第32話 消えた子供たち

「遅かったか…」


「人の気配がまるでないわね」


ガウンの相手をボーレに任せたルウラたちは、中庭と校舎を抜けて裏門の近くにある子供たちの住居へとたどり着いた。


周囲には人の気配が全くなく、その施設の近くには数時間前まで子供たちと一緒に遊んでいた遊具や、ククとルウラが共に座っていたベンチが寂しそうに置いてあった。


しかし時間的にも子供たちは既に寝ているだけで、もしかしたらこの騒動に気付いていないのかもしれない。


その一縷の望みにかけて、ルウラたちは施設の中へと足を踏み入れ、ネズミ一匹入れなさそうな隙間までくまなく探す。


「クク、なんか転がってるぞ!」


「この施設の職員さんたちね」


何十人もの子供が入れそうなほど広い食堂の隅に、動かなくなった孤児院の職員たちが雑に転がされているのをルウラが発見した。


「・・・だめ、もう脈はないわ」


ククはその職員たちの腕を取って脈を測るが、その少しひんやりとした肉体からは何の応答もない。


もう子供たちは全員連れていかれてしまったのか、そう二人が心の中で思っているとルウラが何かに反応した。


「おいクク、なんか聞こえないか?」


「え、、、?何も聞こえないけど」


どうやら聞こえているのは五感の優れたルウラだけらしい。二人はルウラを先頭にしてぬかるみの中を歩くように音の鳴った方に向かって慎重に進む。階段を上り、少し進んだところにあるドアの目の前でルウラが立ち止まる。


「ここに何かいるの?」


「うん、ここからなんか聞こえてくる」


そう言ってルウラがドアを開けると、部屋の中にはベッドや机が何の違和感もなく配置されており、床には子供が遊ぶようなおもちゃが散乱していた。ここが子供たちの部屋だということを把握するには十分な情報量だった。


「ちょっとルウラ、何もないじゃない」


「いや、この中にいるはず」


少し焦ったような口調のククを無視して、ルウラは壁に取り付けられたクローゼットの方へと、迷わず足を運んだ。


そしてクローゼットの取っ手に指をかけ、自分の方へと引っ張った。


すると、そこには全身の震えを鎮めるように折り曲げた膝を抱えてこちらを見上げる少年がいた。


「トータ!!無事だったのね!!」


「クク姉ちゃん!」


「ぶへっ!!」


トータと呼ばれた8歳くらいの少年は、ククの姿を確認すると、安心したのか自分を抱えていた腕を解き、ルウラを押しのけてククの胸へと飛び込んだ。


「そういえばトータは隠れるのが得意だったわね」


「うん!!でもどうして僕がここにいるってわかったの?」


トータの質問に答えるように、ククはルウラに顔を向けた。


「このお兄ちゃんが気付いてくれたの。ちゃんとお礼言うのよ」


ククに顔を押し付けていたトータは、ルウラの方に振り返ると頭を下げて感謝の言葉を述べた。


「ありがとうお兄ちゃん。欲を言えばクク姉ちゃんに見つけてほしかったけどそこまでは欲張らないでおくよ」


「なんかこのガキめっちゃ生意気じゃない!?」


助けてもらったにもかかわらず、あまりに不遜な態度に思わずルウラも声を荒げてしまった。

その様子に思わずククも微笑を漏らした。


「それよりトータ、ここで何が起きたのか教えてくれる?」


ここであった出来事を思い出したのか、トータは身体を震わせて呼吸を荒くさせる。


「そ、そうだ。マオが連れていかれちゃったんだ。黒い服を着た人たちに」


怯えた口調で、トータはその時の状況を細かく話してくれた。


話によると、夕食の後にお風呂も済ませた子供たちは、自室に戻って眠りにつことしていたらしい。そうすると下の階から職員の叫び声が聞こえ、それを恐れたトータは近くにあったクローゼットの中に避難し、同室だったもう一人の男の子がベッドの下に潜り込んだそうだ。すると足音が二階に迫ってきて、部屋の扉を開けた黒い服を着た人たち、『融魂の業カルマ』の一員だろう。彼らがベッドの下に潜る少年を見つけ、泣き叫ぶその子を気絶させて連れて行ってしまったらしい。その光景をクローゼットの隙間から覗いていたトータは恐怖のあまりそこから一歩も動けなかったというわけだ。


