第20話 決断
「ルウラ、どうするか決めたのか?」
使用人に呼ばれてダイニングへと続く階段を下る最中、メルクはククに聞こえないように、ルウラの耳元に口先を持ってきて囁いた。
「うん、決めたよ」
「そうか」
口に出す必要はなかった。メルクはルウラの金眼に宿る、その固い決意を感じ取った。
「だからこっちはメルクに任せてもいい?」
「あぁ、問題ない」
会話が終わったことで再び前を向くルウラ。
その直後の静寂にはルウラの確かな足音が響き渡り、前髪の隙間から覗く目つきは、まるで死地に赴く戦士のようであった。
「おぉ、これ全部お父さんが作ったの!?城で食ったのと同じくらい豪華だなー」
ダイニングに到達したルウラは、テーブルの上に広がる料理を見て、普段見慣れないような食べ物によだれを垂らしながら感動する。
「あぁ、少々張り切りすぎたかもしれんな。それと何度も言うがお義父さんと呼ぶな」
テーブルの上には、肉や魚に野菜にパスタ、様々な食べ物が所狭しと並んでいて、ルウラにとってはここが天国なのかと見間違うほどの景色だった。
「も、もしかしてだが、それは俺の食事か?」
メルクはテーブルのそばの黒い箱の中を蠢く、謎の白い物体を見つけてしまった。
「あぁ、カラスが何を食べるのかよくわからなくてね、こういうのが好きかと思って用意したんだが。捕まえたばかりだからすごく新鮮だよ」
「それって、もしかしてネズミ?」
なんとその白い物体の正体はネズミだったらしい。四角い箱の中でせわしなく動くネズミをみて、ルウラたちはドン引きした。
「おっさん、、、俺は人間と同じものを食うからこれは外に逃がしてやってくれ」
「そうだったのか、すまない!事前に聞いておけばよかったな」
メイド服を着た使用人たちにネズミの処理を任せ、結局メルクも人間と同じ食事をする形で、アンセット宅での食事会は始まった。
「・・・」
「・・・」
「これうっま!あっ、これもおいしそう」
(どうすればいいんだこの空気、、、)
ライの合図で始まった夕食であったが、空気はあまりよろしくなかった。いや最悪だった。
ルウラは目の前の食事にしか目がなく、忙しなく手と口を動かしている。ライとククはお互いが歩み寄ろうとしているが故の何とも言えないよそよそしさ、ルウラと二人の空気感の差がそれを更に際立たせ、メルクの胃をこれでもかというほど痛めつけてくる。
「お、おいおっさん、なんか話すことがあるんじゃないのか」
「そういえば夕食の時に詳しく話すって言ってたよな?とりあえず俺は飯食ってるから親子でしっかり話せよ」
(ナイス援護射撃だルウラ!!)
メルクの想いが通じたのか、追随する形でルウラも二人に対して話し合うことを勧めた。
「そ、そうだな。。。まずはすまんクク、昼間は急に怒鳴ってしまって」
「別に、私も話を聞かずに飛び出しちゃったから」
「・・・」
「・・・」
(終わりかよ!!いや、俺がこの場を繋げなくては。)
謎の使命感に襲われたメルクは親子のキューピット役に徹しようと思い、会話の種をまこうとした。そのためにくちばしを開くメルクだったが、娘と向き合うライの姿を見ると、その口から言葉が出ることはなかった。
「それともう一つ、二週間前の襲撃と私にかけられた呪いについても話す」
「…いいの?」
まさかそのことを切り出すとは思わなかったのだろう。ククは口に運ぼうとしたフォークをその途中で止めて、驚いたような表情でライを見つめる。
「ルウラ君に叱られちゃってね。もう少し君の気持ちも考慮するべきだったと反省したよ」
「ルウラが?」
この話し合いの原因となった張本人に親子そろって視線を向けるが、ルウラは食事に夢中でその視線に全くと言っていいほど気付いた様子がない。太いのは食だけでなく神経もだったらしい。
「まぁ、本人にそんな自覚はないのかもしれないが」
ライはルウラに聞こえない程度の声で、微笑を携えて言葉を漏らす。
「それでお父さん、魔法が使えないのよね?」
流石にククもなんとなく気が付いていたのだろう。父親の口から語られるよりも前に、その事実を確かめようと口を開いた。
「そうだ、正確に言うと魔力を体外に放出できないというものだ」
「何が違うんだそれ?」
二人が話している最中もずっと口を動かし続けていたルウラが、ライの発言の意味が分からずに初めてその手を止めた。
「例えば魔力を水の形に変えて具象化させることはできないが、体内で完結する身体強化魔法とかは使えるというわけだ」
つまり魔力の放出を封じられたのは痛手だが、完全に戦闘能力を失ったというわけではないというわけだ。
「なるほどね、それでサンタは?あの子は本当に無事なの?」
次にククが聞いたのは二週間前の襲撃で攫われたサンタの安否だった。何の根拠も示さずに「大丈夫だ」と言う父に、今度こそはその根拠を問う。
「それに関しては問題ないはずだ」
ライはその発言と共にポケットの中から一つの道具を取り出した。
「それなんだ?」
球の形をした魔道具のようなものを見て、ルウラはそれがいったい何なのかをライに聞いた。
「これは魔力の残滓を記憶する魔道具だ」
それを証明するように、ライは魔道具にくっついているスイッチを押した。
するとどうしたことか。その魔道具から噴出された色のついた煙が次々と形を成し、一つの文章になった。
「なになに、『お前のところのガキは俺たちが預かった。無事に返して欲しければ、俺たちのことは一切詮索するな。そうすれば近いうちにまた会いにいく』だって。こんないかにも悪役って感じの文章を書くやつがこの世にいたのか・・・」
「いやそれはどうでもいいから。それよりもう一度殺しに来るってどういうこと?そもそもお父さんはどうして狙われているの?」
「────すまん、それは話すことはできない・・・」
「また隠すのね。結局お父さんは────っ、ごめんなさい。やっぱり言わなくてもいいわ」
「・・・クク?」
フレールはこれだけはどうして言えなかった。いや、言いたくなかった。もしククに襲撃の理由を聞かれたら、また二人の間の距離は広がってしまうのだろう、そう思っていたからだ。
しかし、そうはならなかった。
「今のお父さんの顔を見たらそんなの聞く気になれないもん。」
ククはいつものようにまた父を遠ざけようとしてしまった。しかし、その時頭によぎったのはルウラの言葉だった。
『じゃあお前は今日お父さんの顔を一回でも見たのかよ。』
この言葉を思い出したククは、父であるフレールの顔をしっかりと正面から見つめる。
申し訳なさそうに歯を食いしばりながら項垂れる父の姿を、ククは初めて見た気がした。
いや久しぶりに見た気がした。
ククが小さいころ、構ってほしいと我儘を言っていた時も父はこんな表情をしていた気がする。
「別に家族だからってなんでも話す必要があるわけじゃないしね」
「おぉ、一歩前進した」
「うるさいわね!余計なこと言わないでよ」
ルウラと和気あいあいとした会話を交わすククを見て、こんなに生き生きとしたククの姿を久しぶりに見た、とライは感動して少し視界が霞んだ。心の中でこんな機会を作ってくれたルウラたちに感謝しつつ、亡き妻であるジーナの姿を思い浮かべていた。
「それよりおっさん」
「なんだいメルク君?」
キューピット役を務めていたメルクは、今回の一連の流れの中で最も重要なことをライへと投げかけた。
「その組織がどういう組織かも教えらないのか?」
「…そうだね。じゃあ私の命を狙う組織、『
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