第1.5話 光のはじまり〜別章〜

 八重やえあかりはたまの休日を謳歌する気も起きず、ベッドに寝そべりながら本を開いていた。

「【ひかり】──人間、ひいてはこの世に存在する全ての生物が持つ生命エネルギー。気やオーラと呼ばれるそれがこう呼ばれ、人は誰しもその光をエネルギー源として特殊能力【輝気かがやき】を使うことができる。

 光には色があり、人はそれぞれ別々かつ様々な色の光を持った。輝気は、まともに扱えるかは別として、自分の好きな能力に決めたり調節できるため、炎や雷などファンタジーの中の魔法や技だったものが現実となった。

 だが、そんな御伽噺おとぎばなしの能力にする者は少なかった。先人の輝気によって開発された輝気適性かがやきてきせいシステムにより、人々は自分に合った輝気、それを活かした仕事の適性、恋愛関係として相手との相性など様々な判定が受けられる。

 初めはいぶかしんでいた人々もその効果が表れると手のひらを返して迎合した。これが現代社会の成り立ちとなる」

 本の序文の文字列を音読する。音読というよりはほぼ暗唱だが。

 その本に書かれていることは事実だ。だが、足りない。

 光や輝気の存在が明らかにされたのは今からおよそ一三〇年前の二〇二〇年八月、東京オリンピックの閉会式でロキ・グラデルテインが公表した。そこから既に輝気を使える光主ひかりぬし探しが各国の最優先事項となり、たった一人で当時の軍事力をひっくり返す存在は世界大戦の恐怖を世界に与えることに。そして『源光大戦げんこうたいせん』と呼ばれるそれは起こり、光王こうおうホープ・スカーレット=ワールドによって首謀者ロキが倒され終結されるまで多くの犠牲者を出した。その後、統一された地球は世界政府【楽園】を樹立した光王によって治められ半世紀でやっと今の平穏が訪れた。まさに光王ホープは世界の光だった。それは世界共通の認識。統一された世界において小学生でも知っている有名な世界史。そんなホープを想いながら、オレは目を閉じた。

あかり』という名前は『日出ずる国を明るく照らす太陽のような光王のような人間になるように』と父に付けられた。ホープを意識したその名は自分には明るすぎると自嘲する。

 二一歳にもなって、まさか小学生で習うことを何回も確認することになるなんてな。

 こんなふうに自室で暇を持て余している非番なオレの寝ぼけ眼を通信のコールが叩き起こす。


 オレたちはただの警察ではない。LOSエルオーエス──Light Oder Security『光秩序保安局』──。【輝気】による犯罪に対処するために集められた【光主ひかりぬし】たちによる治安維持組織。ときには他国の紛争地域などにも派遣されたり、日本の有事の際には前線で戦う。オレが所属する第零班は国内犯罪専門。新人教育の場としての側面を持っている。

 召集に応じたオレが班室に入ると弥生を含めオレ以外の四人の班員と一人の諜報員が待っていた。班室の馴染みでない顔である諜報員の男に(生守いくもりさんまで?)と心の声を上げつつ自席につく。班長である弥生がこちらを一瞥して、目で「遅い」と言ってくる。休日返上の出勤なんだ許してくれ。

 如月弥生きさらぎ やよいはオレの実の姉だ。数年前に両親が離婚し姓も生活も別々になって、LOSに入るまで会うこともなかった。そんな姉が話し始める。

「早速だけどこの前の銀行強盗事件について、三人の強盗犯は逮捕されたがやはり逃走車に現金は残されていなかった。強盗犯の輝気は大したものではなく、強盗すらできないはずの輝気だったよ。今は警察が捜査をやってるけど、どうやって現金を盗んだのかさえ分からず難航を極めてる。本題はみお三度みたびが戦った黒の男。数度接近しているにも関わらず、顔もその輝気すら分からない。犯人たちも支影という名を口にするだけでその男を捜索しようにも情報が少なすぎて手の出しようがない」

