第13話 魔法騎士団
「うわぁー、どうなってんだこれ!」
ルウラは眼前に広がる光景に目を見開いた。何十人、いやもしかしたら百を超えるほどの人たちがこの空間の中で魔法をぶっ放し、剣を振り回している。
「なるほど、空間拡張魔法ね」
「そゆこと!この拡張された空間が訓練所として機能しているってわけ」
そう、外から見たらこのドーム型の建物には入れる人数は十人ほどだろうか。それなのに百人ほどの人間がまるで戦争でもしているかのように暴れまわって余りあるくらいの空間がここには広がっていた。
「くうかんかくちょうまほう?へぇー、すっげー」
「ねぇメルク、私この子の将来が心配でしょうがないんだけど」
「勘弁してくれ、こいつは興味ないものにはとことん興味ないだけなんだ」
ルウラはまるで理解不能の言語かのように口に出すが、空間拡張魔法はかなり一般的な魔法である。例えばバッグに空間拡張魔法を付与することで内容量を増やしたりすることは、魔法をかじっている程度のそこら辺の主婦でもできる。
「けどこれだけの空間を広げるって尋常じゃないわね」
先に述べたようにバッグの空間を少し広げるくらいなら、家にいることが多くなり肥満体質になってしまった主婦でもできるが、その難易度は拡張する空間が大きくなればなるほど難しくなる。ククの言う通り、これだけの空間を広げるには並大抵の魔法制御力では成り立たない。
「それだけうちの奴らは優秀というわけなのさ」
後ろに首を回して得意げな顔をするブルーダは、おーいと手を大きく振りながら集団の方へと向かっていった。
しばらく棒立ちをして手を振るブルーダだったが、数十秒その状態を続けた彼は、暗い表情を携えて踵を返した。
「あいつら誰も気付かないんだけど・・・」
「あんたほんとに王様かよ。。。」
「ちょっとルウラ。これ以上惨めな思いをさせないであげて」
あからさまに落ち込むブルーダに雀の涙ほどの同情を送るルウラだったが、それはバレないように耳打ちをするククによって阻止された。
「ははっ、いいのさ。。。どうせ誰も私に興味なんか────」
ブルーダがぼろぼろと愚痴を吐き出しているその時、彼の背後、つまり訓練をしていた集団の中から横一閃に轟く雷がその彼我の距離を一瞬で埋めるように、こちらに襲い掛かってきた。
「危ない!!」
一瞬遅れてククが彼に近づく雷に気が付くが、非情にも対策を打つ余裕すら与えずにその雷はブルーダの背中に直撃する。
とその場にいる誰もが思ったが、そうなるはずだった現実を捻じ曲げるように一歩前に踏み出したルウラが、右肩まで持って行った左手を一気に開放するように、大気を押しのけて左側に薙ぎ払った。
『ずれろ!』
するとどうしたことか、ルウラの叫び声に驚くように反応した純白の雷は、一瞬ぶるっと震えてその軌道をわずかに右へとずらし、ブルーダへの直撃を避けた。
しかし、
「ああぁぁぁあっぁぁああぁあ!!!」
ずらした雷はただ軌道を変えただけであって、魔法そのものを消滅させたわけではなかった。雷に背を向けていたブルーダから見て右側にいたルウラが軌道をずらしたことで、その雷はルウラへと吸い込まれるように直撃してしまった。要するにアホだった。
「ちょっと!大丈夫なのルウラ!?」
電撃をもろに受けたルウラは、叫び声と共に身体から煙を発生させて地面へと倒れてしまった。それを傍で見ていたククは、心配した様子でルウラの元へと駆け寄り、そ地面に着く直前でその頭を支えてやった。
「ゔぅ、むしろいい感じに痺れて気持ちいいかも」
「・・・あっそ」
先ほどの心配のまなざしは一体どこに行ったんだろうか。肌を艶付かせた状態でグーサインを決めるルウラを凍てつくような目で見下ろすククは、その頭を掴んでぽいっと地面に投げ捨てた。
ようやく周りもルウラたちの存在に気が付いたのか、この空間を揺らすほどの爆音は徐々に鳴りを潜め、集団の中でも一際体格のいい男がこちらに向かって歩いてきた。
「ブルーダ様、それにサーシャイさんまでこんなところで何をされているんですか。それにこの子たちは一体...?」
体長二メートルはあるだろうか。ルウラと同じ黒色の髪の毛を短く刈り上げて、猛獣を思わせるその筋肉質な体躯を鎧に包んだ男は、一度ブルーダの方に視線を送ると、そのまま視線を横に流して、初めて見る少年少女と一匹のカラスを不思議そうに観察した。
「おぉアイドーン!お前らがバンバン飛ばす魔法がこっちに飛んできたんだよ!!この、ルウラ君がいなかったら私たちに向けて魔法を打った奴は今頃首が、こーっ!なってたんだからな」
