左腕のカラス~世界の理から外れた少年は、一匹のカラスと共に世界を征く~
純情あっぷ
クク=アンセット編
第1話 ルウラ=スティング誕生
世界というのは存外に脆く、その満天下にしがみ付く万物も等しく脆いものである。
その原因というのは、時に世界に満ち溢れる自然そのものであったり、またある時は同じ種同士の醜い争いによるものだったり。
人は死に、文明は滅び、大地は焼かれて空は濁る。
そして残された人々は未来に絶望を抱き、その厭世的な魂は一切の塗りつぶしがないよう周囲に伝播する。
しかし闇があるところには必ず光がある。それを表すかのように、幾度となく崩壊しかける世界を嘆いた神が、愚かな人間たちに救済の手を差し伸べた。
そうして降り立った三つの柱。
こうして顕現された三つの柱によって、人々の心には小さな明かりが灯され、その小さな灯はいずれ世界を照らす太陽へと進化を遂げた、
と言われている。
「ラースさん!産まれましたよ、元気な男の子です!」
「本当か、今すぐ私にも会わせてくれ!」
「パパ、俺も一緒に行く!」
その大きな体で忙しなく同じ場所を何度もぐるぐると歩き回っていたラースは、出産の報告を受けた途端、一直線に妻であるアンナの元へ息子のダイアと共に向かった。
「オガァー!!オガァー!!」
とても大きな産声だった。まるで自分の存在を世の中に知らしめるように、そのけたたましくも少し耳を塞げばすぐに聞こえなくなりそうな可愛げな声を出す主は、寝台の上で体中に汗を浮かべた母親の両腕に抱かれていた。
「よく産まれてきてくれた。ははっ、しかしお前はカラスみたいに泣くのだな」
母親の腕から我が子を掬い上げたラースは、その大きな両腕で抱えた赤ん坊の顔を深く慈しむように眺めた。
「あなた、聞いてほしいことがあるの」
「どうしたアンナ、そんな浮かない顔をして。私たちの息子だぞ?」
自分の息子が産まれたというのに何故か悲痛の表情を浮かべる妻を見ると、なんだか拭いきれない嫌悪感のようなものが体に張り付くのを感じた。
「この子魔力がないみたいなの。。。それに左腕に痣のような模様も」
「おい、嘘だろ・・・」
妻であるアンナにそう告げられたラースは、意識を集中させて生まれたばかりの我が子に宿っているはずの魔力を感知しようと試みる。
「はぁ、はぁ。本...当なのか。この子から魔力を感じられない…」
呼吸するのを忘れるほどの集中力を注いだラースだったが、いくら試してみても結果は同じだった。
「どうしましょう、私のせいでこの子が…」
この世界では魂の回廊を通じて、この世に生を授かると言われている。
その過程で三つの柱に祝福された証として、その魂には魔力が宿る。そしてどの傀賢からも祝福されなかった存在は、その魂に魔力を宿すことなく地に産まれ落ち、『尻尾付き』と揶揄され、この世界では忌避されるべき存在である。その事実を知っているアンナは顔を手のひらで覆い、生まれてきた子供に懺悔するように涙を流した。
「パパー、なんでママは泣いているの?」
放心状態だったラースは、服の裾を引っ張られることで服と肌が擦れるのを感じた。
そのくすぐったい感覚が襲う自分の腰辺りに視線をやると、そこには急に泣き出す母親を心配して、悲しげな表情で問いかけてくる息子のダイアの姿があった。
ラースは一瞬、目を閉じて何かを決心したようにその瞳の中に揺るぎない想いを宿した。
「ふっ、心配するなダイア。ママはうれしくて泣いてるんだ。だから大丈夫だ。アンナも気にするな。この子なら強く育ってくれるはずさ。俺たちの子だからな」
その時に家族へ向けられたラースの表情はとても穏やかなものだった。それと同時に産まれたばかりの息子をより力強く抱きしめ、そして自分の手のひらよりも小さく、まだ髪の毛も生えていないような粒大の頭を撫でてやった。
「あったりまえだろ!!俺の弟でもあるんだから!!」
