第12話 王城に招かれました

「ん?あそこ何かやってんのかな」


ルウラが学院に見学者として通って既に数日が経った。少しずつだが街の光景にも慣れてきて、目に入るものすべてに飛びつくということも少なくなってきた。

もちろんククが探している組織のことも時間があるときに探ってはいるが、未だにその尻尾を掴むことが出来ていない。


「何かあったのかしら」


そして現在、今日も学院に通うためにククと一緒にいつもの通りを歩いていた。

すると、今までは見られなかった人だかりが目の前に広がっていて、何かあったのかと、ルウラたちはその人だかりに近づいていった。


「おい!私は国王だと言っているだろうが!!ちょっとくらいまけてくれたっていいだろ!このけちんぼ!!」


「うるせぇ!国王様だからってこれっぽちもまける気はねぇ!!」


人だかりの中心では、全身を隠すようなゆったりとしたローブの下に、パンツ一丁という如何にも変態チックな外見をしている壮年の金髪男性が、市で出店を開く串焼き屋に対して、ものすごい形相で値切りを行っている最中だった。しかし周りの反応はその光景とは似合わず、微笑ましいものでも見るかのように微笑を浮かべてそれを見守っている。


「おいクク、もしかしてこれが・・・」


一応ローブは着ているが、パンツ一丁の男が街に出没している。何かを察したメルクは、確かめるようにククの耳元でささやく。


「ぎゃはははっ!あのおっさん面白いな!!!」


しかしルウラは少しも気が付いていないのか、その男のあまりにおかしな格好に口を大きく開けて大笑いした。


「おい!今誰か私のことを笑ったな!!」


ルウラの笑い声に反応したのか、男は標的を変えて声のする方へとローブを揺らしながら近づいてきた。


「おい小僧!!私がこの国の王、ブルーダ・トンビだと知っての狼藉かぁ!!」


王と名乗るその男は、ルウラの目の前に立ちはだかると、腕を組んで無駄に長い足を肩幅よりも更に広く開いた。


「えぇーー!!国王??こんなのが??」


「うんうん」


「まじで!?」


「「うんうん」」


ククも街の住人も、みな同じ反応を示した。まさかこんなのが一国を治めるような人物だと思わなかったのか、ルウラは顎が外れそうなほど口を開けて、その目は驚愕で見開かれていた。

そう思うのも無理はないだろう。ローブの隙間から見える白のブリーフが、まるで王の威厳を感じさせない。いや、白のブリーフこそがこの王を王たらしめる所以なのだろうか。


そんなくだらない思考がルウラの脳みそを駆け巡る中、ブルーダはニヤリと不気味な笑みを浮かべてルウラの腕を掴んだ。


「よーし!お前は私が直々に罰を与えちゃうから!そこのカラスと赤毛の君も一緒についてきなさい!!」


「えぇー!どうして私たちも...」


「む、無茶苦茶すぎる・・・」







結局ルウラたちは、ブルーダによって学院への登校が断念されてしまった。そうしてブルーダに連れられたルウラたちは、川によって分断された城と都市を結ぶ橋を渡って、城門の目の前までたどり着いた。


「おーい!誰か開けてくれぇ!!」


ブルーダが王城に向かって大きな声で叫ぶと、それに応えるように城門の手前に掛かった跳ね橋が滑車によって引き下げられた。

すると、跳ね橋が下がると同時に見えるその城門には、目の前でローブを靡かせる変態よりも、より王様らしい格好をした人物が目じりを吊り上げて待ち構えていた。


「あっ・・・ごほんっ、よく考えたらどこの馬とも分からないお前たちを城の中に入れるわけがないだろう!!少し考えたらわかるだろうが!というわけで森林浴にでも行こうか!!」


「いやあんたが無理やり連れてきたんだよね!?」


あまりに見当違いな発言をするブルーダにすかさずツッコミを入れるルウラだったが、その発言を遮るように、ワハハッと大きな笑い声と共にルウラたちの背中を押してこちらを睨みつける人物から逃げるように離れていった。


「さっさと戻ってこいこの人でなし!!!!」


「そ、そこまで言わなくていいのに。。。」







「よいしょっと。いやー、ちょこっと恥ずかしいところを見られちゃったねー」


「ちょこっとどころじゃないと思うんですけど。。。」


結局、城門で構えていた人物に捕まったルウラ一行は、ブルーダが「この子たちも入れてくれないと私帰らないから!!」とオムツも卒業できない子供の様に駄々をこねた結果、応接間に通されることで一応は丸く収まったのだった。


「けどこう見ると王様っぽいなぁ」


「でしょ?私王様っぽいっしょ?」


対面の長椅子に座るブルーダは、先ほどの様相とはがらりと変わり、変態白ブリーフから如何にも王様といった風格が感じられる恰好へと進化を遂げていた。


「先ほどはすみませんでした。つい大声を出してしまって」


ブルーダの後ろで控えるように佇んでいるのは、さきほど「人でなし!」と王であるブルーダを罵倒した人物だった。後にわかったことだが、どうやらこの人物は王の側近である、サーシャイという者らしい。


