第17話 すれ違い
「腹減ったぁ、まだ着かねぇの?」
「まだ教室出てから一分くらいしか経ってないわよ」
「はぁ、昨日のお肉食堂にも置いてねーかな」
「あんな豪華なものおいてるわけないでしょ」
ルウラたちが王城に連れていかれてから一日が経ち、今日はブリーフ姿の変態に出会うこともなく、普段通りに学院へ通うことができた。
そしてルウラたちは魔法実習の授業の後、いくつかの座学を受けてようやく昼休憩の時間になった。
今は胃袋を満たすために食堂へ向かってる最中だ。
「そういえばお前の父さんって今この学校にいるのか?」
ルウラは、ふとククの父親がこの学院の長であることを思い出した。
「さぁ、どっかで書類とにらめっこしてるんじゃない?」
ククはそっけなく返事をすると、また前を向いて歩みを進めた。
「うわっ、なんかめちゃくちゃ人集まってんな」
「何かあったのかしら」
食堂に着いたルウラたちがまず目にしたのは、食堂の中に人溜まりが出来ていたことだ。
その集団にルウラたちも近づいて中心を覗くと、そこには生徒というには少々老けている一人の男が座っていた。
「お父さん、どうしてこんなところにいるの」
「ようやく来たかクク。それで、隣にいる君がルウラ=スティング君かな?」
この食堂には似つかわしくないような風貌で、ククにお父さんと呼ばれたこの男こそフラテーロ魔法学院の学院長である、ライ=アンセットらしい。輝くような金色の髪の毛をオールバックにまとめ、服の上からでも分かる精錬された肉体は、彼がかなりの実力者であることを示している。
「そうだけど、俺になんか用なの?」
「あぁ、かなり用があるな。もしよければ校長室までついてきて欲しい。もちろんククも一緒にな」
そういってライがククのほうを向くと、その分ククが首を他の方向へ向けた。
「嫌よ、私たちこれからご飯食べるんだから」
「そ、それは校長室でも食べられるだろ」
「あんな加齢臭で満たされた空間で食べたくない」
「か、加齢臭・・・」
娘からの強烈な一言にライは涙目になりながら、首を回すそぶりを見せてさりげなく自分の匂いを嗅ぐ。あまりに惨めな光景に周りの生徒たちもなんとなく気まずくなっていると、その状況を察したメルクが助け舟を出した。
「まぁいいじゃねぇか、飯なんてどこで食っても変わらないだろ」
「俺は全然いいけど、そんなに嫌なのか?」
「・・・はぁ、分かったわよ」
一人と一羽に圧されたククは、辺りに流れる空気の悪さも相まって流石に断ることが出来なかった。
「感謝するぞ、ルウラ君にカラス君!では早速行こうか」
「入ってくれ」
校長室に案内されたルウラたちは、ライに促される形で部屋に置いてあるソファに腰を下ろした。
それに合わせてライも自分の椅子に座り、重たい口調で唐突に質問をしてきた。
「単刀直入に聞く。先日、肩に黒丸のマークを付けた奴らを倒したのは君たちか?」
「どうしてお父さんに教えなきゃいけないの?」
ククはそれに反抗するように、知らぬ存ぜぬといった態度をとる。
「いいから答えなさい」
「別にお父さんが知る必要なんて────」
「言いなさい!!!」
ライの怒気の籠った言葉で一瞬にして場の空気が凍り付く。その凄まじい迫力にククとルウラは一瞬しりごみをしてしまった。
どれだけの時間がたっただろうか。
永遠とも言える一瞬の時を過ごしたクク達は、徐々に現実へと引き戻される。
そして、氷ついた空気を溶かすように、ククが熱を込めて、そして目じりには涙を浮かべながら反論をする。
「何よ、自分だって何も話さないくせに!襲撃のこと、その時にかけられた呪いのこと!私が気付かないと思ったの?それに私が数日間家を空けてたのだってどうせ知らなかったんでしょ!?」
「お、落ち着けクク」
目じりに溜まった涙はとうとう決壊して、白く美しい肌を伝っていく。
「いっつもそう、学院と施設のことばっかりで私のことは放りっぱなし。お母さんのことだって結局何も教えてくれなかった!私のことなんてどうでもいいんでしょ!?」
「違う!私はお前のことを想って────」
「だったらもうほっといて!」
「待つんだクク────ふがっ」
ククはライの話に聞く耳を持たず、ルウラとメルクを置いて涙を流しながら校長室から逃げるように走っていった。
「えっとぉ、これはどういう・・・」
全く話についていけず道端に生える木のように固まっていたルウラは、当事者の一人がこの場からいなくなったことで、ようやく口を開くことができた。
「はぁ、見苦しいところを見せてしまって済まないルウラ君」
ククを引き止めようと椅子から飛び出したライは、勢いをつけすぎて思わず地面とキスをしてしまったようだ。鼻にティッシュを詰めながらルウラたちに向き合う。
「別にいいんだけど、つまりどういうこと?」
