第16話 第一王子

「い、いやー、流石王族って感じでめちゃくちゃ美味かったなぁ。ククもそう思うよね!?」


「…そうね」


仕合を終えたルウラたちは、ブルーダの「お腹空いてるでしょ?食べていきなよ」という粋な提案によって、滅多にお目に掛かれないような豪華な食事をごちそうしてもらった。


そして今は食事も終わり、ようやく解放してもらえるということで魔法騎士団団長であるアイドーンの後ろをついていく形で、門のところまで向かっている最中だった。

しかし、ある一点からとてつもなく邪悪な気が漏れ出しているせいで、この場の緊張感はこれ以上ないほど高まっていた。


(おいメルク!一向に機嫌が直る様子ないぞこいつ)


(お前があの女とイチャイチャしてたからだろ!)


そう、邪悪な気の発生源とはククからであった。絶対零度の視線で自分の目の前から視線を外さないククを横目に、ルウラはついさっきの出来事を思い出した。








ルウラが先の戦闘の疲れを癒すために訓練場の端の方で座っていると、砂を削るような音と共に、小さな足音が近づいてきた。


「あの、さっきは大丈夫だった?」


ルウラと視線を合わせるために、膝を折ってしゃがんだのはアイルだった。身長は男であるルウラの方が高かったこともあり、アイルは覗き込むような上目遣いをルウラに向けた。


「お、おう。全然問題ないよ」


その薄着姿の無防備な格好に、ルウラは思わず声が上ずってしまった。ルウラも年頃の男の子というわけだろう。服の隙間から見える二つの大きな山を割るように引かれた一本の線に思わず吸い込まれそうになってしまった。


「その…あなたすごく強いのね。今でも尻尾付きだなんて全く信じられないくらい!ねぇ、あなたのその力ってどこから来るものなの??」


アイルはそう言って更に一歩近づいてくる。距離が縮まることによって鼻腔をくすぐる女の子特有のいい匂い。どれだけ工夫しても男には出せないようなその匂いに、ルウラは頬を赤らめた。


「え!?い、いや。っていうかちょっと近くない…?」


ルウラはそう言って、アイルとの距離を広げようと手を前に出して身体をのけ反る。しかしその視線だけは二つの大きな果実から決して離そうとしない。



「ねぇ…何をしているのかしら」


ルウラがこの新鮮な状況にどぎまぎしていると、また別の方から砂を削るような、いや命を削るような骨に響く足音が聞こえてきた。


「何か用?今ルウラ君と話してるんだけど」


あり得ないほどに冷めた視線で見下してくるククに対して、アイルはルウラに向けたものとは違う、挑発的な上目遣いで対抗した。


「ねぇルウラ…なんでそんなに頬が赤くなってるの?」


「べ、別に赤くなってないけど…」


「ただ話してただけだもんねー」


そう言ってアイルはルウラの腕を取り、自分の胸に押し付ける。

予想外のアイルの行動に、ルウラもククも口をあんぐり開けて呆然とした。


「ちょっ!エロばばあ!」


「お子様には刺激が強ったかな?」


ククが慌てふためく一方、アイルは大人の余裕をもってのらりくらりとククの口撃を躱している。


「む、胸だったら私だって負けてないから!」


普段の冷静さはどこに行ってしまったのだろう。恥ずかしそうに声を震わせて、ククはとうとう最後の切り札で抵抗した。


「ふーん、でも有効活用できないようなら、ただの無駄な脂肪ね」


アイルのその言葉が止めの一撃となった。ククは下唇を強く噛みしめて目じりに涙を溜める。その溜まった涙がこぼれないように少し時間を置いたククは、ちょっとの無言が空間を支配した後、「もういい!」という言葉と共に両手を大きく振りながら元居た場所へ帰ってしまった。








それからと言うもの、ククの機嫌はずっと斜めのままだった。ご馳走をいただいている時も、冷めた空気が空間を漂い、「美味しかった」と言ったものの、正直味を気にするどころではなかった。


