第36話 ライの過去

「ねぇライ!この娘の名前はククにしましょう!」


人が決して寄り付かないような研究所の一室で、白衣に身を包んだジーナ=アンセットが、小さな赤ん坊を抱えてライに向かってそう告げる。


「ふっ、ようやく決まったのか。けどどうして『クク』なんだ?」


「それはもちろん語感がいいからよ!!なんかかわいくない!?」


娘が産まれてから数週間考えに考えた末の名前がそんな適当でいいのか、と思わず苦笑を漏らすライだったが、ジーナがククを愛でる光景を見ていると、名前の由来なんてどうだっていいかと思い始めた。


「この子も私たちと同じように研究者になるのかしら…?」


「ははっ、それは勘弁してもらいたいな。一応私たちが研究していることは世の中で禁忌とされているものなんだから」


「ゔぅ、そんなにいけないことかしら…」


ジーナがムスッとした顔で文句を言う。ライとジーナが属している『融魂の業カルマ』では、二つの魂を一つの魂に融合することを命題とした、世界的に禁忌とされた実験が行われている。


何故魂を扱う研究が禁忌とされているのか、それは誰にも分らない。人間のすべてを構成するための根源である魂を汚すことは、人類に対する冒涜と捉える者もいれば、そのような禁忌を乗り越えた先に人類の更なる発展はある、と言う者もいる。


まぁライとジーナに関してはそのどちらにも当てはまらないのだが。


「禁忌だが何だか知らないけど、その程度で私の好奇心を抑えられると思ったら大間違いね」


「それに関しては全くの同意見だな」


そう、二人が組織に加入してまで魂融合の研究を行うのは、単なる好奇心からくるものだった。人類に対する冒涜など、人類の発展のためなど、まどろっこしい倫理観や崇高な使命感なども持ち合わせていない。


二人の中にあるのは、ただただ魔法への探求心のみだった。



コンコンっ


「・・・ここにいたのかお前ら。ダルトさんが呼んでるから部屋に来いって。娘を可愛がるのはまた後にしろよな」


扉をノックしてきた主は、こちらの返事を待たずしてドアを開けてきた。その主に対してジーナはまたもムスッとした顔で返事をする。


「えぇー、今から?じゃあククはちょっとここでお留守番ねー。ネミコも行くんでしょ?」


扉を開けてライたちを呼んだのは、若かりし頃のネミコだった。髪の毛をかき集めて猫耳を作るその独特なヘアスタイルは当時からの趣味だったらしい。


「まーな、幹部は全員集合らしい。さっさといくぞ」


小さな人形が隅に置かれたベビーベッドにククを置いたジーナは、その小さな額に口づけをして部屋を後にした。


「そういえば部屋ってどこまで行くんだ?私はあの人に私室には絶対に行きたくないんだが」


「ははっ、心配するなよライ。あんな魔物や動物の標本だらけの部屋には俺だって行きたくねーよ。議場に集合らしいぜ」


そして三人は横並びになって研究所の中を順路に沿って歩き、ひときわ大きな扉の前にたどり着いた。


中央を歩いていたジーナがその扉を押し開くと、中はとても広い空間になっていた。これと言った装飾品もなく、その中央には縦に伸びた円卓と、それに伴った椅子が置いてあるだけで、ひどく殺風景なものだった。


こんな場所まで用意されているなんて、本当にここは研究所なのだろうか。と思うことも多々ある。


「まだブルーダさんはきてねーのか」


「まーね。あの人を除いたらあんたらが一番最後だよ」


円卓の椅子に座る人影の数を見て、ネミコが面倒くさそうにそう呟く。それに反応したのは、小さな身長に大きな目、まるでどこぞのお姫様のような見た目をしたリリーと言う女だ。

他にも円卓を囲むようにして椅子に座る十人ほどの人間。入口の扉から一番遠い席は上座となっており、ここにいる全員がそこに座るべき人物が来るのを待っていた。


ジーナたちも、周りと同じように椅子に座ってダルトが来るのを待つことにした。



彼女たちがこの場についてから十分ほど、入口の扉が開く音がした。

ギィという鈍い音と共に議場の中に入ってきたのは、厚い白化粧を施したダルトと、布で隠された大きな箱のようなものを運ぶ大男が二人の、計三人だった。


一体あの布の下には何が隠れているのだろう、全員がその四角い箱へと視線を流すが、その中を確認することはできない。

するとゆったりとした足取りで上座に向かったダルトが、自分でその椅子を引いて腰を下ろした。それを確認した大男二人は、衝撃を与えないようにゆっくりと箱を地面に下す。


「少々待たせてしまったな。これが中々言うことを聞かなくて時間を取ってしまった」


そう言ってダルトは口に当てていた煌びやかな扇子を箱の方へと向ける。


「それよりもその中には何が入っているんです?わざわざ全員を集めてまで見せるものなんですか」


矢継ぎ早にダルトに質問を投げかけるのは、男にしてはやけに長い緑色の髪の毛を後ろで一つにまとめた、優男風の男だった。

恐らくこの場にいる全員が思っていたことなのだろう、ダルトによって集められた他の者も揃って首を縦に振る。


「まぁまぁ、そう焦るでないぞ。おい、その布を取りなさい」


ダルトに指示された大男二人組が、箱にかけられた布を一気に剥いだ。


「なるほどねぇ」

「おぉ、これで研究もかなりはかどることになりそう」


その箱の中身を見た反応は十人十色だった。それを見て歓喜する者もいれば、毛ほども関心がなさそうに鼻の穴に指を突っ込む者、またどう反応するべきなのか手持ち無沙汰になっているもの。


しかしその中でもジーナはその箱の中身に対して異常な反応を見せた。


「────ッ!!どうして!!どうしてこんな檻の中にがいるんですか!!」


その箱の中には、いや黒くて冷たい檻の中には小さな子供が二人、身を寄せ合うようにして捕らえられていた。



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