第7話 お約束。

「うわー、人がうじゃうじゃいるなー」


ルウラが立っているこの地こそ、ヘムル地方の西部に位置するラマージ王国の首都、へラブである。偶然ここで生活をしているという少女、クク=アンセットと出会ったルウラは、色々あって彼女に案内される形でこの街にたどり着いた。

そしてようやく目的地に到達したルウラたちは、さっそく探索者シーカーギルドに向かうため、ククに案内をしてもらっている最中だった。



「おにいさん、この串焼き買っていきなよ!」


「うちには綺麗なアクセサリーが揃ってるよ!!」


しかし溢れる活気、たくさんの人々によって生まれる喧噪、これら全てがルウラにとっては初めての体験であり、まるで違う世界に連れていかれたかのような気分だった。左右にはたくさんの建物や出店が所狭しと並んでいて、その全てがルウラの好奇心をこれでもかと刺激する。


「ちょっと、その調子じゃ夜になってもギルドにたどり着けないわ。探索者になるんじゃないの?」


「はっ、そうだった。危うく引きずり込まれるところだった」


「はいはい、もう行くわよ」


『探索者』という単語を聞いて目が覚めたルウラは、親の仇のごとき視線を自分を誘惑する全てに向けてやった。


迷子にならないようククに手を引かれて歩くこと数十分、ルウラたちは数千人は収容できるであろう大きな広場へと出た。


「おぉ、これが探索者ギルドかぁ」


「そうよ、ここで探索者への登録ができるわ」


さっきまで散漫だった意識のすべてが正面に注がれる。レストランや洋服店、武器屋といった他の建造物と比較しても一際目立つこの建物こそが、首都へラブに存在する唯一の探索者ギルドである。



バシンっ!!!



「ちょっと!!」




「はぁぁぁぁああああ」


繋がれていた手を振りほどいて一直線にギルドへと向かったルウラは、感動でまともに声を出すことすらできない。建物内では受付で魔物の換金を行っている者、他にもテーブルで仲間と一緒に酒を飲んで談笑している者や掲示板で何かを確認している者たち。まさにルウラが想像していた探索者ギルドそのものだった。


「急に走らないでよ」


「なぁなぁ、どこで登録したらいいんだ!?」


後から追いついてきたククがルウラに文句を言ってやるが、今のルウラは興奮していて話を聞くような状態ではなかった。


「一旦、落ち着きなさい。そこの一番右側の受付で登録ができるわ。ただしあなたの場合────ったく」


何か伝えようとているククだったが、ルウラは話を聞き終える前にさっさと受付に向かってしまった。


「こんにちは、探索者への登録が希望ですか?」


「はい!探索者になりに来ました」


受付嬢の見事な営業スマイルに対して、見事な純粋な笑顔を返すルウラ。


「ではこの用紙に必要事項を記入してください。文字を書くことはできますか?」


「ふっ、そんなの朝飯前さ」


「は、はぁ」


ルウラは自分の感情を表すかのようにペンをくるくると回しながら記入事項を確認する。


「ねぇねぇ、この傀賢の部分なんだけどさ、祝福を受けてない場合どうすればいいの?」


ルウラが言葉を放った瞬間、水面に一滴の水を垂らしたかのように、ギルド内に静寂という名の波紋が広がった。


「えっと・・・ごめんなさい。もしかして迷子か何かですか?」


祝福を受けていない?恐らく聞き間違いだろう。そう思った受付嬢はいったん心を落ち着かせ、別の質問を試みる。しかし受付嬢もこのような状況は初めてだったため、自分でも何を言っているのかよくわからなくなっていた。


