第19話 対話
夜でも人が賑わう大都市へラブには、光があればもちろん闇もある。
「おい、首尾はどうなってる」
人気のない裏路地で配下と思われる人間にそう尋ねるのは、黒いローブに身を潜めたネミコだ。そのフードの下から覗く吊り上がった瞳は暗闇の中で鈍く光り、その陰鬱さが漂う場所とも相まって気味の悪さを増幅させる。
「えぇ、うまくいっています。しかし一つ問題が」
「問題?面倒なこと持ってくるんじゃねーぞ?」
ここまで来て何かあったらたまったもんじゃない。そう思ったネミコは顔を引きつらせて、嫌々その内容を聞くことにした。
「どうやらノーマをやったうちの一人と思われる、カラス連れの黒髪が娘と一緒にアンセット宅へ入っていくのが確認されました」
「ほぉ、それはむしろ好都合だろうが。そいつも一緒にやっちまえばいい」
ノーマ達を倒した奴がここにいるなら一度に二度おいしいじゃないかと、ネミコは自分の幸運に喜んだが、どうも配下の様子が少しおかしい。
「おい、なんか言いたいことがあるなら言っとけ」
「…はい。学院の方を張っている奴らからの報告なんですが、どうやら黒髪の奴が学院に張っていた準備中の結界に勘付いた気配があったと・・・」
「へぇ~、なかなかやるじゃねぇかそいつ。まぁ計画に支障をきたすほどでもないだろ」
配下からの情報に若干ルウラに対する警戒を見せるが、だとしても自分たちの敵ではない。そう思ったネミコはルウラに対して深く用心することはなかった。
「そうか、おいディオッゾ。そろそろ準備しておけ」
「大丈夫、もう魔力は練り終わってるから」
同じく黒いローブに包まれたディオッゾは、笑みを浮かべながら答える。
「ったく、あんまり気を抜きすぎるなよ」
「分かってるよ、失敗はしないって」
その言葉と共に、彼らは闇の中へと消えていった。
家に招き入れられたルウラとメルクは、ククの後ろをついていく形で広い部屋に案内された。
「おかえりクク、それにルウラ君とメルク君もいらっしゃい」
「・・・ただいま」
部屋に入ると、キッチンではライが料理を作っている最中だった。
ククはライとの距離を縮めようとしているのか、ぎこちないながらも親子らしいコミュニケーションを交わす。
「お父さん料理作れるんだぁ、そういえば昼あんまり食えてないから腹ぺこぺこだな」
ルウラはお腹を押さえながら、昼にあまりご飯を食べていないことを思い出した。
「ははっ、私が急に呼んでしまったからね。ただ今夜は腕によりをかけて作っているから出来るまで二階の部屋で休んでいてくれ。それとお義父さんと呼ぶな」
料理が出来上がるまでもう少し時間がかかるということだったので、ククと共に二階にある客室で、夕食ができるまで休むことにした。
「これって、お前とお父さんか?」
ルウラは二階に上がる途中、階段の踊り場の壁に掛けられた、一枚の大きな写真が目に入った。
「えぇ、そうよ。私が5才くらいのころかしら」
「へぇ、なぁんか偉そうな感じは今とあんまり変わんないな」
写真に写るククは、両腕を組んで仁王立ちしている姿だった。その姿はとても五歳児とは思えないほどの傲慢っぷりだ。そしてその隣では、苦笑いを浮かべながら申し訳なさそうにフレールが立っていた。
「うるさいわね、小さい頃なんて皆そんなもんでしょ」
心底いやそうな顔でそう言い放ったククは、ルウラを置いてさっさと二階へと上がってしまった。
「ここが私の部屋よ、客室はこの角を曲がって突き当りにあるわ。夕食が出来上がったら使用人が呼びに来ると思うから、それまで部屋でゆっくりしてて」
「おう!」
またあとで、と言ってククは自分の部屋の扉を開けて中に入る。
「なんでついてくんのよ。ここ女の子の部屋なんだけど」
ククが部屋に入って振り返ると、そこには客室に向かったはずのルウラとメルクの姿があった。
「だって、つまんないじゃん。なぁメルク」
「そうだなルウラ」
一人と一羽はお互いに顔を見合わせて、息ぴったりにそう答える。
「あなたには年頃の乙女の部屋に入ることに対する罪悪感とかないわけ?」
「乙女って」
ルウラはぷぷぷっ、と口を押さえて馬鹿にしたように口角を上げる。
「ッ────。はぁ、もう好きにしたら」
「クク、段々ルウラの扱いが分かってきたな」
メルクは達観した様子で、弟子を褒めるような態度でククに接する。
「おかげさまで」
一瞬、怒りのマグマが噴出しそうになったがククだが、この調子で相手をしていれば先に消耗するのは自分だということにようやく気が付いた。
「なんか女の子みたいな部屋だな」
「そろそろ殴るわよ」
ククの部屋は全体的に白を基調とした部屋であり、ベッドには天蓋が付いている。まるでお嬢様のそれだ。肉球型の通信機といい、やはりククは可愛いものが好きなようだ。
「あれってもしかしてお前のお母さんの写真か?」
部屋の奥に備え付けられた机の上には、一人の女性が写った写真が立てかけてあった。
「そうよ、お母さんがまだ生きてるときに撮った写真なの」
「へぇ、お前に似て気が強そうだな。何か研究してた人なのか?」
ルウラがそう言ったのは、写真に写っているククの母親が白衣のようなものを纏っていたからである。それに赤髪で若干目が吊り上がっているところなんかはククにそっくりだった。
「らしいわよ、私が生まれる前は魔法の研究とかをしていたらしいわ」
「へぇ、じゃあククの家は魔法一家ってわけだ」
「まぁ、そうなるのかしら。それよりもあなた達の話も聞かせてよ」
「俺たちのこと?」
「そうよ、こんなに理解不能なコンビ見たことないもの」
ククがこういうのも納得できる。魔力がないくせに化け物じみた強さの少年、それと魔力を持った喋るカラス、こんな凸凹なコンビは中々いるものではない。
「確かに俺たちの出会い方は結構特殊かもね」
「まぁそうだろうな」
そういって夕食ができるまでの間、ルウラたち三人はそれぞれの過去について語り合った。
しばらく経ってから、コンコンとドアが鳴ると同時に部屋の外から声が聞こえてきた。
「お食事の用意が出来ましたので、ダイニングまでお越しください」
「あっ、もうそんな時間経ってたんだ」
「すっかり話し込んじゃったわね」
メイドに呼ばれた二人と一羽はククの部屋から出ると、ダイニングへと向かった。
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