「その前に君に一つ確認させてほしい。さっきも聞いたがククと二人で賊を捕まえたか?」
「うん、へラブまで俺とメルクで旅をしてたんだけどさ、その途中の道でククとたまたま出会ったんだよね」
ルウラはククとの出会いから現在に至るまでをフレールに話した。
「どうしてククが解呪のオーパーツのことを知っているんだ、、、それに何故探しているのか。まさか私のために、、、?しかし山に籠るというのはうそだったのか」
フレールはルウラに聞こえない程度の小さな声でぶつぶつと独り言を漏らす。
「おいおっさん、さっきから何をぶつぶつ話してるんだ」
自分の世界に浸かってしまったフレールを呼び戻すように、メルクが声をかける。
「あぁ済まない。そういえば君がリーナたちが話していたカラス君かな?」
そう言ってフレールはメルクのほうへ興味深そうに顔を向ける。
「俺の名前はカラス君じゃなくてメルクだ。それよりもリーナって誰だ?」
「探索者ギルドで会ったんじゃないのか?」
ルウラとメルクは探索者ギルドに登録をしに行った時のことを思い出す。
「あぁ!あの金髪の超強そうな探索者だ。そういえばククの知り合いなんだってな。」
ルウラは、自分を助けてくれた女探索者のことを思い出した。
「さっきククが言ってた呪いのことだけど、もしかしてあんた魔法が使えないのか?いや、体外に魔力を放出できないのか」
「驚いたな、そこまで分かるのか」
「まぁな」
「なになに、何の話してるの?」
魔力を感知することすらできないルウラは、二人が話す内容に早速ついていけなくなってしまった。
「あぁ、そこも含めて今からする私の話を聞いてほしい」
そういって、ライは自分の身に起きていることを話し始めた。
「なるほどねぇ、二週間くらい前に襲撃してきた組織の人間がお父さんに呪いをかけたのか。そんでその調査のために『白の霹靂』の三人を呼んだってわけだな」
「そういうことだ。リーナたちがククを避けたのも、私がククには極力バレないで行動してほしかったからだ。あいつはリーナたちに懐いていたからな。それと私のことをお義父さんと呼ぶな」
なんとなく話の流れが分かったルウラだったが、一つ疑問に思ったことがあった。
「ていうかどうしてククにはそのことを黙ってるんだ。言っちゃえばいいのに」
「言えるわけないだろ、ククは私の一人娘なんだ。危ない目には合ってほしくないと思うのは親として当然だ」
本当にククを大事に思っているのだろう、さっきのククに向けていた鋭い剣幕とはまるで違う、親が子に向ける慈愛の籠った瞳でそう呟く。
「でも結局一人で調べちゃってるけどね。肩に黒丸のついた組織の奴らのこと」
「そうなんだ、そこが最も謎なんだよ。肩の模様のこと、そして解呪のオーパーツのこと、なぜその情報をククが知っているのか聞いていないか?」
「さぁ、そこまでは聞いてないなー」
「そうか、、、そうだルウラ君、今日から少しの間うちに泊まっていかないか?」
「うち?ってことはククの家ってこと?」
話の最中で唐突に家に誘ってきたライに、ルウラの頭は疑問で埋まった。
「あぁ、詳しくは夕食の時に説明するが、二週間前に襲ってきた組織が近いうちまた襲ってくる可能性が非常に高いんだ。だから君の実力を見込んで手を貸してほしい。」
「おっさん、俺がこんなことを言うのもなんだけど、ルウラは見ず知らずの人間だぞ?そんなあっさり信用していいのかよ」
急展開する話の流れを切るように、メルクがルウラとフレールの間に立ちはだかった。
「問題ないさ、私の娘は優秀だからな。あいつが君のことを信用しているのはなんとなく分かる」
「なるほどね、親バカってわけだ」
「ははっ、なんとでも言ってくれ。そこでククが信頼している君たちに頼みがあるんだ」
「ん?なんだ」
この流れで一体どんな頼みごとをしてくるのか、ルウラたちは皆目見当がつかなかった。
「それは…」
そうしてフレールの口からその内容が語られた。
「…ということで今夜待っているよ。すまないが今夜泊まることは君から言っておいてくれないか」
「・・・分かったよ。でもひとつ言わせてほしいんだけど、親が子を心配するように子が親を心配するのも当然ってことを忘れないでよね」
「────ッ!?そうか…うん、よく覚えておくよ」
これで話し合いは終わり、それを示すようにルウラは背をライに向けて校長室から出て行った。そのドアの隙間から見えたフレールの表情は、子育てに悩む父親のような、はたまた思春期の娘との付き合い方を考えるような難しいものだった。
校長室から離れていくルウラは、ついさっき聞いたライの頼みを思い出し、重たい溜息を吐いた。
「はぁ、親子ってこんなに難しいのな、メルク」
「全く同意だな」
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