第27話 ルウラの全力

「はぁはぁ、ふーっ...お前めちゃくちゃ強いな。」


ククが死闘を繰り広げていた一方で、中庭に移動したルウラとガウンは激しい攻防を繰り返していた。しかしその戦況はどちらが優勢など火を見るよりも明らかであった。

ルウラは額から流れる汗を腕で拭いながら、忙しなく酸素を循環させる。しかし対するガウンは全く息切れした様子を見せない。この男に体力の限界はあるのだろうか、まるで生命力の塊のようなこの怪物をどう攻略するかルウラは思考する。


「ガハハハッ、当たり前だろう。この鋼のように鍛えられた肉体から放たれる俺様の拳は一発一発が大砲のようなものだ。しかしその頑丈さ、貴様も暴状の祝福が強いのだろう?俺様は他人の魔力を感じ取るなんて面倒なことしなくてもそれくらいわかるのだ!」


言葉を区切るたびに、ガウンは一々全身を見せつけるようなポーズを決めてくる。第三者が見たら余計な体力を使わないのかと異を唱えたくなるが、彼の鍛え抜かれた肉体がそれを真っ向から否定する。


「そういうことなら外れだな。俺はどの祝福も受けてねぇよ」


「な、なんだと。。。つまり尻尾付きというわけか?」


ルウラからの衝撃的な告白に、ガウンは無意識の内に地面を削りながら自分の足を数歩前に進めた。


「おいおい、もしかして泣いてるのか?」


そのガウンの目じりの辺りから、重力に従ってぽたぽたと地面に落ちていく雫をルウラは確認する。ハイド然りマッシュ然り、本当に泣き虫が多いなこの街は、と物憂げに文句を漏らすが、ガウンは震える口からか細い声で何かを呟く。


「...どうした。」


「え?なんて言った??」


ガウンが顔を俯かせながら何かを呟くが、ルウラにはそれが聞き取れなかった。

距離を縮めてもう一度聞こうとすると、ガウンがバッ、と顔を上げて涙やら鼻水やらで顔を濡らしながら、だらしなく叫んだ。


「感動した!!どの傀賢からの祝福も受けずにその強さ!さぞかし地獄のような鍛錬を積んできたのだろう!!」


「別にそんな地獄のような訓練はしてないんだけど。。。」


実際、ルウラは地獄のような訓練を積んだわけではない。村の人間に遊んでもらったり、森に生息する魔物を狩ったり、兄との鍛錬だったり、気が付いたからこれほどの力がついていたのだ。しかし、ガウンはそんなルウラに聞く耳を持たずに更にまくしたてる。


「よって貴様の生き様に敬意を表して、俺様のとっておきを少し見せてやる!」


そう言うと、ガウンは背中を丸めてゔぅ、と呻くと同時にその肉体を更に肥大化させていく。


既に規格外だった肉体が更に大きくなるにつれて、その肌はクリーム色から赤黒く変色していく。

短かった髪の毛も徐々に伸びていき、その姿はまさに鬼のようだ。


いや、鬼そのものだった。


「流石にこれはまずいかもしれないなぁ。」


「ガハハハッ、貴様も全力でかかってこい。でなければ、死ぬぞ?」


その視線だけで相手を射殺せそうなガウンは、肥大化した巨体に似つかわしくないような、とてつもないスピードでルウラに突進してくる。この圧倒的なフィジカルに加えて疾風迅雷を彷彿とさせる超スピード。天は二物を与えず、なんてのは嘘っぱちだった。