「そうね、私がこんなんじゃダメよね。一番つらいのはこの子なのに。せめて一生笑っていられるような人生を送らせてあげましょう」
「そうだな」
ラースとアンナはお互いに顔を合わせ、産まれたばかりの愛おしい息子を分け隔てなく愛し、悲惨な人生を歩ませないために親として正しい道を作ってあげようと誓った。
「そういえばあなた、名前はもう決まってるんでしょ?」
「あぁ、ルウラ。この子の名前はルウラ=スティングだ」
「ルウラ・・・いい名前ね」
「ルウラ!お前のお兄ちゃんのダイアだぞ!よろしくな!」
こうして数奇な運命をたどることになる一つの命が、あらゆる運命の糸を辿って愛に満ち溢れた家族に迎え入れられることとなった。
それから時は流れて八年後、ルウラは八歳になっていた。生まれながらにして大きな呪いを受けた少年は、やはり順調な人生を歩めるわけではなかった。
「なぁ、今日も俺は混ざっちゃダメなの?」
「うわっ、尻尾付きだー!!」
「逃げろーー!!」
「その左腕の汚れを落として来たら考えてやるよ!」
村の広場で遊んでいる同年代の子供たちに混ざろうとするルウラだが、返ってくるのは侮蔑と嘲笑だけだった。
「はぁ、、、家に帰るか」
手持ち無沙汰になってしまったルウラは、村長で父親でもあるラースが師範を務める、道場兼自宅へと足を向けるのだった。
自宅にたどり着いたルウラが最初に目にしたのは、生徒たちに剣の指導を行う父の姿だった。
「うわっ、ルウラが帰ってきたぞ」
「お前ら、絶対目を合わせんじゃねぇぞ」
ルウラが帰ってきたことに気付いた生徒たちは、自分たちよりも一回り小さい存在に冷ややかな視線を向けた。いくら八歳とはいえこの視線に気付かないほどルウラも鈍感ではない。視線を感じたルウラは駆け足で父親の元へ向かった。
「ただいま父さん」
「も、もう帰ってきたのかルウラ。遊びに行ったんじゃなかったのか?」
「うん。だって今日も仲間に入れてくれなかったから」
「そ、そうか。じゃあ今日はもう家でゆっくりしてろ。な?」
ラースがルウラに向けるその引きつった表情は、傷心しているはずの息子に向ける顔とはとても思えなかった。
「でもここの人たちは俺と遊びたがってるみたいだし。仕方ないから今日もみんなとあそ────」
「よしお前ら、今日はここまでだ!すぐに帰宅の準備をして全速力で家に帰れ!」
この村に厄災でも訪れたのかと言わんばかりの緊迫した表情で、ラースは生徒たちに警報を鳴らす。
しかし、その背後ではさっきまで持っていなかったはずの木刀を手にしたルウラがゆっくりと口を開いて腰を落としていた。
「みんなと遊んであげるよ!!」
最後の言葉を言い切る前にルウラの姿はその場から消えていた。
「やめてくれぇぇ!!」
「おまえらどけ!!そこ開けろ!!」
「俺たちが悪かったからぁぁぁあ!!」
まさに地獄の光景。阿鼻叫喚が響き渡るこの空間で、唯一嬉々とした表情を浮かべる少年は、自分から背を向ける一回り大きい人間たちを次々と切り倒していく。
「はっ、はは・・・」
時間としては1分も掛からなかっただろう。曲がりなりにもこの村一番の戦士であるラースから日々指導を受けている数十人の生徒たちが、たった一人の少年にあっけなくやられてしまった。ボロボロになった道場に倒れ伏す生徒たちの頬をつつくルウラを、どこか遠い目で見つめながら魂の抜けたような笑みを浮かべるラース。
「どうしてこうなってしまったんだろうな」
ラースが放心するのも無理はない。『尻尾付き』つまり魔力を持たずにこの世に産み落とされた不幸な存在、それがルウラであった。尻尾付きが辿る運命というのは大抵が不幸なものだった。というのも魔力とはすなわち、この世界で生きるために必要な力そのものであるからだ。
生き物は魂の回廊を通る過程で、傀賢からの祝福を受ける。基本的に三つの傀賢すべてから祝福を受けるのだが、その祝福はどれもが平等というわけではない。
