第4話 旅立ち

時は流れてルウラ=スティング15歳。つまりメルクと出会ってからすでに七年が経過した。

15歳になったルウラは子供のころよりもだいぶ大きくなり、身長も170を超えるほどまで成長した。母親譲りの黒髪と父親譲りの金眼はさらに美しくなり、いわゆる美男子といった風貌である。


「もう行くのか、ルウラ」


「父さん、、、それにみんなも。見送りはいらないって言ったじゃん」


門からこっそりと抜け出そうとしていたルウラだが、どうやら村の者には感づかれていたらしい。


「そんなさみしいこと言うなよ。お前のことだから大丈夫だろうけど気を付けて行けよな!」


「お前ら、、、」


村に産まれて15年、最初は異端な者として村から認められないこともあったが、今となっては村のほとんどがルウラのことを好きだった。


「ルウラ、寂しくなったらいつでも帰ってきていいんだからね?」


「分かってるよ、母さん」


母のアンナは目じりに涙を浮かべ、これから旅立つ息子が心配で仕方がない様子だ。


「お前なら大丈夫だルウラ。とうとうこの俺も超えちまったんだからな」


「兄さんには結局勝ち越せなかったけどね」


「馬鹿言え、お前はもうこの村で誰よりも強いだろうが」



兄のダイアは今年で21歳になる。その姿は父であるラースの若いころにそっくりだ。肉体的に衰えてきた父に代わり、今は道場を受け継いで師範を務めている。


「メルクよ、息子のことは頼んだぞ。恐らく迷惑しか掛けないだろうが世話をしてやってくれ」


「任せとけよ、ラース」



あの秘密基地で出会ったメルクも村に住み着いて、7年が経った。

最初は喋るカラスとしてルウラがとんでもないものを連れてきたと騒がれていたが、今となってはルウラのお世話係として定着し、村人からも認められている。


「ルウラ、何度も言うがこののことは気にするな。俺がこの腕を失ったのは俺が選択した結果だ。お前も自分がしたいことを己で選択し、後悔の無いように生きろ。お前は小さいころからそれができる子だから心配はしてないがな。」


ルウラの視線に気付いたのか、ラースは既に失くなっている右腕を押さながらルウラに真剣な目を向けて言った。


「そうだよね。うん、俺は父さんの息子として恥じないように生きる」


その時のルウラの顔は、何か鎖につながれたものがちぎれたような、そんな晴れ晴れとした表情をしていた。


「それとあの探索者さんに会ったらよろしく伝えといてくれよ」


「もちろん、しっかり伝えておく」


そしてルウラは最後に村人全員の顔がよく見えるように、勢いよく門の上に飛び乗った。


「じゃあ行ってくるよみんな!いつか絶対帰ってくるから!!」



「変な女に引っかかるなよルウラ!」


「いつかお前の冒険譚を聞かせてくれー!」



「あぁ!じゃ行くぞ、メルク」


「おう」


こうして尻尾付きとして生まれたルウラ=スティング十五歳は、多くの人間に見送られる形で旅に出発した。







そして村を旅立って数日が経ち、少しずつこの旅にも慣れてきたルウラたちには目的地があった。


「おいルウラ。一応聞いておくが、今自分がどこに向かってるのか分かってるよな?」


「はぁ、馬鹿にすんなよメルク。あれだろ?ラウマンティ王国」


「ラマージ王国だアホ。お前はそこの首都であるへラブでまず探索者の登録をするんだろ」


ルウラが向かう先は魔法で栄えている大国、ラマージ王国である。

この国はセンシン村と陸続きになっている国で、ルウラが探索者登録をするために向かう初めての異国の土地だ。


探索者シーカーとは名前の通り、この世界を探索する者たちのことだ。しかしそれ以外にも様々な理由で探索者をやっているものが多い。お宝を発見して一獲千金を狙う者。自身の実力を活かし、魔物を倒すことで安定的な報酬を得る者。この世界の秘密を解き明かしたい者。


