第35話 飛ばされた先で

時は少し遡り、ルウラとククがアンセット宅へ引き返した時、すでにライたちはディオッゾの魔法によって他の場所に転移させられていた。


「ここは…一体どこなんだ」


ディオッゾが詠唱をした直後、眩い光に視界を潰されたライたちだったが、ようやく落ち着いたと思って目を開けると、さっきまで見ていた光景とは全く異なるものが目に入ってきた。


「ハマール遺跡ね。へラブから大きく北上したところにある太古の遺跡」


ライと共にこの地に転移させられたリーナが淡々と言葉を吐く。その後ろではメイド姿のアンセット家の使用人が身を寄せ合って、あからさまにこの状況に困惑している。

周囲を見渡すと、そこは一見するとただの荒れ地だった。しかし一つの点においてただの荒れ地とは異なることがある。それが遺跡だった。破壊され、一部風化された建造物と思われるものがライたちの周囲に寂しく配置されているようだった。


「おぉ、流石探索者シーカーってところか?そう、ここは天地魔崩壊トーパーコラプス以前に栄えていた都市の遺跡だ。ここなら周りの被害を気にすることなくやれるだろ?」


「なるほどな。お前が一々そんなことを気にするやつには思えないが」


「そんな冷たい目で見るなよ。こいつらがちびっちまうだろ?」


ネミコのその言葉と共に遺跡の陰から湧き出てくる魔物の数々。妖しく光らせたその目は確かにライたちに縫い付けられていた。口からは生々しい涎を垂れ流しながら虎視眈々とこちらを狙ってるといった様子だ。


「この魔物たちはどうやら支配されているようだな」


ライの肩で羽を休めるメルクは、魔物たちの魔力の流れに、何か異物が含まれていることを検知する。


「そうだよ!僕がこの子たちのことをテイムしたんだから!」


ネミコの隣にいるディオッゾが、腰に両手を当てて得意げな顔を見せる。恐らくこの男が言っている内容は事実だろう。メルクが感じた異物とディオッゾから感じる魔力が同じものだとライもメルク、それにリーナも確信する。


