第33話「冒険者ギルドへの、プレゼンテーション(3)」


 引き続き、エイバス冒険者ギルドのギルドマスター執務室。


 ステファニーが恐ろしかったのは一瞬だけで、すぐにいつもの穏やかな雰囲気に戻ってくれた。

 だけど「その優しい笑顔の裏にが隠れてるのかぁ」と思うと、人って見かけによらないもんだな……まぁ味方してくれるみたいだからいいんだけどさ!





「それでは、今後どのように『冒険者へのスラピュータの普及』および『スラピュータを用いた当ギルド業務の実施』を進めていくかを詰めていきましょう」


 おっ! ステファニーが積極的に話を進め出した。

 さっきまでの渋りっぷりを考えると、ありがたい限りだよね。


「まずマキリさんに知っておいていただきたいのは、総合的に状況を考えると “スラピュータの販売はだ” という点です」

「へ? でもさっきギルドとして協力を検討してくれるって――」

「その方向は変わりませんよ。私としても是非スラピュータを当ギルドへ導入したいですし、そのための協力は惜しまないつもりです。しかし “販売” はできないかと思います」

「えっと……どういうことですか?」



「……こちらは魔導具スラピュータの鑑定結果です」


 ステファニーは手元の紙片に何やら書いてから、私のほうへ差し出した。

 そういえば彼女は【鑑定】スキルを持ってるんだっけ。


・・・・

名前 スラピュータ

種別 魔導具

売却目安価格 非売品(譲渡・売却不可)


 ■説明■

特殊な構造により文字の表示や記憶、通信機能を備えた情報機器

火の上級魔石と高級透明魔石を使用した魔導具

【耐久加工LV3】

【防汚加工LV3】

【防水加工LV3】

【防燃加工LV3】

・・・・


 企画段階から深く携わっているアイテムだけに、書かれていた結果はだいたい納得できる内容だよね!

 ただを除いて。



……え、どういうこと?」


 意味が分からず首をかしげたところ、ステファニーが解説してくれた。


「鑑定結果の “売却目安価格” という欄には通常、具体的な金額が記載されるものなんですよ。スラピュータのように “非売品(譲渡・売却不可)” と表示されるのは、希少なレアアイテムの中でも特に稀なケースでしかありえません」

「ちなみに非売品扱いのアイテムって、普通のアイテムと何が違うんですか?」

「説明に記載されている通り、他者へ譲渡したり売却したりといった行為が原則として不可能です。つまり “他者へ所有権を移すことが出来ないアイテム” ということですね。もちろん無理やり所有者から奪い取れば、物理的に持つことだけは可能ですが……道義的には許されるものではありません。所有権が無いアイテムは、いわば “盗品” や “強奪品” にあたりますから、持っているだけで非難を受けてしまいます。それと所有権が無いアイテムには様々な制約が課されますね」


 ほほう。

 こっちの世界は泥棒とかには厳しいシステムなのか。


「例えばどんな制約が?」

「対象となるアイテムによっても違いますが、全てのアイテムに共通となるのは『所有権がないアイテムは、魔法鞄マジカルバッグへの収納が不可能』という制約だと思います」


 その制約かなりきつそう。

 『魔法鞄マジカルバッグ』に入れられないとなると、重い物や量がある物を持ち運ぶの大変だもんなぁ。


「ところでスラピュータはマキリさん達が作成したんですよね? 非売品扱いアイテムを生み出すなんて相当熟練の職人でも難しいはずですが…………いったいどうやって作ったんですか?」

「そ、それはまぁ、ってやつですよ~、あはは……」


 私が笑ってごまかしていると、ステファニーが諦めたように苦笑した。


「マキリさんの場合、スラピュータの他にも非売品である『神の翻訳眼鏡』もお持ちですからね。きっと何かをお持ちなんでしょうが…………これ以上は聞かないでおきましょう」


 それ、すっっごく助かります。

 魔物スライムが中に隠れて働いてるとか、口が裂けても言えないんで……!





「……あ、もしかしてさっきステファニーさんが『スラピュータの販売は不可能』っておっしゃってたのは、鑑定結果の非売品扱いが理由でしょうか?」

「そうですね。あとは先程ご説明した当ギルドの規則の件もありますし」


 そういやそうだった。

 冒険者ギルドは規則でアイテム販売が禁止なんだよね。


「ですがマキリさん、販売せずとも冒険者へのスラピュータ普及は十分に可能です」

「えっそんなどうやって――」

「ふふ、いいんですよ!」 


 と提案するステファニーは、とても悪い顔で笑っていた。





 ***





 彼女の提案はこうだった。


 マキリたちは、冒険者ギルドへ端末スラピュータをまとめて貸し出し、オンラインギルドサービスのシステム提供や運営サポートなども担当する。

 冒険者と対面することなく、直接取引はギルドとのみ行う形。


 冒険者ギルドは、冒険者へ個別に端末スラピュータを貸し出す他、オンラインでギルドサービスを運営する。

 いうなればマキリたちと冒険者との仲介役を担う形。


 冒険者は、ギルドから端末スラピュータを借り受けた場合に限り、端末スラピュータの様々な機能を使用したり、オンラインでギルドサービスを利用したりできる。

 マキリたちと対面することなく、直接取引はギルドとのみ行う形。




 なおこの形でマキリたちがシステム提供やサポートを行うならば、ギルドからきちんと相応の金銭を支払うとのこと。


 また冒険者へのスラピュータの貸出は、 “月額制” と “保証金デポジット制” を合わせた料金設定で有料化するのが良いと。高額魔導具レンタル時に採用されることが多い制度で、冒険者にも浸透している方式らしい。


