第5話 混沌を頬張る

「よお、久しぶりだな。百々香出示」

「貴方は仁科澪! まさかLOSになっていたとは……。その後はどうですか? 見つかりましたか、意味は」

「あいにくだったな。一年や二年で見つかるようなもんじゃないんだよ」

「ごもっともですね。……如月弥生。貴方もお久しぶりですね」

「できれば二度と会いたくなかったよ」

「では、再会を祝して、斬り殺しましょう!」

 弥生が澄んだ真青な光を放つ。それに呼応するように俺と百々香もそれぞれ水色と血赤色けっせきしょくの光を放ち、臨戦態勢は万全。

「終輝【水に帰すフロース】」

 奥義を初手で放つ。一気に片付けばそれでいい。それにきっと上手くはいかない。

 ザンッ! という斬り裂き音がして、案の定俺の必殺技は不発。

「奴は正面からなら光も概念も発動前の輝技きぎも斬れる。隙の大きい終輝は発動前に斬られてしまう。射程の外から攻撃するか奴の反応より早く攻撃する、もしくは不意打ちする必要がある」

「分かってます。確かめただけですよ」

 弥生の解説はLOSに入ったときに読んだ百々香の資料から知っている。それでも確かめずにはいられない。あのとき、百々香を捕らえたあのとき俺が百々香に一撃喰らわせる事ができたのはこっちに意識が向いてなかった故のラッキーだった、って。運はもういらない。

 俺はバスケットボール大の水の球体をいくつも自分の周りに展開する。放つでもなく水球を展開したまま百々香へと全力で突っ込んだ。俺の予想外の行動に弥生は目を丸くする。

 迎え撃つため飛んでくる斬撃を水を刃の形に変えて斬り落とす。

 撃ち落として気付く。敵の一撃一撃の威力が確実に弱い。九条の善戦もあるだろうが、これは──

「お前、以外に義理堅いんだな。いや、自分の言葉は曲げない主義なのか?」

「お見事。さすがはワタクシの興味をそそり、捕らえた男です。ワタクシは一度口にした言葉は曲げません。貴方を殺すのはイマではない」

 激しく斬撃をぶつけ合い距離を詰め、百々香の眼前にまで迫る。

「その考え的にも輝気の相性的にも俺はお前の天敵だ。なんせ、水は斬っても斬れないからな!」

「それはどうでしょう」

 百々香が不気味に笑うのを無視し、再び終輝を放つ。

「終輝【水に帰すフロース】」

 発動前に斬られる。戦いながら合点がいった。羽場がこの鬼にあれだけ苦戦していた理由。輝気が発動前に斬られる上、発動しても糸では斬られる。そんな相手に勝ち目は薄い。相性が悪すぎる。それでもあの人は戦っていた。それなのに、相性で有利、しかも手加減されている俺が負けるわけにはいかない。

 今の終輝の使用はブラフ。そちらを斬らせて骨を断つための。

 自分の周りに水を展開したことには理由があった。技の発動を斬れないのは距離の問題。近距離では水を生み出す事象を斬られてしまい水を出すことすらできないかもしれない。だが、既に出した水ならば、斬られても斬られない。

「【封泉ホウセン】」

 分散させ踊らせていた水を百々香の頭部に一息に集める。

 終輝を斬った百々香はそのまま顔面への水の集結を斬撃で斬り散らそうをする。だが斬れない! 斬っても斬った痕を水が再び埋める。作戦は決まったが百々香は以前のように水を吸い込んではいない。それでも勝てる──謎の自信が俺の中に芽吹いていた。

 このままいけば百々香を倒せる! 身体の内側から光がどんどん湧き出してくるみたいだ。

 弥生は手を出さなかった。いや、出せなかった。下手につつけば俺の邪魔になってしまう。その確信ができるほどに。そして、これまでよりも遥かに多い光が俺から発せられるのを見て固唾を飲んだ。

 ──キミも領域に来るか、澪!

