第6話 へラブ到着

まず最初に動いたのはククだった。


「おっと、その魔力量から魔法が専門だと思ったんだが」


ノーマの予想は外れ、ククは魔法ではなく体術で攻めてきた。


「その通りよ。ただ芸が一つしかない女なんてつまらないでしょ?」


「ははっ、ちげぇねぇな」


鋭い蹴りを両手で受け止めたノーマは、お返しとばかりに容赦なく蹴りをお見舞いした。

顔面に迫った蹴りをしゃがむことで回避したククは、相手が地面を踏みしめる軸足を蹴り払った。


「くっそ」


その大きな身体が空中に舞ったノーマは、回転することで無事に着地をする。


「なかなかやるなお嬢ちゃん。それよりもあの連れはほっといてもいいのか?死んじまうぞ」


「まぁ、多分大丈夫でしょ。あなたこそ敵の心配をするなんてずいぶん余裕があるのね」


大勢の組織の人間に囲まれたルウラとメルクをちらりと見たククは、すぐさま目の前の相手に意識を切り替えた。


「冷たいねぇ」


「そうかしら?」



次に攻撃を仕掛けたのはノーマだった。


『隆起しろ』


ノーマが両手を地面に付いて唱えると、ククの足元が歪んだ。


そのすきを見逃さずに一気に肉薄、


すると思いきや、またもや呪文を唱えた。


『突き刺せ』


ノーマが差し出した右手のひらに出現した、円錐状の岩塊が勢いよくククに向かっていった。

既に態勢を崩されたククにこれを回避する術はない。故に真っ向から対抗するように水球を放つことで相殺をした。


「ずいぶん乱暴な詠唱ね」


「ふっ、詠唱なんて適当でいいんだよ」


詠唱とは魔法を発動するためのトリガー。詠唱に呼応するように魂に結び付けられた魔力が呼び起こされる。


魔法とはすなわち想像力。


想いが強ければ強いほどその効果は増大する。


つまり詠唱とは魔法にとっての促進剤となる。

詠唱をすることで想いを募らせる。そして募らせた想いを具現化する。


これは魔法を扱う者にとって常識であり、この世界の真理である。


「嬢ちゃんこそよく無詠唱で俺の攻撃を打ち消したな。それに腰に差してある剣は使わなくていいのか?」


「ふんっ、あなた程度に使うわけないでしょ。格が違うんだから、格が」


完全に相手を下に見た発言に、荒くれ者のノーマは禿げ切った頭をゆでだこのように真っ赤に染め上げて眉毛を吊り上げる。


「ははっ、ぶっ殺してやるよ!」


今度こそ接近戦を仕掛けてきたノーマは、その自慢の肉体を存分に生かすパワープレイに徹した。


何度も何度も襲ってくる必殺の一撃を間一髪で受け流すクク。繰り出される拳から発生する風圧に、ククの皮膚は血しぶきをあげながら絶叫する。

しかしククも防戦一方なだけではない。相手の怒りの感情によって生じる一瞬の隙。


そこを確実に叩く。


傍から見たらノーマが善戦しているように見えるが、その実ノーマのほうが確実に肉体へのダメージを蓄積している。

暴状の祝福が強いノーマに接近戦で上回っていることから、ククの高い戦闘能力を察することができる。


「くっそ、超常のくせにどうして俺に対抗できる」


「だから言ったでしょ、格が違うって」


もう終わらせてあげる、ククはそう呟くとノーマが繰り出した岩塊を模倣するように、同じ形をした水塊を出現させた。


「お前ら!ガキを人質にとっ────て、一体何がどうなってやがる・・・」


脳みそまで筋肉で出来ていそうな見た目をしているノーマだったが、意外と頭は回るらしい。この少女に勝つことはできないと即座に判断し、部下に任せておいた尻尾付きの男を人質にしてやろうと考えた。


