第25話 さらなる襲撃

「・・・いやほら、俺たちに聞くことは何もないのか?その、ギルドで偶然会った時もお前のこと避けちまっただろ?」


「・・・」


「・・・」


「え、ほんとに何も聞かないのか?」


周りの無言の圧力に飲み込まれそうになるマッシュは、自分の目に潤いが生まれていることに気が付いていない。


「....っ....!そんな....そんな冷たい目で俺のことを見るなよぉぉお!!」


その潤いはさらに蓄えられ、マッシュの瞳から大粒の涙となって彼の頬を伝った。


後ろで立っていたリキに抱き着くと、彼の服で涙と鼻水を拭きだす様子は、まるで親に甘える子のようだ。リキの全く変わらない表情が、その情景をさらに彷彿とさせる。


「なぁクク、ここら辺の人間はなんでどいつもこいつもすぐ泣くんだ」


ハイドの一件もあり、どうやらルウラはこの街には泣き虫が多いという印象がついてしまったらしい。


「昔からすぐ泣く人だったのよ、まぁこの年になってまでこうだとは思わなかったけど」


『白の霹靂』のメンバーは全員25歳という、探索者の中ではまだまだ若手だが、17歳であるククから見れば十分な大人に見える。そんな人間が鼻水を垂らしながら同い年のメンバーに泣きながら抱き着いているのだから、ククが口端をひくひくさせながら苦笑いを浮かべるのも仕方がないと思う。


「安心してマッシュ。あなた達が父に頼まれてへラブに戻ってきたことはもう知ってるから」


「な、なんだよ。俺たちが調査のためにここに戻ってきたこと学院長は結局バラしたのか。じゃあ俺たちのこと怒ってないか?」


マッシュがリキの背後からひょっこり顔を出して恐る恐る聞くと、ククは目を細めて柔らかく笑った。


「あなた達のことは別に怒ってないわよ、お父さんの我儘に付き合ってもらっただけなんだし」


「そうだよな!ったくあのおっさんも無茶言うぜ。ククにバレないようにとかなんとか────っ!何すんだよリキ!」


調子に乗って意気揚々と喋るマッシュにくぎを刺すように、リキがマッシュの頭にトンカチのような拳骨をくらわせた。


「お前は一回静かにしろ。それよりもクク、そっちはどうなっているんだ。」


そっちというのは、リーナが向かったアンセット宅のことを聞いたのだろう。


目まぐるしく変わる状況に気を持っていかれていて、そのことをすっかり失念していたククは、そのくっきりとした目鼻立ちに暗い影を落とした。


「それが消えてしまったの。色々あって私とルウラは一旦家から離れたんだけど。十分くらいかしら。戻ったら誰も彼もが消えていたの」


「消えていた!?一体どういうことだ」


「ねぇねぇ、さっきから話についていけないんだけど。学院長は家に帰ったんじゃないの?」


融魂の業カルマ』について何も知らないボーレがこの会話についていけないのは無理もないだろう。その大きな体をオロオロとさせながら首を左右に振っている。


ククがこの状況をどう説明しようか迷っていると、その思考を遮断するように、凶悪

な何かがククの心臓を鷲掴みにした。



「────ッ!!」



ブリキの人形のような歪な動きで気配のする方へと首を寄こすと、大きな影と小さな影が、同じ歩調でコツコツと骨を振動させるような足音と共に近づいてくる。


「やだ、誰かしらこの人たち」


「話し合っている余裕はなさそうだな、各々戦闘態勢を取っておけ」


アイドーンに言われて、この場にいる五人、全員が戦闘態勢を取る。


しかしそこでククは自分の違和感に気付く。


(あ、あれ。いつもどうやって構えてたっけ)


原因は不明。ククは普段通りに構えようと手や足を動かすが、それぞれが意志を持ったようにまるで言うことを聞いてくれない。不安に思ったククは、横に並ぶ仲間へと視線を流した。


アイドーンにボーレ、それにルウラと『白の霹靂』の二人も先程までの表情とは一変し、戦士の顔へと移り変わっていた。


ククはその光景を見て、ようやく自分が恐怖を抱いていることに気が付いた。学院では常に一番、他の追随を許さないほどの実力者だったククは、ここではただの赤子同然。今まで積み上げてきた自信が徐々に崩れていくのを実感する。


自分は井の中の蛙だった。ルウラと出会ってからそれは強く感じていた。この程度の実力でどうやって父を救うというのだろうか。そうしてククは自己嫌悪の渦に囚われていく。



「おいおい、これっぽちしかいないなんて聞いてねぇぜ」


「うるさいですよガウン、あの方はそんなこと一言も言ってなかったでしょ────ってあれ?あの子ってライさんの娘さんじゃないかしら?どうしてここにいるのかしら」



「────ッ!!」


小さいほうの影は至って普通の見た目をした女性だった。長い髪の毛を左右に分けて、肩のあたりに垂らしている。そして眼鏡の位置を直すように両手で智の部分を持ち上げる。こんな見た目で街中を歩いていても、印象にすら残らないだろう。