例えば暴状よりも超常の祝福を強く受ける者。他にも超常よりも神秘の祝福を強く受ける者。しかしこの祝福の度合いというのは絶対的なものではなく、あくまで相対的なものだ。
簡単に言うと、暴状:超常:神秘=3:3:4のような感じだ。
「ほんとにおかしいだろ。なんで尻尾付きに俺が負けるんだよ・・・」
そう、だからこそこの光景はおかしいのだ。
どの傀賢からも祝福されていない、何の能力も持たないはずの尻尾付きが傀賢に祝福され、その魂に魔力を宿した人間を圧倒するなど本来あり得ないことなのだ。
「師範、何度も言うようですがルウラにきちんと言い聞かせてくださいよ!」
「わかっている。今回ばかりは親としてきちんと叱ってやらねばな」
そして生徒たちは何度もこの理不尽を経験していた。ラースはその大きな足で道場の床を
「ルウラ、何度も言うようだが生徒たちをボコボコにするのはまだいい。しかし道場まで壊すのは今回限りにしてくれ。これ直すの結構大変なんだぞ」
「ごめん父さん、、、次から気を付けます」
「そうか、じゃあ次から気をつけろよ!」
「「気を付けるか!!」」
しかし、ラースはルウラに対して甘々であった。尻尾付きとして生まれてしまったが故に、あまりルウラに厳しくできなかった両親は我が子を過保護に育ててしまった。それ故に、道場に通っている門下生は「頼むからここに現れないでくれ」とまるでルウラを悪魔かのように恐怖の対象とする。
「みんなもごめんなさい。同い年の子は俺のこと仲間はずれにしちゃうから。みんなが俺と遊んでくれるのが嬉しくて・・・」
「そ、そんな顔で謝んじゃねーよ」
「まぁ、また構ってやらないこともないけどな?」
そして生徒たちもラース同様、甘々であった。よく女の子と見間違われるほど綺麗な顔をしているルウラの破壊力には誰も敵わなかった。そして一番厄介なのが、ルウラ本人にこれっぽっちも悪意がないことである・・・多分、いや半分くらい。。。
「でもお前も同い年の奴らと遊んだほうが楽しいだろ」
「そりゃ俺だって遊びたいさ。けどみんなが仲間はずれにするから」
「ルウラ…」
その年下とは思えない、愁いを帯びた表情をするルウラを見た生徒たちは思わず口をつぐんでしまった。村の一部の人間はルウラに冷ややかな視線を送ることもあるが、幸いなことにこの村にはルウラに対して尻尾付きだからと、偏見を持つ者はそこまで多くなかった。
しかし子供は別だ。ルウラくらいの年齢の子供に相手を思いやる気持ちなど存在しない。彼らは好奇心の塊のような生き物だ。悪意なく相手を貶め、面白がる。その何気ない一言が、塵が積もるようにルウラの心を埋めていくのだろう。
「みんなが恥ずかしがるから俺の方から誘ってあげてるのに」
「「・・・は?」」
とはならなかった。
「だって照れ隠しのつもりでみんな俺の悪口を言うんだろ?だから俺の方から近づいてやってんのにすぐ逃げちゃうんだ。」
「つまり嫌われているからではないと?」
「当たり前だろ?」
何言ってんだこいつ、と言いたげな表情で生徒たちを見つめるルウラ。両親の過保護な教育による積極的な思考、そして子供ゆえの純粋さ、その2つが合わさることで生まれたポジティブモンスター、それがルウラ=スティング八歳である。
「ぐすっ、我が息子ながら立派に育ったものだな」
「いや、ちょっとおかしな方向に進んでる気がしなくもないんですが、師範」
そして満足げな表情で家に入っていくルウラを見送るラースと生徒たちの間には、何とも言えない気まずさが漂っていた。
第一話読んでいただきありがとうございます。フォロー、ハート、レビュー等してくれたらうれしいです。よろしくお願いします。めちゃくちゃ励みになります。
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