第11話 魔法実習

「はーい、みんな準備は出来たかしらー??」


「あれって女?それとも男?」


「、、、それについては黙秘権を使わせてもらうわ」


グラウンドについたルウラたちの目の前に現れたのは、装甲のように逞しい筋肉に覆われた三メートルを超える巨体、空よりも青い青髭を隠すように塗りたくられた厚化粧、こんな化け物じみた生物がまるで女の子のようにかわいらしく振舞っているのだからルウラがそう思うのも無理はないだろう。


「ちょっと失礼じゃないあなた、レディに対して化け物みたいな視線向けちゃって!・・・ってあなた昨日の腕相撲の子じゃない!!」


「ん?あーー!!ボーレちゃんだ!!!」


バッ、とその瞬間グラウンドにいた生徒のほとんどが信じられないものを見るような目でルウラに視線を向けた。


「あなただったのね!ククちゃんが推薦した見学者っていうのは!」


「そうだよ!!いやー、こんな偶然ってあるんだね」


全く話についていけない生徒たちを代表するように、ククがこの不可思議な関係について突っ込んできた。


「ねぇルウラ。あなたボーレ先生のことを知ってるの?」


「ん?あぁ、昨日お前が紹介してくれた宿あるだろ?あそこで腕相撲大会をしてたらボーレちゃんと知り合ったってわけ」


そう、宿で話していたルウラに膂力で勝った人物と言うのはこの魔法実習を担当しているボーレだったのだ。


「腕相撲大会?訳が分からないのだけど...」


しかしそんな話についていけるわけのない生徒たちは、グラウンドの真ん中で独自の世界観を築きあげているルウラとボーレをよそに勝手に魔法の訓練を始めていた。



「ちょっとみんな、勝手に始めないでよ!!」


ようやく周りに気が付いたのか、ボーレは生徒たちを一か所に集めると改めて授業を開始した。


「はいみなさーん、今日はククちゃんが推薦した見学者のルウラちゃんが一緒に授業を受けるわー」


「センセ―、見学者なんだから実習に参加するのはダメなんじゃないですかー?」


生徒の1人が手を挙げて、当たり前の疑問を口にする。基本的に見学者は座学に参加することはできるが、実習は授業の進行を大幅に遅らせてしまう場合があるので、参加することができない決まりになっている。


「だってルウラちゃんは私の友達でしょ?」


「まぁ、そうっぽいですね」


「つまりそういうことよ」


「いや、どういうことだよ!」


見た目の通り中身も自由な人間らしい。ボーレの友人であるルウラは特例で授業に参加することができるという、あまりにも私情にまみれた理由ではあるが、ルウラにとってはラッキーだった。


「授業を開始する前に確かめておきたいんだけど、ルウラちゃんって魔力ないわよね?」


「へぇ、やっぱり先生なだけあってそういうのは分かるんだ」


さすが魔法学院の実習担当といったところか、何も言わずともルウラが尻尾付きであることを理解する。


「当たり前じゃない、センセ―なめるんじゃないわよ」


「でも全然驚かないんだね」


ルウラはざわついているグラウンドの生徒たちと比較して、ボーレが全く驚いていない様子に興味を抱いた。


「まぁね、そもそもククちゃんが推薦するんだからそれなりの理由があることくらい察しが付くわ。でしょ?」


「まぁ面白い存在ではありますね」


ボーレに視線で問われたククは、彼女?が望む回答を差し上げた。


「やっぱり!みんなも尻尾付きというだけでその人を決めつけるのはよくないわよ。魔法と同じように人間だって無限大の可能性を秘めてるんだから!!」


ボーレは未だどよめきが広がるグラウンドに、これ以上悪い空気が流れないよう明るい言葉をかけた。


「でも先生、尻尾付きが魔法を使えるなんて聞いたことないし、この場にふさわしくないんじゃないですか?それにどうしてカラスがいるのかも意味わかりませんし」


「そうだよな、しかもなんでこの男とカラスは同じところに痣みたいなのがあるんだ?気味悪いな」


しかし生徒たちはどうしても潜在的に尻尾付きを蔑んでしまう。カラスがグラウンドにいる不気味さ、そのカラスと同じように左腕に痣が広がる黒髪の少年、生徒たちがルウラを軽蔑するには十分すぎる材料だ。その証拠にルウラに突き刺さる視線はどれも冷たいものばかりである。当の本人には全く刺さっていないみたいだが。