「はぁ?だから探索者になりに来たんだって」


しかし目の前の少年が発する言葉はついさっき耳にしたばかりのものだった。


どうやら聞き間違いではないらしい。


受付嬢がうろたえていると背後から足音が近づいてきた。


「君、この子が困っているじゃないか」


片方の口端を吊り上げて爽やかな笑みを浮かべる金髪の優男風の男が、絹のように美しい長髪を指でくるくるしながらルウラの肩をつかんできた。


「なにすんだよ」


普段はあまり怒ることのないルウラだったが、この時ばかりはタイミングが悪かった。後ろを振り返り、肩をつかんできた男を睨みつける。


「祝福を受けていないと言っていたね君。つまり君は尻尾付きということかな?」


「だったら何だよ、用があるなら後にしてくれ。今忙しいんだ」


そう言って肩に乗っていた手を振り払おうとするが、寸前でその手は離れていった。


「そういうことなら先に言ってくれよ。思わず触ってしまったじゃないか!」


ポケットの中からハンカチを取り出した金髪の男は、ルウラの肩に触れた手をそのハンカチで拭った。


「ちょっとナルシーさん!」


受付嬢が男に対してナルシ―と呼びかける。名前を呼ばれた男は小馬鹿にしたような笑みを浮かべて更に言葉を畳みかける。


「君が困っていたから助けてあげようとしたんじゃないか!対応に困っていたんだろう?」


「それは、、、」


ナルシ―の言っていることがあながち間違っていたわけではないため、受付嬢も顔を俯かせて言葉を詰まらせる。


「あなた一体何なの?人の連れに一々ちょっかいを掛けないでもらいたいんだけど」


近くでメルクと一緒に傍観していたククは流石に看過できないと感じ、腕を組んでナルシ―の前に悠然と立ちはだかった。


「ほぉ、素晴らしく美しい女性だ。どうだろう、君もこんな頼りない男よりも私のほうが魅力的だと思わないか?」


全身を舐め回すようにククのことを見つめるナルシ―は,自分の手をククの頬へと持って行った。


しかし、ルウラによってその手は寸前で止まった。


「僕に触らないでくれよ、汚らしい」


「なぁメルク、こいつやってもいいよな?」


「聞くまでもないだろ」


それを聞いたルウラは腕を握る力をさらに強めた。


「ゔっ────、僕とやろうっていうのか?」


苦痛に顔を歪めるナルシーは、その痛みの元凶を睨みつける。


「あぁ、別に俺は構わないぜ?」


獣のように獰猛な笑みを浮かべるルウラの迫力にナルシ―は一歩後ずさる。



「やっちまえナルシ―!」


「いつもの見せてくれぇ!」


ギルド内はすでにお祭り騒ぎになっていた。事あるごとに探索者を志願する若者に自分の実力を見せつけて優越感に浸ることで有名なナルシ―、かたや尻尾付きでありながら探索者になろうと夢見る無謀な少年の対決。こんなもの探索者にとって酒の肴以外の何物でもない。


「ちょっと、ここで暴れないでください!」


周りの受付嬢たちも必死に止めようとするが、その声は探索者たちの熱量に圧されるばかりで、一ミリたりとも響かない。



「舞台は整ったようだよ?」


「途中で逃げんなよナルシスト・・・・・野郎が」


「っ────!!私はナルシストなんかではない!」


この言葉がナルシ―の逆鱗に触れたらしい。背中に背負っていた剣を乱暴に抜くと、周りのことなど目に入っていないのか、建物ごと切り捨てる勢いで大きく横に薙ぎ払った。


「なんであいつはあんなに怒ってるんだ」


「おぉ、喋るカラスなんて初めて見たぜ。珍しいもん見せてもらったお礼に教えてやるよ」


メルクが突然のナルシ―の怒りに対して独言すると、近くで酒を飲んでいた探索者の1人が絡んできた。その探索者によるとナルシ―の本名はナルシスト・ルーシーと言うらしく、本人の性格も相まってフルネームで呼ばれることが、髪の毛に触れられる次に嫌いらしい。


「ずいぶんお似合いだけどな」


「それよりもいいのか?あいつ尻尾付きなんだろ?」


「確かに心配かもな」


メルクはあまり感情のこもっていない目で心配の言葉を口にする。しかしその視線の先にいるのはルウラではなかった。





戦いが始まって数分、探索者たちは目の前で繰り広げられる戦闘に引き込まれていた。いや、戦闘と呼ぶのもおこがましいかもしれない。


「どうなってんだ?」


「かすりもしねぇぞ、、、」


ナルシ―はどうにか一撃を与えようとルウラに食らいつくが、その全てを華麗に躱す。その光景はまるでムレータに突っ込む暴れ牛のようだ。


「おいおい、まじでその程度で俺に勝てると思ってたのか?」


既にルウラの怒りは沸点を大きく下回っていた。この程度の相手に怒っていたことが馬鹿馬鹿しく思えてきて、心底残念そうにナルシ―を見下げる。


「はぁはぁ、どこまでも私を馬鹿にするつもりのようだな」


「馬鹿にしてるのはお前だろ」


「そうか、私の美貌とこのサラサラの髪の毛に嫉妬しているのだろう!?」


「俺の方がかっこいいし髪もサラサラだ。」


二人の演者による売り言葉に買い言葉、それを呆然と眺める観客たち。もはや劇と化しているこの状況に似つかわしくない者が扉から入ってきた。


「くっそ、二度とあんな仕事受けねぇぞ」


誰かに殴られたのだろう、大きく腫れた頬をさすりながら苦虫を噛み潰したような顔で男は中へと進む。


「おいハイド、お前その顔どうしたんだよ」


名前を呼ばれた青年は、ここでようやく周りを見渡す。


「あぁ?おめぇに関係ねぇだ────」


ハイドはそこでようやくギルド内で起きているナルシ―とルウラのやり取りに気付いた。しかし様子がおかしい。ハイドは腰が抜けたのか、床を軋ませながらしりもちをつく。そして腫れている頬の痛みすら忘れるほどの恐怖に駆られる。


