるヴィッテ。
肩からかけているのはショルダーバッグ型スラピュータ。
先日のテストをふまえて通知機能をつけたり、内側から開けられるようにしたりと微調整してもらった改良版で、もちろん中にはスライが隠れて同行している。
そういえばこうやってヴィッテたちとのんびり街に出かけるの初めてかも。
前に1回だけ出かけた時は、そのまま街の外で魔物討伐だったし。
こんなに喜ぶなら、もっと早く遊びに連れていってあげればよかったなぁ……。
そんなことを考えつつ歩いていると。
「……っ!」
先を行くヴィッテが不意に足を止めた。
その目線が吸い込まれていたのは1軒の屋台。焼き菓子専門店みたいだね。
いかにも魔術師な装いの店員が火魔術で操るのは、赤く激しく燃える火の鳥。
お揃いの服のもう1人が風魔術で操るのは、緑色の光に彩られた風の鳥。
魔力でできた鳥たちが、まるで生きて宙を舞うかのように調理を進めていく様子は華麗そのもので、ヴィッテが見入ってしまうのも分かる気がする。
お菓子が焼き上がる頃には、1本のショーを見終わったような満足感と、焼き菓子特有の香ばしく甘い匂いに包まれていた。これたぶんバニラ系の香料を使ってるな。
――ごくりッ
派手に喉を鳴らしたのは隣のヴィッテ。
焼き立て菓子を凝視する瞳に、今にもよだれがたれおちそうな口元……。
「…………買ってこよっか?」
私がたずねると、ヴィッテはぶんぶんと力強く首を縦に振りまくった。
火の鳥を操っていたほうの店員が、黄色の可愛い紙に包んで渡してくれたのは、二枚貝をかたどったパイ生地の焼き菓子。
中にはクリームが入っていて、サイズは直径8cmぐらい。
大量に重なる極薄パイの層にかぶりつくと、パリパリの小気味よい食感と、ほんのり温かいなめらかチーズクリームとのハーモニーが口に広がって……お手頃値段と思えないリッチな味わいに、思わず顔がほころんでしまう。
手軽に贅沢気分を楽しめる、食べ歩きにぴったりのおやつだね!
***
そのあとも特に行き先を決めないまま、ヴィッテと共にぶらぶら散策。
エイバスの中心街は、ちょっと観光地っぽい雰囲気がある。
様々なお店が競い合う呼び込み、お喋りしながら街を行き交う客達……どこもかしこも賑やかな活気でいっぱいだ。
店頭の看板やレイアウトにも各店の趣向が凝らされていて、そういうのを眺めながら歩くだけでもすごく楽しい。
気になったお店のいくつかには、入れそうな雰囲気かどうか確かめてから、実際に中に入ってみた。
ドライフルーツや干し肉など、乾物ばかり集めた専門店。
中古の魔導
基本的にエイバスのお店は、個人商店っぽい小規模のお店ばかり。
日本のスーパーマーケットやデパートみたいに色んな種類の品物を置いた大規模店舗は見当たらなくて、どこも何かの種類に特化した専門店っぽい感じの品揃え。
だからエイバスに来てすぐは、欲しい物があってもどこのお店に行ったら入手できるか分かんなくて困ったんだよね……今となっては慣れたもんだけど!
せっかく一緒に出かけたってことで、ヴィッテの物も色々買ったよ。
お出かけ用の服とか靴とか、お絵かき用のペンとか紙とか。
元々は王女様な上、今までは
最初は戸惑い気味だったけど、私と一緒に選ぶうちにちょっとずつ「物を買う・選ぶ」という感覚がつかめてきたみたいで、だんだん笑顔が増えていくのが分かった。
これまでは何か必要な物があったら、私が良さげな物を見繕って買ってたけど……これからはなるべくヴィッテも誘って買い物に行くようにしよう。
「……あ、そろそろ換金しないとまずいかも」
食材や雑貨など生活必需品も含めちょこちょこ買い物してたこともあり、気づけばお財布の中が心もとなくなっていた。
ただし
***
ヴィッテと共に冒険者ギルドへ。
16時前ということで、今日のギルドも空いていた。
窓口にいたのは、ステファニーとは別の女性職員。
この間――1度に大量に持ち込み過ぎた――の反省を活かし、
何事もなく換金が終わり、いざ帰ろうとした時だった。
「ねぇ マキリ、文字が いっぱいだわ!」
とヴィッテが指さしたのは、壁に設置された巨大な掲示板。
そこには冒険者向けの
「……うん。確かに文字は並んでるけど、それがどうかしたの?」
「だって マキリは “文字をよめるヒト” を さがしてるんでしょ。文字が こんなに いっぱいってことは、これを よめるヒトも いっぱい いるんじゃないかしら」
「!!」
私は慌てて窓口に戻り、そしてたずねる。
「すみませんッ! 掲示板の張り紙って誰が読むんですか??」
「え? 冒険者の皆さんですけど――」
「ってことはもしかして冒険者の人達ってみんな文字が読めるんですか⁈」
「皆さんって訳ではないですが、基本は各パーティに最低1人は読み書きができる方がいらっしゃいますね。そうでないと
「ちなみに字が読める冒険者の数ってどれぐらいですか?」
「そうですねぇ……現段階で当ギルドを拠点に活動なさってるパーティの数はざっと数百程度ですから、最低でも数百人はいるかと」
「す、数百人ッ⁈」
数百人もいれば最初のビジネスのターゲットとしては十分すぎるほど。
しかも冒険者は危険も多いが稼ぎもいい職業として知られている。お金を持っている層が相手なら、そのぶん商売チャンスもあるということ。
「これ……いけるかもしんない!!!」
打開のヒントは、思わぬところで見つかったのだった。
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