第10話 初めての学校
緑髪の青年は全身に迸る魔力を杖の先端へと収束させる。
『フラメラー!』
杖の先から放出された炎がルウラを襲う。
『薄膜を覆うは甘い誘惑』
ルウラは腕を顔の前で交互にクロスさせ、消え入りそうな声で詠唱をする。
「お、おい!よけろよ!」
「何やってんだあいつ!」
自分の元へ向かってくる炎の塊が見えていないはずがない。それなのにその場から全く動かないルウラに対して、周りは焦ったように騒ぎ立てる。
「くっそ、さっさと避けろ!!」
炎の発生源である緑髪の青年も、放出された炎の指向性を何とか変えようとするが、すでに制御化を離れてしまったのか、ルウラのほうへとどんどん吸い込まれていく。
「お、おい、これやばいんじゃないのか?」
「ククさんはどうして助けないのかしら」
炎はルウラに直撃して煙を上げる。しばらくしてから煙の中から人影がうっすらと見えてきた。
「まじかよ・・・」
「全く効いてないのか・・・?」
生徒たちは目の前の光景に目を疑った。何故なら炎に包まれたはずのルウラが薄ら笑いを浮かべて無傷のまま堂々と立っていたのだから。
普通の人間が炎に包まれて無傷でいられるなどあり得ない。何らかの魔法を用いて防御をしたのならまだ分かる。
しかしそこにいた誰もが、魔法を発動させる際に感じられるはずの魔力の流動を感じなかったのだ。
「どうなっているんだ、私の炎系統の魔法だぞ。。。」
最も信じられないのは魔法を放った本人だろう。普段からククを崇拝しているだけに、この黒髪の男はさぞかし神経を逆なでる存在だったのだろう。
少しばかり魔力の制御が荒削りになってしまい、予想していた以上の威力になってしまった。だからこそルウラが無傷で立っていることに驚きを隠せない。
「まだまだ温いな」
ルウラは放心状態になっている緑髪の青年の目の前に一瞬で飛び込み、そのおでこにデコピンを一発食らわした。
「いたっ」
青年はその勢いのまま後ろへ倒れてしりもちをつく。そして目に涙を浮かべながら、歯を食いしばってルウラを仇敵のごとく睨みつける。
「くっそぉ、僕は子供じゃないんだぞ!」
「あぁ、家に帰ってママのおっぱいでも吸ってなよ」
「くっ、愚ぅ!!今回はこれくらいで勘弁してやる。しかぁし!ククさんの推薦である以上、校内で醜態をさらすことは断じて許さんからな!」
それと私が赤ん坊の時は母乳ではなく粉ミルクを飲んでいた!というこの上なくダサい捨て台詞と共に緑髪の少年は仲間を連れてこの場から去っていった。それが発端となり、周囲を囲んでいた野次馬たちも徐々にその数を減らしていった。
「あなたって手加減できたのね」
ルウラのことを野蛮人とでも思ってたのか、ククは心底驚いたような表情でルウラのことを褒める。
「お前が手加減しろって言ったんだろーが」
「まぁまぁ落ち着いて、とりあえず中に入りましょう。もうすぐ授業も始まるわ」
どこか納得のいかなかったルウラだが、もうすぐ授業が始まるということもありしぶしぶククの後ろをついていった。
校内に広がる長い廊下を何度も曲がると、ようやく目的の教室についた。
「へぇ、都会の学校の教室はこんなに広いのかぁ」
スライド式の扉を横にずらして中に入ると、そこはざっと百人近くは入れそうなほどの巨大な教室だった。センシン村にあった学校もどきとは比べ物にならない。
「私たちは後ろのほうに座りましょう」
「なんでだよ、前に座ったほうが見やすいだろ」
「おいルウラ、周り見てみろよ」
メルクに言われて教室を見渡すと、恍惚とした表情を浮かべるもの、憎しみの籠った視線を送ってくるもの、様々な感情の波がルウラたちを襲ってくる。
「こいつら、そんなに俺と仲良くなりたのかな。。。」
ただしルウラには視線の全てが自分に対する興味によるものとしか捉えられないらしい。口元を手で覆い、目を輝かせてその光景に感動する。
「あなたってどこでも生きていけそうね」
「それに関しては同感だ」
この時、ククとメルクは少しだけお互いの距離が縮まったような気がした。
「...というわけで、ルウラ君。世界各地に散らばっているオーパーツが作られていた文明は、いつまで続いていたかご存じですよね?」
「・・・」
「ルウラ=スティング君!!」
「は、はい!!」
ルウラは突然自分の名前が呼ばれたことで、何か緊急事態に見舞われているのかと思い、頭を上げて周りを確認する。
「あっ、そういえば授業中だったか」
「はぁ、ククさんが推薦するというからどれほど優秀な人物かと思ったら、、、」
教壇でため息をつく妙齢の女性は、このフラテーロ魔法学院で歴史の授業を担当するテリス先生である。
ククが推薦するということで、どれほどの人物なのかと期待していたテリスだったが、授業を開始してからたったの五分でルウラは夢の世界へとお出かけしてしまった。
