第3話 左腕のカラス

「うぅ、、、気持ちわるぅ」


突如、目の前が真っ暗になったルウラはとりあえず呼吸を整えるために、大きく息を吸った。


「ていうかどこなのここは」


深呼吸をして少し冷静さを取り戻したルウラは、目の前に広がる光景をみて唖然とした。


「お花畑に湖に、、、動物もいる!」


先程までいたはずの秘密基地とは明らかに異なる場所。楽園とはまさにこのような場所を指すのだろう。あたり一面に広がる花畑、それに囲まれるように太陽の光を反射してキラキラと光り輝く湖。そしてこの空間を自由に駆け回り、飛び回る動物の数々。


「ん??なんで月も見えるんだ??」


ルウラは空を見るとあることに気が付いた。


それは本来同時に見られるはずのない月と太陽が、隣り合わせになっていたのだ。


「俺こんな場所知らないぞ」


この世界には転移魔法と呼ばれるものがある。だからこそルウラは自分がその転移魔法に引っかかってしまったのかと考えたが、今のルウラにとってそれは些細な問題だった。

何故ならば地平線の彼方まで続くこの光景に興奮を隠せるわけもないルウラは、好奇心の赴くままに時間を忘れて楽しんでしまったからだ。


そうこうしていると、ルウラはこの空間において一際目立つものを発見した。


「えーっと、あれはお墓?」


ルウラが発見したのは、花畑に囲まれるように建てられた二つの立派な墓だった。

もちろん、こんなものを見つけて無視できるはずがないルウラは花畑を横切って一直線に墓の元へ向かった。


「すっげー立派なお墓だなぁ。ん?なんて書いてあるんだろうこれ」


そのお墓には文字が刻まれていた。村で読み書きを教わっているルウラであるが、この刻まれた文字を解読することはできなかった。恐らくセンシン村からは遠い場所の言葉なんだと思うことにして、とりあえず持ってきていた紙とペンにその文字を書き記しておいた。


「それで、これは何なんだろう」


ルウラが気になったのは墓のほかにも、もう一つあった。

それは二つの墓の間にポツンと建てられている小さな台座のようなもの。そしてそこには二つの輪っか状のひもがあった。


「これはミサンガ、かな?そういえば村にもつけてる人いたな」


目の前にある輪っか状のひもと同じようなものを村人がつけていたのを思い出したルウラは、そのマネをするように二つのミサンガを腕にはめてみた。


「おぉ、かっこい────ッ!またこれだ!」


そのミサンガを腕に通した直後、秘密基地にあった木に触れた時と同じ苦しみが、再度ルウラを襲った。



気味が悪い、反吐が出る、疎ましい、不愉快、様々な負の感情がルウラの体を巡り、そして浸食していく。


しかし、今度の力の発生源は自分だということにすぐ気が付いた。巨木から感じた力と同じものを自分の中に感じたが、どこか雰囲気が違う。あの時は優しさのような、心地のいい感情をこの未知の力から感じ取れた。


「なんだよこれ!出てけよ!やめてくれ!」


得体の知れない力が体の中を蠢く。肉を犯し、骨を犯し、魂まで穢されていくような感覚。

体の中に余所者が入ったような、自分の肉体と中身がちぐはぐしているような気持ち悪さに襲われ、この体は自分のものだと主張するように、血が出るまで胸をかきむしる。


「あぁぁぁぁぁあ!!!」


その苦しみは増すばかり。何かに引っ張られるように増すその力の勢いは、ルウラの小さな体をどんどん蝕んでいった。


「あっ、うぅ」



もはや虫の息。呼吸をすることすらままならないルウラはとうとう意識を手放しそうになってしまった。



その時だった、声が聞こえたのは。




『あぁ、この感覚は』




ズガァァァァアアアアアアアアアン



一瞬のことだった。雲一つない晴れ晴れとした空から、天を割くように地上へと降り注がれた稲妻は、ルウラの目の前にある二つの墓に降り注いだ。


「へ、、、?」


そして稲光の中から現れたのは一羽のカラスだった。左羽に痣のような模様が刻み込まれた漆黒のカラス。


「・・・誰だお前?」


「こっちのセリフだよ!」


本当ならカラスが喋っているという事実に疑問を抱くべきなのだが、不可解な出来事の連続でそんなことに戸惑っている余裕が今ののルウラにはなかった。


「俺か?俺は、、、いったい誰なんだろうな」


首をかしげなら唸るカラスの姿はまるで人間そのものであった。


「いや、もう訳わかんないよ」


「それよりお前は誰だよ。そんでここはどこだ。そして俺は誰だ」


「いっぺんに聞かないでよ!俺だって知らないんだから」


突如目の前に現れたカラスの質問攻めに戸惑いながらも、なんとか状況を整理しようと頭をフル回転させるが、ルウラの小さな脳みそではこの情報量は処理しきれなかった。


少し時間を経て、とりあえず自分のこと、そしてこの空間にたどり着いた経緯を話した。


「へぇ、ていうかその左腕の痣、俺の左羽にある痣と似てるな」


「ほんとだ、なんかお揃いみたいで嬉しいね」


カラスが目を付けたのはルウラの左腕を覆う大きな痣。産まれた時は、少しの範囲にうっすら広がっている程度だったが、その範囲と濃さはルウラが成長するにつれて広がっていった。


「変わってんなお前。まぁそんなことよりも、とりあえずここから出るか」


「え!?どうやって出るか分かるの?」


「お前の中にもその力があるのは俺にも感知できるぜ?だったらその力をうまいこと使えば出れるんじゃね?」


どうやらこのカラスはルウラの中にある異質な力を感じ取れるらしい。これからは便宜上、現段階ではただの『異魔力』ということにしておこう。そしてこの不思議なカラスの言う通りに自分の中にある異魔力を体外に放出してみた。