 それを諜報員の生守いくもりかんが引き継ぐ。

「以後この男を特A級の危険人物に指定。コード名は『漆黒』。その調査を諜報部に一任。執行課第零班は通常任務に戻られたし、とのお達しだ」

 特A級の危険人物、それは国内においてテロまたは革命の画策している可能性がある者ということだ。それほどまでに仁科と空染が戦った漆黒はヤバい。

 固唾を呑んだしばしの沈黙を破って空染が質問を投げる。

「近いうちにテロが?」

「いや、分からない。【諜報】や【分析】、九条の【再生】を使って調査されたが敵本人の正体、痕跡が一切掴めない。こんなケースは初めてだ。奪われた現金の総額や仁科や空染の証言や現場の状況から敵は単独で国家転覆が可能な力を有していると判断した形だな」

『単独で国家転覆』それはできる。強力な輝気を有する光主にはそれが可能。だからこそ、かつては輝気の公表で軍事力として光主が利用され、世界大戦にまで発展してしまった。それをさせないために楽園や、日本ではLOSが、オレたちがいる。

「命を狙われたら間違いなく死ぬ。よって奴の話題は出すな。他言無用。調査も諜報部と言ったが俺一人で行う。それくらいヤバいってことを頭に入れといてくれ」

 実際に戦った仁科と空染は生守の警告に生唾を飲んだ。確かに漆黒は仁科たちを殺そうと思えば簡単に殺せた。そんなことは二人も戦っている最中から理解していただろう。それを改めて言われたことに恐怖が増している顔だ。それを振り払って仁科が立ち上がる。

「奴は俺を知っていました。そして、あえて俺を見逃した」

「だから手伝わせろ、って? ダメだ。調査がバレた時点で俺が死ぬ。それにお前と空染を見逃した理由も謎だ。上にはお前らが内通しているのではという見解もある。それに弱い奴はいらない。大人しく弥生に鍛えてもらっておけ。そのための零班だ」

 はっきり「弱い」と切り捨てられた仁科はそれ以上言葉を持たず、うつむいて無言で腰を下ろした。

「先生の言うことがもっともだね。澪、三度。それにあかりも。キミたちはもっと強くならなければならない。まあ、今回の相手はちょっと特殊だったけど、他にも手強い犯罪者はいる。そいつらを取り締まるためにも、ね?」

 教師然と言い聞かせるような弥生の言い方に「はい」と澪は返事を返し視線を上げた。

 その後、軽いミーティングをして解散。非番のオレを呼び出してまで伝えたということは、それだけ重要で危険な案件だというのを知らしめたかったのだろう。

 まったく、嫌なダシに使われたもんだ。


   ◇ ◇ ◇ 


 班室を出て歩く生守に声が掛かる。

空染そらぞめか。なんだ?」

「僕にも調査を手伝わせてください」

「さっきも言ったが、バレたら俺が死ぬ。お前は──「僕も死にます」

 遮る三度のその言葉に生守はにらみを利かせる。

「死から得られるのは悲しみと教訓だけだ。『蛮勇ばんゆうは愚かなだけ』っていうな」

「死ぬのが怖くないとか、そういう意味じゃありません……。黒と戦った時、奴は僕のことなんて見ていなかった。奴は澪と僕を殺さなかったんじゃない。澪を殺さなかったついでに僕も殺さなかっただけなんです。これはわがままなのは分かってます。ただ、これは僕の──プライドの話なんです。しくじった時は生守さんだけじゃなく僕も死にます。それは怖い。それでも──」

「黒に一泡吹かせたい、か。……いいだろう。お前の読空も役に立つかもしれないしな」

 その言葉に笑みを浮かべてから三度は「よろしくおねがいします」と頭を下げた。

「ふ、ここで言葉を間違えないなら大丈夫だ」

「?」

「『ありがとうございました』は任務完了の時に聞かせてくれってことさ。光をのこして逝かないように頑張ろうや」

 三度は再び「お願いします」と頭を下げてから、生守のあとを歩き出した。


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