門の前で今のブルーダと全く同じ格好でこちらを睨みつけていたのは、無理やり彼に自分の格好をさせられた上、影武者を強制させられていたかららしい。そう考えると街で白ブリーフにローブという格好だったことも理解できないことはない。いや理解してはいけないのかもしれないが。


「いえ、それよりもなぜ私たちがここに呼ばれたのでしょうか?まさか本当に罰とか・・・?」


そう、ルウラたちは自分たちが呼ばれた理由が未だによく分かっていない。ブレールが「罰を与える」とか何とか言っていたが、こちらを咎めるような雰囲気が一切感じられないため余計に困惑してしまう。

ククに関してはルウラの前で見栄を張っているのか、背筋をピンと伸ばしすぎて背骨が半分に折れてしまいそうだ。


「ははっ、そんなのジョークに決まっているじゃないか。私の純白のブリーフに誓って否定させてもらうよ」


「なぁメルク、このおっさん誰かに操られてんのかな?」


「あぁ、俺もそう思ったんだがどうやら違うらしい。驚くことにこれが通常の状態のようだ」


「そこぉ!!聞こえてるからね!!」


ルウラとメルクの小声のやり取りはどうやら向こうに筒抜けだったらしい。壮年の男性がふんっと頬を膨らませてそっぽを向くその姿は、いったいどの層に需要があるというのだろうか。


「まぁそれはおいといて。私は君たちに一度会いたかったんだよ!」


「俺たちに?」


ククならまだしも、ルウラとメルクはこの街に来てからほとんど日が経っていない。それなのに何故自分たちのことを知っているのだろうか。疑問に思ったルウラはブルーダに疑いの目を向ける。


「あぁそうだよ。特に黒髪の君とそこの喋るカラス君に会いたかったんだ。君たちの存在は街の中でちょっと注目の的になってるんだよ。知らないの?」


一国の主が最近の城下の流行を知っているのもどうかと思うが、度々城を抜け出すブルーダにとって、そういった情報は案外集まってくるものだ。


「それにカラスを連れた黒髪の少年と赤毛の少女が山賊を捕まえたって聞いたからさ、それも君たちのことでしょ?」


ブルーダは人差し指をルウラに向けて、したり顔を決める。

その山賊というのは恐らくノーマ達のことを言っているのだろう。特に否定する理由もなかったルウラは、うんと頷いて会話を続けた。


「そんなの偶々見かけちゃったら逃がすわけないじゃん!!だから連れてきちゃったってわけ」


「ふーん、それで俺たちを連れてきてどうするの?」


ブルーダは色々と話すが、結局ルウラたちを連れてきて何をしたいのかハッキリしなかったため、ド直球の質問をルウラがぶつけた。


「うーんとねー、あっそうだ。じゃあ今から私に付いてきてもらおうかな」


そう言ってブルーダは椅子から腰を上げて、ドアの方に向かって気分よく鼻歌を奏でながら歩いて行った。


『この人絶対に何も考えてなかったな。』この場にいるルウラ以外の全員がそう思ったが口にするのは野暮だと思い、黙ってブルーダの後ろについていった。





「はい到着ーー。ここでルウラ君にはあることをしてもらおうか」


「ずいぶんおかしな形をした建物だな。こんなところでルウラに何をさせるんだ?」


ブルーダの後をついていく形で敷地内を歩くこと約十分、直径三メートルほどあるドーム型の建物の前で一行は足を止めた。

そしてそのドーム型の建物を見たメルクが、濁すことなく第一印象を口に出す。しかしそう思ったのはメルクに限らず、ルウラやククも同様だった。


「あぁ、この扉の部分?まぁ初めて見たらびっくりするよねぇ」


そう、この建物の何がおかしいのか。それは本来扉があるはずの部分に、黒く渦巻いた空間の壁がルウラたちを阻むように漂っているのだ。


「大丈夫ですよ皆さん。入れば分かりますから」


後ろから聞こえた声に振り向くと、眼鏡の位置を直すように山の部分をくいっと持ち上げたサーシャイが淡々と告げる。


「まっ、そういうこと。じゃあ付いてきてー」


「あっ!俺が最初に入りたかったのに」


何の躊躇いもなくその空間に入っていくブルーダに先を越されたルウラは、無駄に悔しがりながらすぐにその後を追うように飛び込んでいった。


「えぇ…あのバカはちょっとくらい躊躇しなさいよ」


「あれはどこまで行っても治らないだろうな」


ルウラの無鉄砲さに顔を引きつらせるククに共感するように、メルクは空間の壁を遠い目で見つめて、少し時間を空けてから後ろのサーシャイと共に警戒をしつつ足を踏み入れた。





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