第30話 悪魔的オカマ

「ちょっ、俺ならまだ動けるって!」


「静かにして!なんか分かんないけど上手く行きそうだから!」


ククは肺から酸素を一方的に吐き出しながら、少しでもガウンの元から離れる。背後に背負うルウラを気遣いながらの疾走のため、すぐに体にも心にも疲労が溜まっていく。


しかし、それはすぐに崩れる一時の希望であった。


「おい!ドラゴンなんてどこにもいないじゃないか!!」


校舎横を抜けようとしたその直後、背後から一瞬にして追い越したガウンが、こちらを振り返ると同時に不機嫌そうに見下ろした。


「おいクク、まさかだけど今のでこいつを騙そうとしてたのか?」


「・・・」


ルウラは信じられないものでも見るかのように大きく目を見開き、開いた口が塞がらなくなってしまった。しかしククは固まったまま何も喋らない。


「その隙にボーレちゃんたちと合流しようとしてたとか?」


「・・・・ぐすっ」


疲弊しているせいなのか、ルウラには後ろから見えるククの耳元が何だか赤くなっているように感じた。それに何だか鼻水をすするような音が聞こえたような。。。


そんなことを考えていると、力の抜けた口調でガウンが追い打ちをかけるように悪意のない口撃を浴びせる。


「いくら俺様の頭があまりよろしくないからと言ってそれは無理があるんじゃないか?一瞬騙されてしまったが」


「・・・」



「だよな。流石にこんなお粗末な作戦じゃ、こいつを出し抜くのは無理があるって」


「・・・・・」


「おいクク。なんか反応しr────いって!!もっと丁寧に下ろせよ!」


突然黙り込んだと思ったら、今度は無言でルウラのことをまるでゴミでも扱うように地面へと放り投げるクク。急にどうしたんだと思い、ククの顔を覗き込むとその赤い瞳には一杯の涙が浮かんでいた。


「あのー、もしかして泣いてる?」


これは慎重にならなければならない、そう直感で判断したルウラは努めて優しく語りかけてみる。


「べ、別に泣いてないわよ!!こんなちんけな作戦が成功するなんて一ミリも思ってなかったし!!あーあ、ほんとはもっとすごい作戦があったんだけどもうやる気なくなっちゃった!」


頭でも殴られたのか、急に饒舌になったククは目に浮かんだ涙が表情筋を動かすたびに零れていることに気が付いていない。

いくら鈍感なルウラでもこの状況が非常にまずいことをなんとなく理解する。急いでククの機嫌を取る必要があると判断し、その矛先を目の前で悠長にこちらの出方を伺っているガウンへと向けた。


「おい!これも全部お前のせいだからな!!よーし、お前なんて俺がけちょんけちょんにしてやるよ。なっ、だから泣き止んでくれ!」


「・・・うん」


意識はガウンに向けたまま少しだけ視線をククの方へ向けると、ククは鼻水をすすりながら首を縦に振った。


「なんでもいいが、ようやくやる気になったんだな。もうこれ以上は待たねぇぞ」


「ぐすっ。。。はぁ、分かったわよ。結局やるしかないのね」


ようやく涙が引っ込んだのか、目の周りや頬の辺りに赤い痕跡を残しながら、ククも全身の魔力を練り上げる。正直ククの言っていたすっごい作戦というのが気にならないと言えば嘘になるが、ここでその詳細について言及させることは得策ではないと感じたルウラも、いまにも力が抜けそうな足に脳から伝達を送り、もっと気張れと命令を加えた。


ルウラの武者震いのせいで一度台無しになったこの構図だが、今度こそここで確実に叩くという圧力を両方から感じる。

それに気圧されるように校舎はミシミシと悲鳴を上げ、すぐ近くで植栽された木々からは、青々しい澄んだ空気が流れ込んでくる。


「ん?なんか変な匂いがするぞ。」


しかし、そのガラスのように澄んだ空気に、べっとりとした生臭いものがへばりついているのをルウラの鋭い嗅覚が感じ取った。



ドガァアァアアァアン



「あら、ようやく会えたわね!!」


急に聞こえた爆発音の正体が、校舎に垂直に突き刺さった男によって出されたものだと気づくのにあまり時間はかからなかった。

三人が一斉に声のする方向へ顔を向けると、そこには血に濡れた両手で男の頭を一つずつ鷲掴みにして、ずるずると地面を引きずるボーレの姿があった。


「ボーレちゃん!これあんたがやったのか?」


ルウラが壁に刺さった男を指で指すと、ボーレは何か嫌なことでもあったのか、失意にまみれたような淀んだため息を吐く。


「はぁ、そうなのよルウラちゃん。どいつもこいつも手ごたえがなくって。そうしたらすんごい魔力がこっちの方から感じたから来ちゃったってわけ」


「でも他にもまだいただろ?そいつらも全員やったのか?」


「あぁ、あの探索者の二人組に雑魚処理は任せちゃった♡」


血まみれの男の頭を両手にウィンクをする姿はまさに悪魔そのものだろう。男たちは頭を掴まれ地面を引きずられていた。その痕跡を示すように、血の轍となって地面を汚す。子供がこんなのを見てしまったら最後、生涯トラウマとして脳裏にこびりつくほどだ。


「リキとマッシュには嫌な役割を任せちゃったわね」


ククが心の中でリキたちに謝罪をしていると、ボーレがある一点をずっと見つめていることに気付いた。


「ん、俺様の顔に何かついているのか?そういえばお前はあの場にいたデカいのだな。ふっ、貴様ともやってみたいと思っていたのだ」


「え、私とヤッてみたいですって!?」


ガウンの挑戦的な物言いに対して、掴んでいた男の頭を放して何故か頬を赤らめるボーレ。何を勘違いしているのか知らないが、ボーレは目を血走らせてグイグイと距離を詰める。


「ルウラちゃんにククちゃん、この人私に任せてもらっていいかしら?」


「ちょっと待てよ!最初に目を付けたのは俺だぞ!横取りするなんて────」


「いいかしら・・・?」


ボーレの言葉の端々に感じられる、有無を言わせない凄みに一瞬怯んだルウラだが、心の中のもう一人の自分が背中を強く蹴りつける。


「ぜ、全然良くないか────」


「分かりました。それと先生、理由は話せませんが、子供たちが危ないんで私たちは施設の方へ向かいます!その間この男の相手をお願いします。なんなら倒してもらっても構いません!行くわよルウラ!」


「お、押し倒せなんて、ククちゃんも乱暴なこと言うのね。。。」


心の中で感謝をしつつ、感付かれない程度に鈍い視線を向けるククは、この場は彼女に任せて子供たちが住む施設の方向へルウラの手を引っ張って走り出した。


「ちょ、まだ話は終わってないんだけどぉ!!」


尽く話が遮られるルウラは、結局何も反論できないままこの場から消えてしまった。


「俺様が逃がすと思うか?」


ルウラたちを追いかけようと腰を落として地面を踏みしめたガウンは、その視界が大きな影によって覆われたことに気付く。


「あら、私の相手をしてくれるんでしょう?でも私強い男じゃないと嫌なのよ。だからまずは力試しと行きましょうか」


「ガハハハッ、まぁいいだろう。お前から先に殺ってやるさ!後悔するなよ!!」














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