第5話 クク=アンセット

「ぐはっ!」


飛んできた水球が腹に直撃したルウラはそのまま遠くへ吹っ飛んでいった。


「おい、なんでこの女が外に出てるんだ!あいつは何をしている!」


「はぁ、私があなた達程度に捕らえられるわけないでしょ?」


ルウラが吹っ飛ばされたことで呼吸ができるようになった賊たちは、なぜか捕えていたはずの少女が自由に動き回っていることに動揺を隠せなかった。


「次から次へとどうなってんだ!おい、あのガキはどこ行った!」


「あそこで完全に伸びちまってますよ!」


手下の1人が指差す場所には、木にもたれかかりながら白目をむいてるルウラの姿があった。


「なら相手はこの女一人だな。さっさとシメて連れてくぞ」


今度こそ油断はせずに五人全員で襲い掛かったが、その数の暴力は全くの意味をなさなかった。


「あなたたち馬鹿ね、水球オー・バレ


「ぐぁっ!!」


「がぁっ!!」


少女から放たれた五つの水球は、吸い込まれるように五人組へとそれぞれ衝突して爆ぜた。


「おいっ、この女捕まえた時と全く違うじゃねぇか」


「あいつは何してたんだ、さっさと出てこい!」


「さっきから何を言ってるのか分からないけど、もう終わらせてあげるから安心していいわよ」


そう言って、さっきの水球よりも一回り大きいものを頭上に浮かべた少女はその腕を振り下ろそうとした。



「危ない!!!」



突如聞こえたルウラの叫び声に反応した少女は、寸前で体を横に倒した。


「ほぉ、今のを避けるか。それにあのガキもよく気付いたな」


そこには全身を隠すほどの真っ黒なローブに身を包んだ魔術師風の男が、さっきまで少女がいた場所にナイフを突き立てていた。


「ふぅ、全く気付かなかったわ。どちら様?」


「ひどいなぁ、ずっと一緒に魔動車に乗ってたじゃないか」


「私に気付かれずにずっと気配を殺していたとでも言いたいの?」


「そうなるね、影が薄いのは俺のチャームポイントなんだぜ」


顔全体を覆い隠すフードから覗く彼の顔には、ニヒルな笑みが浮かんでいた。


「残念だったな、そいつは俺たちが金を積んで雇った探索者だ!お前のような女如きに倒せる相手じゃない!」



「そう、けれど気配を消せる程度では私には敵わないわ」


余裕な態度をとる少女だったが、心臓の鼓動は少しばかり速くなっている気がした。


(ふぅ、正直全く気付かなかったわ。けれど純粋な一対一なら負けるつもりはないわ)


そして少女は自分の腰に差してある一振りの剣を抜く。そして自分の意思を示すかのようにその切っ先を相手に向ける。


「悪いな、これも金のためなんだ。勘弁してくれよお嬢ちゃん」


そして空気に紛れるようにその存在感を徐々に希薄にするフードの男。


「お前はもう俺を見つけることはできな────具ぇ!!」




ドガァァアアン!!




「お前みたいなのは探索者なんて呼ばねぇよ」



地面が急に爆発したと思ったら、少女の目の前には地面に顔面をめり込ませるフードの男の姿、そしてその顔面を殴り飛ばしたであろうルウラの姿があった。


「・・・うそ」


少女が驚くのも無理はない。ついさっきまで十数メートル離れていた場所で伸びていた少年が、いつの間に自分を通り過ぎて目の前の相手を殴り飛ばしているのだから。


「探索者ってのはな、もっとかっこいいもんなんだ。お前みたいに汚い真似をするやつを、俺は探索者なんて認めねぇ」


フードの男に向けるルウラの眼は、確かな信念で揺らいでいた。


「ふざけんなよっ!!お前ら一体何者なんだ!」


唯一の頼みの綱であったハイドが一瞬でやられたことで後がなくなった賊たちは、わき目も振らずにその場から逃げ出した。


「逃がすわけないでしょ。あんたたちには聞きたいことがあるんだから」


「ゆ、許してください」


しかし、狩人の如き目をした少女からは誰も逃げられなかった。








「よくやったわ、感謝してあげる」


「気にすんなよ。ていうかお前こいつらより強いのになんで捕まってたんだ?」


賊たちを縛り上げたルウラたちは魔動車に乗って、ある場所へと向かっていた。


「こいつらのアジトを突き止めるためにわざと捕まってたのよ。ただもうその必要はなくなったみたいだけど。そうよね?」


「は、はい。もちろんですよ姐さん」


原形を留めないほどボコボコにされた賊たちは、固まった表情筋を無理やり吊り上げて笑って見せた。


「そういえばお前の名前聞いてなかったな、俺はルウラ=スティング、15歳だ。お前は?」


「私の名前はクク=アンセット、あなたよりも二つ上の17よ」


「なんでちょっと偉そうなんだよ。それよりもアジトってなんだ?俺なんも聞いてないんだけど」


一緒に賊を倒したということでとりあえず流れで魔動車に乗っているルウラとメルクだったが、今の状況をほとんど理解できていない。

それを説明するために、ククと名乗った少女は今向かっている場所について、そして自分の目的について語ってくれた。


「へぇ、お前オーパーツを探してんのか。メルク、オーパーツってなんだ?」


「はぁ、オーパーツってのは今は滅亡してしまった、過去の文明において作られた魔道具みたいなもんだ。ラースが前に見せてくれたことあっただろ」


「オーパーツも知らないって、あなたすごい田舎から来たのね」


メルクの言う通り、オーパーツとは過去に栄えていたと言われる、謎の文明において作られた非常にレアなアイテムだ。その効力は現在では再現できないほど高水準な物ばかりで、なかなかお目にかかることができない。