「あ、お前あの時の影薄いやつか?」


「ひぃ!」


ルウラも気付いたらしい。ナルシ―と戦闘をしながら流し目でハイドを視線に留める。


「あんたここを拠点にしている探索者だったのね」


ややあってククも男の存在に気付く。


(くっそ、完全に逃げ切れたと思ってたのに、なんでこいつらがここにいるんだよ!)


ハイドは心の中で自分の運の悪さを心の底から恨んだ。そう、ハイドの正体はルウラが殴り飛ばした賊の護衛だった男だ。


「そういえばあいつらをボコボコにするのに夢中ですっかり忘れていたわ」


ルウラに殴られて気絶したハイドが、目を覚ました時に視界に入った光景は、ククが賊たちの顔面を原形がなくなるほどボコボコにしている瞬間だった。あまりの惨たらしさに、恐怖で足をすくわれ、生まれたての小鹿のように足を震わせながら得意の隠密魔術で逃げ切ったのだった。



ほいっ、とルウラが軽くナルシ―の足を払うことで、その大きな背中を床にたたきつける。そうして冷たい表情をしたルウラが一歩ずつハイドへと近づいていく。


「何しに来たんだよお前」


「いや、ちょっと、お酒を飲ませていただこうかなぁと思って」


へへっ、と自分に出来る最大限の作り笑いを浮かべることで、この危機を脱しようとするハイドに、ルウラが少し冷気を孕んだ声色で問いかけた。


「もうあんなことしないって約束するか?」


「は、はい、絶対にしません!」


「それならばよし!」


「え?」


この時のハイドはさぞかし間抜けな面をしていただろう。探索者でありながら、金のために闇商売に手を貸したのだから。まさかこんな簡単に見逃されると思っていなかったハイドは呆然としながらもルウラに言葉を返す。


「・・・見逃してくれるのか?」


「あぁ、もうしないって約束しただろ?」


ルウラの人を疑うことを知らなそうな顔を見ていると、なんだか腹が立ってきたハイドは声を荒げた。


「俺が約束を破るって可能性もあるだろ!?」


「その時はその時だ」


「ふざけてる・・・」


ルウラの子供の悪ふざけをなだめるような態度はハイドのプライドを刺激した。


「ふざけてなんかねーよ」


しかしルウラは至って真剣な目でハイドに向き合う。


「人は誰だって判断を間違えることはある。その時に正しい道へと導くには他人の許しが必要なんだ。性根が腐ってない人間は自分のことを許してやれないからな」


今までの無邪気な表情は鳴りを潜め、相手に慈悲を与えるような穏やかな表情を向けるルウラ。


「・・・すまねぇ、俺どうしても金が必要だったんだ。。。それで...すまねぇ、恩に着る」


ハイドは地面に額をこすりつけ、顔を歪めながら感謝の意を示す。


「おいおい、そんな泣くほどのことじゃないだろ」


まさかルウラも泣かれるとは思っていなかったため、初めての状況に動揺してしまった。



そしてルウラが狼狽えているこの状況で、背後で倒されていたナルシスト野郎が剣を頼りに起き上がって、吊り上がった目じりを備えてルウラを睨みつけた。


「私を無視するなぁ!」


捕食者の眼になったナルシ―の剣は先ほどよりも鋭さを増し、ルウラに向かっていった。


「危ないルウラ!」


それに気付いたククが警報を鳴らすように叫ぶが、その声が届くには一歩遅かった。


「やっべ!!」


ルウラの意識も完全にハイドへ向いていたため、気付くのが一歩遅れてしまった。


しかしいつまで経ってもその斬撃がルウラに届くことはなかった。



「あ”ぁっ────」


ナルシ―の剣はルウラに触れる寸前で止まっていた。そして彼の額には汗が滝のように流れており、その首筋には雷を纏った光が一つ、それと黒く塗りつぶされたような一枚の漆黒の翼が、彼の一挙手一投足を監視するように添えられていた。


「そこまでよ」


その場にいた全員が声の聞こえた方向へ顔を向けると、ギルドの入り口には掌をナルシ―に向ける金髪の女性の姿があった。

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