第29話 第二ラウンド突入??

「なぁクク、もしかしてあいつ結構いい奴なんじゃないか?」


「そんなわけないでしょ!でも嘘をつくようなタイプにも見えないし。。。」


ククは清々しいほどペラペラとこの学院を襲った目的を話すガウンを見て、この言葉をそのまま受け取っていいのか否か、これ以上ないほど悩まされる。


「もう一度聞くけど、本当にあなた達の目的はここにいる子供たちを連れ去ることなのよね?」


「くどいな、そう言っているだろうが。今頃、伏魔ふくまのローブを纏った連中が攫っている最中だろう。いや、すでに終わっているかもしれないな」


ガウンの発言で確信を得たククは、もう一歩踏み込んでみる。


「ならもう一つ聞くけれど、あなたはどうして私たちにそんな重要な情報を話すのかしら」


その質問を待ってましたと言わんばかりに、ガウンは口を横に広げて両頬にたくさんの肉を寄せると得意げに笑ってみせた。


「俺様が最強だからさ!」


「・・・はぁ」


まるで答えになっていない返答に、ククはため息交じりで辟易とする。


「まずだな、組織に入ったらディオッゾから洗礼を受けなければならない。あいつは俺様たちの中で随一の呪法師だからな」


「ディオッゾ?洗礼?」


ククは先ほどから話に付いてくことが出来ず、ガウンの言葉を繰り返すオウムのようになっていた。ルウラに関してはもう目の焦点すら合わなくなってきている。


「そうだ、しかし洗礼とは名ばかりの呪いだがな。俺様たちの組織は世間的にタブーとされていることばかりを研究しているらしい。俺は何も考えずに暴れたいという理由で加入したから詳しくは知らんが。つまり組織に嫌気がさしたからと言って逃げ出すことなどあってはならない」


融魂の業カルマ』という謎の組織のことが少しずつ明らかになっていくことに、ククは言葉では表すことのできない不安のようなものを覚えた。


「そこで呪いの出番ってわけだ。もちろん脱走者は全員始末が前提だが、その保険として呪いがある。ディオッゾによる高等呪法によって、一度組織に加入した者は呪いが解けない限り、組織に関する一切を外部に漏らすことが出来なくなる」


「でもおかしいわ。カルマのことを外部に漏らすことができないと言いつつ、あなたはその情報を私たちに開示している。ここまで分かりやすい矛盾もないわ」


そう、ククの言う通りガウンは現在進行形で矛盾を発生させていた。

ガウンの言う通りならば、彼自身にもその呪いとやらがかかっているはずなのだ。

しかしそのククの言葉を聞いたガウンは、今日一番の得意顔をその大きな顔に浮かべ、両手の親指で自分自身を指す。


「よくぞ聞いてくれた!俺様は組織の中で唯一ディオッゾの呪いを受けていないのさ!だからこうして組織に関することを貴様たちにも伝えることができる」


ガハハハッ、と一笑いしたガウンは、更に言葉を続ける。


「こう見えてな、俺様はあまり頭脳を使うのが得意ではない。組織に加入した直後はディオッゾの呪法を受けていたのだが、俺様のあまりの破天荒ぶりに呆れた組織が呪いを解いたってわけさ」



ガウンの話によると、体内に埋め込まれた呪いというのは組織の情報を外部に漏らすことがトリガーとなるらしい。組織のことを全く関係のない人間に話そうとすると、その呪いが発動して体内に宿る魔力を乱す。魔力とは魂と最も強く結びつけられたもの。