 ただしそれぞれの具体的な金額設定や取り分については、詳細を詰めながら、改めて双方が納得できるラインを決めたいとのことだった。





「……この構造であれば、マキリさんたちがスラピュータ所有者扱いのままでも、道義に反することなく進められます。それに当ギルドの規則には “貸出” に関する項目はありませんから、規則違反にもなりません。いかがでしょうか?」

「そ、そうですねぇ……」


 私は答えに困ってしまった。




 今の話を聞く限り、彼女が提案する提携方法は、ほぼ私たちの希望を叶えてくれそうな内容っぽい気がする。


 、怖いんだ。


 いくら最近依頼クエストやアイテム買取でお世話になってるとはいえ、冒険者ギルドにとって私たちは正体不明の新参者に近い存在のはず。

 もっと警戒されて当然であり、こんなに美味い提案を持ち掛けてもらえる理由が全くもって分からない。



 待てよ?

 美味い話には裏があるっていうし、これ実は冒険者ギルド&ステファニーに騙されそうになってる可能性もあるんじゃ……。





 迷った結果、私はストレートに疑問をぶつけることにした。


「あの! どうしてそんなにスラピュータ導入を後押ししてくれるんですか? さっき協力を決めてくれた時もそうでしたけど……申し訳ないんですが、こんなに親身になってくださる理由が分からないんです!」



 きょとんとするステファニー。

 それから、にっこり笑って言った。



「……理由は単純です。私はマキリさんとお会いするよりもずっと前から、エイバス冒険者ギルドの業務構造を根本から見直したいと考えていたんですよ」

「見直しというと?」

「当ギルドの業務は、冒険者が多数来訪する朝と夕方に集中します。特に朝の混み方はです。条件の良い依頼クエストを取り合って冒険者達が激しく言い争うなんてのも日常茶飯事で……毎朝あんな殺伐とした空気を出されたら、新しい職員が入って来てくれるはずもないでしょう。ですから当ギルドは長年、慢性的な人材不足に悩み続けていたんです」


 冒険者には気性の荒い人が多い。

 そんな彼らが1ヶ所に集まろうもんなら激しい喧嘩が起こりまくって当然だし、新人さんが寄り付かないのも納得かも。私だって喧嘩だらけの職場で働きたくないもの!


「この人材不足を解消するには、朝の時間帯の混雑を解決するしかありません……そして混雑の原因は、ギルドが朝一のみに依頼クエストの更新を行うこと、そして割の良い依頼クエストを求める冒険者が朝一に殺到することにあります」

「それが『業務構造を根本から見直したい』と考えた理由ですか?」

「ええ。これまでも様々な対策を試してはみたのですが、どれもうまくいかなくて……」


 とステファニーは過去の苦労を語り始める。




 例えば、依頼クエストの更新を実験的に1日3回に増やした時のこと。


 冒険者からは「こまめにギルドに依頼クエストをチェックしに行くのが面倒だ!」など大量のクレームが入った。

 また依頼クエスト更新が複数回になったことから、冒険者がギルドを訪れる時間が変化したため、ギルドスタッフが休憩を取りづらくなってしまった。

 これじゃ誰も得しないということで、すぐに朝一のみ更新に戻したんだそうだ。




「もう打つ手がこれ以上無いと諦め切っていたタイミングで、マキリさんから今回のお話を頂いたんです。こんなに新しく、それでいて私達の抱える問題にぴったりな魔導具に会える機会なんて滅多にありませんよ!」

「なるほど。そういう事情が……」


 きっと色々と大変だったんだろうだなぁ。

 そんな時期にあんな提案をもらったら、そりゃダメもとで飛びついてみたくもなるか。


 確かにオンライン化って人手不足解決の糸口にはなりやすいと思う。

 日本でもそういう事例いっぱいあるし。




「でも決め手はやはり、冒険者の皆さんからのですね」

「……へ?」


 ステファニーの唐突な言葉が、納得しかけた私を疑問の渦へと引き戻す。



 評判って何のことだ?

 心当たりが無いんだけど……。



「最近マキリさんが新作魔導具の試用依頼クエストを大量に出していましたよね? あれ、実は引き受けた冒険者の皆さんからとても評判が良かったんですよ!」

「え、そうなんですか⁈」


 それ初耳です!


「もちろん冒険者の皆さんには守秘義務がありますから、私も詳しく聞いた訳ではありません。でも報酬清算時に皆さんからの依頼クエスト達成報告を伺っていると、そういうのって会話の端々から何となく伝わってくるんですよ。冒険者の皆さんの興奮具合からして、おそらく物凄い魔導具なんだろうなって……そして本日、私も実際に試した結果、皆さんの興奮の理由がようやく分かりました…………スラピュータって、本当に凄い魔導具ですね」


 そう微笑むステファニーの表情は、とても柔らかく、そしてとても明るかった。

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