第28話 目的!?

「ルウラ、大丈夫なの!?」


「あれ、クク!なんでお前がここにいるんだよ」


足音の正体はククだった。ガウンとの戦闘を終え、疲労困ぱいといった様子のルウラの目の前に現れたククの登場はルウラにとって予想外のものだった。


「それよりあなた大丈夫なの!?傷だらけじゃない!」


ククはルウラの元に近づくと、全身にくまなく刻まれた切り傷を見て驚愕した。


「全然大丈夫だって。ていうか身体揺らさ...ちょ、マジで」


「あぁ、ごめんなさい」


ククに激しく体を揺らされたルウラは、胃の中の何かがせりあがってくるのを感じた。せっかく整ってきた呼吸が台無しになってしまい、再度深呼吸をすることでもう一度安定した状態に戻る。


「ところでルウラ、あの男はどこに行ったの?」


ククがこの場についてまず思ったのは、ルウラと戦闘をしていたはずのガウンの姿がどこにも見えないことだ。ルウラが回復したのを確認したククは、彼と戦っていたはずのガウンがどこに消えたのかを尋ねた。


「あの男?あぁ、そこでぐっすり寝てるだろ」


ルウラは一部人型にくりぬかれた地面の方へ顎を向けると、ククは怪訝そうにその方向に歩いて行った。


「寝てるって、、、あなたは一体何を言って...いるの...」


ルウラが指し示す方まで歩いて行ったククは、目の前に広がる光景を見て、その異常さに眼球が飛び出そうなほど驚愕した。


「うそ・・・これを本当にあなた一人でやったの??」


そこにはルウラの言った通り、鋼の様な肉体に凄絶な拳の跡が刻み込まれたガウンが、完全に地面に埋まった状態で天を仰ぎながら気を失っていた。


「ふっ、俺にとっちゃこれくらい朝飯前なのよ!」


わっはっは、と豪快にルウラは笑い飛ばすが、ククは自分の目で確認しても尚、これがルウラ一人による仕業だとは到底信じられなかった。この大男を目にしたときの恐怖は未だに脳裏に刻み込まれている。足は震え、呼吸は浅くなり、捕食者に追い詰められた小動物のような気分になった。


それほどの脅威を自分よりも年が若く、こんなにも細い線をした少年がたった一人で倒した?本当にそんなことがあり得るのだろうか。


(こんなのリキやマッシュでもきついんじゃないかしら。。。)


『白の霹靂』のリーダーであるリーナならまだしも、探索者の中でかなり上位に位置する彼ら二人がかりでも、この大男を相手にするのは困難を極めるに違いない。

ルウラの規格外なところには多少慣れたと思っていたククだが、その認識は改めなけらばならないらしい。


「って今はそんなこと気にしてる場合じゃないでしょ私!」


ルウラのせいでここまで来た目的がすっかり頭から抜けていたククだが、自分の頬を両手で挟むことで何とか我に返った。


「お前ってほんと独り言多いよなぁ」


「あなたのせいだから!!!」


人の気も知れずにへらへらしているルウラを見ると、また意識がルウラに持っていかれそうになったが、すんでのところで踏みとどまった。


「ッ...!!ふぅ、危ない危ない。それよりも立てるかしら。急いで確認したいことがあるの」


「全然よゆーだから。それより確認したいことって何?」


顔は平然を装っているが、実際そこまで余裕があるわけではないのだろう。壁に手を付けながら立ち上がるルウラを見てククは少し不安に思うが、今は我慢してもらうしかない。


「あいつらがこの学院を襲った目的が分かったかもしれないの。今すぐその場所まで向かうからあなたにもついてきて...ほし..い」



がらんっ、とククの後方から瓦礫が崩れるような物音が聞こえる。



ククはここまで全速力で走ってきた訳をルウラにも共有し、その目的地まで急いで向かおうとしていた。

しかし、それを拒絶するように後ろから起き上がるが大きく息を吸って吐く。


「ははっ、あんだけ食らってもう平気なのかよ。俺だってまだ全快じゃないのに」


ククと同じく、ルウラも音のする方向へ視線を向け、好戦的な笑みをその対象にぶつけてやった。しかしその表情に覇気はなく、虚勢を張るのが精いっぱいだった。


「ガハハハッ、十分寝かせてもらったからな!!・・・ん?そこにいるのは、確かライとかいうやつの娘だったな!丁度いい!ダルトからはお前も殺すように命令されていたのを思い出した!」


身体に付着している瓦礫やほこりなどを払い落としたガウンは、すでにルウラと全力で戦った時の形態ではなく、初めて出会った時の形態に戻っていた。そしてさっきまでいなかったククを視界に入れると、ガウンは指を差しながらその大きな声を響かせた。


「私も殺すように・・・?けれどその口ぶりだと私がここにいることは偶々だったみたいね」


ククは震える身体を何とか制御しつつ、その恐怖に呑み込まれないように一言ずつ丁寧に言葉を発した。


「そうだぜ、お前のことはネミコの奴が父親と一緒に始末するつもりだったからな。俺たちはここに併設している施設のガキどもを頂戴するためにこの学院を襲ったのさ!!」


「えーー!!お前それ本当かよ!!」


「やっぱりそうだったのね・・・」


まさか施設の子供が目的だとは一瞬たりとも思いつかなかったルウラ、というか相手の目的を考えようとすらしていなかったルウラはガウンの衝撃的な発言に、耳元で爆弾が破裂したような驚きを見せた。