 押しきれずも百々香の頭部には水を覆ったまま。一度距離を取り再び水を展開。また距離を詰めようとする。その瞬間──「避けろ! 澪!」という弥生の声。なんとか反応してその場から飛び退いた。同時、元いた地点のアスファルトが割れマグマが噴き出す。

 それに気を取られたが百々香の水は解かない。なのに──。

「ぶはぁっ!」と百々香が水のフルフェイスから解放されてしまう。何が起こったかわからない俺は視界の端に別の人影を捉えてもう一度距離を取る。

 弥生がすかさず人影に向かって氷結を放つがその氷結は九条の光戻しを喰らったように光に戻ってしまった。九条はまだ光欠乏で意識を失ったまま、つまり敵の輝気によるもの。弥生は九条を護る態勢を取る。対して百々香はこっちに斬撃を放ちつつ俺と人影の中間へと立った。

 茶褐色のパーマがかかった長髪をなびかせながらその女は前に出て答えずに言う。

「如月弥生、ここは引け」

「──。はいはいって従うと思った?」

 女の光は感じるが見えない。まさか透明なのか? それに気付き、正体の目星をつけた弥生が身体を強張らせる。弥生の言葉を無視して女は百々香に言う。

「百々香出示、アタシと来い」

「助けてもらったのはありがたいですが、その言葉には従えないですね。久遠永遠くおんとわ

 その名前に俺も全身に鳥肌が立つ。

久遠くおん永遠とわ。支影の……首魁しゅかい

 裏社会を仕切る組織・支影しえい。その女ボスに狼狽ろうばいする。久遠はその実力で支影のトップを奪い、たったひとりで支配するに至った奴だ。すなわち裏の最強。いや、狼狽えている場合じゃない。怖気を振り払い俺は百々香に突っ込んだ。斬撃を撃ち合って距離を取り両者が睨み合う。その様子を見て久遠が嘆く。

「やれやれ、人の話もまともに聞けないの? 今のLOSは」

「お前もこっちの言葉聞かなかっただろ、それとも老化で耳が遠くなったのか? オバサン!」

 俺の安い挑発に久遠から殺気が放たれる。やはり光は見えないが強く圧を感じる。

「アタシはまだ二九だ! 礼儀ってやつを教えてやるよ!」

 俺に向かって放たれた無色の光を百々香が見えているかのように斬り散らした。

「彼を殺すのはワタクシが予約しているので」

「百々香、アタシに歯向かうってことがどういうことか分かってるんだろうね」

 殺気を強める久遠を冷まさせようと弥生が声を上げる。

「久遠永遠、百々香出示。この場は見逃します。引いてください」

 その場がどういう状況なのか、俺でさえ理解できる。弥生は俺よりもずっと、嫌というほど理解しているからの判断だろう。

 現LOS最強、光の象徴・如月弥生。

 裏を力で支配する支影の女帝・久遠永遠。

 史上最凶最悪の斬殺殺人鬼・百々香出示。

 最強の三人がここで戦えば、被害がどれだけ大きくなるか分からなかった。

「アンタが話の分かる女で良かったよ、如月。ま、お前も百々香もいずれ殺すけどね」

 久遠は身を翻し歩いていき、久遠や俺たちとは別方向へ百々香も背を向ける。

 その瞬間を俺は逃さない。

「【花水輝ハナミズキ】!!」

 久遠の背中へと向かって放った一撃、それが水の花びらを咲かせ、開いた花びらの先端から──瓦解した。

 不発に終わった必殺技にすくんで俺は再び距離を取る。

「本当に教育がなっていないんじゃないの、LOSは……」

 振り返り睨みを利かせてくる久遠の瞳には殺意が宿っている。

「澪!!」

 弥生が強めに俺の名を呼ぶ。それに気を取られた瞬間──

「さようなら」

 一瞬で俺の目の前に移動した久遠がその右手で俺の顔面に触れようとしてきている。この程度なら避けられる。だが、急に身体が重くなって動かない。

 光欠乏? なんで──

 ──ザシュッ!