「うーん、結構難しいな」


二度もこの異質な魔力を体で実感したルウラは、確かに自分の中にあるその力を感じることができる。しかしこれを扱うとなったら全くの別問題だ。箸の存在を知っている人間が簡単にそれを扱うことができないのと同じようなものだ。


「もっと自分の魂を感じろ。言っとくけどこれは感情論じゃないぜ?魔力ってのは魂と最も強く結びつけられてるんだ」


「なんで君がそんなの知ってるの?」


「ん?それはお前、、、確かに俺は何でこんなことを知ってるんだ」


このカラスの声色からは嘘をついているように聞こえない。本当に自分でも分からないようだ。

なんとなくそう感じたルウラは、この記憶喪失のカラス?の言う通りにしてみた。


(…これ、なのかな?なんだかすごくいい気分だ)


ルウラは自分の奥底にある魂のようなものを感じ取った。そこには活力や感情、そして先程から感じている異質な魔力、ルウラという一人の人間を形成するためのすべてが詰まっているような気がした。


「おぉ、いい感じだぞ!」


ルウラの集中力はどんどん増していく。一歩ずつ、確実に魂へと近づいていく。

その過程でルウラの周りには異魔力が可視化され、その力のうねりは大気を震わせた。


「ちょっ、おい。やりすぎじゃねぇか!?」


その力は増す一方。カラスの声など最早聞こえないほど魂の根源に没入しまっているルウラの勢いを止めることが出来る者は誰もいない。


そして止まった。今までの出来事が嘘だったかのように全てが止まった。


溢れていた魔力の渦は一瞬にしてその鳴りを潜め、ルウラはゆっくりと閉じていた目を開けた。


そして言い放つ。


『縺薙?蜃コ蜿」繧帝縺代』


「は?」


ルウラが理解不能な言語を口にした途端、目の前の空間に人が一人通れるほどの穴がぽっかりと開いた。








「あれ、、、ここは。何か分かんないけど上手くいったみたいだ!」


その穴を通った一人と一羽は、無事に元の場所に戻れたようだった。


「お前、さっきのあれは何だよ。なんて言ったんだ?」


カラスは全く聞きなれない言葉を発したルウラを疑問に思わないはずがない。しかし、ルウラの返答は予想外のものだった。


「さっきの?あぁ、試しに『開け!』って言ったら開いたんだよ。とりあえずやってみるもんだね」



(嘘だ・・・こいつはそんなこと一言も言っていない。それにあの言語は何だ。俺が知らない言語なのか?でもどこかで聞いたことがあるような)




「・・・まぁいいか、これがお前の秘密基地か。いい場所だな」


しかしカラスは考えることをやめた。純真な笑顔を浮かべ、帰ってきたことを素直に喜んでいるルウラを見ていると、こんなことを気にしている自分がばかばかしくなってきたからだ。


「でしょ!俺以外誰も知らないんだから!っていうかミサンガ持って帰ってきちゃった」


あまりに非現実的な出来事が起こりすぎて、台座に置いてあった二つのミサンガを戻すことすら忘れていたらしい。どうしようかと思っていると、何かを思案するようにカラスが話しかけてきた。


「ルウラ、それは何だ」


「ん?君が現れたところにおいてあったミサンガだよ。うっかり戻すの忘れちゃったからどうしようかと思って」


「そうか、なぁんか見たことがあるような無いような」


カラスはミサンガに見覚えがあるのか、既に穴が開いているミサンガを穴が開くほど凝視していた。


先程のルウラが発した理解不能な言語然り、どこか覚えがあるような、しかしそれ以外何も思い出せないことのもどかしさに悶々とした。



「え、これ知ってるの?」



「うーん、なんとなく見覚えがあるような気がするだけだからなぁ。多分気のせいだろ。まぁとりあえず持っとけよ。そのミサンガってのも人に使われるほうが幸せだろうよ。」


これ以上考えても何も思い浮かばないと思ったカラスは、本心から思ったことをそのままルウラに伝える。


「じゃあそうしとこうかな」


「・・・」


「・・・」


「何だよさっきからじろじろこっち見て」


「え!?その、君はこれからどうするのかなって」


恐らくカラスについてきてほしいのだろう。指遊びをして恥ずかしさを紛らわすその姿は、いたって普通の八歳児だった。


「うーん。特にすることもないし、俺が一体何なのかもよく分かんねぇし。それまでお前についていこうかな」


心のどこかでこの言葉を待っていたのか、カラスがついてくると言ったときのルウラの顔はとても嬉しそうであった。


「やったー!そんなに遠くもないからすぐ着くよ!」


「お、おう。そんなに喜んでくれるとなんか照れるな」


カラスもカラスで真っ黒な毛に覆われた顔がほんのり赤くなった気がしたが、おそらく気のせいだろう。


「そういえば君って名前あるの?」


重要なことを忘れていたルウラは期待にあふれた目をカラスに向けた。


「名前かぁ、あるのかどうかは知らんが、少なくとも俺は知らないな」


それを聞いたルウラは少し考える素振りを見せた後、何かをひらめいた。


「じゃあメルクってのはどう?かっこよくない!?」


思っていたよりもいい感じの名前だったからか、カラスは今日一番の明るい声で答えた。


「メルクか、気に入ったぜ。これからよろしくな、ルウラ」


差し出された左羽をつかむように、メルクと同じく痣の広がった左腕で羽の先を掴んだ。


「こちらこそよろしくね、メルク!」

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