「でもなんでこいつはバレなかったんだ?」


ルウラがトータを指差してそう言うと、その疑問にククが答えた。


「この子は隠れるのが得意なの。大気中に舞う微弱な魔力に自分の中の魔力を馴染ませるのよ。そうして空気と一体化することで彼らの魔力感知から逃れたんでしょう。そうよね?」


「そうだよ」


「へぇ、随分器用なことできるんだなぁ」


あまり魔力に造詣の深くないルウラでも、その技術が高度のものであることは想像がつく。


「まぁ、魔法に長けた人たちが周りにいる環境で育ってるから、ここにいる子たちはそこら辺の同年代の子たちよりも優秀なの」


なるほどなー、とルウラが感心しているとトータが何かを思い出したように勢いよくククの服にしがみつく。


「そうだ!先生たちはどうなったの!?他の子たちも!」


「それは・・・」


トータの涙ぐむ目に耐え切れなくなったククは、目をそらして口ごもる。


「捕まったよ全員、その黒い服を着た奴らに」


その静寂を切り裂くように。いや、その身を引き裂くような残酷な現実をルウラが淡々と告げる。


「え・・・」


「ちょっ、ルウラ!」


しかしその直後、ガッとトータの頭を掴んだルウラは髪をわしゃわしゃとさせて顔を綻ばせた。


「けどなーんも問題ない!だってよく考えてみろ?俺はお前をあっさり見つけた。それに比べてマオたちを連れてった奴らは少しもお前に気付かなかったんだぞ?そんなの俺の方が強いに決まってんだろ!」


傍から見たらあまりに雑な根拠ではあるが、絶望の淵に立たされ、クモの糸にでもすがりたいほど追い込まれていた子供一人を救うには十分すぎる言葉だった。


「うん...確かにそうだね!じゃあお兄ちゃんが助けてくれるの?」


「あったりまえだろ!すぐに取り返してきてやるからお前は安心しろ」


ルウラは拳を握り、親指を立てたそれをトータに向ける。


「分かった!不本意ながら感謝するよお兄ちゃん!!」


「ははっ、元気で何よりだよ」


相変らずのふてぶてしさにルウラが参っていると、ククが立っているところから視線を向けられていることに気が付いた。


「ん?なんだよクク。」


「え!?べ、別に何でもないけど!あなたにしては中々気が利くじゃない」


「クク姉ちゃん顔赤くなってるけど大丈夫??」


「大丈夫です!それよりもこれからどうするべきかを考えなくちゃ」


そう、この施設までたどり着いたことで、カルマがこの学院を襲った理由が確信に変わった。しかし手掛かりがまるでない。攫われた子供たちがどこに連れていかれたのか、それにライたちの行方の手がかりすら掴めていない。


ニャァ――――――ン、ニャァ―――――ン


ククが思考の渦に囚われていると、その外からこの場に似つかわしくないような腑抜けた猫の鳴き声が聞こえてきた。


「あ、私のだ」


どうやら鳴き声の正体はククのポケットから聞こえたものだったらしい。そしてポケットから肉球型の通信機を取り出したククは、それを耳に当てた。


「はい、ククです。あなた・・・こんな時間に何の用?」


「なぁ、相手は誰なんだ?」


通話の相手が気になって、ルウラは会話を遮るようにククに問いただした。


「ちょっと待って」


そう言って机の上に通信機を置いたククは、その通信機に手をかざして魔力を込めた。


「おぉ!すっげぇな!!」


魔力の対象となった肉球型の通信機は、その姿を変えて一匹の猫に変化した。


『おい、聞こえてんのか?』


猫の姿に形を変えた通信機の口の部分から、今度は鳴き声ではなく男の声が聞こえてきた。


「あっ!その声はお前ハイドだろ!!」


『ルウラもそこにいるのか?』


通話相手の正体はハイドだった。ハイドとは探索者ギルドでの一件の後、彼がルウラとお互いの通信機で魔力を登録したいと言ったのだが、ルウラはそんな物持っていなかったため、代わりにククの通信機に登録したのだった。