しかし、その発想はノーマをさらに絶望の淵に立たせた。


その視線の先に積みあがるのは人間の山。


そしてこちらを見下すように、冷たい視線を注ぎ込んでくる一人の少年と一匹のカラスがその上に鎮座する。


「安心しなよ、殺してないからさ」



無邪気な笑顔でそう答えるルウラの下では、全員が浅く呼吸を繰り返していて、まるで一つの大きな生き物のようだった。

まさか自分が目の前の女との戦闘に没頭している横で、このような地獄が積み上げられていたと思うと、ノーマは体の芯が冷えるような感覚に襲われた。ここから少しでも進めば、そこは死へと誘う処刑台。その処刑台に備え付けられたギロチンがノーマの闘争心を真っ二つに引き裂いた。


「降参だ」


最早どうにもならないことを悟ったノーマは、両手を上げることで降参の意を示す。


「それで、さっきの質問には答える気になったかしら」


禿げ男が完全に降参したことを確認したククは、先程のオーパーツに関する質問を再度尋ねた。


「答えるも何も俺はそんなの知らねぇ。うちの組織はなかなかに機密が多いらしいからな。そういう情報は本部の奴らしか知らねぇんだろ」


嘘をついてるようにも見えない。ククもこんな簡単に情報が手に入っているとは思っていなかったため、そこまで落胆はしていない。


「そう、じゃあその本部とやらはどこにあるのかしら」


「さぁな、俺は行ったことがないから分からないな」


「ったく、本当に使えないわね。まぁいわ、あなた達の処理はうちの憲兵に任せておくから」


そう言ってポケットから動物の肉球のようなものを取り出したククは、それを耳に当てて会話を始めた。



「なぁなぁ、その肉球なんだよ」


「肉球型の魔力通信の道具よ。これで離れた相手と会話ができるの。可愛いでしょ。」


「ま、まぁ」


ククは意外とかわいいものが好きらしい。








数十分後にやってきた憲兵に賊と魔動車を引き渡し、ルウラたちはククと共に整備された道を歩いていた。


「まさかククがへラブに住んでるとはなぁ」


その道中の会話で、ククがへラブに住んでいること、そして普段は父が校長をしている魔法学院の生徒であるということが分かった。


「探索者になるんでしょ?手伝ってくれたお礼に特別に街を案内してあげてもいいわよ」


「まじで?お前偉そうだけどいいやつなんだな」


「そんなこと言ってると蹴るわよ?ていうかそれよりも」


そう言ってルウラの顔に目を向けたククが、ずっと気になっていたことを聞いてきた。


「あなたどうしてあんなに強いの?魔力を感じないから尻尾付きというのは本当っぽいけれど。それにずいぶん個性的な見た目をしているのね」


ククはルウラの体を上から下まで眺めた。全体的にゆったりとした上衣と下衣、先に進むにつれて広がっていく袖口、しかも左腕は肩で袖が切られている。そこから覗くのは腕全体を覆う大きな痣に、手首に巻かれている二つのミサンガ。


「うーん、難しいなぁ。魔力は持ってないけど魔力を持ってるんだよなぁ」


「意味が分からないわ」


自分でもいまいち理解できていないのだから、この力について他人に説明することは今のルウラにはできない。


「魔力と別種の力を持っていると理解してくれればいい。どうやら俺とルウラ以外は感知できないらしいが」


「意味が分からないという話であればあなたが一番意味の分からない存在ね。どうしてカラスなのに喋っているの?それに微かにだけど魔力も感じるし。」


「あのな、カラスだって喋りたい時くらいあるだろ。それにカラスだって魔法を使いたいと思う時があるのさ」


「理由になってないわ」


メルクの意味が分からない言い訳を聞いて、一旦この二人について考えるのはよそうと思ったククだった。




「そろそろ着くわよ」


「ようやく着くのかぁ。うわっ、でっけー壁だなぁ」


ククと歩みを共にしてから数日、ルウラの視線の先には来るものすべてを拒むように町全体を覆い隠す大きな壁が見えた。


「あれは魔獣の被害を抑えるために作られた市壁なの。へラブにいる凄腕の魔法師たちが作った超硬質な壁よ」


へぇ、とルウラがとぼけた顔で感心していると、メルクが何か気になったのか、翼を広げてある一点を指し示した。


「おいクク、あっちは何なんだ」


メルクが翼を指した方向には、高い丘の上にそびえたつ一つのお城があった。この都市は大きな壁で覆われていると言ったが、実際はその城と街を隔てる一本の川で途切れていた。


