第3章 灰かぶり

第6話 燻り

「生守さん、これは……」

 三度はその情報に息を呑む。

「……これまでと同じだ。俺たちの調査は元々口外厳禁。確証も掴めていない。いいな?」

「……はい」

 掴んだその情報をそっと海馬の奥底に沈めて蓋をした。


 四月、暖かな陽気に包まれて光華やぐその季節。議事堂の一件以来、政治家の汚職、なんでもない小企業で行われたパワハラに至るまでその主犯たちに社会的制裁を下すことでダークヒーロー的立ち回りを演じ、市民、特に若者から着実に支持を獲ていたアコニトム。

『与えられた仕事でもこのように歪みは生じてしまう。ならば自分で決めた自分のやりたいことをやるべきではないか』と呼びかけるその組織は支持を獲るだけではなく目下勢力を著しく伸ばしているとの情報もあった。

 そんなアコニトムから犯行声明が届いた。

「向こう一週間以内に警察学校にお邪魔する……か。……なんか懐かしいな」

 眼前に建つ校舎を見上げ感傷に浸る澪。そのセリフにふっと笑いながら僕はツッコむ。

「懐かしいって言っても半年前まではここにいたでしょ。今は警察の適性が出た僕たちの一つ下の代が入校したばかり。まさか、こんなところでも演説する気なのかな」

「アコニトムは着実に勢力を伸ばしてる。支影もそれにつられて動きが活発になってるから油断はできないな」

「さ、いくよ。新しいLOS適性者、新しい後輩への指導って名目で来たんだから」

 先導する九条に引き連れられ門をくぐる。支影はLOSですら手が届かない裏社会の秩序を保つ役割を果たしているため、LOSや警察は見逃している。しかし、好き勝手に動くアコニトムのせいで裏の統制が利かなくなってきているそうだ。

 弥生とあかりの姉弟は今回、三月末から続く支影末端による犯罪の対処へ行っていて別行動。

 本来は第零班全員でそちらの事件に対応するはずだったが、それを見計らったようにアコニトムからの予告が届き、僕たち三人は警察学校にやってきた。

 体育館では既に男女が一人ずつストレッチを始めていた。二人は僕たちに気付くと敬礼する。

 女子の方は小柄で明るく茶に染めた肩まで伸ばした髪をふわっとサイドテールにまとめる緩い感じ。男の方は黒い髪が普通より少し長く天パな事以外は一般的な若者という感じだ。

「LOS執行課第零班所属、九条ゆらです。こっちは仁科澪と空染三度。二人も第零班、あなたたちのひとつ上の先輩です。本日から一週間あなた達の指導を受け持ちます。よろしくね」

的射まといてるです」

ほろ小十郎こじゅうろうです」

 と二人が名乗る。

「じゃ、まずはLOSに入って何をしたいのか聞こうか。まあ適性が出たからここにいるんだろうけど、それ以外にあれば教えてほしい」

 僕たちの時にも弥生が聞いたのと同じ質問を九条が投げた。

「あたしは適性が出たからですそれ以外には特に」

「ぼくも」

 素っ気ない答えにゆらが頷く。

「ま、これが普通だよね。澪たちがおかしかったんだ、やっぱり」

「せめて高尚だったと言ってください」

「また再生して言わせたんですか?」

「それが今回の役目でもあるからね」

 僕たちの会話に新人二人は口を押さえながら首を傾げた。そんな二人に九条は続ける。

「私も同じ。適性が出たからここに来て、ここで輝き方を学んで今に至ってる。その過程で自分の力を人のために、誰かのためにって思えるようになった。二人もきっとそうなるよ。それがLOSに選ばれた適性なんだと思う。さあ、次は二人の輝気を見せてもらおっか!」


 訓練を終え一人廊下を歩いていた僕は不意に後ろから声を掛けられた。

「みたびせ〜んぱい」

「的射さん」

「瑛でいいですよー。ちょっと聞きたいことがあって。【教えてもらっていいですか?】」

 瑛は赤みが強いオレンジの光を放ち輝気を発動させていた。けれど、僕には通じない。

「残念だけど、僕にきみの輝気【言霊ことだま】は効かないよ。さっき見せてもらった。自分の言ったことを実現する輝気。凄い力だ。でも過信しすぎない方がいい」

「──な! ……いきなりお説教ですか? 一歳しか違わないのに偉そうにしないでください!」

「いまどききみみたいな子は珍しいね」

 僕が笑うと瑛はさらに頭に血を上らせ顔を赤くする。

「なんなんですか! もう!」

「僕の輝技には【読空】っていう相手の考えを見抜ける技がある。きみは僕に取り入ってこれからやっていきやすくしようとしてたんでしょ?」

「う──」

 見抜かれた瑛がうろたえているところにトドメを刺しにかかる。

「まあ、今のは技なんて使わず普通に見抜いたんだけどね。澪にもたぶん見抜かれるよ。それがこれまでのきみのやり方だったんだろうけど、それじゃ半年後、配属された時に苦労するよ」

「……う、うるさい! ばーかばーか! もういいです! ふん!」

 頬をリスみたいに膨らませて踵を返し「……なんなのあいつ! なんなのあいつ!」と去っていった。扱いやすい子だな。

 僕には来たるアコニトムの対処以外にもう一つ役目があった。

 それは新人警官・LOS捜査官たちの調査。アコニトムに感化されたのは大半が二〇代前半より下の若者。今回の新人たちの中にアコニトムが内通者を紛れ込ませてきていてもおかしくはない。

 読空を使っていないというのは半分本当で半分ウソだ。瑛の考えを見抜いたのは僕自身の洞察力によるもの、読空は相手の深層心理や記憶をも読める。今回は瑛のそれを読んだが彼女はシロ。アコニトムには関係のない普通の女の子だった。息を長く吐く。

「あんな子にまで疑いをかけなきゃいけないなんて、まったく……気が滅入るよ」

 そんな風にひとりごちるけれど、本当は自分にしかできない役割があることが嬉しかった。澪に……これ以上、水を開けられるわけにはいかない。

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