「メルク、あのおばさんなんて言ってたんだ?」
「さぁな、俺も寝てたから知らねぇよ」
周りに聞こえないように小さな声でメルクに聞くが、冷たくあしらわれてしまった。
「裏切り者が・・・」
相棒であるはずのメルクに裏切られたルウラは、捨てられた子犬のような目でククに助けを求めた。
「ちょっ、そんな顔で見ないでよ・・・」
「お願いクク」
「・・・はぁ、とりあえず約八百年前って答えて。」
どうも頼られることに弱いククは、こんな子犬のような目で訴えかけられては断れるはずがなかった。
「先生、八百年前くらいですよね?」
ククから言われた内容を、ルウラはかつてないほどの決め顔で自信満々に言い放ってやった。状況を知らない人間が見たら、さぞかし賢い人間に見えるだろう。
「おぉ!正解ですよルウラ君。世界を崩壊させかけた人類史上最大の災害『
しかし、とテリスは言葉を続けた。
「しかし災害の原因、また当時の文明などそのほとんどが未だに解明されていない謎の現象なのです。世界には当時の文明が栄えていたことを表すかのように、現代の技術では再現不可能な魔道具であるオーパーツだったり、現代で使われていないような建築法によって建てられた謎の建造物の残骸が発見されています。そしてその遺跡の付近には魔力の残滓が残されていることが多いのです。しかしここで一つ疑問が生じます」
テリスはその疑問を表すかのように、人差し指を立てて教壇の周りを歩く。
「えーっと、俺?」
テリスの視線がこちらの方向を向いている気がして左右を確認するが、どうやらその視線はルウラに向けられたものらしい。
「つまり、、、その魔力は遺跡の近くで発見されることが多いということですね?」
「私が言ったことをそのまま繰り返しているだけではないですか」
呆れるようにため息を吐いたステラ先生は、その横に座るククへと視線を流す。
「いくら優秀な魔力探知の能力を持った人間だとしても、魔力の強さによりますが、感知できたとして過去数十年を遡るのが限界。八百年前の魔力を感知できるなど本来あり得ないということですよね?」
「流石ククさん、その通りです。そして最も恐ろしいのが発見される魔力の種類が全て同じということです」
「それの何が怖いんだ?」
ルウラは今の内容のどこに恐ろしさを感じたのか理解できず、首を傾ける。
「いいですかルウラ君、魔力というのはその生物のすべてなのです。百人いれば百種類の魔力があります。つまり世界各地の遺跡で発見される魔力というのは全て同一人物のものというわけです」
「おぉ、確かにそれはすげぇや。じゃあ八百年前に一人の人間が世界を崩壊させたってこと?」
ルウラは頭の中で話の内容をまとめて、それを口に出す。
「理論上問題はありませんが、それは恐らくないでしょう。いくら歴史を遡ったとしてもそのような人外な魔力を持った存在がいるとはそもそも考えにくい。よって今の一番の有力説は魔物によるものです」
ほぉ、とルウラは初めて聞く歴史の話に知らずの内に耳を傾けていた。
「遺跡には魔力の残滓と共にかみ砕かれた跡やひっかき傷のような獣傷が数多く報告されているのです。それに魔物というのは人間と違い、その種類が同じならば体の中を巡る魔力も同じなのです」
「へぇ~、ってことはそんだけ強い魔物が昔にいたかもしれないのか」
キーンコーンカーンコーン
「そうですよ、っとチャイムが鳴ってしまいましたね。今日の授業はここまでです。次の授業までに今日の内容をしっかり復習しておいてください」
テリスの号令と共に、ルウラたちは休み時間を迎えた。
「どうだった?初めての授業の感想は」
「初めて聞いた話ばっかりだったし、結構面白かったよ」
ルウラはさっきまでの授業の内容を思い出して、意外と勉強も悪くはないのかなと思っていた。
「それならよかったわ。始まった途端に熟睡したときは思い切り蹴ってやろうかと思ったから」
至って真顔でそう言ってのけるククを見ると、案外まんざらでもなさそうだなと感じるルウラとメルクは、次の授業のことについて話題をずらした。
「そ、それよりも次の授業は何なの?」
「次の授業は魔法実習よ、グラウンドに移動するから」
「それだよ!俺が一番気になってたのは!!」
待ってましたと言わんばかりの表情で期待を膨らませるルウラ。早くグラウンドに向かいたのかククの手を引いてグラウンドへ向かおうとする。
「ちょっ、そんな急いだって開始時間は変わらないから!止めてよメルク!」
「悪いな、こればっかりは俺でも止められないんだ」
メルクに寂しそうな目で見送られながら、ククはグラウンドへと引っ張られていった。
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