その魔力が乱されるとは、すなわち魂を汚されることと同義である。感情を壊し、人格を否定し、そして最終的には死に至る。

つまり話すことができないというより、その情報を伝える前に死に至ってしまうというのが正しい解釈だろう。


「何度も組織の情報を外部に漏らしかけ、その度に死にかけていたからな。そういった経緯があり、俺様には何の縛りがないというわけだ!」


これまでの話を聞いてククはさらにもう一つの疑問を抱いた。


「それでも納得できないわ。そうまでして隠したい組織の情報が、あなたのせいで外部に漏れてしまっている。よく切り捨てられていないわね」


しかしククの疑問に対して、ガウンは川が上から下へと流れるが如く、さも当たり前のようにその質問に答えた。


「死人に口なしと言うだろう?」


「・・・なるほどね。随分な自信家さんなことで」


その淡々とした口調に、ククは思わず冷や汗をかく。

つまりガウンは、一度目を付けた相手は絶対に逃がさないということだろう。

その傲慢ともとれる発言に、ククは反論をするための適当な言葉が見つからなかった。何故ならばそれを体現するだけの力が彼には備わっているから。



「どっちにしろあなたを倒さないと先には進めないというわけね」


「まぁそういうわけだな」


ククは自分が今何をすべきなのかを瞬時に理解した。それはこの大男を倒して先に進むこと。この巨大な壁を乗り越えない限り父親はおろか、子供たちにすらたどり着けないだろう。

その覇気に肌が触れただけで体の芯がくすぐられ、足がすくんでしまうほどの実力者。そんな強敵に果たして自分は勝てるのだろうか。


不安が身体を支配しようと躍起になるが、それはすぐ近くにいるルウラによって払拭される。


「ルウラ、あなたの力を借りたいの。お願いできる?」


ククは背後にいるルウラへと振り返り、この強敵を打ち倒すために助力を請う。


「よし、二回戦突入だな!」


呼ばれたルウラはさっきまでの疲れを感じさせないようなしたたかな笑みを浮かべると、拳と拳を合わせて気合を入れ直す。


そのルウラを見るククの表情は、期待を抱いているというよりも申し訳なさが滲み出いていた。ククはルウラに頼りっぱなしだった自分の力不足、そして彼に対する申し訳なさで心がいっぱいだったのだ。

だからせめて自分ができる最大限のサポートをしようと心に決めた。


震える足に鞭を打ち、怯える心臓に喝を入れる。せめて彼の隣に立って戦いたい。その姿勢に、一歩も後ろに引かないという強い意志が今のククには感じられた。


「ほぉ、さっきとはまるで見違えたな。いいぜ、今度は二人まとめて相手してやるよ」



ガウンはついさっきルウラに負けたにもかかわらず、その表情には一切の憂いが感じられなかった。それどころか戦いを待ち望んでいるような、そんな気迫がこちらまで届いている。

その燃え上がるような熱い闘志に当てられたのか、ククの隣に立ったルウラも意趣返しのように、その瞳に鋭い光を走らせた。


嵐の前の静けさ、不安定な空気がルウラたちの首筋を舐めとるように漂う。


聞こえてくるのは肌をなでつける風の音と、体の中で響き渡る心臓の鼓動。そしてこれから起こる戦いを予兆するように、地面が揺れ動くのを感じる。



ん??地面が揺れ動く??



この張り詰められた空気の中で極限まで研ぎ澄まされたククの五感は、その地面の揺れを見破った。いや、見破ってしまった。


「・・・ルウラ、一応聞くけどそれって武者震い的なアレよね?」


「あ、当たり前だろ!!武者震い的なソレだよ。体が動かないとかそんなんじゃないから!」


ククの隣で、釣り上げられた海老のように足をバタバタと震わせて精一杯に反論するルウラ。ここまで説得力のない言い訳が果たしてあるだろうか。一度海に帰って出直してほしいくらいだ。


(…まぁそうよね。この大男を一人で倒したんだもの。体に何もないほうがおかしいわ)


よく見たらルウラが満身創痍なことはすぐに分かった。目の焦点は若干合っておらず、全身が絶えずふらついている。そしてククに気を使っているのか、小さく浅い呼吸を何度も何度も繰り返す。


正直、ルウラがこの状態でガウンに勝つことなどほぼ不可能。だからと言ってククが一人でこの強敵を相手取るなど言語道断。そこまでの冷静さを失ったつもりも、そこまでの傲慢さを抱いたつもりもない。

この状況を打破するために、ククは視線を一点に集中させて脳みそが遠心力で吹き飛びそうなほど回転させる。


そして策が浮かんだのか、目を見開いたククは空中を指差して大きな声で叫んだ。


「あ、あんなところにすごく強そうなドラゴンが飛んでいるわ!!」


「なっ、なんだと!!」


ガウンの意識が空中に向いた瞬間、ルウラの意志など関係なしに乱暴に背負ったククは全速力で駆け出した。



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