第9話 フラテーロ魔法学院
「いやー、つい盛り上がっちゃったなぁ」
「盛り上がりすぎなんだよお前は、、、」
「そっちこそまんざらでもなかったくせに」
「うっ、お前の勘違いだ」
結局、ルウラが部屋で休むことができたのは日をまたいでからだった。腕相撲はルウラの圧勝で終わり、その試合に感化されたのか腕自慢の男たちが次々とルウラに挑戦をするという無限地獄が始まってしまったのだ。
唯一ルウラを止められる存在であるメルクはその時何をしていたかというと、若いお姉さんたちのおもちゃにされて鼻の下を伸ばしていた。
「けどまさかお前が力勝負で負けるとはな」
「だよな!俺もあんなに力が強いやつ初めて見た」
そう、小さいころから人間離れしていたルウラの膂力に敵う者は今までほとんどいなかった。
しかし今回開催された腕相撲大会で、なんとルウラの腕力を凌駕する者が現れたのだ。
「まぁとりあえず話は聞けたからよかったよ」
「そうだな」
一旦、腕相撲のことは置いといて二人はおっさんたちから聞いた話を思い出す。
約一週間前にへラブにあるフラテーロ魔法学院が、何者かに襲撃される事件があったらしい。そして学院に併設する施設の子供が一人さらわれてしまったらしいが、その襲撃は魔法学院の校長、ライ=アンセットが跳ね返したことで被害は最小限に抑えられたということだ。
「アンセットってことはその襲撃された学院ってのがククの通っているところだよね?」
「そう考えるのが自然だろうな」
そしてその時に学院を襲撃した人間と似た格好の人間が、またこの街をうろついているのを見た住人がいるらしい。
「ってことはククが追っていた組織は学院を襲ったやつらと同じなのかな。」
「その可能性は高いだろうな。ククの学校を襲っていること、孤児を攫っていること、色々と関連性が高すぎる」
「けど、それと解呪のオーパーツ?だっけ。それと何の関係があるんだろうなぁ」
メルクとルウラは頭を巡らして考えてみるが、いまいち話の筋が見えてこなかった。
「まぁ明日ククに聞けばわかるだろ。もう疲れたし今日は寝ようぜ」
「そうだな、もう寝るか」
「ライ学院長、私です」
「リーナか、入ってくれ」
場所はフラテーロ魔法学院の校長室、その部屋をコンコンと鳴らして部屋に訪れたのは『白の霹靂』の三人だった。
「ふぅ、今日は大変でしたよ全く」
全体重をソファに預けて脱力しきっている格好から、彼女がどれだけ疲れているのかがよく分かる。
あとに続くようにマッシュとリキが同じソファに腰を下ろした。
「何か収穫があったのか?」
そう尋ねるのは、部屋の奥で椅子に座りながら書類作業をこなすフラテーロ魔法学院の校長、ライ=アンセットである。
「えーっと、非常に申し上げにくいんですが、ククに会ってしまいました」
気まずそうに顔を俯かせて指遊びをするリーナに、ライは筆を動かす手を一旦止めて喉の奥からため息を吐く。
「はぁ、あれほど気をつけろと言ったはずだぞ。それにいつの間に帰ってきてたのか」
「いつの間に?ククは家出でもしてたんですか?」
「いや、『山に籠って修行をしてきます。』という置手紙が家にあったんだ」
(((絶対嘘だろそれ・・・)))
この場にいるライ以外の誰もがそう思ったが、なんだかそれに関して言及するのはかわいそうだと思い、そっと胸の中に留めておいた。
「それで、ククとはどこで会ったんだ」
「それが探索者ギルドにいたんですよ」
「ククが探索者ギルドに?いったい何の用だったんだ…」
ライは、まさか自分の娘が探索者ギルドに関わりがあるとは思っていなかったため、首をひねらせて疑問を浮かべる。
「それについて一つ報告したいことが」
リキが神妙な面持ちでライへ話しかける。
「なんだ?」
「街の憲兵が今日、肩に黒丸の印をつけた奴らを捕まえたらしいです」
その報告を聞いた途端、ライは少し興奮した様子でリーナたちに詰め寄る。
「何!?それは本当か!しかしそれと娘に何の関係がある」
「それがですね、憲兵たちは賊を捕らえたのが赤毛の女と、一羽のカラスを連れた黒髪の少年だと言ったんです」
「カラスを連れた黒髪の少年?」
