第32話「冒険者ギルドへの、プレゼンテーション(2)」


 翌日の昼過ぎ。

 混み合う時間を避けて冒険者ギルドを訪れた私が「武器や鎧を大量に売却したい」と告げると、ステファニーはすぐ別室へと案内してくれた。


 ここ1ヶ月ほどは新作魔導具スラピュータの座談会依頼クエスト関係で数日おきに顔を出してることもあり、もはやギルドスタッフの彼女とは顔なじみだね!





 通されたのは『ギルドマスター執務室』内の応接スペース。

 ギルドマスターのダガルガは相変わらず不在。いつもこれぐらいの時間帯に長めのお昼休みを取っては、ゆっくり街でランチを食べてくるんだって。


 今日は、オークの集落でドロップした古めかしい剣や鎧を15点持ち込んだ。

 どれも大きくてかさばる物ばかりだけど、魔法鞄マジカルバッグ――大量のアイテムを収納できるウエストポーチ型の魔導具――のおかげで持ち運びはに苦労せず。




 売却手続きがスムーズに終わったタイミングで、ステファニーがペンを置いた。


「……マキリさん。本日も貴重なアイテムを多数売却してくださり本当にありがとうございます。『オークの集落』産の装備は需要が高い割になかなか入荷しませんから、皆さん大喜びしますよ」

「喜んでいただけるなら何よりです。安定して高額で買い取っていただけるんで、私たちとしてもありがたいですし」

「高額だなんて! 当然の対価をお支払いしているだけですよ。街の装備店に強力な武器や防具が並べば、冒険者の皆様の安全に繋がりますから……『冒険者支援』という当ギルドの目的にも合致します。それに必ず買い取り手が見つかるアイテムという事で、確実に当ギルドの収益にも繋がりますもの」


 ステファニーの笑顔を見る限り、反応的には良さげな感じ。

 そろそろ “” に行くとしますか!




 高鳴り始める心臓をなだめつつ、練習した通りに話を切り出すことにしよう。


「あのぅ~、今ってもう少しお時間頂いても大丈夫でしょうか?」

「ええ。他の業務は落ち着いてますから問題ありませんよ」

「ありがとうございます。折り入ってステファニーさんに見ていただきたいがあるんです」

「もしかしてマキリさんが依頼クエストで試用者を募集している魔導具ですか? 『冒険者に向けて大々的に売り出す予定』という――」

「それです! 実はその魔導具を冒険者ギルドで取り扱っていただけないかと思いまして」



 ステファニーの顔が、瞬時に曇る。



「……申し訳ありませんが、当ギルドでは原則として、そういった売り込みは受け付けていないんです」

「ですよねぇ。一応そのあたりの事情は依頼クエストでお会いした冒険者さんたちに伺いました。なんか、利権関係が色々と複雑なんですよね?」

「ええ、そうなんですよ……」


 冒険者たちの話によれば、『冒険者ギルドで色んなアイテムを売ってしまうと、街の他のお店の利益を奪うことに繋がりかねない。そのため “冒険者ギルドはアイテム販売を行ってはいけない” という規則がある』とのことだった。


 この辺りの事情についても、把握した段階でスライと相談して対策済みだ。

 もちろんステファニーの反応もスライの想定内。

 落ち着いて話せば……たぶん、いける。


「私が今回ご紹介する魔導具は、この世界に今まで無かったなんです。だからそういう既存の利権とはまた少し違った角度から、冒険者のみなさんだけじゃなく、ステファニーさんみたいに “冒険者ギルドで働くスタッフのみなさん” のこともサポートできると思います」

「え、私達スタッフも……?」

「お願いします。どうか、話だけでも聞いてもらえませんか?」



 戸惑いを見せるステファニー。

 かたずを飲んで見守る私。





 ややあって、ステファニーが微笑んだ。


「……しょうがないですね。ひとまず、お話は伺いましょう」

「いいんですか?」

「マキリさんには貴重なアイテムを大量に売却していただいている上、冒険者にとって好条件の依頼クエストも多数ご依頼いただきましたから……あくまで “” という形でお話を伺わせていただければと思います」

「ありがとうございますッ! では早速――」


 彼女の気が変わらぬうちにと、私は慌てて用意してきた資料を広げ始めた。





 ***





 結論から言うと、説明の感触は上々だった!


 まずは『インターネット』『オンライン』といった概念や、スラピュータ自体の機能といった基本を説明。ステファニーのリアクションを見る限り、この段階で既に衝撃の連続だったようだ。


 続けて冒険者ギルドのオンラインサービス案について説明した上で、実際に使用感を試した冒険者たちの声を紹介。

 さらに実際にサービスを試してもらう形での実演を終えた頃ともなれば、彼女は頭を抱えていた。どうやら驚きなどとっくに通り越してしまったらしい。



「……本当に、信じられない魔導具です。実際に顔を合わせることもなく、依頼クエスト斡旋や情報提供を遠隔で完結できてしまうなんて……もしこの魔導具が冒険者に広まり、『オンライン』というサービス形態が軌道に乗ったとしたら…………何百年も変わらず続いてきた冒険者ギルドの在り方が変わるのも、なのかもしれませんね」


 ステファニーに笑顔が戻る。


ってことは……もしかして――」

「ええ! 当エイバス冒険者ギルドは、この新作魔導具スラピュータを導入し、冒険者の皆様へのスラピュータ普及を全面的に推奨する方向で検討を進める所存です」

「へ……? “当ギルドは” って、ステファニーさんが即答で決めちゃっていいんですか? ギルドマスターのダガルガさんに相談するとか――」

「ギルド長はそういうの興味ありませんから。全て私に丸投げですもの」

「あ、あと! ギルドは規則で『アイテムを販売しちゃダメ』って決まってるんですよね? それなのに “冒険者へのスラピュータ普及の推奨” って、どうやって――」


「……あら、規則というのは総じて不完全です。全容さえ把握してしまえば、を見出すなんてんですよ……うふふ……」



 瞬間、私はとした。

 ステファニーの笑みが、あまりにものだ。



 笑顔は笑顔なんだけど、その奥に秘められた圧倒的な支配者オーラが隠し切れてないというか……普段の彼女の柔らかな物腰が跡形なく消え去り、絶対零度に凍りついたリアルホラーそのものに変貌してしまってるというか……。


 ……ステファニーが敵じゃなくて、ほんと、よかった。

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