第5話「おやつ係は、ひらめいた!(1)」


「……ホットケーキのおかわり、いる?」

「いるっ!」


 太陽みたいなあどけない笑顔で、分厚いホットケーキにぱくつく幼女。


 家にある材料ですぐ焼ける&子供が喜ぶおやつの代表ってことで、昔ながらのレトロ喫茶店っぽい厚さ3cm弱のホットケーキにしたところ、喜んでくれてほんとよかった。熱々に木苺ジャムとバターをのせるとおいしいんだよね!



 幼女の隣でおとなしく様子を見守っているのはスライム。

 一応しばらくは警戒してたけど、あれ以降、私を襲ってくる気配はない。まぁさっきもこの子を守ろうとしたみたいだったし、普通にしてれば危害を加えてくることはないと思ってよさそうだな!





 11枚目のホットケーキを食べたところで幼女はようやく満足したらしい。

 さすがに食べ過ぎな気もするけど……よっぽどおなかがすいていたんだろう、たぶん。


 幼女が落ち着いたっぽいところを見計らって聞いてみる。


「ねぇお嬢ちゃん、お名前は?」

「あんたは? ヒトに きくなら、まず じぶんが なのるもんでしょ?」


 質問に質問で返された。まぁ正論ではある。


「私はマキリだよ」

「ふーん。あたしの なまえは ヴィテッロ・オル・フォルノ・アラ・メログラーノよ」

「び……ヴィって……っろ……?」


 長い。それに言いにくくて、舌かみそうなんだけど!


「マキリも ふだんは『ヴィッテ』と よべば いいわ。1人めの おやつ係も、そう よんでたもの」


 だいぶ短くなった。それなら無理なく呼べそうな気はする。




「ところでヴィッテちゃん、さっきからちょくちょく会話に出てくる『おやつ係』って何かな?」

「おやつ係は おやつ係よ。あたしの おやつを つくる係なの」

「お仕事はそれだけ?」

「そうよ。さっきの おやつも ふわふわで おいしかったわ。また つくってちょうだい!」


「作る分にはいいけど……ヴィッテちゃんは今どこに住んでるのかな?」

「まだ きめてないわ。いったでしょ、前の おうちは こわれて すめなくなっちゃったんだもん。あたらしい おうちも さがしてるけど、理想的りそーてきな おうちが なかなか ないのよねぇ」


「えっ? じゃあ今までどうやって暮らしてたの?」

「いろんな クニを 見てまわってたわ。いなくなった おやつ係も さがさなきゃだし」


 幼女にして、各国を巡る さすらいの旅人。この世界には危険な魔物も住んでるはずなのに、この子は今までよく無事だったな……?


「探してるおやつ係ってのは、その、消えたっていう1人目の方?」

「ええ。消えちゃっただけだから ぜったい どっかに いるはずよ。まぁ……きっと そのうち 会えるわ」


 ヴィッテは大人びた顔で微笑んだ。




「そっか……1人で大変だったね」

「ひとりじゃないわ。スライと いっしょだもの」

「スライって?」

「この子よ。あたしの 教育係きょーいくがかりなの!」


 紹介に合わせ、『スライ』と呼ばれたスライムがヴィッテの手のひらに乗った。

 スライムが教育係なのか……さすがは異世界。


「おやつを作るだけのお仕事があって、教育係までいるなんて、ヴィッテちゃんの家はすごいね」

「それは そうよ。あたしの お父さまは 王様おーさまだもの!」


「王様ッ⁈ ……待って。お父さんが王様ってことは、ヴィッテちゃんの壊れたおうちってまさか、?」

「ええ。あたらしい おうちも 同じぐらい 広くて 高い たてものが いいわ! でも いいなぁと 思った おうちは どれもぜんぶ 先に住んでるヒトが いたのよねぇ……ムリやり おいだすのは かわいそーだもの」

「そ、そりゃまぁ、お城クラスの家ともなれば、空き家はめったに無いとは思うけど」

「あ~あ。あたしの 理想りそーの おうちは どこに あるのかしら」


 と、ヴィッテは大きく溜息をつく。



 彼女の理想の家探し……ゴールは、かなり遠いかもしれない。





 それにしてもヴィッテのお父さんが王様だったとは……あいにく知り合いにリアル王族はいないけど、アニメとかドラマとかで暮らしぶりは何となくイメージできる。たぶん私みたいな一般人とはスケールが違う豪勢な生活を送ってたんだろうなぁ。