全く聞き覚えのない言葉に、ライは心の内を表すかのように表情をせわしなく変化させる。
「そうですよ。それを聞いた私たちは、それほどの実力者なら探索者ギルドに登録しているかもしれないと思って情報収集のために向かったんです」
今度はリキに代わってリーナが話を続ける。
「そこで娘とばったり会ってしまったということか」
「えぇ、しかもククと一緒にいたのは魔力のない黒髪の少年と不思議なカラスでした。それでククが今回のことに関係していると大体確信しました」
「そうなのか、、、しかしどうして。私はククに何も話していないぞ」
「もちろん私たちも話してないですよ。びっくりしちゃって急いで逃げたんですから」
リーナの言葉が耳に入ってないのか、ライは顎に指を添えながら思考に没頭する。
「・・・とりあえず報告ご苦労、一旦一人で考えさせてくれ」
「分かりました、私たちも今日は宿に戻りますね」
「あぁ、娘に何か起こらないように頼む」
「それはもちろん」
ただ、とライに背中を向けながら呟いたリーナは、首だけを振り向かせて諭すような優しい口調で言葉を吐いた。
「ククも大人ですよ」
「・・・明日もよろしく頼む」
ライの煮え切れない返事と共に、学院長室の扉は閉められた。
「ちょっと、いつまで寝てんのよ」
「いてっ」
夢の中にいたルウラは、どこからか伸びてきた手によって頭を叩かれた。
「ふぁ~、なんでお前がここにいるんだ?」
寝ぼけ眼を擦することで、霧がかかったようにぼやけていた視界が徐々に鮮明になっていく。
「あのね、魔法学院に行くって言ってたでしょ。さっさと起きて準備しなさい。メルクも起きなさいよ」
メルクはお腹を天井に向けながら、無防備な体勢でぐっすり眠っている。こう見ると喋るカラスも案外かわいく見えてくる。
「あー、そうだった。準備するからちょっと外で待ってて」
ルウラはボーっと壁の木目に焦点を当てながら、ククに手のひらを向けて指示を出す。
「早くしてよね」
そう言い残して、ククは部屋の外で待つことにした。
十五分後。
「いつまで待たせんのよ!!」
そろそろ待ちきれなくなったククが勢いよく扉を開けると、そこには十五分前と全く同じ格好のままのルウラとメルクがいた。
「別に殴んなくてもいいだろ」
「そうだぞ、動物愛護団体に訴えてやる」
「ふんっ、あなたたちが起きないのが悪いんでしょ」
ようやく支度が出来たルウラたちはククを先頭にして、魔法学院までの道のりを歩いていた。そしてククの拳骨を食らったルウラとメルクの頭には大きな山が一つずつ出来て、並んで歩くその姿はまるでラクダのようだ。
「なぁ、こいつら何なんだ?」
ルウラは先ほどから道中ですれ違う、鎧に身を包まれた兵士のような存在が気になっていた。
「王城に務めている騎士の人たちよ。普段からこうやって街の見回りをしてくれているの。でもおかしいわね、普段はこんなに多くないのに」
ここでメルクは一つ、ククの発言に疑問を抱いた。
「こんなに多くない?そもそも王様の私兵なんだったら、なんでこんなところにいるんだよ。憲兵とかが街を守るもんじゃないのか?」
「うちの王様はちょっと頭がおかしいのよ。たまにここら辺にも出没するし」
このラマージ王国の国王はどうやらぶっ飛んでいるらしい。パンツ一丁で市場に出現したり、一般人と混ざって酒場でバカ騒ぎをしたり。王城に勤めている人間からしたらたまったもんじゃない。
「まるで野生動物みたいだな・・・」
「ハハッ、あながち間違ってはないわね」
そんな無駄話をしながら道を進んでいると、大きな敷地にいくつも収まった校舎と思われる建物が目に入ってきた。
「ここが私の通っているフラテーロ魔法学院よ」
「おぉ、結構迫力あるなぁ」
目の前に構える校門を、同じ服装をした同年代の少年少女たちが、和気あいあいとしながらくぐっていく。それに倣うようにルウラたちも校門をくぐり、学院の敷地内へと入っていく。
しかしルウラが敷地内に足を踏み入れる瞬間、何かが肌を通り過ぎていくような感覚に襲われた。
「ん?どうかしたのルウラ」
「・・・いや、なんか空気が変わったような・・・」