「このカラスは…そういやノーマ達をやったっていう黒髪のガキにくっついてたやつか。おい、それよりもライの娘と黒髪のガキはどこにいる!!」


ネミコは大声を上げて配下の方へ振り返る。しかし手下たちの様子がどうもおかしい。お互いが顔を見合わせながら首をかしげて、キツネにつままれたような表情をしている。


「え…?いやいやいや、まじでお前らそういうのいらねぇから。おい!隠れてるなら出てこい!!」


「・・・」

「・・・」


頬をなでつける風が砂塵を舞い上げる。ネミコは金縛りにでもあったのか、顔中に脂汗を浮かべながら筋肉を硬直させる。


「ちなみにだが、ククはルウラ君にお願いしてあの場から逃がしてもらった。だからここにはいない」


「え、まじで?」


「まじで」


真剣な顔つきで現実を突き付けてくるライに耐えられなくなったのか、ギギギッとさび付いたように首をディオッゾの方へと向ける。


「おいディオッゾ。お前が転移魔法を使う時、ライの娘と黒髪のガキはいたんだよな?」


「ん?いなかったよ。どっかに逃げっちゃったのかなーって思ってたから」


キャハハッ、と軽薄な笑い声を上げるディオッゾの顔をネミコが鷲掴みにして持ち上げる。


「おいテメェ…あいつらも標的だって言っただろうがよ」


「やめ、てよネミコぉ...あいつらはまた今度でいいじゃん。今はこの人たちをどうにかしなきゃ」


ふんっ、という激しい鼻息と共にネミコはディオッゾを放り投げた。地面にケツを打ち付けるディオッゾを無視して、目の前でこちらを睨みつけるライへと向き直す。


「まぁそういうことだ。とりあえずお前らはここで殺す。特にライ、テメェは絶対にな」


ネミコは海底よりも深くて昏い憎悪の塊を、その鋭い視線と一緒にライへと飛ばす。


「まだジーナのことを根に持ってるのか」


「まだだと?相変らずムカつく面しやがって!!」


ネミコはゆっくりと腰を下ろすと、ネミコの爪が長く伸びた。そして一直線にライへと突っ込んでいく。


「メルク君!君はあのディオッゾという男を頼む!!」


「了解した!」


迫りくるネミコを避けるように、メルクはライの肩から飛び立つと、その後ろでしりもちをついているディオッゾの方へと向かった。


「えー、君が僕の相手なの!?流石に舐めすぎじゃないかな」


「心配するな、舐めるのは俺じゃなくてお前だよ。この土をな」


「かっちーん。そこまで言うなら相手してあげるよ。君たちは奥の貧乳金髪とコスプレ集団を相手してあげて」


伏魔のローブに包まれた集団と魔物の群れは、ディオッゾの指示によって散開しながら一番奥で固まっている集団へと向かっていった。






「今なんか胸が泣いたような…」


リーナはあるのかないのか分からないその胸を慰めるように優しく掴む。改めて自分の胸がいかに寂しいかを痛感していると、たくさんの魔力の群れがリーナの魔力感知の網にかかった。


「あなた達。実戦経験がある人はどれくらいいる?」


リーナは背後で固まるアンセット家のメイド姿の使用人たちに問いかける。

すると、一拍おいてから少しずつその中から弱々しく手が挙がってきた。


「一応この職に就くまでは探索者をしていたので少しは役に立てるかと」

「自分は風系統の魔法を磨いて女のスカートをまくり上げていたのでそれなりに」

「私も状態異常を与える魔法を使って金品強奪をよくしていたのでサポートならお任せを」


「そ、そう。とりあえず戦える人がそれだけいるのならよかったわ。」


後半になるにつれて、なんだか危ない人が登場してきたのでリーナはとりあえずのところで強制的にシャットダウンした。


「だったら非戦闘員は中央に寄って、それを中心に戦える者が広がるように配置して」


使用人たちの中に、この一流の探索者に背くものは誰もいなかった。リーナの指示通りに一か所に固まって陣形を組んだ彼らの元に、その脅威は訪れた。










「────はぁ、はぁ、ふざけんじゃねぇぞ。テメェどういうことだよその強さは」


「ふぅ、私はこれ以上奪われるわけにはいかないんだ。妻が残してくれたククだけは、何があっても守ると決めたのさ」


ライとネミコの間では既に戦闘が勃発していた。ディオッゾの呪いによって魔力の放出を禁じられたライだったが、それでも尚ネミコに引けを取ることはない。


「はっ、まぁテメェが弱いせいでジーナは死んだからな。だがお前の娘は多分無事じゃねーぜ?あの街にはガウンとルネットがいるからな」


「…誰だそいつらは」


聞き覚えのない名前に、ライは一拍遅れて反応する。その反応を楽しむように、ネミコは薄ら笑いを浮かべて馬鹿にするような口調で言葉を続ける。


「俺たちの組織のメンバーだよ。ルネットも中々だが。ガウン、あいつはやべぇ。俺ですら手を付けられねぇからな。万が一遭遇したらその瞬間死んだも同然だぜ」


「おい、ネミコ。ルートやリリーにトンガ、その他の奴らはどうした」



「死んだよ。全員」


「な…全員だと。。。」



ネミコの残酷なまでに非情なその言葉に、ライは少しの間、時が止まったかのように身体が動かなくなった。しかしそれも一瞬で、ライは小さな声でぼそりと呟く。



「そうか…」


「あぁ?なんだよてめーのその表情は」


ライが少し寂しそうな表情をした途端、何がネミコの琴線に触れてしまったのか、額に浮かべた静脈をヒクヒクさせる。


「・・・いや、もう私には関係のないことなんだ。何も感じない。しかしお前がさっき言っていたが、娘のことなら心配はない」


ライのそっけない反応に、ネミコは少々肩透かしを食らった。さっき言っていたこととは、組織のメンバーの内、特に手の付けられないガウンがククの近くにいることだろう。何か策でもあるのか、そんなことを考えているとライが口を開く。


「ククには護衛を付けているからな。それもとびっきりの」


「あぁ?まさか黒髪のガキのことを言ってるんじゃねーだろうな?」


「ふっ、それはどうだろうな」


「ふざけやがって…」


ライの的を得ない回答にネミコは腹を立てる。その感情が表に沸き立つように、ネミコの髪の毛が猫の毛のように逆立っていく。


「テメェだけは殺すって決めてんだ。お前が組織を裏切って逃げ出した時からなぁ!!」



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