ルウラはとある探索者に強い憧れを持ち、その人のようになるために村を出た。


「ていうか思ってたより結構かかるなぁ。そろそろ頭がおかしくなりそうだよ」


「まぁセンシン村自体、大陸の端にあるからな。まだ結構あるだろうけど我慢しろ」


ルウラの好奇心という名のセンサーが一ミリたりとも動かないらしい。歩いて食って寝る。時を繰り返すように同じことをする旅路が退屈で仕方ない。


「けど初めての冒険だよ?なんかこう、お約束的な何かがあってもいいじゃない」


「馬鹿言うな、そんな都合のいい展開があるわけ・・・」


そんなくだらないことを言い合っていると、目の前から人が何人も収まりそうな大きな物体が近づいてきた。


「何だあれ」


「魔動車ってやつだろ、けどどうしてこんなところを走ってるんだ」


魔動車とは魔力を原動力にする乗り物のことである。その外形は馬車を想像してもらえれば分かりやすいだろう。魔動車はとても高価な物であり、一部の人間しか乗ることはできない。そしてこの魔動車を操縦するには魔力の扱いに長けた者が必要である。


つまり魔動車の中には必然的に魔力について造詣のある者が乗車している。



「あれ、なんか降りてきたぞ」


「あぁ、それにあんまりよろしい雰囲気でもなさそうだな」


目の前で魔動車が停車したと思ったら、その中から五人の男がぞろぞろ出てきた。

しかし中から出てきたのは、とても魔動車を所有しているような風貌の者ではなかった。


「おいおい、こんなところをガキが一人でうろつくなんて何考えてんだぁ?」


「今日はついてるな。見た目も悪くないし、健康状態もよさそうだ」



「何だお前ら、そんなに俺の体をジロジロ見て」


「山賊の類だろ。お前をさらおうと考えているんだろうな」


自分の体を凝視してくる山賊風の男たちに対して鳥肌を立てたルウラだったが、メルクに言われてそういうことかと理解した。


「なるほどな、だがすまん。俺にそっちの気はないんだ」


「そういう意味じゃねーよ!お前をさらって売り飛ばしてやろうってことだよ!」


いまいち会話が噛み合わないルウラに腹を立てた山賊風の五人組は、さらに言葉を続けた。


「おいお前、どの祝福が一番強い」


五人組の内の1人に問われたルウラは全く恥ずかしげもない様子で答えた。


「俺か?俺は尻尾付きだぞ」



「「「は、、、?」」」


「ん??」



口をポカンと開けて驚く相手に対して首を傾けることで対抗するルウラ。



「「ぎゃははははっ!」」


「尻尾付きってマジかよこいつ!」


「まぁ見た目は悪くないんだし、物好きなやつがいれば買い取ってくれるだろう」


「そうだな、まぁこいつが外れてもあの女は確実に大当たりだから問題は無いだろう」


「あの女?」


"あの女"という発言が気になったルウラは、開きっぱなしのドアから魔動車の中をちらりと覗いてみた。


「うわっ、見ろよメルク。村以外で女を見たの俺初めてだ」


「どうする、助けてやるか?」


魔動車の中には手と足、そして口をひもで縛られてしまい完全に身動きをとれない状態にされていた一人の少女がいた。

その少女は燃えるように赤く染まった長髪を後ろに一つで束ね、彼女の心臓辺りに位置する二つの豊かな双丘が、身に纏う冒険者風の服装を圧迫していた。しかし、その存在感はどこか隠し切れない高貴なオーラを感じさせた。


