第14話 チキンチキン
「おし、じゃあそろそろ始めるか!」
準備運動を終えたルウラがすでに準備が整っているアイルを正面に見据えると、後から羽音のようなものが聞こえてくるのに気が付く。
「どーしたメルク?なんか用?」
「いや、俺も参戦しようかと思ってね」
羽音の正体はメルクが翼を上下に動かす音だった。徐々にその動きを緩めると、そのままルウラの肩に止まった。
「私は別に構わないわよ。こっちもモンちゃんがいるから」
「ピエェェエエエエーーーーー!!」
その提案にアイルが賛成し、鷹のモンちゃんも羽を大きく広げてその精強な鳴き声をもって応えた。
「勝敗はどちらかが戦闘不能になるか、もしくは降参の意を示した場合のみだ。それで構わないな?」
「おう!」「はい!」
審判を務めるのは魔法騎士団団長であるアイドーンのようだ。周囲の団員達もこの特異な状況に深い興味を抱く。
アイルは女性でありながらこの魔法騎士団の中でもかなりの実力を誇る。そのアイルに対して魔力の持たない尻尾付きの少年がどう対抗するのか、本来であれば勝敗は分かり切った対戦カードであるが、ルウラの纏う独特な雰囲気。それに加えて肩に止まる謎の喋るカラス。ブルーダが連れてきた人物ということも相まって、尻尾付きだと軽蔑するような視線を向ける者も多いが、その中でも無意識に彼に対して期待感を抱いてしまっている者もいるようだ。
アイドーンは両者の準備が整ったことを確認すると、片方の手を空高く振り上げて合図とともに振り下ろした。
「────はじめ!!!」
「じゃあメルクはモンちゃんをお願いね」
「りょーかい」
開始の合図とともにルウラの肩から離れたメルクは、その大きな羽をモンちゃんの方へと羽ばたかせ、挑発するように風を巻き起こした。
「くっ────!!すごい風圧ね。どうやらあのカラス君はモンちゃんと遊んでほしいみたい。お願いできる?」
「ピエェェエ──!!」
向こうもメルクからの風圧を挑発と受け取ったのか、不思議なカラスの相手を任されたモンちゃんは、文字通り鋭い鷹の目を視線の先にいる、不遜な態度の同類へとぶつけてやった。
一方、人間同士の戦いになったルウラたちは既にお互いの拳と槍をぶつけ合い、衝突するたびに火花を散らしていた。
アイルの持つ槍はいわゆる長槍と言うもので、そのリーチはかなりのものだ。本来は中距離戦に適した武器ではあるが、巧みに槍を振り回してはルウラの猛攻を防ぎ、隙を見ては喉元に食らいつく。
ルウラも槍使いと戦うのは初めてだったため、そのやりづらさを身をもって体験していた。繰り返し突き出される鋭い刺突を手のひらや拳を使っていなしているが、その全てを完璧に対処できているわけではない。
突き出されるたびにその穂先がどこに伸びるのかが直前までわからないのだ。しかもその飛び出す速度が尋常ではない。ルウラの人並外れた動体視力があるからこそ何とか対応できている。
「あなた本当に尻尾付きなの?信じられないんだけど」
「そんなのどうでもいいだろ?俺が強いっていう事実があれば!」
少しずつ目が慣れたルウラは、今一度繰り出された槍の穂の部分を横から殴るという人間離れした技を見せる。
「なっ!!」
流石のアイルもこんなことまでやられるとは思っていなかった。思わず体勢が崩れてしまったところを狙われ、保っていた距離を一気に縮められた。
しかしアイルもこのままやられるわけではない。穂を殴られたエネルギーを逆に利用して、その勢いのまま身体を反転させるとともに柄の部分でルウラの脇腹を狙う。
「うそでしょ!?あなた骨ないの!?」
しかしそれすらルウラには通用しなかった。ルウラが足を前後に180度開くことで、胴体の部分で横に払われた柄はルウラの頭上を素通りしてしまった。
「ふっ!!」
