第39話「判明した、さらなる事実(3)」


「……なぁんだ。スライかぁ~」


 張り詰めていた緊張から解放された私が、脱力とともにつぶやく。

 スライが落ち着いているということは、おそらくヴィッテも無事なんだろう。



 2階から姿を見せたスライは、階段をぴょこぴょこ降りてから、半透明の体に文字を表示した。


・・・・

>質問です。

>先程までのマキリは、鬼気迫る表情でホウキを所持する “いわゆる戦闘態勢であった” と判断しました。

>何者と戦うつもりだったのですか?

・・・・


「な、何と戦うって……」



 いきなり誘拐されて縛られて脅されて、さらに巨大ドラゴンに遭遇して絶体絶命だったけど、何とか助けてもらうことができて。

 命からがら馴染みの我が家に帰って来たと思ったら。


 開けっ放しの玄関。

 やけに静まり返った部屋。

 テーブルに散らかるお絵かき道具。

 乱暴に引かれたままの椅子。



「こんな状況で2階から物音なんか聞こえてきたらさ、誰だって普通は『不審者がいるッ』って身構えちゃうに決まってるでしょ?」


・・・・

>……成る程。当該状況に陥った場合は “不審者なる存在” を連想するのが、ヒトとして当然であると。

>今後の参考にしておきましょう。

・・・・


「参考? 何の??」


・・・・

>我々がヒト社会にて生活を続行する上での参考です。

>ヴィテッロ様も私も、ヒト社会への必要以上の干渉を望みません。

>ですが我々とヒトは根本的に価値観が異なります。

>価値観の相違は衝突を発生させやすく、時として危機を招く要因となります。

>『世界を渡りし者』のヒトであるマキリは、通常のヒトとは異なる思考回路を所持するものの、我々と比較すれば通常のヒトを理解済との判断が妥当。

>今後の我々が行動を決定するにあたり、マキリの思考を参考にすることで、ヒト社会における危機を回避しやすくなります。

・・・・


のための、ねぇ……」




 ……まぁ、スライの気持ちも分かるっちゃ分かる。



 もともと私は、人づきあいが得意なほうじゃない。


 学生時代は毎日が失敗と反省の連続だった。

 何をやっても裏目に出るもんだから、どうしたら他人とうまくやれるんだろうと悩んでばかりだった。


 で、失敗を積み重ねるうちに「こういう場合はこういう風に立ち回ればいいんだ!」ってのがだんだん分かってきて。

 今こうやってそれなりに人と無難にコミュニケーションとれるようになったのは、あの頃の失敗のお陰だとは思う。



 “トラブルになるのは避けたい” っていうスライの主張にも同感。

 下手に人と関われば、そのぶん面倒事に巻き込まれるリスクも上がるわけで……といっても社会人として暮らしていくなら、全く他人と関わらないわけにはいかないんだけどね。




「でもさー、さっきの私の反応のいったいどこが参考になるわけ?」


・・・・

>先のマキリは、複数の状況を根拠に “不審者” なる架空人物を脳内にて創造。

>そしてヒトは当該状況であれば、同様の架空人物を連想するとのことでした。

>この事例により、今後「“当該状況もしくは類似状況” を再現する事で、訪れたヒト共へ “架空の人物” を誤認させる」という手段を利用可能になると考えます。

・・・・


「ええっと……そんな限られた手が使える場面なんて、そうそう無くない? ほんとに参考になるの??」


・・・・

>完全に同様のケースが発生する確率は低いでしょう。

>ですが事象を抽象化し、そして概念化することにより応用範囲は大きく広がります。

>その意味で先のマキリの思考例は非常に有意義で、非常に参考になる事象です。

・・・・


 おおっ⁈⁈

 またスライが小難しいこと言い出したぞ!


 いまいちぴんと来てないけど……話だけは最後まで聞いてみるか。


・・・・

>何事においても、事実は常に1つのみ。

>ですが解釈は常に多数存在します。何故なら解釈とは「物事の意味を、各々の知識に基づき判断し理解する」という行為だからです。

>解釈時の判断において利用されるもの……つまり知識や価値感、思考回路等は個体により各々異なる上、経験によっても変化します。

>また同一時点の同一個体であっても、思考回路の働きはその場の状況に左右されます。

>よって個体および状況の数だけ、無数に解釈が発生し得る可能性があると言えるのです。

・・・・


「ほ、ほぅ……それで?」


・・・・

>知識や価値観が大きく異なる魔物とヒトとでは、解釈の方向性も異なります。

>よって我々魔物は「ヒトは往々にして、我々には理解しがたく、を行う」と解釈する傾向にあります。

>今回のマキリの思考例は、まさにその典型とも言えるでしょう。

・・・・


「えぇ~そんなに突拍子もなかったかなぁ?」


・・・・

>はい。

>何故なら “この住居を襲った不審者” など、現実には実在しないからです。

・・・・


「不審者が居ないんなら、なんで部屋がこんなに荒れてるわけ? あのヴィッテちゃんがお絵かきセットをこんな風に散らかしたままにするなんて、よっぽどのことが無いとありえないよね」


・・・・

>理由は明確です。

>ヴィテッロ様が飛び出したのは、マキリを救助するためでした。

・・・・


「私を、助ける……ため?」


 スライから返ってきたのは、予想もしてなかった理由。

 いったいどういうことなんだ??

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