自らの身を守ってくれたルウラの肩を掴んで自分の方に引き寄せると、ブルーダは右手の親指を自分の方向に向けて、ぜいたくに表情筋を使いながら首を切るように左から右へとスライドさせた。どうやら名もなき一人の魔法使いをルウラは救ったらしい。
「そりゃあんなところにいたら危ないに決まってるでしょうが。あっ、いつもお疲れ様ですサーシャイさん」
「いえ、それはお互い様でしょう。アイドーンさん」
恐らくこの自由奔放な王様に幾度も苦しめられた同士なのだろう。決して目に見えることはないが、二人が交わす視線は確かな絆のようなもので結ばれていた。
「それでこの子たちは一体何なんですか?・・・まさかまた興味本位で連れてきたんじゃ」
「ひゅ、ひゅーひゅー」
ブルーダは斜め上を向きながら、何とか誤魔化すために口笛を吹こうとするが、口から洩れるのは中身のない掠れた吐息のみだった。
どうやらこれが初犯というわけでもないらしい。アイドーンはやれやれと言った感じで肩を落とすと、申し訳なさそうな顔をルウラたちに向けて優しく言い放った。
「すまなかったな君たち。この人のことは放っておいていいからもう帰りなさい」
「よくなーい!今からルウラ君にはこの魔法騎士団と対決をしてもらうのだから!」
彼らの間に割り込んで、ブルーダが大きな声で叫んだ。要するにブルーダがここまでルウラたちを連れてきたのは、ここで訓練に勤しんでいる集団。つまりブルーダ王国の魔法騎士団との戦闘を望んでいたというわけだ。
「いやしかし、見たところ彼に魔力はないように感じるのですが。。。」
アイドーンは一目でルウラの体に魔力がないことを検知する。それを知ってしまった以上戦うことなど論外なのだが、それを否定するようにブルーダが言葉を被せた。
「問題ない!戦えばわかるからさ!!ルウラ君もいいでしょ?」
「おう!強そうなやつらばっかだし!!」
「まぁこの少年が承諾するのであればこちらとしては問題は無いのですけど・・・」
アイドーンの心配とは裏腹に、ルウラは既にやる気に満ち溢れていた。その様子を見たアイドーンもならば仕方ないといった感じで、魔法騎士団の中から一人の戦士を指名した。
「アイル!!ちょっと相手をしてやってくれ!!」
名前を呼ばれて前に出てきたのは肩に一匹の鷹のようなものを乗せて、槍を手にもつ女だった。
「えー団長、私がこの少年の相手をするんですか?」
眉を寄せて嫌そうな顔をするアイルに、アイドーンは少し引き締まったような顔つきで呟いた。
「軽く手合わせをするだけだ。まぁ、甘く見ないことが一番だぞ」
「え?」
最後の方はよく聞き取れなかったのか、もう一度アイドーンに聞き直そうとするが、すでに彼は背中を向けてアイルから離れていた。
「あれ、あのおっさんが相手じゃないの?」
ルウラはすっかりアイドーンとやるつもりだったのか、出てきた相手が線の細い女と分かって少し拍子抜けしたような表情になっている。
「団長が相手するわけないでしょ!あなたじゃ一瞬でやられちゃうわよ」
「あのおっさん団長だったのか。どおりであんなに強そうなわけだ」
ルウラは伸脚をしながらそう口走る。本望としてはこの場で一番強いであろう団長のアイドーンとやりたかったルウラだが、その想いは内に隠して、目の前の相手に集中する。
「ていうかその鳥も一緒に戦うのか?」
「鳥じゃなくてモンちゃんって呼んで!!鷹のモンちゃん!!」
髪の毛を後頭部の高いところで一つにまとめたものを、左右に振りながらアイルが反論する。その光景を離れたところで見ていたククが、しかめっ面を彼女に向けつつ、肩に止まっていたメルクに話しかけた。
「ねぇメルク、なんかあの女あざとくない?髪の毛を揺らさなきゃ死ぬ病気にでも掛かっているのかしら」
「さ、さぁ。もしかしてルウラが取られて嫉妬してるのか?」
「なんでそこでルウラが出てくるの?別にあんな手間のかかって世話のし甲斐がある奴なんて地獄にでも落ちればいいと思ってるけど??」
「それは言いすぎだろ・・・」
メルクが揶揄うように軽口をたたくと、思った以上にたたいてしまったのか、ククは一瞬で顔面に熱を持たせ、髪の毛まで赤く染め上げてしまった。
(まぁ、ククの性格を考えるとまだ手間のかかる弟くらいにしか思われていないのかもな。)
心の中で勝手に結論を出したメルクは、その艶やかな毛を携えた羽を広げると、ククの肩から足を放した。
「?どうしたのメルク」
「ちょっとあいつのところ行ってくるよ」
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