下半身を地面と接地させたルウラは、後ろに開いた左足を前にもってきてアイルの足を払う。そして右足から繰り出される後ろ蹴りが、宙を舞うアイルを襲った。
「────ッつ!あっぶな!!あなた一体どんな動きしてるのよ・・・」
しかし、寸前で自分とルウラの右足の間に槍を挟み込むことで、何とか直撃を避けたアイルは、地面を削りながら後退していった。
「おい、何だよあの動き」
「尻尾付きだなんて嘘だろこれは…」
これにはルウラに軽蔑の視線を向けていた者も、少しはあがいてくれるのかと淡い期待を抱いていた者も一様に脱帽した。これは審判を務めるアイドーンも例外ではなかった。
(何なんだあの人間離れした動きは。。。魔力で身体能力を底上げしたとしても、あんな動きを出来る奴がどれだけいるのだろうか・・・)
あのような動きは自分にも真似することはできないと心の中で呟くアイドーンは、この少年を連れてきた張本人であるブルーダに顔を向ける。
(いつになく真剣な表情だな・・・ブルーダ様は一体何が目的なんだ。。。)
ブルーダはこういった仕合の際、最前線で声を荒げながら観客として楽しんでいるイメージがあったのだが、今回に限ってはその印象とは正反対だった。
静かに見据えるその視線は、不思議な力を持った黒髪の少年に確かに注がれていた。
そして人間同士の闘いが白熱している傍では、カラスと鷹も負けず劣らずの熱戦が繰り広げられている
と思われたが、
「おい」
「ピ、ピェ!!」
メルクに声を掛けられたモンちゃんは、目の前のカラスを恐れているかのように震えた声で鳴いた。
「よし、そのままこっちまで歩いてこい」
「ピェ・・・」
メルクの命令通り、空を主戦場とする鳥類が地面をペタペタと歩いて相手の元まで向かうその姿は、愛らしいという感情に加えて、人間には到底理解できない上下関係のようなものがあるのかと、見ている者の肝を少し冷やした。
不器用に地を踏みしめるモンちゃんによって、二羽の距離はだんだんと縮まっていった。飛んでこその鳥じゃないのか、そもそも鳥ってなんだっけと思い始めた団員たちは、これから起こる出来事に知らず知らずのうちに意識を持ってかれていた。
「その調子だぞ」
戦闘が始まってから、いやそもそもこれを戦闘と認識してもいいのか分からないが、メルクは自分よりも一回り大きい鳥を目の前にして全く物怖じするわけでなく、その場から一歩も動かずに至って尊大に振る舞う。
メルクに気圧されているのだろう、モンちゃんもその命令に背く素振りを一切見せない。動物としての本能なのだろうか、得体の知れない何かがモンちゃんの中に入り込んでくる。
「鳥同士の儀式でもあるのかしら・・・」
いつの間にかルウラからメルクへと視線が移っていたククも、この理解のできない光景に困惑していた。
モンちゃんが一方的に引っ張られる形で二羽の距離はとうとう無くなった。お互いのくちばしが触れそうになるほど近づいたところで、メルクがくちばしを開く。
「よし、お前じゃ俺に勝つことは不可能だから諦めて一発くr────」
メルクが何かを言おうとしたその時、その太い首を垂したまま従順の意を示していたはずのモンちゃんが、瞳に鈍い光を宿して羽を広げた。
「ピェ────微ぇッ!!」
バシンっ!!!
「まだ喋ってるだろうが」
「「・・・えぇぇ」」
ただ
「おい、あれってホントに鳥なのか」
「いや、人が変化した姿じゃねーのか?」
「あのカラス元々は人間で、呪いによって姿を変えちまったらしいぜ」
噂が噂を呼び、いつの間に「呪いによってカラスの姿を強制させられた古代の英雄」という、訳の分からないイメージをつけられてしまったメルクは、そんな周りの視線など気にならないといったように、未だ戦闘を続けているルウラの方へと顔を向けた。
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