「それで、ククはどんなオーパーツを探してるんだ?」


「・・・別になんだっていいでしょ。それよりもそろそろ着くわ。ここでいいんでしょうね?」


風に流されそうなほど弱い声色でそう呟くククの顔は、どこか険しい表情をしていた。


「は、はい、ただここからは徒歩じゃないとたどり着けないです!」


「そう、じゃあここで降りましょう。あんたたちも降りなさい」


「了解です、姐さん!しっかりアジトまでの案内役務めさせていただきます。行くぞお前ら!」


「「おう!!」」



「お前ら恥ずかしくないのかよ…」


もはや完全にククの奴隷になっている五人組は、林の中を道を切り開きながらどんどん先へと進んでいく。



「兄貴、これはまずくないですか?」


「黙れ、こうするしかないだろ!」


「でもこのままじゃ俺たちが組織に隠れて商売やってたのばれちゃいますぜ」


「そんなことまで考えてる余裕ないわ!そのことはあの人にこいつらを倒してもらってから考えるしかねぇ」


「分かりやした」



ルウラたちに聞こえない声でコソコソ話す賊たちの足取りは、アジトに近づくにつれて陰鬱なものとなっていた。



「ここです姐さん」


案内されたのは森の中にある廃屋、とても人が住めるようなところではない。


「馬鹿にしているのかしら?」


「違いますよ!とりあえず中に入ってください」


案内されるままに廃屋の中に足を踏み入れたルウラたちは、床に目を向けた。


「そりゃこんなオンボロ屋敷がアジトな訳ないよな」


メルクが思った通り、どうやらアジトはこの地下にあるらしい。


兄貴分が床についている取っ手のようなものを横にスライドさせると、そこには地下へと続く階段があった。


「あぁ?誰だてめぇら」


地下へと続く階段を下りた先は広場になっており、そこでは男や女が酒を飲んで騒いでいた。



「おいジャン、なんだこいつら。こんなでけぇのはいらねぇぞ」


「す、すみませんノーマさん。実はこいつらにアジトへ案内するように言われまして、、、」


この兄貴分の名前はジャンという名前だったらしい。そしてノーマと呼ばれた光り輝く禿げ頭がここのボスなのだろう、その態度や雰囲気からは並々ならぬ迫力が感じられる。


「あなたがここのボス?」


「だったら何だってんだ」


「あなたたち色々なところで孤児さらいをしている組織の人間でしょ?あなた達の組織に存在すると言われてる解呪のオーパーツを探しているの。何か知っているのなら教えてくれないかしら」


「おい、、、どうして俺たちがその組織の人間だとわかった」


ククが組織について口にした途端、急に雰囲気が変わったノーマ。


「どうしてって。あなた達全員の肩にそう記されているじゃない」


そう言われて、ここにいる全員が自身の左肩を確認した。何故かルウラも含めて。



「・・・なかなか鋭いじゃねぇか」


「揃いもそろって馬鹿ばっかりね」


五人組を含めて、ルウラとクク以外の全員の左肩には大きな黒い丸の模様があった。

恐らくこのマークが組織の一員であることの印なのだろう。


「おいメルク、なんかすごい展開になってきたぞ」


「お前は少し黙ってろ」


雰囲気を壊さないように小声でメルクに話しかけるルウラは、この状況をどこか楽しんでいるようだった。


「さっきから気になっていたが、隣にいるこの魔力なしのガキはなんだ」


「私の連れよ」


「はっはっは、笑わせんなよ。尻尾付きに何が出来んだ」


他人の魔力を感じ取ることができるノーマはルウラが尻尾付きであることを見抜いたらしい。ノーマを含め、周りの人間たちも腹を抱えて笑っている。


「なんだかデジャヴね」



「こいつら結構気のいいやつだな」


「落ち着くなルウラ、お前は今馬鹿にされているんだ」


ただ馬鹿にされていることにすら気付かないルウラには全くダメージがなかった。


「それで、知ってるの?知らないの?」


「さぁな、ただ知ってるとしても言わねぇだろうなぁ」


馬鹿にしたような笑みでククを見据えるノーマは、この状況でも全く余裕といった感じだ。


「そう、それなら力づくで聞きだすしかなさそうね」


「ふっ、やれるもんならやってみろよ」

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