ルウラはこの空気を換えようと、話題を他のものに移そうとアイドーンに話を振った。



「そ、そういえばおじさんも毎日あんな破天荒な王様を相手してたら疲れるでしょ?」


「お、おじさんって」


自分の前を歩く巨漢の男を見上げながらそう言うと、彼は困った顔をしながら返事をした。


「まぁ、確かに毎日困っているのは確かだな。すぐに仕事を放り出すし、パンツ一丁で街に繰り出すし、今日みたいに身分が確かでない人間を勝手に連れ込むし。とんだ暴れん坊だよ」


けど、とアイドーンは口にした罵倒を包み込むように、顔全体の筋肉を弛緩させると、一拍おいて次の言葉を紡いだ。


「みんな彼のことが好きなんだ。街中でもそうだっただろう?彼の周りは笑顔が絶えないのさ」


ルウラは人だかりの中でブルーダを見つけた時のことを思い出す。彼が出店の店主と口喧嘩をしていたところを囲むように群がっていた人たちの表情は、確かに笑顔だった。


「まぁ、昔はブルーダ様に対する風当たりもかなり厳しいものが多かったんだけどね」


「そうなのか?全然そういう風には見えなかったけどな」


あの能天気な王様にそんな時期があったのかと、カラスであるメルクすらそう思った。


「あぁ、ククさんは知っていると思うが、この国にはブルーダ様の弟であり、そして第二王子であるフレール様という方がいらっしゃったんだ」


「フレール?いらっしゃった?」


もちろんこの街に来たばかりで、そんなことを知っているはずがないルウラは、首をコテンと傾けて不思議そうにその名前と、含みのあるような語尾を反復した。


ボケーっとした顔で天を仰ぐルウラに代わって、少し機嫌が直ったのか、いつもの口調でククがその第二王子であったフレールという人間について語り始めた。


「もちろん知っています。とても魔法の才に優れている方だったと。けれど二十年ほど前に森の外へ狩りに出かけていたところを、魔獣に襲われて亡くなってしまったんですよね」


「そうだ。そしてこのブルーダ王国は魔法に重きを置いている国だからな。やはり魔法の女神に好かれていたフレール様が次代の王になると誰もが思っていたさ」


なるほどな、とメルクはこれまでの内容からなぜブルーダが今のような立場を得るのに苦労をしたのかということを察する。


「だから国民は不安に思ったよ。フレール様が亡くなったということは必然的にブルーダ様が次の王になるということを。もちろん私も同じように思っていたさ。ブルーダ様も魔法の才には恵まれていたが、やはりフレール様と比べるとその差は明らかだったからね」


中には王位を継承するためにブルーダが弟であるフレールを手にかけたんじゃないかという根も葉もないことを口にする不届きな者もいたが、もちろんそんな奴らは全員まとめて首を落とした。



というのはブルーダが許さなかった。



「本当に心の広い方だよ。そんな不埒な輩にも『これから歩む私の覇道を生きている間に見られるなんて、こんな幸せなことはないぞ!』とか言ってね。本当に優しすぎるくらいなんだ。そして年月が経つにつれてブルーダ様の優しい心も周囲に伝播していき、今では誰もが愛するこの国の王様だ」


魔法を重視する国において、ブルーダが王として国民に認められるというのはそれだけ大きな意味がある。そしてそこにたどり着くまでに労した努力と言うのは、大きく尊敬に値するものだろう。


「へぇー、思ってた以上にすげー王様だったんだな」


「あぁ、あの人に対して言いたいことは色々あるが、自分の人生を彼のために捧げてもいいと思えるほど立派な方なんだ」



意外なブルーダの過去の話を聞いているうちに、とうとう門の前までたどり着いてしまった。

下ろされた跳ね橋を渡ったルウラは、振り返ってアイドーンに大きく手を振った。


「じゃあまたいつでも呼んでねーー」


「ここは学校帰りに気軽に訪れるような友人の家じゃないんだぞーーー」


最後にアイドーンから的確な忠告を受け取ったルウラたちは、次こそはあの豪華の食事を味わえるよう願って、街の方へと下りて行った。



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