第26話 罠!?

突然飛び出したルウラがガウンと呼ばれた大男に対して、鋭いパンチを繰り出した。

それに呼応するように突き出された拳が二人の間で衝突する。


その波紋は衝撃波のように広がり、荒々しい余波が周囲を襲う。


「ちっちぇくせにいい拳持ってんじゃねぇか!」


「うるせぇ!体の大きさは関係ねぇだろ!」


二人は周りのことなど一切気にせずに戦闘を続ける。お互いの拳がぶつかり合うたびに、その波動が周りに伝播し、争いの空気感を加速させる。


それを見兼ねたのか、ルネットが彼らに対して強い言葉を吐く。


「もう、他のところでやってくれませんか?少しは周りのことも考えてください」


「ははっ、そうだな!どうだ少年。もっと広い場所に移動しようではないか!」


「その話乗った!」


ルウラとガウンの脳筋二人組は、ルネットの指示通りに今いる場所よりも奥にある、中庭の方へと走って行ってしまった。



「おいお前!勝手に出しゃばってんじゃねぇ────ッ!!」


「へっへっへ、おめぇみたいなチビ助にガウン様の邪魔はさせねぇよ!」


「そうだぜガキンチョ。怖かったらママを呼んでもいいんだぜ?」


「チ、チビ助?ガキンチョ?その発言を後悔したってもう遅いからな...!」


何の合図もなく飛び出したルウラを諫めようと前に出たマッシュだったが、それはガウンたちの部下であろう、カルマの集団に邪魔をされた。




「この中だとあなたが一番厄介そうですね。私が相手をさせていただきます。」


「女だからと容赦するつもりはないぞ。」


ルネットとアイドーンの視線が交わり、お互いの距離が少しずつ縮まる。

それを指し示すようにアイドーンが腰に携えた剣を鞘から抜き、そして構える。


「えぇ、構いませんよ。あなた達はあの娘さんを殺しておいてください。ネミコさんの尻拭いをするのは嫌ですが、あのお方に嫌われるよりは百倍マシです」


「「了解です姐さん!!」」


ルネットに指示された部下たちは矢のように飛び出して、ククへと迫っていった。



それぞれの場所で戦闘が始まり、リキとボーレも戦っている。

その光景を少し下がったところで眺めていたククは、徐々に体の筋肉が弛緩していくのを感じて、脳みそが冷静な思考を運んでくれるまでになった。


だからこそこの光景に違和感を覚えた。


(けれど彼らは何のためにこの学院を襲ってるのかしら。)


「くっ────ッ!!考え事をしてたんだから邪魔しないでほしいんだけど」


その思考を邪魔するように、ルネットに指示された配下たちがククに襲い掛かってきた。


ククは自分の頬をなぞり、そこから流れる血を拭う。


「ちっ、掠っただけか。だが、考え事ならあの世でいくらでもしてくれていいぜ。今は俺たちに集中してくれよ」


「あっそう。この中だと一番弱いかもしれないけど、なめてると痛い目見るわよ」


ククは腰にある剣を抜き、その鋭い切っ先を視線と共に相手に向ける。


相手は全部で10人ほどだろうか、一人一人の戦闘力はククに及ばずとも、これだけの人数に一斉に襲われれば、流石のククも危ないかもしれない。

しかし贅沢を言っている状況でもない。この場にいる全員が己の役割を果たすために敵と戦っているのだ。


ククは覚悟を決めて、その決意を表すように剣を強く握りなおす。


身体能力向上Ⅱヒート・ドヴァー


ククは、魔法実習の時に見せた"身体能力向上Ⅰヒート・アジーン"より、一段階上の強化魔法を身に纏う。


圧倒的な機動力をもって敵を翻弄するクク。敵はその動きを目で追うのがいっぱいだ。突如現れてはその剣で敵を切りつけ、時に水魔法を織り交ぜながら確実に相手にダメージを与えていく。


「クッソ、ちょこまか動いてねぇで正々堂々と戦え!」


「この女中々手強いぞ!!」




(これならいける。。。)


この段階で手も足も出ない敵との戦力差を把握したククは、一気に決着をつけるためそのスピードをさらにもう一つ上げようとした。


しかし、何事もそんなに上手くいくわけがなかった。


(はぁ...はぁ、なんだか、視界がぼやけるわ。)


ククは、自分の様子が少しずつおかしくなっているのを感じた。ついさっきまで明瞭だった視界が、もやがかかったように塞がっていく。

気が付いたら絹のように滑らかな肌には、痛々しい生傷が増えていき、体の動きも鈍っていた。


「ぐはっ────ッ!!」


とうとう身体能力向上Ⅱヒート・ドヴァーまで解除され、足元がふらついた一瞬を狙われたククは、みぞおちを抉るように蹴られる。


そのまま球のように地面を弾んでいき、壁にぶつかることでようやくその勢いが止まった。


「何を、したのよ。。。」


「へへへっ、ようやく効いてきたか」


最初にククの頬をナイフで切り付けた男が、ニタニタと笑みを浮かべながらそのナイフを舌で舐める。


(まずいわね・・・近くには誰もいない。。。)


