第37話 ライの過去②

檻の中に捕らえられた二人は身を寄せ合い、自分たちに注がれるたくさんの視線に怯えているようだった。


ジーナはバンッと円卓を思い切り叩いて椅子から飛び上がり、その反動で座っていた椅子は無様に床へと転がった。


「全く、落ち着きなさいジーナ。女の子がそんなにはしたないことをするんじゃありません」


声を荒げて立ち上がったジーナを窘めるように、ジーナは鋭い視線を向ける。

しかし、それでもジーナがその毅然とした態度を崩すことはなかった。


「落ち着けるわけがないでしょダルトさん!どうしてこんな小さな子供が檻の中にいるんですか!私を落ち着かせたいなら今すぐこの子たちを解放してください!」


「それは無理なお願いね。そろそろ研究対象を魔物から人間の子供に移行しようと考えていたのだから」



「────ッ!!」



その発言にジーナは開いた口が塞がらなくなった。


子供を実験対象?何を言っているんだ。


融魂の業カルマ』はこれまで魔物を対象として研究を進めてきた。それは魔物にも人間と同じように魂があり、そこに魔力が宿るという、全く同じ構造をしていたからだと思っていた。それに人間の魂と言うのは安易に触れていい領域ではないのだ。稀に魔物ではない普通の動物を実験対象とすることはあったが、それでも人間に手を出すことはなかった。


だからこそダルトの突拍子もない提案に疑問を感じずにはいられない。


「ジーナ、なぜ我々が今まで魔物を実験対象にしていたと思う」


そうジーナに問いかけるのは、男にしてはやけに長い髪の毛に、人当たりの良さそうな顔をしたルートと言う男だ。しかし今の彼が浮かべる表情に優しさはなく、突き刺すような視線でジーナを睨む。


「何故って…理由なんてあるの?」


ジーナはルートからの質問に戸惑う。魔物を実験対象にしていた理由?それは魂の構造が人間と変わらないからじゃないのか。確かに人間と比べて魔物は個人ではなく、種によって魂に宿る魔力が異なる。一人一人魔力の異なる人間からしたら、単純なものかもしれないが、それでも実験をするには十分だと思っていた。



「慣れるためだよ」


「慣れるため?」


「そうだ、人間の魂というのはそう簡単に触れていいものではない。それは君だって知っているだろう?魔物と比べて人間の魂は複雑であり、とても神秘的なんだ。だからこそ魔物で慣れる必要がある。」


それに賛同するように上座に座ったダルトが首を縦に振る。そして両腕を左右に広げたダルトは、天を仰いで大げさに叫んだ。


「その通り!そして我らの命題でもある『魂の融合』を完成させるのよ!」


そう、『融魂の業カルマ』の最終目標でもある魂の融合。それぞれが複雑に絡まった糸を丁寧に解いていき、その二つを一つのものとして繋ぎ合わせ、完全な一つの生命体へと生まれ変わるのだ。


そしてジーナは更に戸惑う。気が付いたら首をひねって視線を巡らせていた。しかしここにいる誰もがいつもと変わらない表情に、いつも通りの態度。


だが夫であるライだけは、歯を食いしばり顔を俯かせていた。


「ライ、あなたも反対よね!?こんな小さな子を実験に利用するなんて普通じゃないわ!」


ライは膝の上に置いたこぶしを力強く握りしめて、苦しそうに何とか言葉を吐きだした。


「私は、、、私には果たさなければならない使命があるんだ・・・」



「うそ、でしょ・・・」




水に浮く油のように、あたかも自分だけが異常だと錯覚させられる。夫であるライにすら裏切られた気になったジーナは頭が真っ白になった。


(どうして…どうしてそんな平然としていられるの)