そう言ってルウラは少しその場に留まると、周囲を見渡して自分が感じ取った違和感を探る。
「何も変わらないけど。。。気のせいじゃない?」
「うーん。メルクは何も感じない?」
「さぁ、俺も何も感じないが」
自分以外が何も感じていないこと、そしてその違和感と言うのがほんの一瞬だったことを考慮して、「じゃあいっか」という言葉と共に、その歩みを再開させた。
「・・・」
「あれ、あんな小さい奴らもこの学院の生徒なのか?」
ルウラが門から続く長い一本道を進むと、視線の先には校庭で追いかけっこやボール遊び、ちょっとした魔法を使って遊んでいる子供たちの姿があった。
「あれは孤児だった子どもたちよ。学院内の施設で普段生活をしているの」
「孤児?学院に?」
「そうよ、うちの父は孤児院も一応経営しているの」
「へぇ、お前の父さんいい奴じゃん」
ククの父親に対してルウラが素直に感心していると、ククは少し眉をひそめて表情に陰を見せた。
「まぁ、そうかもしれないわね」
そんな陰を照らすように、ルウラは先程からやたらと眩しい視線を全身に浴びている気がしていた。
「なぁ、さっきから周りの視線をすごい感じるんだけど気のせい?もしかして俺と仲良くなりたいのかな?」
「あーー、そういえば言ってなかったわね」
ククが次の言葉を口に出そうとした瞬間、目の前に数人の男女が立ちはだかった。
「おいお前、どうしてククさんと一緒にいるんだ」
「そうよ!久しぶりに拝見できたと思ったら孤高の存在であるクク様が誰かと一緒に歩いているなんて。しかも男!!それに何故かカラスまで!!」
どうやら眩しい視線を浴びていたのはルウラではなく、ククだったらしい。むしろ今は恨めしそうな視線を浴びせてくる男や、ヒステリーに陥っている女が暴言を吐いてきたりと、全く持って歓迎されていないことが明らかだ。
「落ち着きなさい、あなた達。この人は私が連れてきた見学者よ。用がないならどいてちょうだい」
「け、見学者!?ククさんの?こんな弱そうな男がですか!」
このフラテーロ魔法学院は常に優秀な魔法使いを輩出するために、一定以上の成績を出した生徒たちが推薦する者を、担当の授業の教師に事前に許可を得ることで、見学させることができる。
「このカラスも見学者なんですか!?」
ヒステリック女生徒が唾を吐き散らしながらメルクを指差す。
「人をカラス呼ばわりするな、メルクと呼べ」
「「喋ったーー!!!」」
「ははっ、こいつら面白いな!」
メルクが喋ったことに対して全員が同じ反応を見せてくれた。これがよほど面白かったのだろう、ルウラは腹を抱えて爆笑している。
「おい貴様、先程から何を笑っている。ククさんの連れだからといって私たちを侮辱するならタダではおかないぞ!」
最初に突っかかってきた緑髪の青年が、ルウラの態度に腹を立てて怒りに顔を赤く染める。
「そんな怒るなよ、仲良くやろうぜ」
「ふんっ」
ぱちんっ、とルウラが差し出した右手を勢いよく弾く緑髪の青年。そして全身に魔力を巡らせて、刺すような視線をルウラに向ける。
「お前がどれほどの存在か、私が見極めてやろう」
緑髪の青年は腰に差してあった全長30㎝ほどの小ぶりの杖を抜き、そして構える。
「仲よくしようって言ってるだけじゃん!まぁ、こういうのも嫌いじゃないけど?」
ルウラは他人の魔力を感じ取れる術を持ってはいないが、目の前の少年から漏れ出す威圧感が、戦闘の合図であることを知らせてくれた。
既に周りには人だかりが出来ていて、その中心に数日間姿を見せなかったククがいることもあり、今から何が始まるのかと熱気が高まっていた。
「はぁ、どうしてこうなるのかしら。ルウラ、しっかり手加減しなさいよ」
ククは頭を抱えて、ことあるごとに問題を引き起こすルウラに辟易とする。「尻尾付き」とはそういう星の元に生まれた存在なのか、と疑うくらいである。。。まぁ恐らく尻尾付きではなくルウラ自身がそうなのかもしれないが。
「心配すんなよ、ちょっと遊ぶだけなんだから」
「おい貴様、準備はいいか」
「もちろん!」
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