戦闘が始まってからかなり時間も経ち、周囲には助けを求める味方が一人もいないことに気付く。



「まさか、、、毒が塗ってあったのね」


ククは神秘の祝福の割合が高くないため、高度な回復魔法を使うことはできないが、時間を掛ければ今の状態でも毒を緩和することくらいなら可能だ。

そのために少しでも会話を長引かせて、解毒のための時間を稼ごうとするクク。


「正解だぜお嬢ちゃん。このナイフにはなぁ、東の乾燥地帯に生息する毒性の花から抽出したものをまんべんなく塗ってあるん...駄よぉ。」



「何やってんだよアホぉ!!」


「今自分で説明したばっかりだよねぇ!!」


「自分のナイフを舐めさせるなんて卑怯だぞお前!!」


墓穴を掘るとはまさにこのことだろう。自分が用意した罠に自ら嵌ってしまった男は、地面にその体を寝かせてぴくぴくと身体を痙攣させる。


自分で毒を塗ったナイフを自分で舐めとるなど、どれだけマゾな気質のある人間でもなかなか到達できる領域ではない。


(よく分からないけど今しかないわ!)


約一名、『卑怯』など見当はずれなことを言っている奴がいるがそんなの関係ない。チャンスは今しかないだろう、ククは解毒の処置をいったん中断すると別の魔法に切り替えた。


揺れる視界、震える身体。もはや満身創痍と言っても過言ではないだろう。

それでも魔力を練ることをやめない。この程度の練度で倒せるほど甘くないことはククが一番理解している。


(まだ、、、もう少し。。。)


「お、おい!あいつ何かしようとしてるぞ!!」


「くっそ、今すぐ息の根を止めろ!!」


ククが魔力を練り、何かをしでかそうとしていることに、どうやら敵も気が付いたようだ。

地面に横たわる男を置いて、残りの全員がクク目掛けて飛び込んでくる。


「・・・ふぅ、もう遅いわよ」


ククの背中に顕現するのは水で出来た五つの三叉槍。その先端では、暴風が吹き荒れるほどの渦が巻き起こる。


そしてククは震える手を何とか重力に逆らって持ち上げる。その手が指し示す先は、言うまでもなく目の前に蔓延る塵芥。


そのゴミを吹き飛ばすように、ククは掠れる声に無理を利かせ、声高らかに叫んだ。



水流の三叉槍トリアイナ・五連!!』


ククが手を振り下げると同時に、五つの三叉槍が一斉に発射していった。


「愚わぁぁあ!!」


「ぶ屁ぇっ...!!」


ククが放った槍は大気を引き裂き、大地を抉る。その勢いはとどまることを知らず、敵を全員吹き飛ばしても尚、止まることがなかった。



ドガァァァアアアアアァァアン



「はぁ...はぁ、もう起きられないでしょう。」


校舎に激突することでようやく槍が消滅したのを見届けたククは、敵の意識が無くなっていることを確認して毒の治療を施した。




「ふぅ、これで毒は大丈夫かしら。」


じっくり回復魔法を掛けることで体内に巡る毒を消し去ったククは、両手を膝に当てることで、身体を支えながらなんとかその場に立ち上がった。


そしてククは地面に倒れ伏す男たちを眺めながら、『融魂の業カルマ』がこの学院を襲撃した理由を考えた。


「よいしょっと、それよりもこいつらはどうしてこの学院を襲ったのかしら。お父さんが目的ならわざわざこっちまで襲う必要はないはずなのに。。。まぁどうしてお父さんを狙うのかも分かってないんだけど」


理由は分からないが、『融魂の業カルマ』の襲撃の目的は父であるライの命を奪うことだ。だとしたらこの学院を狙う必要があるのか、とククは疑問に思った。


「そういえば学院を襲った連中は黒いローブを着ていなかったわね。でもガウンとか呼ばれていた男の肩にはカルマの証である黒丸の印が刻まれていたから、連中で間違いないはず」


ククは、ふと学院を襲った『融魂の業カルマ』の連中がローブを身に着けていなかったことを思い出す。


「待って、、、そういえばハイドもあの時、同じローブを身に着けていたわね。」


ハイドとは、ルウラとククが初めて出会った時に敵の護衛を務めていた探索者のことだ。ギルド内での一件もあり、その後一緒に食事をする機会が何回かあり、なんだかんだ仲良くなっていた。


何かが徐々に繋がっていく感覚がする。ククはルウラと出会った時のことを思い出し、その時のハイドのことが頭に引っかかって仕方なかった。


「やっぱりおかしいのよ、、、あれだけの隠密魔法の実力者なら名前くらい私の耳にも届くはず」


そう、ハイドという男の隠密魔法は、同じ魔動車に乗っていたククを騙すほどの超高度なものだった。曲がりなりにも学院で一番の実力者であるククが、名前も聞いたことの無いような探索者の隠密魔法に、こうも簡単に引っかかるわけがないのだ。


「『融魂の業カルマ』の目的は父の殺害。そして・・・はっ...まずいかもしれないわ!!」



「ゔぇ、、、」


「ぐはっ」


「あっ、漏れt。。。」


ククの頭の中で複雑に絡まっていた謎は、少しずつほどいていくことで真っすぐな一本の線になった。その考えが合っているかを確かめるため、目の前に寝転がっている集団をアリのように踏みつぶしながら、ククは急いである場所へと向かっていった。


















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