「だったら実際に見たほうが早いわね。先生、彼が私と手合わせをするというのはどうでしょうか?」


「うん!すっごくいい提案!!」


この魔法学院でトップの実力を誇るククの提案には、流石にルウラを侮っている生徒たちも無視することはできなかった。しかも担当であるボーレが賛成してしまってる以上なおさらだ。


「ふっ、まぁそこまで言うなら見せてやらないこともないけどな!」


「いいから早くして」


「あ、はい」


ルウラはククの言葉に大人しく従って、その後ろをついていった。





「おいおい、流石にククさんとの手合わせは無理あるだろ」


「まぁいいじゃん、化けの皮が剥がれるところを見てやろうぜ」


生徒たちはククが勝つことを信じて疑わず、まるで勝負になると思っていないらしい。嘲笑なようなものがルウラたちの耳を突っつくが、そんな様子をよそにククとルウラはお互いに向き合った。


「私ね、初めてあなたの戦闘を見てからずっと戦ってみたかったの」


ククの意外な告白にルウラは少し驚きを見せた。ククに対してはクールなイメージがあったルウラは、それが少し意外だった。


「お、おう、意外と戦闘狂だったのね」


「あら、それはレディに失礼じゃない?」


その言葉が戦闘の合図となり、まずはククが先手を打った。


雫妖玉ウタップ


ククは5つの水球を背中に浮かべ、それを手足のように自由自在に操る。四本の手足に加えて、5つの水球による猛攻はルウラに休む暇を与えない。


しかし、ルウラはその全ての攻撃をたった四本の手足で危なげなくいなす。


お互いが激しく動き回り、衝突するたびに生徒たちの毛穴を震わせる。あまりに予想外の展開に生徒たちも目を丸くして見入ってしまっている。


「おいおい、ククさんがあんな全力出してんの俺初めて見たぜ」


「だよな、しかもめちゃくちゃ笑顔だし、、、」


周囲から見てもわかるほどククはこの戦いを心の底から楽しんでいる。この学院の中で自分と対等に張り合える相手がいなかったのだろう、今までのうっ憤を晴らすかのようにその気持ちを拳と共にルウラへと伝える。