 俺を守るように放たれた斬音とともに百々香が言う。

「言ったでしょう、彼を殺すのはワタクシです」

「百々香ァ……」

 斬撃を避け同じ位置に戻った久遠はさらに殺気を込めた目で睨んでいる。

「今のは私の監督不行き届きだ。この場は手を引こう、お互い」

「ハッ、まあいいさ。お前がそっちにつくならさすがにアタシも分が悪い。今殺すのも後で殺すのも一緒だしね」

 改めて、久遠はこちらに背を向け去っていく。

「その時はお手柔らかに。如月弥生、妥当な判断でしたよ」

 言葉とともに路地の闇へ消えかかる百々香に叫ぶ。

「百々香! 俺を殺すまで他の誰も殺すな! 久しぶりの食事は最高のほうがいいだろ?」

「……いいでしょう。さきほどはあのまま戦っていれば負けていたかもしれない。その褒賞として言うことを聞きましょう。ですが、先約は守らなければなりません。それと自分の命が懸かった時は別です。身を守るためならば、ワタクシは敵を斬ります」

「……それでいい」

 先約とは九条のことだろう。九条は俺が守ればいい。視線を合わせ火花を散らすと鬼は「貴方が意味を見つけられるよう祈っています」と告げ去っていった。

 今の俺と弥生なら久遠を相手にすることはできた。だが、彼女は俺の光欠乏を見抜いていたのだろう。

「なんで支影が……今回の脱獄の一件を裏で手を引いたのか」

 そう顔をしかめる弥生に俺は膝を落として肩で息をしながら言う。

「師匠。今は他の脱獄囚だつごくしゅうをどうにかするのが先です」

「澪……キミは……」

 弥生はつい数十分前まで人を殺めることを躊躇って揺れていた青年とは思えないといった表情で弟子を見る。

(光主はその光が純粋に輝いているとき強い光に当てられると、霞まぬようにとより強く光りだすと言う。百々香との今の戦闘で君は──)


◇ ◇ ◇ ◇


 常人では到底辿り着けない『領域』というものが存在する。

「キミは星域せいいきに踏み込んだ」

 事件の日の夜、班室にひとり呼び出された俺は弥生にその言葉を告げられた。

 百々香以外の脱獄囚を全て捕らえ、事件は表向きには収束した。八重はひとりも殺さず捕まえたそうだ。わざわざ捕まえ直すなんて、凄い奴だと感心せざるを得ない。

 今回の事件は市民に無駄な不安を与えるだけと言う口実の下、起こったことすらなかったことにされた。百々香が現時点で逃亡中ということも第零班と一部の幹部だけに情報が止められた。

「人には才能があり、才能には限界がある。どんな輝気でどんな輝技が使えるか、どれだけ光を持っているかは才能だ。そんな才ある者も次元で隔てられる。

 格の違い、とか表現されるけど、その次元を〝領域〟と言う。

 下から『聖域せいいき』『星域』『神域しんいき』。神域は大戦を制しこの光世界を統一した初代光王ホープしか至っていないとされているから、実質『星域』が最高ランク。普通は聖域にも届かないんだけど、澪、三度、あかりの三人は元々聖域にいた。今回の百々香との戦闘で澪は星の領域に達したみたいだ」

「何が変わるんですか?」

「まず光量が増える。戦ってる最中、光が溢れるみたいに感じなかった?」

「感じました。身体の奥から湧いてくるような」

「それは錯覚じゃない。実際に湧き出ていたんだ。踏み込んでしばらくは出力の調整が利かなくなる。戦ってたときは無意識にいつも以上に使って光欠乏になったみたいだけど……。それを伝えるためににここに呼んだんだ。その相談に乗れるのは同じ星域の私だけだからね」

「師匠も星域……? なんですね」

「このLOSには今は私だけだね。楽園に行った羽場さんもそうだよ。おそらく、百々香や久遠もそうだろうね」

「あいつらも……」

「キミも本気の彼らと同等に戦える可能性を持っているということさ。そうなるために、力を制御し、もっと強くならなくちゃね! まあ特別な訓練は必要なくて多くなった光のコントロールくらいだよ。でも、何かあったらすぐ報告・相談すること。いいね?」

「はい!」

 新たな希望の光もっと強くなれる。その先にきっと意味はある。そう俺の心を照らし出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る