しかし眼鏡越しに向けられるその視線には確かな力強さがあり、まるで針で全身を突き刺されているような感覚があった。


「クク、しっかりしろ!」


「え?」


なんとか自分に襲い掛かる恐怖を覆い隠すように、その上から虚勢を張るククだったが、どうやらルウラにはバレていたらしい。ククの視線は前を向いているが、ルウラの言葉は確かにククの元へ届いた。


「お父さん救うんだろ?この程度でビビってるようだとお前はお留守番にするぞ」


少し棘はあるが、今のククにとってはこれくらいの刺激がちょうどいい。その言葉はククの耳を通って、彼女の内側を確かに温めた。

実際に体温が上がったわけでもない、ルウラの言葉がククを自己嫌悪の渦から掬い上げたのだ。


やはりルウラの言葉には人を動かす何かがあるんだ。


そう思うと、暗闇に閉じ込められたククの視界はぼんやりとだが徐々に明るくなっていく。そしてその視線が捕らえる先には、ついさっきまで目を合わせることすらできなかった敵の姿がある。


「・・・うるさいわね、余計なお世話よ」


「えっ、余計なお世話だった...??」


若干しょんぼりしているルウラを無視して、赤く蒸気する身体を落ち着かせるように、ククは深呼吸をすることで呼吸を整える。


「もしかしてまたネミコさんは失敗したのかしら。確かライさんと一緒に殺すのがあの人の役目だったはずなんですが・・・はぁ、どこまであのお方に迷惑を掛ければ気が済むのやら」


「ガハハハッ、いいじゃねぇか。その分遊び相手が一人増えたんだ!喜べよルネット!」


「私をあなたのような脳筋と一緒にしないでください。まぁささっと終わらせてしまいましょう。皆さんも手伝ってくださいね」


その言葉に応えるように、建物の陰や木の裏から、『融魂の業カルマ』の集団がウジ虫のように湧いて出てきた。


「ガハハハッ、お前ら!俺たちの凄さをこの雑魚共に見せつけてやろうぜ!!」


「「はい、ガウン様!!」」


「よしお前ら、まずはガウン式ポーズで相手を威嚇するんだ!」


「「はい、ガウン様!!」」


ふんっ、という荒い鼻息と共に、彼らはこちらを向いて足を横に広げ、それと同じように両手を地面と水平にして左右に伸ばす。ルウラたちから見たら『大』のような形をしているだろう。


そして極めつけの一言を放った。


「ガウン様は最強!!」


「「ガウン様は最強!!」」


「・・・」


「か、かっけぇ」


「・・・」


約一名、このポーズに見惚れる謎の感性を持ったアホがいるみたいだが、何とも馬鹿馬鹿しい格好だろうか。しかし、その姿かたちはまさに修羅の如く。三メートルを超える巨体のボーレよりも更に一回り大きく、その筋肉は山のように盛り上がり、肉体を覆う筋肉繊維が痛い痛いと悲鳴を上げている。


まさに泣く子も黙るような圧迫感が、彼の周囲には放たれていた。


「はぁ、何度も言いますけど恥ずかしいんでそれやめてください。こんなのと仲間だと思われる私の身にもなって欲しいです」


「そんな小さなこと気にするな!よし、じゃあ誰から始めるん────ッ!!」


その時だった。ククの視線の端から、この巨大な怪物に比べたら豆粒程度の大きさしかないような小さな弾丸が飛び出していった。



────ドォォォォオン



「おうおう、オチビちゃんが最初か」


その影の正体はルウラだった。傍から見たら魔王に挑む村人Aのような構図だろうか。何をつけ足しても埋められないほどの体格差が、彼我の戦力差を容易に想像させる。


しかし、現実と想像は非なるもの。ルウラが突き出した拳に対して、鏡合わせのようにその大きな拳を重ね合わせるガウン。しかし村人Aだと思われたルウラの力は目の前の化け物に全く引けを取ることはなく、その両者の力比べは拮抗する。そんなルウラにガウンは野生的な笑みと共に、好奇のまなざしを向ける。


「燃えるじゃねぇかオチビちゃん!!」


「オチビちゃんじゃない、俺の名前はルウラだ!よろしく!」






いつも読んでいただきありがとうございます。今日は何とか27話まで更新するつもりです。応援のつもりでハートやレビュー等してくれたら死ぬほどうれしいです。まじで。

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