「やるなぁクク!」


「あなたこそ、まだまだいけるでしょ!」


戦いは更にヒートアップする。

気付けば7つに増えていたククの雫妖玉オー・ウプ。しかしその圧倒的手数をもってしてもルウラを崩すことはできない。


しかし次に発したルウラの呪文によってその均衡は途端に崩れた。


『踊れよ』


「────うそでしょっ」


生徒たちが目で追うのがやっとだったルウラの動きが、もう一段階ギアを上げた。

一個、また一個と、ククの背中に浮いている雫妖玉オー・ウプを確実に潰していく。流石のククも急すぎる巻き返しに思わず声を漏らした。


「くっ!身体能力向上Ⅰヒート・アジ―ン


ククは身体能力向上の魔法を唱えることで何とかルウラの動きに喰らいつく。


ルウラの攻撃の対象が徐々に雫妖玉ウタップから術者本人へと移行していく。

時間と共にに増える生傷。肌からにじみ出る血の量がククの劣勢をそのまま示してくれている。


水流の三叉槍トリアイナ!』


一旦ルウラと距離をとるために、ククは水で創造した三叉の槍を自分とルウラの間に放り込んだ。

そのすきに大きくバックステップを踏んだククは、乱れた呼吸を整える。


「はぁはぁ、ちょっとくらい息上がってくれててもいいんじゃない?」


ククは口端を吊り上げてルウラに小言を吐くが、思っていた以上の実力差に少し焦りを見せていた。


「わりぃな、思った以上に楽しくて息上がるの忘れてたわ」


ルウラは試合前と変わった様子を全く見せずに、冗談を言う余力まであるようだ。


「ふっふっふ、しかしここまで戦った君の強さに免じて俺の必殺技を見せてやろう!」


「な、なによ」


ルウラは何を考えているのかわからないような、不気味な笑みを浮かべる。


「ルウラ、やりすぎるなよ!」


「分かってるよ!」


そのルウラの様子を不審に思ったメルクが忠告をするが、話半分で聞き流したルウラは、腰を落として拳を引く。


「気張れよ、クク!」


「はっ!えっ!?」


何故か、ある程度距離があるにもかかわらず最大限に体を引き絞るルウラ。

そして叫び声と共にその肉体を一気に開放する。


『縫い付けろぉお!!!』


その言葉と共に放たれたのは不可視の弾丸。ルウラの拳から放たれたその空気の塊は大地を抉り、そしてククへと一直線に進む。


「なんで動かねぇんだククさん!」


「危ない!!」



(ふざけんじゃないわよ!!)



動かない?否、動けないのだ。恐らく拳を突き付ける直前にルウラが発した言葉が原因なのだろう。その言葉通り、ククは地面に縫い付けられたように足が動かなくなってしまった。


絶体絶命、すでに避けるという選択肢を頭の中から排除したククは土系統の魔法で障壁を作り出そうとした。


「そこまでよ」


少し離れたところから聞こえた渋めの声と共にルウラとククの間に一枚の岩壁がせりあがった。なんとか一命をとりとめたククは張っていた糸が切れたようにストン、と地面にしりもちをつく。


「全く、やりすぎよルウラちゃん」


ボーレが介入しなければククはただのケガでは済まなかっただろう。ボーレはルウラに対して厳しい視線を送る。


「ごめんって、でも絶対にボーレちゃんが止めてくれるってわかってたから」


「・・・それならよし!」


あまりにも純粋で根拠のない信頼が見事にボーレの胸をクリーンヒットしたらしい。今度は目をハートにしながらルウラに熱い視線を送る。


((この人教師向いてないだろ・・・))


この場にいた誰もが思ったことだが、その言葉を発するものは誰一人としていなかった。


「わるいなクク、大丈夫だったか?」


ルウラは申し訳なさそうな顔で、しりもちをつくククに手を差しだす。


「大丈夫なわけないでしょ、あと少しで死ぬところだったんだから!」


ククはふんっ、と拗ねたような態度でルウラから顔をそらしながらも、差し出された手を握ってなんとかその場に立つことができた。



「すげぇよお前、ククさんに勝った奴なんて今まで一人もいなかったのに!!」


「ねぇねぇ、魔力がないのにどうしてあんなに素早く動けるの!?」


「その左腕の痣もなんか関係あんのか?」


ついさっきまでルウラに対して懐疑的だった生徒たちは、全員とまではいかないが、その多くが今の試合を見て考えを改めたらしい。

この学院で最強の実力者だったククを圧倒したルウラに生徒たちは興味津々だ。


(なんだか私が踏み台にされたのは癪だけど、これでよかったのね)


尻尾付きであるルウラが、祝福を受けている人間に囲まれる様子を見てなんだか嬉しくなったククは、その当人であるルウラに顔を向けた。


「え、ちょっ、あざす。はい」


さぞかし喜んでいると思っていたルウラであったが、初対面の人間にここまで興味を持たれることには慣れていなかったのか、顔を真っ赤にして語彙力を失っていた。




その光景を少し離れたところで見守っていたボーレは、何かを考えこむようにルウラのことをじっと見つめている。


(ルウラちゃんの今の力…と同じなのかしら。でも今の試合で判断するのも早計かしら。。。)


ボーレはルウラについての思考をいったん止めると、横で羽をパタパタさせながら浮遊しているメルクに話しかけた。


「メルクちゃん、私が間違ってなければだけど、あなたとんでもない魔力を持ってるわよね」


「ほぉ、隠してるつもりだったんだけどな。流石センセ―ってところか?」


ボーレの優れた魔力感知の能力の網からは逃れらなかったらしい。メルクが秘める魔力量の多さにボーレは少し冷や汗をかく。



「ねぇ、あなた達っていったい何者なの?」


ボーレは単刀直入に聞いた。


「それは俺たちもまだ探し中だ。まぁ強いて言うなら、相棒だな」


「へぇ、妬けるじゃない」


ボーレは二人についてこれ以上の詮索は無粋だと感じ、何も言わずに生徒たちに囲まれるルウラの姿を眺めていた。













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