「あそこは王城ね。ラマージ王国の王があそこに暮らしているの。自由奔放な王様なんだけどね」


そんなことを話しているうちに、とうとうルウラたちはへラブに入るための市門までたどり着いた。


「ようこそ、ここが魔法大国ラマージの首都、へラブよ」














「ダルトさん、ライの奴を殺す準備がそろそろ整いそうです」


「そうか、一応言っておくが次はないぞ」


「はっ、心得ております」


へラブとは離れた土地、人の気配が全くと言っていいほどない人里から隔離されたようなところにある研究施設では、何やら物騒な会話が交わされていた。


「それともう一つ報告が」


丁寧な言葉で、不安に駆り立てられるような口調の猫目の男が、少し怯えるように口を開く。


「西部の辺りを任せていたノーマ達が、何者かに襲われた末に捕らえられました」


「ふむ。どこのどいつがそんなことをしたのだ」


「下の者に調査をさせた結果、一人は黒髪の若い男、もう一人は赤髪の若い女だったそうです」


ダルトと呼ばれた男は、その言葉に反応したのか片方の眉をピクっと動かす。


「黒髪の方は知らんが赤髪の女。。。もしやライの娘と関係があるのではないだろうな?」


ダルトの言葉に重圧感が生まれ、それに当てられたように猫目の男は首を落とす。


「その、可能性があります…」


「そうか・・・まぁよい、その件もお前に任せたぞ」


「は、はい」


猫目の男は一瞬口から出そうになった不満を何とか喉元で抑えた。


「行ってよいぞ」


「はっ」


指示通りに部屋から出て行った男の額には大粒の汗が浮かんでいた。


「くっそ、まじでチビるところだったぜ」


ようやく重圧から解放された男は尿ではなく不満を辺りにまき散らしながら、しっかりとした足取りで施設内を歩く。



そうして扉の前にたどり着いた男は、ドアノブに手を掛け、手前に引いた。


「ネミコ!話は終わったのー?」


部屋の中から声をかけてきたのは、20代ほどの全体的に優しそうな雰囲気を纏ったほっそりとした体形の男。


「あぁ終わったよディオッゾ」


猫のように吊り上がった目をしているネミコは、ようやく気が休まったのか、部屋に備え付けられたソファへと背中からダイブをした。


「お疲れー。それよりも僕がライに呪いを重複させちゃったことバレてないよね??」


「あぁ、俺たちが独断でライの奴を襲った言い訳も何とかバレてないみたいだ。それにこっちにはお前が連れてきたガキがいるからな。あいつが人質になってる限り向こうも迂闊には手を出せんだろう」





「ねーねー、いつまで僕はここにいなくちゃいけないのー?」


二人が物騒な話をしていると、この場の雰囲気には似つかわしくないような、気の抜けた声が聞こえてきた。


「あ、あと少しでちゅよー。あと何回かお日様が昇ったらライのところに戻してあげまちゅからねー」


「おじさん気持ち悪ーーい。」


キャッキャ、と笑いながらネミコを指差して笑う四歳くらいの男の子は、自分が今どんな状況に置かれているのか全くと言っていいほど理解していない。


「こ、このガキ。用が済んだらぜってぇぶっ殺してやる」


「落ち着いてネミコさん、こんなチンチクリンでも一応は人質なんだか。」


顔をぴくぴくさせながら、抑えきれない怒りを露わにするネミコを、ディオッゾが何とか宥める。


「ディオッゾだってチンチクリンじゃん!」


「やんのかクソガキぃ!?」



「お前こそ落ち着け。どうせ殺せば全部解決するんだ。次こそ失敗はしねぇぞ」


「分かってますよ!今度こそヘマはしません」


ディオッゾは両手の拳を顔の前で握って、鼻息を荒くさせる。


「一つ目の呪いが解けちまったのはやべぇが、あいつの魔法を封じられたのはでかいな」


「それに不口ふこうの呪いと同じマタミツの樹皮から作った札を使ったんで、ぜーーったいに解呪できないですもんね!」


「あぁ、次こそは確実にやってやる」


ルウラは、自分とは無関係な場所で徐々に悪の手が迫って来ていることなど知る由もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る