「ぐっ────ッ!!」


その災害のような突進を寸前で躱したつもりでいたルウラだったが、自分の腕を見て驚きに顔を染めた。


「気をつけろ、今の俺の攻撃は掠っただけでも致命傷になりうるぜ?」


その言葉通り、ルウラの腕は刃物で切られたかのようにぱっくりと割れていて、そこからは鮮やかな血が流れ出ている。


「なるほどね、これは厄介だな」


「ふっ、思ってもいないことを口に出すな」


ルウラの表情を見たガウンは、すぐさまその言葉を否定した。


それはなぜか、笑っていたからだ。


ガウンの突進に怯えるわけでなく、この体格差に絶望するわけでもなく。むしろこの逆境を楽しんでいるようにも見えた。


「悪いな、こんなに楽しめそうな戦いは久しぶりだからさ」


「やっぱり最高だぜ貴様は!この俺様にお前の力を見せてみろ!!」


ガハハハッ、と両腕を広げて、ルウラのすべてを受ける入れるかのように天を仰ぎ、地が震えるほどの豪快な笑い声を上げる。


「言われなくても見せてやるよ!お前になら力を加減する必要はなさそうだからな」


するとルウラの雰囲気がガラッと変わった。表情からは色が抜け、その金色の瞳が捉えるのは目の前にいるガウンなのか、それとも己自身か。


ルウラ以外は感じることのできない、ルウラだけの特別な魔力が彼の全身を駆け回り、そして熱を孕む。


「メルクにはあんまり使うなって言われてたけど」


この魔法は使った後の代償が大きいため、緊急の場面以外に使うことをメルクに禁じられていた。


しかし今がその時だろう。


ルウラの体内を巡る溢れんばかりの異魔力の激流はとうとう体外に漏れ出し、周囲を巻き込む。その異様さに気付いたのか、ガウンも肌をピりつかせて反応を見せる。


「おいおい、震えるじゃねーか!」


直感だけが生きる指針であるガウンだからだろうか、一般の人間が感じ取ることのできないルウラの異魔力を、その天性の勘の鋭さで拾い上げる。


『愚鈍な阿呆あほうは夢を見る』


そしてルウラは詠唱を開始した。その口から紡がれる言葉は、普段のルウラからは想像できないような厳かな雰囲気で満ち溢れていた。


『夜空を見上げて幾星霜、日輪は彼方と口づけを交わす。無窮の綺羅星きらぼしはその光景を妬み、そして羨望する』


結界に覆われた真っ暗な夜空を見上げ、ルウラは遥か遠い何かに恋い焦がれるように言葉を吐露していく。はたから見るとその姿はまるで恋する乙女のようだ。


『時を踏みつけ、疾く駆け回る』


地面が身震いをする。ルウラの発する声に慄くように、自然までもがルウラの空気に飲まれかける。そして詠唱に呼応するように、その響きは旋律を巻き起こす。ルウラの変わりように感化されたのか、ガウンは全身を大きく広げて咆哮する。


「いいぜぇ!!もっと見せてみろ!!!」


『一線を上回れ、果ての明星エトワールフィーネ!』


そしてルウラは消えた。


直前までここに立っていたルウラは幻だったのだろうか。そう思わせるほどに自然で、そして幻想的な香りが辺りを包みこむ。


「どこに────ッ!!う俱ァっ!!」


何の前触れもなく、ガウンの直感が作用するよりも遥か先を行く何かが、彼の頬に衝撃を与えた。痛みを感じるより先に壁に激突したことに一瞬思考が止まるガウン。そして自分がさっきまで立っていた場所に視線を向けると、そこには拳を強く握っているルウラの姿があった。



「意味ねぇよ、今のお前じゃ俺を捉えることは絶対に出来ない」



ルウラの瞳にはより洗練された輝きが捕らえられ、黒色の頭髪は闇をも食らい尽くしそうなほどの漆黒へ。これほどまでに幻想的な姿が果たしてあるのだろうか。神すらこうべを垂れそうなこの美しさに、ガウンすらルウラの背後に光を見た。