しかしそれとは対照的に、ククはそのことが分かっていたかのように、気持ちは自分でも驚くほどに冷静であった。


「やっぱりって。お前こいつらの目的知ってたなら、どうして教えてくれなかったんだよ!」


「それを伝えるためにここまで全速力で走ってきたのよ!!」


なるほどぉ、とルウラは納得したようにゆっくり首を上下させる。しかしその過程で疑問に思ったことを一つククに尋ねた。


「ていうか何でこいつらの目的が子供たちだってわかったんだよ」


ルウラがそう聞くと、ゆっくりと、そして確かな口調でククが答える。


「私たちが初めて会った時のこと覚えてるわよね?」


「初めて会った時?あぁ、お前が魔動車の中で縛られてたやつだろ?あの時はビビったねー、まさか村の外の人間は全員ああいう趣味を持ってるのかと思ったよ」


出会ったのはつい最近なのだが、ルウラは思い出に浸るように、感慨深くその光景を頭に思い浮かべた。


「そ、そんなわけないでしょ!それよりあの時ハイドがこいつらの下っ端たちの護衛をしていたわよね?」


「もちろん覚えてるよ。あいつ俺の言葉で大泣きしてたもんな」


今度はギルドで起こったハイドとのやり取りを思い出したルウラは、うんうんと頷きながら愉悦に浸る。


「ほんとに刺すわよあなた。。。とりあえずハイドに関して疑問に思ったことがあったのよ」


「疑問?」


ハイドに対して泣き虫という印象しかないルウラは、それ以外に彼に対して疑問に思うことなど何もなかったため、眉をひそめながらククの言葉を繰り返した。


「えぇ。私が『融魂の業カルマ』の連中にわざと捕まってた時、彼も魔動車に同乗していたと言ってたでしょ?」


「確かにそんなこと言ってたような」


ルウラは首をひねりながら、薄れかかった記憶からなんとかその時のことを思い出す。


確かに『ひどいなぁ、ずっと一緒に魔動車に乗ってたじゃないか』というセリフをククに対して言っていたなぁと、ルウラはぼんやりと記憶から蘇らせた。



「けどやっぱりおかしいのよ、いくら彼が隠密の魔法に長けていたとしても、ずっと一緒の空間にいたなら私が気付かないわけがない」


ククは、あの時に感じたハイドの隠密魔法の精密さに違和感を覚えていた。あれほどの隠密魔法の使い手ならば名前くらいは聞いたことがあるはずだ。しかし実際は彼の名前はおろか、顔すら初めて見るくらいだった。


「そして彼は『融魂の業カルマ』と同じ真っ黒のローブを身に纏っていた。つまりあのローブには隠密魔法の効果を促進させるのか、もしくは着用した者の存在感を希薄にさせる能力のようなものが備わっているはず」


その予想を確かなものにするため、ククは更に言葉を続ける。


「それにさっきの襲撃だってそう。お父さんは魔力が体外に放出できない呪いにかかかっているだけで、周囲の魔力を感知することくらいならできるはず。あんな人でも魔力の扱いに関しては、私でも全く敵わないから」


「なるほど!つまりどういうことなの?」


ここまで言ってもまだ分からないルウラに呆れつつも、ククは丁寧に説明をした。


「はぁ、食事の時も話したでしょ?から聞いた内容によると、『融魂の業カルマ』は孤児を攫う悪い組織だって。そう考えたら辻褄が合うのよ」


「あぁ!この戦い自体が囮ってことか!」


ようやくククの言わんとすることが理解できたのか、ルウラは右の手のひらをもう片方の拳で叩いた。


「そういうこと。彼らの目的がここにいる誰かならば、ローブを身に着けて奇襲でもなんでもすればいいわけだし。その存在感を隠すことなく現れたとなると、私にはこここの施設が目的としか考えられない。もしかしたらサンタを攫ったのも人質以外の使い道があったからなのかも。もちろん、今の話はこいつらが身に着けているローブが、気配を消す能力がある前提なんだけどね。ハイドに聞いておけばよかったわ」


そしてククはその仮説を確かめるように、ガウンの方へと顔を向けた。

しかし、彼は腕を組んでその大きな瞳を閉じながら、何かを考えこんでいるようだった。


「・・・」


「・・・」



「お前寝てるだろぉ!!」


「はっ!ね、寝てなどいない!!貴様たちの話はよーくわかったぞ。」


「じゃあ俺たちが何の話してたのか言ってみろよ!」


「そ、それはだな・・・知らん!!貴様らの話など全く持って興味がないのだからな!!」


「こいつ完全に開き直ったよな。」


「えぇ、どうしてあんな清々しい顔ができるのかしら。」


ルウラたちがコソコソと話している一方で、ガウンはガハハハッ、と豪快に笑い声を上げていた。


「じゃあもう一度聞くけど、あなた達の目的はここの施設の子供たちなのかしら?それともほかに何か目的が?まぁそこまで詳しくは教えてくれないだろうけ────」


「よく分かったな!ふふふっ、まさか最高幹部である俺様とルネットが囮に使われるなど想像もつかなかっただろう!!」




「「・・・は?」」




ルウラとククはポカーンとした表情で、ガウンに乾いた視線を向けた。




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