「────いたっ!」




少しずつ後退していたらしい。足元に転がった椅子に絡まったジーナは思わず転んでしまった。そして自分を見下ろす視線の数々に晒されてようやく気が付いた。


「ジーナ。ここはそういうところだ。諦めるんだ」


視線は前に固定したまま、眉間にこれでもかと皺を寄せたネミコが平静を装って呟く。


あぁ、そうだ。ここにいるのはただただ魔を追いかける者。まともな倫理観などとうの昔に捨ててきた奴らばかりだ。


自分の認識が甘かった。この中で異端なのは自分、彼らのことを仲間だと思っていたのはジーナだけだったらしい。ジーナの魔に対する好奇心なんて、彼らからしたら大したものではないのだろう。人間を実験対象とすることに何の躊躇いもない。


その時にはジーナの体はすでに動いていた。


「何をする気だジーナ。馬鹿な真似はよしなさい」


「ジーナ!落ち着いてくれ!!」


掌をダルトに向けるジーナを見て、冷静にその行動を諫めようとするダルト、一方で隣に座るライは声を荒げてジーナを制止しようとする。


「絶対にそんなことは許さない」


「子供が出来て気でも変わったのか?安心してよいぞ、お前の子供には手を出さないと約束しようじゃないか・・・多分な」


ニヤッと薄ら笑いを浮かべるダルトを見て、とうとう感情の紐が途切れた。


奥歯がひび割れそうほど噛みしめたジーナは絶叫した。


王水流の三叉槍トリシューナ・五連!!』


水流の三叉槍トリアイナ』よりもさらに激しいうねりを見せる水の三叉槍。天に向けたジーナの腕が地に落ちると同時に、五つの槍が円卓目掛けて襲い掛かった。



バゴォォオオォン



激しい轟音と共に舞い上がる砂塵の煙幕。時間と共に薄れる煙幕から見えた光景は、先ほどと同じ態勢のまま俯くライを除く全員が、魔力障壁を展開することで衝撃を防ぎ、檻を運んできた大男二人は流れ弾を喰らったのか、あられもない姿になって頬を赤らめていた。


「やはりお前の実力はこの中で群を抜いているな。見なさい、障壁にひびが入ってしまったぞ」


ダルトは自分の目の前に展開した、壊れかけの魔力障壁を指の関節の部分でコンコンと叩く。


「ジーナ、あなたは何のためにここに入ったの?子供たちは尊い犠牲ってことで諦めるのね」


浅黒い肌に金色の髪の毛が映える活発そうな女の名前はトンガ。ジーナの魔法によって魔力障壁が全壊してしまったのか、その瑞々しい肌に鮮血が垂れる。


「そんなの生き残った者が都合のいいように解釈しているだけじゃない!そこにいる子たちの人生は私たちの物じゃない!!」


「けれど今までだって散々魔物を実験対象として使ってきたじゃないか。ちょっと姿かたちが変わるだけさ」


椅子に座る十人の内の1人の男が、あっけらかんとした様子で言葉を吐く。声のした方をキリッとした視線で睨んだジーナは落ち着いた口調で反論をする。


「確かにそう。私は魔物を実験対象とすることに何の躊躇いもなかった。命の価値だって私が決められることでもない。だって私はそんな大層な人間じゃないもん」


「だったらいいじゃないか。俺たちの働き次第でこいつらの命の価値は大きく変わるんだ。有効活用してやろうぜ」


男の言葉に耳を傾けていないのか、顔を俯かせたジーナは遮るようにして言葉を続ける。


「だから私が出来るのは自分の気持ちに嘘をつかないことだけ。私は人間が好きだから、彼らの輝く魂が好きだから。それを穢すっていうのであれば、私は命を懸けてでもあなた達の邪魔をするわ」


顔を上げたジーナの表情には一切の迷いがなかった。先程と同じように、もう一度掌をダルトの方へと向ける。


「どうやら魔への探求心も、命に対する価値観も我らとは大きく異なっていたようだ・・・しかしそれに勘付けなかった我にも多少なりとも責任はあるというもの」


そう言ったダルトは、視線をジーナの横にいる人物へと流し、人の悪そうな笑みを浮かべて言葉を吐いた。



「最愛の夫の手によって葬ってもらおうか」










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