「へぇ、ずいぶん強気じゃねぇか」


しかしすぐに我に返ったガウンは、挑発とも受け取れる言葉をルウラにぶつけながら、ぱらぱらと崩れる瓦礫を身体に受けて、壁に埋もれていた身体を外に出してやった。


「そりゃそうさ。だってお前、天を跨ぐ星々を捕まえることは出来るか?」


ニヤッ、と薄ら笑いを浮かべたルウラ。その視線に捕まったガウンはゾクッと体が縮み上がるのを感じる。


生物として、生態系の頂点に立つような存在であるガウンの喉元に牙を添える。


そしてルウラはその言葉を体現するかの如く、ガウンの目には捉えられないほどのスピードで駆け回り、そして着実にダメージを与えていく。


「ぐっ...ちょこまかとうっとしいぜぇ!」


ガウンは、ルウラの乱打にぐつぐつと怒りの感情を沸き上げる。その感情を吐き出すように、山のように大きな両手で地面を力強く叩き割った。


「ちょっ...!いくら何でも力業すぎるだろ!!」


その地割れはガウンを中心にして広範囲に及び、超スピードで疾走していたルウラの足元にまで及んだ。


一瞬足元をふらつかせたことでルウラは減速をする。ようやくルウラの姿を視界に捕らえることができたガウンは、大好物を見つけた子供の様に、顔に喜色を浮かばせる。


地面を踏みつけ、一気にルウラとの距離を無くしたガウンは、その勢いを殺さないまま、大気ごとルウラを殴りつけた。


「ガハハハッ。おいおい、速さだけじゃねぇのか!今の俺様の拳まで受け止めるなんて信じられねぇぜ!!こんなのダルトさんにも出来ねーぞ!?」


「ダルトだかタルトだか知らねーけど、お前こそあんだけ攻撃食らってよく平気でいられるな!!けどまだまだこんなもんじゃないんだよなぁ!!」


ガウンの拳を正面から受け止めたルウラは更にギアを上げる。


ガウンの前ではいくらスピードを上げたところで、先に自分がバテるのが目に見えていたルウラは、真正面からの乱打戦に切り替える。

この巨体から放たれる一撃一撃が全て必殺。今のルウラにもガウンに匹敵するほどのパワーは備えてあるが、耐久力に関しては完全に向こうに分があった。それが分かっているルウラは、果ての明星エトワールフィーネによって洗練された圧倒的な反射神経をもって、その全てを躱し、この大きな体に一撃でも多く当てる。


その勝利への糸を手繰り寄せるため、ルウラは神経を研ぎ澄ます。


ルウラには自分の異魔力を消費することによって、相手に強制的な命令を下す能力がある。しかしこの魔法?のようなものは消費異魔力が多いため、あまり乱用ができない。それが果ての明星エトワールフィーネを使用している最中ならば、なおさらだ。


だからこそ、この一手が勝負の決め手になると直感で理解していたルウラは、その切り札をぎりぎりまで温める。


そして見えた。絶好のタイミングが。ここぞというタイミングで取っておいたその秘策が、戦況を変えた。


『止まれぇ!!』


「うっ...」


ガウンの横からの大振りを寸前で躱したルウラは、その懐に潜り込んで命令を下した。


「動け俺様の体ぁぁああぁああああ!!!!」


ルウラの体は既に切り傷だらけだった。ガウンの拳によって生まれた風圧がルウラの肌を傷つけていたのだ。


しかし、そんなこと今はどうだっていい。どれだけ肌から血が垂れ流れようが、どれだけ筋肉が悲鳴を上げようが、全てがどうでもいい。

ガウンが何かを叫んでいるが、それすらルウラの耳には届かない。


揺れる金瞳の一筋が夜気に残る。握りしめた拳からは、爪が皮膚に食い込んだのか血がぽたぽたと滴り落ちる。


「お前にこれが耐えられるか?」


砂煙が辺りを覆う中、光り輝く宝石のようにルウラの拳が存在感を露わにする。

拳から溢れる煌々こうこうたる輝きは、周囲を明るく照らす太陽か、それともその一切合切を焼き尽くす悪魔の炎か。


重力に従って落ちていく鮮血、その量と比例するように拳を覆う光は輝きを増していく。

そしてルウラの拳がガウンの生身の鎧に触れた。


「吹っ飛べぇぇぇええええぇぇええ!!!!」


ルウラの全体重を乗せた渾身の一撃がガウンに直撃し、拳と地面に挟まれる形でガウンの体は冷たい土の上に叩きつけられた。


「がはっ...!!ぐっ、、、くそがぉ...」


ガウンは肺から逃げ出す空気と共に、上から見下ろすルウラに対して悔しさの感情が籠った、言葉とも似つかない何かを吐いた。


ルウラは地面に向かって打ち付けた拳を、何とか重力に逆らって持ち上げる。これだけの動作なのに、体がものすごく重く感じる。もしかしたらここだけ重力が十倍なのかと疑うほどである。



「はぁ、はぁ、もう動かねーや。」



そしてガウンの意識の有無を確認する余力すらなく、背中を預けることができる壁のあるところまで、覚束ない足取りで何とかたどり着いたルウラ。

ガウンから十数メートル離れたところで崩れるように腰を下ろしたルウラは、激しく呼吸を繰り返すことで、何とか乱れた呼吸を整える。


少しでも早く呼吸を整えようと、体中の神経をその行為に注ぎ込んでいたルウラの耳には、自身の心臓が一定のリズムで刻む鼓動の音だけが響いていた。

しかし、鼓動の音だけが響いてたはずの脳内に、誰かが自分の元へ近づいてくるような不規則な足音が聞こえてきた。




一番書きたかったルウラの戦闘シーンが書けたのでとりあえず満足です!!『かっけーーー』と思ったらぜひレビュー等よろしくお願いいたします。

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