 初対面からこの子が偉そうだったのは、王様の娘として育てられていたからなのかもと思うと、なんだか納得できる。いわれてみれば言葉遣いや立ち振る舞いもどことなく気品がある気もするし。



「……確かにヴィッテちゃんは『王女』っぽい感じがするね」

「おーじょ?」


 首をかしげたヴィッテは、スライムに話しかけた。


「ねぇ スライ、『おーじょ』って なに?」


・・・・

>『王女』とは、王の娘のことです。

・・・・


 スライムの体に表示されたのは文字。その文章を見ながら「へ~ そうなんだ」とうなずくヴィッテ。その一連は、“とても馴染み深い光景” だった。




「お、音声検索、だとッ⁈」


 そう、「Hey S〇ri ……」とか「アレ〇サ……」とか話しかけて検索するあれだ。スマホが根付いた現代社会なら、きっと誰もが目にしたり、もしくは日常的に使いこなしたりしてるはず。私だってここに来る前はしょっちゅう使ってたし!





「ちょ、ちょ、ちょっとヴィッテちゃん、今の何??」

「いまのって どれ?」

「『ねぇスライ』って言ったら答えが文字で返ってきたよね?」

「あ~ それか! 前にスライに『いっしょに おはなししたい』って いったら こたえてくれるように なったんだ」


「ええと……スライムってそういうもんなの?」

「ん~、スライ以外の スライムは そういうこと してるの 見たことないなぁ。どうなの スライ?」


・・・・

>一部のスライムは表示対応可能です。

>ですが私ほどの幅広い知識と教養をもって対応可能な対象は認識していません。

>私はとても賢く、特別なスキルを持っている、特別なスライムですから。

・・・・



 自分で賢いって言うんかい!

 このスライム、謙虚のかけらもないな。



「ち、ちなみに私もスライと一緒に話す事って可能かな?」

「マキリも 教育係きょーいくがかりが ほしいの?」

「まぁ……そんなところ」

「おっけー! じゃあ スライ、【ぶんれつ】して」



 ――ぽい~ん


 ヴィッテの命令で、スライが2匹に分かれた。

 分かれたほうのスライムが私に向かってジャンプしてきたので、思わず「おっと」と両手で受け止める。



「ほらマキリ、その子は 『スライ2号』って いうの。あんたの 教育係きょーいくがかりに してあげるから、いろいろ おしえてもらいなさい!」

「スライ、2号……?」


 私のつぶやきに答えるように、2号の体に文字が表示される。


・・・・

>その通り。私がスライ2号です。

>分裂体であるとはいえ、知識や記憶は本体オリジナルと常時共有しています。

・・・・



「知識や記憶を、共有……」



 瞬間、しまった。



 だけど本当に実現できるかどうかは……まだ確証が持てないかも。

 はやる気持ちを押さえつつ、たずねてみる。


「ねぇねぇスライ2号、本体オリジナルと知識や記憶を常時共有っていうのはどこまでできるの? 例えば本体オリジナルと物凄く離れた場所で、ヴィッテちゃんと情報をやり取りするとかは可能?」


・・・・

>当然可能です。

・・・・


「ってことはやっぱり『音声入力の文字チャット』いけるんだ……! じゃ、じゃあ分裂は何体まで可能?」


・・・・

>何体でも可能です。

>ただし分裂体は、分裂すればするほど本体オリジナルより耐久力が減少します。

>分裂体が一定数を超えると個体の維持が不可能です。

・・・・


「えっと……つまり安全に分裂出来る個体数には限りがあるってことね。具体的に何体までなら分裂できる?」


・・・・

>限界への挑戦は未経験です。

>以前に試した際は100体程度なら問題なく個体を維持可能でした。

・・・・


「100体! ちょっとした社内ネットワーククラスなら、ひとまずそれだけでも充分いける……100体以上ってのは厳しい?」


・・・・

>個体維持の保証はできません。

>ですが私以外にも【分裂】スキルを所持するスライムは存在します。

>もし100体を超える個体が必要ならば、他のスライムを加えるのが良いでしょう。

・・・・


「そっか! それならスライムの数だけネットワークを作れちゃうわけで……!」



 直感の段階ではふわっとしていたアイデアが、2号の情報を通して徐々にはっきりした計画を形作り、そして確固たる確信へと変化した。





 意を決した私は、2号をいったんテーブルに置く。

 そしてヴィッテとスライに言った。


「あのさ! よかったら『インターネット』作らない?」



「いんたー……ねっと……?」


 私の提案にヴィッテは大量の “?” を浮かべたのだった。

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