「そりゃ助けるだろ。こういう展開を俺は待ってたんだよ!」


「さっきからいい加減にしろよお前。俺たちを馬鹿にするのもほどほどにしとけ」


ルウラの相手を馬鹿にしたような態度に、山賊風の男たちは血管がはち切れそうなほどの怒りを覚え、武器を構えて威圧するように歩み寄ってきた。


「いいねぇ、そう来なくっちゃ」


既にルウラも臨戦態勢。素手による戦闘が主なルウラが武器を構えることはない。もちろんそんなことを知らない五人組は、なめられていると勘違いして更に逆上する。


「尻尾付きのくせに一丁前に構えて何するつもりだ?」


「お前ら、殺しはするなよ。それとあのカラスも残しておけ。よく考えたら喋るカラスなんて聞いたこともない」


「分かってますよ兄貴。ただし半殺しは覚悟してもらうぜ?」


そう言って坊主頭の男がナイフを一息に振り下ろしてくる。


「ぐはっ!」


「そんなの当たるわけないだろアホが」


ルウラは振り下ろされたナイフを悠々と横にかわし、がら空きになった横っ腹に鋭い蹴りを入れた。


「遊んでんじゃねぇぞお前。あんなカスに一撃もらってんじゃねぇよ。」


「す、すいやせん兄貴。こんなやつすぐ終わらせますよ」



しかし坊主頭は焦っていた。確実に半殺しにするため、というよりも全殺しの一撃を放ったつもりだった。しかしそれがいとも簡単に避けられて、その上を反撃をもらった。冷静でいるほうが無理だと言うものだ。しかもそれが尻尾付きであるということが坊主頭の激情に拍車をかける。


「おいクソガキ、なめんのも大概にしろよ」


「なぁメルク、あいつなんであんなに怒ってんだ?」


「お前みたいなガキにやられてプライドが傷つけられたんだろうな」


「なるほどなぁ、大人って大変だな」



「お前ら冷静に分析するんじゃねぇ!!」


すでに涙目であった坊主頭は唾を吐き散らしながら、懲りずに再度襲いかかってきた。


「おい!殺すなって言っただろうが!」


だがもう遅かった。周りの声が聞こえないほど激怒している坊主頭は全力でナイフを振るってきた。


「くそっ、くそ!!なんで当たんねぇんだ!」


しかしいくらナイフを振ってもルウラの体には掠りすらしない。空気を切るためにナイフを振ってるとしか思えない光景だ。


「はぁ、はぁ」


「おいクソガキ、お前尻尾付きなんて嘘だろ?本当のことを言え」


後で状況を見守っていた兄貴分の男が、流石にこの状況に疑問を抱き始めた。


「だから本当に尻尾付きだって。お前ら全員アホなのか」


「────ッ!!あぁそうか、もういい。お前ら、殺すぞ」


ルウラの何気ない"アホ"という単語が彼らの怒気を刺激したのだろう。その男の号令と共に一斉に襲ってきた山賊風の男たちだったが次の瞬間、足を地面に縫い付けられたようにピタリと動かなくなった。


「しょうがねぇな、お前らにとっておきを見せてやるよ」


そのルウラの発言には、先程まで感じられなかった覇気が溢れんばかりに籠っていた。


(ふ、ふざけんな。何だよこの化け物)


男たちはもはや立ち向かう勇気をなくしてしまった。これは本当に人間なのか、もしかしたら人の皮を被った化け物ではないのだろうか。そう疑わざるを得ない凄みが目の前の少年には宿っていた。


『矮小なるその奇跡、分をわきまえぬその身を恥じろ』


ルウラは言葉を発すると同時に、目の前でこぶしを握ってみせた。


「ゔぁ、ぐっ、、、」


「だすけてぐれぇ、、、」


この光景には魔動車の中に囚われていた少女も目を見開き、驚いた。ルウラが詠唱のようなものをした途端、対峙していた男たちは突如苦しみだし、自分の首をかきむしり始めた。こんな魔法は見たことがない。


しかし少女が驚いたのは、それだけではない。



「ちょっ、これまじで死ぬ。メルグ、だすけてぇ、、、」


「いい加減制御できるようになれ。俺は知らん」


なんとその術者であるはずの少年にも効果がてきめんであった。


苦しむ賊と自分の術にかかっているアホが一人。その地獄絵図を引き裂くように、水の球がルウラに向かって飛んできた。


「はぁ、あなたのせいで台無しじゃない」


そこには先ほどまで全身を縛られ、身動きが取れなかったはずの少女が悠々とした表情で佇んでいた。



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