「それよりハイド、今忙しいんだけど何の用かしら?」


ククが少し棘のある言い方をすると、ハイドは委縮したように声量を少し下げて、こんな夜遅くに連絡をした訳を話した。


『今さ、街の外まで魔物を狩りに行っててその帰りなんだけどよ。』


「こんな時間までよくやるなぁ。」


ルウラが感心したように首を縦に振って、うんうんと頷くとハイドが声を荒げて対応する。


『だから金が必要なんだって言っただろうが!ていうかそんなことはどうでもいいんだよ。それよりもお前ら、俺と同じ黒いローブを着た奴ら探してるって言ってたよな』


それを聞いたルウラたちは、餌を目の前にした野獣の如く食いついた。


「お前なんか見たのか!」


「ねぇ!子供たちも一緒じゃなかった!?」


『ちょ、いっぺんに言うな!俺が見たのは小さいガキたちを背負って、きったねぇ裏路地の方に入っていく奴らの姿だけだよ』


「そいつらがどこに行ったのか分かる!?」


『分かるも何も現在進行形で追いかけてるよ。あいつらと同じローブを着てな』


猫の口からは石畳を強く打ち付ける足音と、ハイドの酸素を渇望するような、そんな荒々しい呼気が聞こえてくる。


「そのまま後をつけてもらえると助かるわ。詳しい場所を教えて!」


『今は商業施設が立ち並ぶ大通りをまっすぐ進んでるよ。こっちの方向は、、、浮浪者のたまり場ラストハンゴートの方だな。』


それを聞いたククは、脳内にへラブの地図を思い浮かべ、今いる場所からの大体の方角を把握する。


「分かったわ!今すぐ私たちも向かうからそれまでお願い!!」


とりあえず施設の外に出たルウラたちは、急いでハイドの後を追うことに決めたのはいいが、トータをここに一人残しておくわけにはいかない。どうしようかと悩んでいると、遠くの方から小さい影と大きな影が近づいてくるのが見えた。


「おーい、クク!!お前ら大丈夫だったか!!」


その二つの影の正体はリキとマッシュだった。体中に生々しい傷跡が刻み込まれていることから、ついさっきまで戦闘が行われていたのが想像できる。


「こっちの方でお前の魔力を感知したから来てみたんだ」


「そういうことね、それよりもこの子をお願いできるかしら?私たち行かなくちゃいけないところがあるの」


ククがそう言って背中に隠れるトータを紹介すると、マッシュが心底嫌そうな顔をした。


「はぁ?なんで俺たちがガキの面倒なんか見なくちゃいけねーんだよ」


シッシッ、トータを追い返すように手首を返す。

しかし予想していた反応なのか、ククはため息を吐くと手を腰の後ろで組んで肩を揺らした。


「お願いマッシュ、あなたにしか頼めないの」


周りにピンク色の空気を漂わせるククは、目には艶を浮かべると、小動物のようなきゅるきゅるとした瞳でマッシュを見つめる。


「よし!!ここは俺たちに任せておけ!」


ククの甘ったるい声と態度に鼻の下を限界まで伸ばしきったマッシュは、胸をドーンと叩き、鼻息を荒くした。


「リキもごめんね。この子をお願い」


「あぁ、分かった」



「じゃあ行くわよルウラ」


「お、おう!」


彼らにトータを任せた後、学院内に侵入したときと同じようにククが魔力壁をいじることで外に出ることができた。


「お前ってあんな特技持ってたのな」


「うるさいわね!マッシュにはあれが一番効くの!」


一言二言くだらない言葉を交わしたルウラとククは、ハイドが教えてくれた浮浪者のたまり場ラストハンゴートの方へ一刻も惜しむほどのスピードで向かった。











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